2-9 特訓――「攻め」
「では、どうぞ遠慮なく攻撃なさってください」
シャルの言葉を皮切りに、ツナグたちは各々の攻撃スタイルで攻め立てる。
キズナは魔法を繰り出し、ウィルは剣を振るい、アムエも杖を召喚し、それを武器に果敢に挑んでいく。
シャルは冷静にそれぞれの攻撃を受け流し、
「キズナ様は攻撃がやや弱いですね、ウィル様はほぼ文句ありません。アムエ様、できることならその杖に魔力を乗せないと……ただ振り回すだけでは、ただの棒きれと同じです」
と、的確に一人ひとりへ向けてアドバイスを送る。
みなに一歩遅れつつ、ツナグも負けじと拳を振るった――だが、それは空振りに終わり、ツナグはシャルの横をすり抜け転ぶ。咄嗟に手をついて倒れるのを回避したが、その際、土で手を擦ってしまい、「痛……ッ」と言葉を洩らす。
「あらあら、ツナグさんが――」
アムエはそんなツナグをすぐ気遣い、少し離れた位置から杖を掲げ、「〈母の手当〉」と呪文を唱えた。
ツナグの身体は一瞬淡緑色の光に包まれ、同時に痛みがスーッと引いていき、手元を見るとさきほど作ってしまった擦り傷はきれいになくなっていた。
「……! 魔法ってやっぱすげぇ……。ありがとう、アムエさ――」
ツナグはアムエに礼を言おうとしたが、腹部にシャルの蹴りを受け、遮られてしまった。
ツナグは腹を抱え、地面に蹲る。
シャルはツナグを見下ろしながら、
「今は特訓中ですから、余所見厳禁です。攻撃がきたら、しっかり『守り』をしないと」
と、注意した。
三人はツナグが立てなくなったのを頃合いに、一度攻撃の手を止めた。キズナは悔しそうに、「むむぅ〜。三人がかりなのに、シャルったら全然余裕そうなんだよ!」と言った。
シャルは謙遜するかのように静かに首を振る。
「余裕だなんてとんでもありません。こちらも必死です。キズナ様は威力は小さくともテンポの早い攻撃をしますし、ウィル様の独特な剣筋は見極めるのが難しい……。アムエ様は攻撃は不慣れなようですが、さきほど見せた中距離からの回復術を見るに、後衛として戦闘を支えるのに十分な魔力を有しているようです。みなさん一長一短あり、素晴らしいチームだと思います」
シャルのコメントに、キズナは特にうれしそうにはにかんでいる。
ツナグは自分だけ名前が上がらなかったことに疑問を抱きながら、不安ながらにも「あの、俺は……?」と自分を指差しながらシャルに問うた。
シャルはツナグのほうへ振り返り、少し難しげな顔を浮かべながら答える。
「ツナグ様は、そうですね……ただ弱いという印象しか……」
「……うぐっ」
ストレートに言われた言葉に、ツナグはショックを隠せない。
「……でも、これでも一応、末裔を殴り飛ばしてるんですもんね」
「そうだよ、そうだよー! しかもね、チトモクだけじゃなくって、モリヒトにまでパンチしたんだからね!」
「本当ですか……? だってあの方は三大卿のひとりで、ツナグ様がそんな方を……」
シャルはにわかには信じられないといった様子だ。
「信じられないのもわかるが、あのときのツナグは確かにすごかった。ツナグはなんというか……スイッチが入ると、まるで別人みたいに強くなるんだ。ツナグが受けた『マーザーデイティの祝福』は、どうやら特殊なようだな」
ウィルの話を隣で聞いていたアムエは、「わたくしもそのときのツナグさんの姿、見たかったです」と、呟いた。
ツナグはウィルから「マーザーデイティの祝福」という単語が出たのをきっかけに、「……あのさ」とこう切り出す。
「その……前々から気になってたんだけど、この世界では転生者ってそんな珍しくないっていうか、結構身近にいるもんなのか?」
ツナグの質問に、
「身近にいるといわれれば、そうではないですけれど……。でも、転生者が来たと言われても、特に驚かないという感じでしょうか」
と、アムエは答えた。
「そうですね。ボクにとってツナグ様は、初めて出会う転生者ですが、博士いわく、十年ほど前までは、もう少し転生者の方がいたそうですよ。今その方たちがどうされているかは存じ上げませんが……」
続いて、シャルもそのように回答した。
「ツナグはさ、ほかの転生者のこと気になってるみたいだけど……どうして?」
キズナに聞かれたツナグは、答えに悩みながらも話す。
「そりゃあ、自分が転生した理由を知りたいから……かな。自分と同じ境遇の人から話を聞けば、自分がなんでこの世界に来たのか知るきっかけになるかもしれないし。もう元の世界に戻れないとしても、自分がどうしてこの世界に来たのかは、気になるんだ」
突然の転生から運良くヒトリたちと巡り、衣食住を確保し、異世界で暮らせているツナグだが、それでも転生した理由や、転生者についてのことを知りたいという欲求は常にあった。
「『生まれた理由を知りたい』……というようなものか。まあ、わからないでもない感情だ」と、ウィルは相槌を打った。
キズナもただ頷き、それ以上は質問を投げかけることはなかった。
「なるほど〜。でもきっと、革命軍としていろいろな場所で活動していくうちに、きっとツナグさん以外の転生者とも出会うことができますよ」
アムエは励ますようにそう話し、ツナグは笑みを返した。
キズナは「よし! じゃあ気合いを入れ直して――」と、特訓の仕切り直しをしようとしたとき、ふと視線を止めた。
ツナグたちも同様、キズナの見るほうへ視線をやると、こちらへ向かってくるヒトリとラバーの姿があった。
「やぁみなさん、ここにいたんですなぁ」
「なんだぃなんだぃ〜、もしやここで、特訓でもしていたのかぃ?」
キズナは途端に顔を明るくさせ、「お姉ちゃん! お話終わったのー?」とヒトリの元へ駆け寄った。
「ね、なんのお話してたの? わたしも聞きたい、だよ!」
「ダメさぁ、依頼に関しては守秘義務があるからねぇ。……ま、そんなわけでさ、依頼の関係でちょっくらラバーと出かけるからさぁ、キズナたちは、もう少しここでお留守番しててくれないかなぁ」
キズナは「えー! また留守番〜?」と不満の声を上げた。
「屋敷の物は好きに使って構わないから、ゆっくりくつろいでいてほしいんじゃ」
ラバーに言われてしまっては、こちらのワガママを言えないと思ったのか、キズナは唇を尖らせながらも身を引いた。
ラバーはシャルを見つめ、優しく微笑みかける。
「じゃあな。あとはよろしく頼むぞ、シャル」
シャルはラバーを見つめ返したまま、ゆっくりと頷いた。
ラバーはヒトリに連れられ歩き出す。背を向けたまま、ラバーは最後にこう言った。
「シャル……あとでワシの部屋、片づけとってくれ」
シャルは「承知しました、博士」と返答したが、少しばかりその声は、弱々しいものように思えた。
キズナはヒトリとラバーを見送ってから、「なんか……大人二人で変な感じ」と、胸中を洩らしていた。