2-7 罪の告白
それは30年以上も前のこと。ラバーは国営の研究所で所長を務めていた。
そこでは、病に対する薬の研究や軍事兵器の開発、魔物の生態系の観察など幅広くのものが研究され、日夜実験が行われており、新たな物が発明されてきた。
そんな折、突然ある案件がラバーの元へ舞い込んできたのだ。
「不老不死の薬……ですか?」
案件を聞いたラバーは慎重に聞き返した。
「そうだ。アマソラ様より直々のご依頼だ。なんとしてでも作り上げてもらいたい――成功した暁には、多額の報酬金をくださるらしいからな」
ラバーは俯き加減に、「……しかし」と恐る恐る反論を口にする。
「……『不老不死』という、命を不可逆的に扱うことは、この世界では禁忌とされています。そもそも、終わらない命などありません。何千年、何万年と覆ることのなかったこの事実を、そう簡単にに変えることなど――」
ラバーの話は、ダンッ! と机を強く叩く音によって遮られた。ラバーの目の前にいる政府の男は何事もなかったかのような顔つきで手を引きコートのポケットにしまうと、ラバーを見下ろす。
「――『できない』……などとは言わせない。それに、わかっているのか、ラバー……。報酬金よりも、何よりも、もしアマソラ様の依頼を遂行できなければ、この国なんて簡単に消し飛んでしまうのだぞ。何がなんでも、やるしかないのだ」
男の威圧的な言葉の裏に隠された怯え。それは、ラバーに十分伝わってくるものだった。
ラバーは震えた声で「……はい、わかり……ました」と返答し、男はそれを聞くと静かに研究所を去っていった。
◇
「――それから、ワシは『不老不死』の研究に没頭するようになった。薬を試すため、何人もの人を実験に付き合わせ殺してきた。薬の元を作り出すために、回復魔法を所持する者を攫い、研究に使わせていただくこともあった……。当時は何人もの人々が行方不明になったものじゃ。……まあ、それも政府の力で揉み消されてきたのじゃが……」
ヒトリは喚きたい気持ちを必死で抑えるように、奥歯を噛み締めた。
「『マーザーデイティの末裔には逆らえない』。これは世界の常識じゃ。特に末裔のトップであるアマソラには……財力も、力でも勝てない」
「……力なら、わたしは絶対に末裔に負ける気はしないけどねぇ……」
末裔に対する怒りに耐え切れず、思わずそんな負け惜しみのような言葉を洩らしてしまったヒトリ。ラバーは首を横に振り、「……悪いが」と前置きし、話す。
「君たちはチトモクに反抗し、世界の不届き者として名を上げたそうじゃが、それはチトモクじゃったからそれで済んだ話じゃ。もし、あの拳がアマソラ相手じゃったとしたら……今ごろ君たちは、この世にいなかったじゃろうな」
ヒトリはラバーの言葉に無言で不満を示した。単純な力だけでは末裔なんかに劣らないと、絶対的な自信がヒトリにはあるからだ。
「――アマソラだけは別格じゃ。ここ最近、彼が力を振るうことはなくなったが、彼が現れたときのころは、その力は絶対的なものだったのじゃよ。三大卿にも引けを取らぬほどの……いや、それよりも……かもしれんな」
ヒトリは腑に落ちないまま床を睨みつけたが、これ以上、こんなことに対して議論をしてもしかたないと、気持ちを落ち着かせた。
「……それで結局、『不老不死』の薬はできたんですか?」
話を遮ってしまったヒトリは、再び元の話へと戻した。
ラバーは一度黙り、間を空けてから答える。
「……できなかった」
悔しさや後悔がこもったそのひとことに、ラバーが過去にどれだけ打ちひしがれているかが、説明されなくても伝わってきた。
「数々の犠牲を払ってきたにも関わらず、成果はゼロだった。ワシはそんな自分を恥じ、情けなくなり……そのまま研究所を去った」
――それからはこの奥地で、財産を切り崩しながら余生を過ごしているのだという。
しかし、ヒトリはまだひとつ疑問に思うことがあった。
「末裔の依頼を完遂できなかったそうですが、お咎めはなかったのですか?」
話を聞く限り、ラバーが何かペナルティを受けたようにも思えない。
ラバーは「それは……」と重そうな口を開いた。
「……そもそも、不老不死の薬がほしい、というのも気まぐれだったそうで……」
ヒトリは目を見開いた。
「もうすっかり自身が命令したことも忘れていて、制裁も何もなかったんじゃ」
ラバーのデスクには、ポタリ、ポタリと水滴が落ちはじめる。
ラバーは肩を震わせ嗚咽を上げながら、ヒトリを見やった。
「――そんな気まぐれを恐れて、ワシは多くの人を殺してしまったんじゃ!」
ラバーは堰を切ったように大粒の涙を流し、泣き出した。
ヒトリは席を立ち、ラバーの肩にそっと手を置いた。
「辛い過去をお聞かせくださりありがとうございます。あなたの事情もよく理解できますが、どんな理由であれ、殺人は許されることじゃあ、ありません」
ラバーは涙を拭い、顔を上げた。
「――あなたを転生の間へお連れします。なるべく安らかに、地獄へお送りすることを約束しましょう」
ラバーは小さな声で、「……ありがとう」と感謝の言葉を口にした。