2-6 寄生呪物
「――『地獄へ送り込んでほしい』……とは、一体なぜ自らそれを望むのか、聞いてもよいでしょうか?」
ツナグたちが客間で談笑している一方で、ヒトリとラバーの会話も静かに進んでいた。
ラバーはゆっくりと椅子から立ち上がり、ヒトリに背を向ける形で窓の外を見た。
「……ワシは取り返しもつかない罪を犯した――懺悔してもしきれない、償いきれない罪を」
ヒトリは何も言わず、ラバーの話の続きをじっと待つ。
「その罪の報復として……ワシは被害者の家族から、ある呪いをかけられた。決して解けはしない、強力な呪いじゃ」
ラバーはヒトリに向き直り、シャツのボタンを取り胸元を見せた。そこで見えたのは、肌に深く食いこんだ得体の知れない何かだった。
それは黒紫色をしており、ドクドクと脈打ち蠢めく肉の塊といえた。
ヒトリはそのグロデスクな物体に、思わず眉を顰めた。
「――〈寄生呪物〉。これがワシにかけられた呪い。一度呪われては決して取り払うことはできず、徐々に〈寄生呪物〉に身体が乗っ取られていく呪いじゃ。乗っ取られたが最後、わたしは自我を失い、暴れ狂うことになるだろう」
「つまり、そうなる前に『地獄』へ送り込んでほしいと……そういうことでしょうか?」
ヒトリの問いに、ラバーは神妙に頷いた。
「〈寄生呪物〉が完全にワシの身体を乗っ取り、暴れはじめたときにはもう遅い。それは誰にも止められず、永遠と被害を出しつづけることになるじゃろう。……もう時間がないのは感覚的にわかる……何事もないように振舞ってはいるが、正直最近は取り繕うのも――」
ラバーは話している途中で、突如として呻き胸を押さえた。膝から崩れ落ち、脂汗を滲ませ苦悶の表情を浮かべる。
「……このとおり、もうわたしもごまかしきれない」
ラバーは息を切らしながら言い、また椅子へ座り直した。
「メイドの子……シャルはこれを知ってるんですか?」
「いや、知らん。シャルには隠してきたからな……この呪いのことも――そして、ワシの罪のことまで。ずっと言えずに隠しとおしてきて、打ち明けるタイミングをとうに逃してしまった」
ヒトリはそれ以上は何も言わず、話を戻すことにした。
「……なぜ、わざわざこんなタチの悪い呪いをかけられてしまったんですか」
ヒトリは聞かずにはいられなかった。理由を聞かずして、ただお願いを聞き入れるなんて到底できないものだった。
「……それだけワシは恨まれているのじゃ。この呪いは、『死』までが最も苦しい呪い――呪いをかけるほうもそれなりの代償を伴うほどの強い呪いじゃ。彼らはそれだけ、ワシを憎んでいるということだ」
「……なぜ、憎まれるのですか」
ヒトリは質問を重ねた。呪いの強さは理解したが、なぜそうなるまでに至ったのかが、ヒトリの一番知りたいところだった。
「…………」
ラバーは途端に押し黙り、視線を落とす。言いづらい事情だというのはすぐにわかった。
「……わたしは、ただあなたのお願いを聞くなんてできません。あなたがこうなるまでに至った経緯を聞かずして、『地獄』へ送り込むなどしたくありませんからねぇ……。……お教えいただけませんか?」
ラバーは唇を震わせてから顔を上げ、ヒトリを見た。
手を固く結び、わずかに見えたサングラス越しの瞳が揺れる。
「……ワシは昔、国家管轄の研究所で働いていた。そこである案件を頼まれ、ワシはその実現のために実験を繰り返していた」
ラバーは懺悔するかの如く頭をデスクに擦り当て、白状する。
「――『殺人』という名の、人体実験を」
それからラバーは、重い口調で自身の過去について語り出した――。