2-5 メイドからの意外な提案
客間に案内されたツナグたちは、シャルから茶を振舞ってもらっていた。
「なんでお姉ちゃんだけなんだろう〜。わたしたちも頼み事のこと気になるよね? ね?」
そんな折、キズナの第一声はこれだった。不貞腐れながらも、大きな皿にきれいに並べられたクッキーを一枚取り、ひと齧りする。
「まあなんか三大卿にしか頼めないとかなんとか言ってたし、ヒトリさんくらいの立場の人しか話せないとかなんじゃねぇか?」
ツナグはキズナの機嫌を直そうと、そう宥めた。
「……にしてもこの紅茶、素晴らしい出来だ。カルテット国のものだろう? 目利きがいいな」
しかしウィルだけは、ヒトリたちのことなど特に気になっていない様子で、紅茶を堪能していた。
キズナはそんなウィルに不満を抱いたのだろう、ウィルに顔を寄せ、「ウィルも少しは興味持ってよー!」と文句を言った。
「興味を持てといわれても、僕らがヒトリと同席できないのはしかたのないことだろう? それについて話しても意味がない。それよりもこの紅茶、君たちも飲むとい」
「ちーがーうーのー! 『どんな頼み事なんだろうね?』って、みんなで話すのが楽しいの!」
声を大きくするキズナにツナグは、「ちょっ……コラ、キズナ、こういう席では騒がない」と、焦りつつ注意した。一方、アムエはクスクスと笑い声を立て、微笑ましそうに三人の姿を見守っている。
キズナは「うぅ……それはごめんなさい」と素直に謝り、反省の色を浮かべた。
そんな会話を横で聞いていたシャルは嫌な顔ひとつせず、むしろ優しい口調でこう話す。
「別に気にしていませんよ。……それにしてもみなさん、仲良しですね。兄妹ですか?」
そんなシャルの発言に対し、
「そんなに兄妹見えます?」
「えへへ〜。違うけどそうかも!」
「……ふん。ずいぶんと賑やかな兄妹を持ったものだ」
――と、ツナグ、キズナ、ウィルはそれぞれ三者三葉のコメントを残した。シャルはそれを聞いてほんの少しだけ目を細め、それからアムエを見ると、「さしづめ、あなたはお母様でしょうか」と話した。アムエはうれしそうに「あらぁ、そうかもしれませんね」と笑った。
「……あ、そういえばさ! さっきのシャル、ホントにすごかった! わたしたちを乗せた馬車をあんなスピードで引っ張っちゃうんだもん!」
シャルは恥ずかしそうに――といっても、さきほどからずっと表情はあまり変わらず、仕草からそう感じるだけなのだが――目線を逸らした。
「ボク、あまり魔法は得意じゃないんですが、力だけはあるんです。博士はそんなボクの力を見込んでくれて、護衛人として雇ってくれたんですよ。今や家政婦として働いていることがほとんどなんですけどね」
「へー! すごいね!」
誰とでも隔てなく話すキズナは、すっかりシャルとも距離を縮めて会話していた。
「護衛人ってことはさ、シャルって結構戦えたりするの?」
「そんな……まあまあですよ」
キズナの隣で話を聞いていたツナグは、「まあまあ」とシャルは言うが、馬車での一件を見るに実際はなかなかに強いのだろうなとヒッソリと思った。
「『まあまあ』などと謙遜することはない。あの脚力は三大卿と並べるほどの力を持っている。もっと自身の力に誇りを持っていい。どこかのか弱いウチの雑務とは大違いだ」
ウィルはそう話して、チラりと横目でツナグを見た。ツナグはムッとウィルを睨み返すが、言い返しなどできない。それは紛れもない事実だからだ。
「そちらのお兄さんはあんまり戦術は得意ではないのですか?」
シャルはツナグを見つつそう尋ねた。ツナグは視線を落としながら、「いや……はい、そうです……」と声をすぼめながら答えた。同時に、こんなかわいい子の前で俺って情けないな、という気持ちも抱いていた。
「ツナグ、実は転生者なんだ! だからあんまり戦いは得意じゃないの」
キズナはツナグをフォローするかのように、ひとこと付け加えてくれた。一方ウィルは、「転生者にしても臆病すぎるがな」と、キズナとは対照的に余計なお世話を言ってくれた。
「なるほど、そうなんですか。……あの、もしよければ、ボクが戦い方をレクチャーしましょうか?」
思いもよらない提案に、ツナグは目を丸くした。
「博士たちはまだまだ時間がかかりそうですし、その間暇かと思いますのでどうかな……と。ボク程度の教えでは大したことないかもしれませんが……」
「いっ、いやそんな! 教えてもらえるなら、ぜひ!」
ツナグはすぐに椅子から立ち上がった。
「俺、戦闘面じゃぜんぜんみんなの役に立てないからさ……少しでも動けるようにはなりたいと思うんだ。シャルさんがそう言ってくれるなら、むしろこっちからお願いしたい!」
キズナ、ウィル、アムエもツナグと同様立ち上がりながら、シャルと向き合う。
「珍しくやる気だな、ツナグは」
「よぉし! ツナグがその気なら、わたしもシャル先生の特訓、頑張るぞ!」
「わたくしも戦闘は得意じゃありませんから……お願いします」
シャルはツナグたちの反応を見て、相変わらず表情は変わらないが、少しだけうれしそうな雰囲気を見せた。
「それでは中庭へ案内します。一介の家政婦の戦術ですが、お力になれればと思います。よろしくお願いします」
ツナグたちは「オー!!!」と声を揃え、元気よく拳を上げたのだった。