2-4 ラバー博士の頼み事
出発してから一時間ほど経ち、森を抜けた先には広々とした土地と古びた屋敷が見えてきた。馬車は徐々に速度を落とし、やがて屋敷の前で停止した。
「到着しました。ここがラバー博士の住む、マッドガク家の屋敷です」
シャルが馬車の扉を開けてくれたところで、ツナグたちは下車し、屋敷を見上げた。
「うわぁ……デケェ……」
「お金持ちのおうちー! だよ!」
ツナグとキズナは、目の前に立つ大きな屋敷に興奮している。
「ずいぶんと人気のない静かな場所だな」
周りを見渡しながらそう話すウィルに、シャルは「博士は基本的に人嫌いですから」と答えた。
「さぁ、博士の元まで案内します。着いてきてください」
シャルの案内に従い、みなは屋敷の中へと足を踏み入れた。
◇
シャルはみなを連れて、巨大な木製扉の前で足を止めた。扉を二回ノックして、ゆっくりと扉を開ける。
「博士。ヒトリ・アイリス様とそのご一行様も連れてきました」
そこは書斎のようだった。真正面には壁一面のガラス窓があり、そこから白い光で部屋全体が照らされていた。本棚に囲まれた中央のデスクには、こちらに背を向けている背もたれの長い革製の椅子が見えた。
シャルの声掛けに反応し、椅子はクルリと半回転したことで、椅子に座っていた人物が明らかとなった。
その人物は、側頭部から白い毛を生やし、顔にはいくつかのシミと深くシワの刻まれた老人だった。黒いサングラスで目の表情は伺い知れないが、土色の肌はあまり健康的なものとはいえず、かなり歳の重ねた人なのだろうと伺える。
この人こそが、シャルのいう「ラバー博士」だろう。
「おお……君が三大卿、ヒトリか……ずいぶん美人さんになったのぉ。ミーユ――君のお父さんにゃ、よく世話になっていたよ」
上下に二本しかない歯を見せながら、しわがれた声でそう話すラバー。
「……父と会ったことがあるのですか」
「ああ、仕事でな。ワシも昔は国の元で働いておったからな……。実はヒトリとも以前一度顔を合わせているんじゃよ。……といっても、君はまだ赤子だから覚えていないじゃろうがな」
ラバーは笑い、ヒトリに微笑みかけた。
「大きくなったなぁ。君も父と同じ三大卿になってしまうんじゃから、これが親子ってもんなのかのぉ」
「……わたしは、別に父の背中を追って三大卿になったわけではありませんよ」
ヒトリは視線をやや落とした。ラバーはその些細な動きに目をつけたか、小さな声で「……すまない、そうじゃろうな」と謝罪を述べた。
ヒトリは顔を上げ、笑みを作り言う。
「いえ、構いません。それよりも、今回はわたしに『頼み事』があると聞いて来ましたが……一体わたしに頼みたいこととは、なんなのでしょうか?」
ラバー博士は頷き、それから奥にいるツナグたちへ視線を向けた。
「頼み事というのはヒトリにしか頼めないことじゃ。……悪いが、奥にいる少年たちには控えてもらいたい。二人だけで話がしたいのじゃ。シャル、この子たちを客間へ案内し、お茶でも出してあげなさい」
シャルは「わかりました」と返事し、ツナグたちを一瞥した。
「では、ラバー博士のご要望ですので。ボクに着いてきてください、おいしいお菓子を出しますね」
「お菓子だ! わーい!」
キズナは「お菓子」という言葉に釣られ、いち早くシャルに着いていく。続いて、ウィルもアムエも部屋をあとにした。
ツナグも最後に部屋を出る直前、少しだけラバーとヒトリのことが気がかりなのか、一度振り向くが、またすぐに向き直ってシャルのあとを追った。
扉の閉まる音を最後に、部屋に残されたヒトリとラバー。
ヒトリはラバーから近くのソファに腰掛けるよう促されたため、お言葉に甘えて座らせてもらった。ラバーはヒトリが着席したのを見届けてから、さきほどよりもワントーン落とした声で話しはじめる。
「……重ねがさね言うが、この頼み事というのは三大卿であるヒトリ――いや、より厳密にいうのなら、『転生の間』を管理するヒトリにしか頼めんことじゃ」
ラバーは一度そこで言葉を区切ってから、話す。
「頼み事というのはただひとつ。どうかワシを――『地獄』へ送り込んでほしい」