2-2 お願いを抱えたメイド
ツナグは絶句した。それはあまりに唐突で、残酷な事実であって、ヒトリにかける言葉が見つからなかった。
――「キズナの母が殺された」。末裔が関わっているとあって、きっと理不尽な理由からなのだらう。
しかし、同時にツナグはひとつ引っかかりを覚えていた――ヒトリが「キズナの母は」と、主語を置いていたことだ。
二人が姉妹なら、普通「わたしたちの母は」と、説明するはずだ。そう言わないということは――。
「……なんとなく今ので察したかもしれないけどねぇ……わたしとキズナの母親は違う。父親は同じだけれどね」
困惑するツナグに、ヒトリは事情を話してくれた。
「父は冒険家でねぇ……。わたしの母以外にも手を出していたみたいでさぁ」
ヒトリは乾いた笑い声を立てた。
「だがまぁ……どんな形であれ、キズナがわたしの妹だということには変わりはない」
ツナグは慎重に、「答えるのが嫌だったらいいんだけど、ひとつ気になったこと聞いてもいい……か?」と前置きし、ヒトリが頷いたのを見て質問をする。
「俺、前にキズナから、『両親は亡くなった』って話を聞いてるんだ。ヒトリさんの母親も……それと二人の父親も、末裔が……あのチトモクってやつが手を下した……のか?」
「……いや、チトモクではない。アイツ、顔は老けてるが、その当時はまだ赤ん坊なんでねぇ。……末裔は末裔でも、やったのは『アマソラ』という男さ」
ヒトリはひととおり話し終えると、カップに残っていたコーヒーを飲みきった。
「……思ってた以上に話しすぎちゃったねぇ。悪いねぇ、こんな話して。とにかく、わたしたちはツナグくんのおかげで気持ちが晴れたってワケさ」
ヒトリはまたツナグへと笑いかけた。ツナグもこれ以上は詮索せずに、そっと微笑み返した。
そのとき、玄関の開く音が聞こえ、「ただいまー!」というキズナの元気な声が聞こえてきた。
ドタバタのこちらへ向かってくる足音が近づき、大きな袋を両手に抱えたキズナがリビングへ現れた。キズナはツナグたちが食べていたクッキーにいち早く気づき、目を見開いて「あーっ!!」と声を上げた。
「な、なにそれっ!? わたし、そんなおいしそうなお菓子知らないんだよ! もうっ、二人だけでズルい! だよっ!!」
頬を大きく膨らませ眉間を寄せるキズナ。
あとから同じく買い物袋を抱えたウィルとアムエも現れた。二人もツナグたちが茶を交わしていたことに気づき、
「朝食を食べたばかりだというのに……太るぞ、ツナグ」
「あらあら、楽しそうで何よりねぇ」
と、口々に話した。
ツナグとヒトリは顔を見合わせ、笑った――もう、過去の話は終わりだ。
ヒトリはクッキーを一枚手に取り、不機嫌になるキズナへ「先に食べていて悪かったねぇ。ほら、キズナもどうぞ」と、差し出す。
キズナはすぐに機嫌を直し、足を弾ませながらヒトリの元へ寄り、クッキーを頬張った。
ヒトリは奥に立つウィルとアムエのほうも見て言う。
「さあ、片づけはツナグがやろう。ウィルもアムエもこっちへ来て食べるといい」
「さりげなく俺に片づけさせようとしないでほしいンスけど」
ツナグはやれやれとソファから腰を上げ、キズナたちが買ってきてくれた食材をしまいはじめたときだった。また玄関のほうでトントンと扉を叩く音がし、ツナグは手を止める。
来客か、と思いつつヒトリを見るが、ヒトリは肩を竦めた。どうやら誰かと約束しているわけではないようだ。
ツナグは謎の訪問者の正体を知るため、玄関へ向かう。
扉を開けながら、「はーい、どちら様で……」と言いつつ、その姿を見た。
扉の向こうには、頭に白いフリルのカチューシャをつけ、黒が基調の膝丈ワンピースと、その上に白いエプロン身にまとい、ガーターベルトのついた白いロングソックスに黒のパンプスを合わせた――ひとことでいえば、所謂メイド服姿の短髪の女性がいたのだ。
女性はツナグと目が合うや深くお辞儀をし、
「突然お邪魔して申し訳ありません。ボクはマッドガク家に仕える、家政婦のシャルといいます」
と名乗り、続けてこう話す。
「こちらにいると思われます、ヒトリ・アイリス様にお願いがあって参りました。どうか会わせていただけないでしょうか?」
ツナグは「……『お願い』?」と首を傾げた。