2-1 救われた今と明かされた過去
「買い物行ってくるね!」
キズナは元気よくそう言って、ウィルとアムエを連れて出かけて行った。
家に残されたツナグとヒトリは、各々の時間を過ごしはじめる。
ツナグは家の掃除に取りかかった。一方、ヒトリはリビングでのんびりとくつろいでいる。そのためツナグはリビングを後回しにし、ほかの部屋の掃除をひととおり済ませてくることにした。しばらくしてから、最後に再びリビングへと戻るが、まだヒトリはリビングのソファでだらしなく寝転んでいた。
ツナグは小さくため息をついてから、「ヒトリさん、そろそろここらへんも掃除したいんで、自分の部屋行くとか……どいてください」と、注意した。
ヒトリは身体を起こし、なぜかどくのではなくローテーブルの上に置いてあった空のカップを持ち上げ、ツナグに突き出した。
「ツナグくん、おかわり」
「いや、俺の話聞いてました?」
ヒトリはまったくツナグの話を聞く気はないらしい。カップを持ったまま、「おーかーわーりー」と騒ぎ出した。
「自分でいれたらいいじゃないですか」
「いやだねぇ……ツナグくんのいれたやつがいい。そっちのほうがおいしいんだぁ」
ツナグは呆れ交じりに息を吐き、カップを受け取った。
新しくコーヒーを注ぎながら、ツナグは言う。
「コーヒーいれたらどいてくださいね」
「いやだ。わたしは今ここにいたい」
「ワガママか!」
「ワガママにもなるさぁ。だってさツナグくん、一応わたしって『三大卿』の一人でもあるんだよぉ?」
そう言われたツナグは、そういえばそうだったと内心思った。この人は世界三本の指に入るほどの強さを持っているのだと、改めて認識し直す。だがしかし、やはりこうも常に近くでともにする生活をしていると、ついそんな称号のこともどうでもよくなってしまうのだった。
「……ま、三大卿だからって家じゃ関係ないッスよ。自分のことは自分でしてください……俺、今掃除中なンスから」
ツナグは話しながら、ローテーブルの上にカップを置いた。豆の香ばしい香りが湯気に乗って、二人の間を流れていく。
「……ね、ツナグくん。リビングの掃除はいいからさぁ、いっしょにお茶しようよぉ」
珍しく、上目遣いで誘うヒトリ。
「…………」
いつもと雰囲気が異なり甘えてくるヒトリに、ツナグは少し緊張する。
「家の主がいいって言ってるんだし……ね? 実はね、キズナにも隠してる、おいしいお菓子もあるんだよぉ。いっしょに食べよーよぉ」
ゴクリ、とツナグは唾を飲み込むとともに、そんな甘い言葉に釣られ、ついに首を縦に振ってしまうのだった。
正直に言うと、コーヒーの香りのせいで掃除をする意欲も落ち着いてしまっていたのだ。
◇
ローテーブルの上には、二人分のコーヒーと缶に入った菓子が置かれていた。
菓子は、赤いいちごジャムの映えるロシアンクッキーだった。
ツナグは、いかにも高級そうなそのクッキーを恐る恐る取り、ひと口かじる。
「……おいしい」
「だろぅ? わたしのヘソクリおやつさぁ。……たまに、国から仕事の報酬といっしょにもらうんだよ。つまり、血税の菓子折りってやつさぁ」
「なんて嫌な言い方を……」
ヒトリは「事実だもーん」と言って、ケラケラと笑った。
ツナグもつられて笑って、それから二人でまたお菓子を食べていると、ヒトリはふと視線を落とした。
「……あのさ、ツナグ」
さきほどとは違い、落ち着いた声音のヒトリに、ツナグは菓子を食べる手を止め耳を傾ける。
ヒトリは顔を上げ、ツナグを見て微笑むと、
「ありがとうねぇ」
と、感謝の言葉を口にした。
突然礼を言われたことに戸惑うツナグに、ヒトリは続けてこう話す。
「マーザーデイティの末裔を……チトモクを殴り飛ばしてくれたじゃないかぁ。あれさぁ、最初は度肝抜かれたけどねぇ、やっぱりうれしかったんだよ」
「で……でも……俺のせいで、俺ら全員指名手配犯ッスよ」
「革命家を名乗るのなら、いずれそうなる道だった。そんなことは些細な問題さぁ」
ツナグは「さ……『些細な』って……」と、その堂々とした態度はやはり共感できなかった。
「――わたしじゃあ……それはできなかった。本当は、わたしがキズナのためにアイツを殴ってやりたかったけど……この世界の常識が邪魔して、その一歩が踏み出せなかった」
一瞬だけ震えた唇から、ヒトリの悔やむ想いが垣間見える。
「ツナグくんがいてくれたおかげだよ。あれは、ツナグくんじゃなきゃあ、できなかった。ツナグくんがやってくれたから、わたしは囚われた常識から抜け出せた。それにキズナだって……過去のトラウマから、少し救われたみたいだしさ。……本当に感謝してる」
ツナグは相槌をいれる代わりに、「過去のトラウマ?」と、聞き返した。
「昔、キズナになんかあったのか? ……そういえばキズナ、末裔のことを一番恐れていたような……」
ツナグは聞くと、ヒトリはカップを手に取り、窓の外を見た。
「キズナがまだ……五歳かそこらのときだ」
少し間を空けて、ヒトリは言う。
「――キズナの母は、マーザーデイティの末裔に殺されたんだ」