1-19 名を轟かせた革命軍
「今日からお世話になります。改めまして、アムエ・クリスチャンセンと申します。ふつつか者ですが、どうぞよろしく――」
「もー! そんな堅苦しい挨拶はいらない! だよ! 早く入って入って〜!」
そんな会話が始まったのは、アムエが仲間に加わってから明くる日のことだった。
ニューエゥラ軍に入隊することになったアムエは、ヒトリ――正確には、アイリス宅に住まうことになり、こうして今、玄関まで上がり挨拶をしていたというわけだ。……だがまあ、それもキズナによって途中で遮られてしまったのだが。
アムエはキズナに手を引っ張られながら、家の中を一望して顔を明るくさせる。
「なんて素敵な所でしょう……。それに、こんなにも部屋がきれいだなんて、さすがは三大卿、私生活もきちんとされておられるのですね」
リビングのソファに座っていたヒトリはサッと目を逸らした。隣に座っていたツナグはすかさず、「ほら、あんなん言われてますよ、これからはきれいに過ごし――」と、嫌味を言おうとしたが、ヒトリに脛を蹴られ言い切ることは叶わなかった。ツナグは涙目になりながら脛を押さえる。
「……ふむ。アムエも来たことだし、そろそろ食事にしないか? 僕はまだ朝から何も口にしてないがゆえ、かなり腹が空いている。ツナグ、お前はこの家の家政婦なのだろう? さっさと用意しろ」
ダイニングテーブルにつきながらそう話すのは、ウィルだった。
ツナグはソファから立ち、ウィルを睨みつけながら叫ぶ。
「お前はもう我が物顔かよ! 昨日の晩からだろ! ここに住みはじめたの!」
「君だってそんなに長い間ここへ住んでいるわけではないだろう? 結局こういうのは年数じゃなく、どれだけ心を許すかなのさ。僕の今の気分はバタートーストにべーゴンエッグ……それとトマトスープだ。飲み物は紅茶を用意しろ。わかったら早く作れ、ツナグ」
「今の気分が具体的かつ品数が多いな! メニューを考えなくていいから助かるけど! ったく、作ってくるから待ってろ!」
キッチンへ向かうツナグの背に向けてヒトリは、「わたしはコーヒーでよろしく〜」と声をかけた。
「あらあら、とっても賑やかですね」
「えへへ。だよねだよねっ! すっごく楽しいよ!」
キズナは家の中をぐるりと見渡す。
「……最近はずっと、この広い家にお姉ちゃんと二人だけだったから……今はお姉ちゃんだけじゃなくて、みんなの声が溢れてて……すっごくうれしい」
アムエはキズナの横顔を見つめて、優しく微笑んだ。
――カタン。
そのときだった。リビングから庭先へと続くフルオープン窓のガラスに、何かが当たる軽い音がした
アムエとキズナは一度顔を見合せてから、音のしたほうへ近づき、窓を開ける。
窓を開けたすぐ足元には、ひと束の紙が置かれていた。
「なんだ、新聞かぁ。……もう、配達員の人、めんどくさがって庭先に投げてきたな〜」
キズナはそう言いつつも、大して気にしてはいない様子で新聞を拾い上げ、流れ作業のごとく新聞を開いた。
「――え!?」
新聞を見たキズナは声を上げた。横からアムエも覗き込み、その内容に目を見開いた。
「な……なんだ?」
ツナグはキズナの異変に気づき、料理をする手を止めてキズナの元へと移動する。ヒトリもウィルも同様に、キズナのうしろからそっと新聞を覗き込んだ。
「!! こ……これって……!」
ツナグは今にも気が遠くなりそうだった。
仰々しく二面に渡り飾っていたのは、アムエを除く、ツナグたち――ニューエゥラ軍のメンバーの顔写真だったからだ。
それは誰がどう見ても、紛れもなく、国際指名手配書にほかならなかった。
「全員見つけたら懸賞金100万ゴルドだって! ……ってなると、一人あたりの懸賞金が25万ゴルドかぁ……なんか安くない? もっとつけてもいいと思うけど」
「いやいやキズナ! 金額なんてどうでもいいだろ! それよりも大事なのは、俺らに懸賞金がかかっちまったことだよ……!」
懸賞金に不満げなキズナに、懸賞金をかけられてしまったこと自体に頭を抱えるツナグ。二人の反応は正反対だった。
「し……しかし、いつの間に写真なんて撮られちまってたんだ……」
「〈脳内転写〉って魔法があるんだよ! 記憶の情景を紙とかに写し出せる魔法なんだ。魔法を使ったのはチトモクかな? ほら、ツナグの写真、チトモクを殴る寸前のときの鬼気迫る表情だもん。きっとこのときの顔が一番印象に残ってたんだねっ!」
キズナはていねいにツナグの疑問に関して解説した。だからといって、ツナグの不安な思いは消えたというわけではないのだが。
アムエは手配書の内容の続きを読み上げる。
「罪状は傷害罪と世界保護文化財損壊罪ですか――って、も、もしかして、あなた方は『アンデル迷宮』までも傷つけたのですか!?」
なんて野蛮な行為を……と、畏怖の目をみなへ向けるアムエに、ツナグは「違う! それはしてねぇ!」と弁解する。
「アイツ……自分が壊したくせに、事に便乗して迷宮の件も俺らに押しつけたんだ!」
「ま、実際僕らも壊そうとはしていたわけだし、そんな変わらないだろう」
「うぐっ……それを言われたら、確かに……」
アムエは最初こそ驚いていたが、ツナグとウィルのやり取りを見ているうちに、その表情は苦笑いに変わっていた。
「あらまぁ。見てご覧よツナグくん……ツナグくんの写真の横」
ヒトリは何かに気づいたのか、ニヤニヤしながらツナグを呼んだ。
ツナグは言われたとおり、新聞に載る自分の写真を覗き込む。
写真の横には大きな見出しのような文字が書かれていたが、それはツナグには解読できない。首を傾げるツナグに、ヒトリは言う。
「――『マーザーデイティの末裔、チトモク様を殴りつけた張本人』……だってさ。その下に、『見つけた場合は決して殺さず、生きたまま末裔に差し出すこと』って書いてある。こりゃあ、捕まったらこわ〜い拷問コースが待ってるねぇ」
ケタケタと笑うヒトリ。ツナグはいよいよ恐ろしくなって、部屋の隅で小さくなってガクブルと震え出した。
「お姉ちゃん、ツナグ、怖がらせるのはよくない! だよ!」
さすがにからかい過ぎだと、キズナはヒトリを叱った。ヒトリは謝るが、それでもニヤついた笑みは消えていなかった。
「……しかし、ちょっと寂しいですね。わたくしだけ仲間外れなんて」
アムエは頬に手を添えながら小さくため息をついた。
「大丈夫だよ! アムエもそのうち指名手配犯になれるよっ!」
「そうですか。ふふっ、指名手配犯目指して、わたくしも革命軍で頑張らないとですね」
「なんで指名手配犯になりたがってるの!? ダメだよ、それ目標にしちゃ! 俺はもう怖い……おうち帰りたい……」
「ツナグ! 帰るおうちはここ、だよ!」
談笑し出すそんな三人を横目に、ウィルはヒトリに話しかける。
「ツナグというのは……肝が据わってるのかそうでないのか、よくわからないな」
「そうだねぇ……。でも、わたしはそんなツナグくんが好きだよぉ、見ていてとても面白い」
ヒトリは愛おしそうにツナグを見つめた。
「――ツナグくんは、世界を変える存在になるよ」
ウィルは腑に落ちないといった表情を浮かべた。
ヒトリはパンと手を叩き、みなに向かって言う。
「さぁ、そろそろ食事にしようじゃないかぁ。新聞に載った記念として、今日は朝から豪華にやろう!」
「うわーい! パーティーだねっ!」
ヒトリの合図でみなは再び日常へと戻っていく。
食事を囲み、仲間とともに団欒の時を過ごし――家での平和な時間は、優しく穏やかに流れていくのだった。