1-17 誘い
チトモクたちがいなくなり、黄金花守りきれたツナグたちはその後、町の人々へできあがった薬を配ったり、人々を介抱するなどの手伝いをし、今や町の人々は伝染病の苦しみから解放されゆっくりと眠りについている。
現在、ツナグたちは町の中にある、今はもう使われていない喫茶店の中で休憩しつつ、アムエから礼として茶を振る舞われていた。
「みなさまのおかげで町の人々は助かりました。本当にありがとうございました」
アムエは深く頭を下げた。
「今日しっかりと眠れば体力は戻り、元気な身体に戻るでしょう」
アムエはそう話して、カバンから茶色の袋を取り出した。
テーブルの上にそれを置くと、金属同士が擦れるような重い音が聞こえた。
「今回の謝礼です。お受け取りください」
ツナグとキズナは二人してゆっくりと袋の包みを開いた。中身はなんと、大量の金貨が収められていた。
「わ……わぁ……!」
「この世界の貨幣の価値はまだわからんが、めちゃくちゃ高そうってことだけは伝わってくる……!」
そんな二人にヒトリはため息をつき、「行儀が悪い」とひとこと言うと、袋を没収した。
「では、依頼書にサインしますね。ギルドのほうにはよろしくお伝えください。」
「はーい! お願いしますっ!」
キズナは言って、依頼書をアムエに渡した。アムエは胸ポケットからペンを取り出し、依頼書の右下にサインを書いていく。
その中で、キズナはツナグとウィルに向けて、
「こんな感じでね、依頼が完了したら、依頼人にサインをもらって、ギルドへ提出と報告をするんだよ」
と、親切にも説明してくれた。
ツナグは話を聞きながら、なんか宅配みたいだな、と思っていた。
「さて……と。では、お願いします。本当に、このたびはありがとうございました」
アムエは依頼書をキズナへと手渡した。
キズナは誇らしげに笑みを返し、受け取る。
「あら、わたくしったら、気づかずに……」
そのとき、アムエは何かに気づいたようで腰を上げ、キズナの頬に手を触れた。それは、アンデル迷宮でチトモクに殴られたときに傷ができてしまっていた場所だった。
「〈母の手当〉」
アムエが唱えると、キズナの頬を包む手の内が数秒淡く光り、収まった。アムエがそっと手を引くと、頬の傷はきれいになくなっていた。
「え……えっ! なになに!? なんかスーッと軽くなったよっ!」
ツナグは「傷、なくなってきれいになってる!」と伝えると、キズナは「えーっ!? あ、ありがとう! だよ!」と、うれしそうにアムエに向けて笑みを向けた。
「いえいえ。……さあ、残りの時間はどうぞごゆっくりしてください。お茶、おかわりいりますか?」
アムエは聞くと、ツナグとキズナは元気よくおかわりを求めた。
アムエは微笑ましくしながら、二人のカップに茶を注ぐ。
アムエが再び席に着いたところで、ウィルが口を開いた。
「……アムエは、このあとどうするのだ?」
ウィルの問いに、カップを持とうとしたアムエの手が止まる。
「……伝染病から町の人々を救い出すことができたが、ここはロクな医療機関もない貧民街なのだろう? 今回のような伝染病でなくとも、また病に侵され倒れる者が出てくるだろう。そのときに備え、アムエはここでずっと暮らし、町の人々と支えるのか?」
アムエは静かに首を横に振った。
「……わたくしは一度この場を去るつもりでいます。今回この町へ来たのも、伝染病が蔓延して人々が苦しんでいると話を聞いたからです。病に苦しみ助けを求められない人々は、ここだけではなく、ほかにも多くあるでしょう。わたくしはそんな彼らを一人でも多く救うために、動かなくてはならないのです」
ツナグは「いいことだけど……ずっとそんなことしてたら、アムエさんだって大変じゃないか」と言った。
アムエは微笑んで、「大丈夫ですよ」と答える。
「――これが、わたくしの使命ですから」
ツナグは素直に理解できなかった。なぜたったひとりの女性がこんな大きな使命を抱え込まねばならないのだろう。
「『使命』……ねぇ」
ヒトリは呟き、アムエを見つめる。
「君は人々の命を救うことが使命だと、本気で思っているのかい?」
「……はい。施療師として生まれたわたくしの性だと思っています」
アムエの言葉は嘘偽りなく本気の想いだと伝わるものだった。
ヒトリは続けてこう質問する。
「……しかし、さっきウィルも話していたように、医療に助けを求められないような者たちは、きっとまた別の病を引き起こしてしまう。根本から直していかないと、永遠に繰り返される病を治しつづけるだけで、なんの進展もないと思うよぉ……」
アムエは悔しそうに下唇を噛んだ。
「……そんなの……わかっています。でも、わたくしのような人間には治すことしかできません。変えられるものなら国ごと……いえ、世界ごと苦しみのない平和な世界に変えたいと思いますよ!」
後半の熱の入った言葉は、アムエの想いの強さの現れだった。
ヒトリは口角を上げた。
「――その想いが本当なら」
ヒトリはやや身を乗り出しながら、アムエの目を真っ直ぐ見据えてこう提案した。
「――君も、わたしたちとともに『革命』を起こさないか?」
それは、ニューエゥラ軍隊長ヒトリによる、入隊への誘いだった。