1-16 ピンチは勇気で乗り越えて
迷宮から出たあとは、ヒトリの〈瞬間転移魔法〉により一瞬でシブリッジタウンまで移動し、アムエの元へ帰り着いた。
アムエはツナグたちを見かけるなり表情を明るくさせ、息を切らしながらツナグたちの元へと駆け寄った。
「お、おかえりなさい! ところで、その……黄金花は……っ!?」
ヒトリは持っていた、黄金花を摘んだカゴを差し出すと、アムエは頬を紅潮させ、大事そうにそれを受け取った。
「ありがとうございます……! これで町の人たちを治すことができます! すみませんが、お礼の前に……」
「お礼なんて気にしなくていいんだよっ! 急いで薬を作らないとだもんね! ねぇ、わたしたちにも手伝えること、あるかな?」
アムエはキズナの優しい言葉に口元を綻ばせた。
「……では、調合を終えた薬を町の人に飲ませるのを手伝ってくださいませんか? 待ってくださいね、今わたくしがあなた方にバリア魔法を……」
アムエはそう話している途中で何かに対し視線を止め、表情を強ばらせた。
ツナグたちはアムエの視線の先を追うようにして背後を振り向く――そこにいた人物に、ツナグたちも冷や汗を浮かべた。
「……ち、チトモク……!」
ツナグは焦りを滲ませながら、その人物の名を呼んだ。
チトモクの頬は青紫色に腫れ、ツナグに殴られた痕がハッキリと残ってしまっていた。そんな痣とは対照的に、チトモクの顔は真っ赤な怒りの色に染まっていた。
「わ……ワイのことは『チトモク様』と呼べぇ! この無礼者がぁ!!」
アムエは――否、アムエだけではない、町の人々がマーザーデイティの末裔が来たことに怯え、恐怖に身を縮こませている。
アムエは膝をつき、頭を下げた。チトモクはそんなアムエを一瞥し、「そうンだ、オニャエのような態度が一番正しいのだ! オニャエらも少しはこの娼婦をミニャラえ!」と、吐き散らかした。
「娼婦じゃねぇ! 俺らの大事な依頼人だ!」
ツナグはアムエの前に立ちながら言い返すと、チトモクの額にまたいっそう血管が浮かび上がる。
「くっ、口答えするニャ! オニャエだけは一番許してニャいんだからな……! ワイを殴ったこと……とくと後悔させてやる……!」
チトモクの後ろに立つモリヒトはツナグと目が合うや、声を発さず口だけを動かした。それは、「すまん」と言っているように見て取れた。チトモクを宥め止めようとしてくれたようだが、上手くいかなかったのだろう。
「とにかく、オニャエらはそこにある黄金のハニャをすべてワイに差し出し、そこにいる眼帯の女も寄越すンだっ!!」
チトモクは黄金花とキズナを指差しながら叫んだ。キズナはまだ自分が狙われていることを知り、心底嫌そうな顔をしていた。
ツナグは拳を握り締めた。こうなったらまた〈革命拳〉を繰り出そうと考えているのだ――だが、モリヒトとの対戦になってしまえば話は別だ。モリヒトは三大卿の一人であり、さきほどもたまたまあの状況を抜けきれただけで、再度この場で戦闘となってしまえば、その明らかな戦力差であっという間に負けてしまうだろう。
ツナグの胸の内に不安が燻りはじめたときだ。
「まったくしつこい……」
「だがここまで来たんだ。……渡すわけにはいかない」
ヒトリは槍を取り出し、ウィルも静かに剣を抜いた。
「ツナグ……わたしも全力で抗うよ!」
キズナは構えを取り、ツナグを見上げた。
ツナグの中の不安は、仲間たちの決意を見て消え去っていた。
みんなとなら、戦える。
ツナグは再び拳を強く握り、チトモクを睨みつけた。
戦う姿勢を見せはじめたツナグたちを見て、アムエは慌ててツナグの腕を掴んだ。
「や……やめてください! 何をしようとしているのですか!」
ツナグの腕を握るアムエの力が強くなる。
「……い、いいんです、黄金花は……差し出します。町の人々は、わたしの回復魔法でなんとかしますから……!」
とにかくマーザーデイティの末裔には逆らってはいけない、とアムエはその目で訴えているようだった。
ツナグたち四人はアムエに笑いかけ、声を揃えて言う。
「――心配するな!」
アムエは目を見開いた。
続けて、ツナグは言う。
「俺たちは――革命軍、『ニューエゥラ軍』だ。こんな状況、簡単にひっくり返してやるぜ」
ヒトリは「言ってくれるねぇ、ツナグくん」と笑った。
キズナは革命軍へ向けて、声高らかに号令をかける。
「――さぁ、革命の時間だよっ!」
チトモクの指示を受け、モリヒトは四人と対峙する。
「バカな奴らだ……黙っていりゃいいもんを……」
モリヒトが構えを取った。
「今度こそ殺せという命令だ。悪いが、もう見逃せない」
「四対一だよぉ、強がりさん?」
一同が戦いをはじめようとした、そのときだった。
ピーピロピロピロピーピッ。
……と、この場に不釣り合いな呑気な電子音が鳴り響いたのだ。
思わず肩の力が抜けるツナグ。音はチトモクのほうから聞こえていた――音の元は、チトモクの肩に乗っている鳥だ。鳥が羽をバタバタと動かしながら、クチバシを開き音を発生させている。
チトモクは音に反応し、鳥の頭を殴った。鳥は羽を動かすのをやめ、次の瞬間、クチバシの奥からさきほどの鳴き声とはまったく異なる音声が聞こえてきた。
『モクちゃん、今どこにいるの〜?』
甲高い女の声で、なんとも甘えた口調をしていた。
状況から察するに、おそらく鳥は携帯電話みたいなものなのだろう。
チトモクはその声を聞くや目を丸くし、
「ま……マッマッ!?」
と言った。
「マッマ」……つまり、電話の相手はチトモクの母親だろうか。
『モクちゃん、今日は家族でディナーへ出かける日でしょ〜? まだ帰ってこないのぉ〜? ダーリンも待ちくたびれてるわァ』
「そ……そうだった! 今すぐ行く! 待っててね、マッマ!」
会話が終わるや、チトモクはまた鳥を殴り、クチバシを閉ざさせた。
チトモクはツナグたちを一瞥し、言う。
「……き……今日のところは見逃してやる! でも、しっかりワイを殴ったことの償いはしてもらうからニャ! 覚えとくがいい……ンだ!!」
チトモクは言って、魔法陣を作り出し、そこから一台の四輪の乗り物を召喚した。デザインの差があれど、ほとんど車のような造りをしている。
モリヒトは後部座席の扉を開け、チトモクが車へ乗り終えるとゆっくりと扉を閉めた。
「運がいいな、お前らは」
モリヒトは最後にそう言葉をかけ軽く笑うと、運転席へと乗り込み、車を走らせた。
車はしばらく走ったところで、突如姿を消した。ヒトリの〈瞬間転移魔法〉と同じ原理だろうか、仕組みはよくわからないが、とにかく車は消え、チトモクたちはこの場から去った。
一気に安堵感が押し寄せ、ツナグたち四人は顔を合わせ胸を撫で下ろすと、そこへアムエが「――あの!」と声を掛けた。
アムエは目に涙を浮かべて言う。
「――ありがとうございました!」
アムエの笑顔の後ろで、町の人々もツナグたちへ感謝の眼差しを送っていた。
ヒトリは笑顔を返し、キズナは元気よく「どういたしましてっ!」と返事し、ウィル視線を逸らしなからも微笑みを浮かべ、ツナグはなんともいえない高揚感で満たされていた。
こうして、ニューエゥラ軍の初仕事は無事に、成功という形を収めたのだった。