1-15 これでお前らは
殴られ吹き飛ばされたチトモクを見て、ツナグとヒトリ以外の全員は唖然としたまま身体を固まらせていた。
「ま……末裔を……殴っちゃったの……!?」
あまりの衝撃的な出来事に混乱しているのだろう、キズナの声は大層震えていた。
「……ははっ」
ウィルは驚きを通り越して、もはや笑い声を洩らしていた。
ツナグはようやくそこで怒りが落ち着き、我に返った。殴ったチトモクを一瞥してから、仲間のほうへ振り向く。
「……あ、俺……なんかマズいとしちゃったかも……」
今更現状を把握したツナグを見て、キズナとウィルは我慢ならなかったのだろう、笑い声を吹き出した。
ツナグはどうして二人が笑っているのかわからなかったが、理由を聞く前にキズナに抱きつかれ、もうそんなことはどうでもよくなった。
「ツナグ……ありがとう」
キズナから唐突に礼を言われ、ツナグは困惑した。礼を言われるようなことをした覚えがないからだ――むしろ、末裔を殴るという悪行をしでかしてしまった罪のほうが大きいのではと思っているのだが……。
「わたし……本当はあの人のお嫁さんになるなんて……嫌だった、から……。でも、逆らえばみんな殺されちゃうと思って、そんなこと言えなかった……。だけど、ツナグが変えてくれた!」
キズナはツナグの目を真っ直ぐと見つめる。
「これから、何があってもツナグを守るからね!」
キズナはツナグから身体を離すと、今の喜びを体現するかのように、草むらの上を跳ね回った。
「……そうだよねっ! わたしたちは革命家だもんっ! 今まで何ビビってたんだろう!」
キズナは今度は姉のところへ走り抱きつきながら、「お姉ちゃんもそう思うよねっ!」なんて話していた。
ウィルもツナグの元へ歩み寄り、「本当によくやってくれたな」と声を掛ける。
「……だが、勇気をもらった。まさかあんな魔物に対して怯えていた君が、末裔相手に手を出すなんて思ってもみなかった。ツナグは、本当は誰よりも革命家の心を持っていたのだな」
ツナグは「いや……俺はそんなこと……」と弁明しようとしたが、ウィルはツナグの話を聞かずに、「もう僕らには怖いものなどないな」と言ってきたため、ツナグはとりあえずぎこちなく頷いた。
「……な、何を笑っていられるのだ、お前らは!」
そこへモリヒトが声を荒らげながら、ツナグたちへ詰め寄った。
あまりの迫力にツナグは肩を竦ませ、身体を小さくさせる――さきほどの怒りの中戦っていたツナグの面影など、今はなかった。
「特にそこのお前……ツナグ、というのか。マーザーデイティの末裔に手を出すとは、一体何を考えている!?」
あまりにも自分とは体格差がかなり開くほどの巨大なモリヒトに対して、緊張しながらツナグは答える。
「……えっと。その……俺はどうしても、キズナが殴られたのを見て、ただ黙ってるなんてできなくて。それに、あのときあのまま引き下がってたら、町の人は誰一人救われなくなっちまうから……なんとかしなきゃって考えてたら、気づいたらこんな結果に……」
モリヒトは深いため息をついて、頭を抱えた。それから、「……まあいい」と言うと、倒れているチトモクを肩で担ぎ、ツナグたちを振り返り見る。
「これで晴れて、お前らは国際指名手配者だ。せいぜい余暇を楽しんでいるといい」
ツナグは「えっ!? 『国際指名手配』って!?」と、驚きの声を上げた。まさか自分がそんなお尋ね者になってしまうなんて思いもよらなかったからだ。
だが、今となって冷静に考えれば、全世界のトップを暴行したのだ――その罪は、限りなく重い。
「俺……もうダメかも……」
力の抜けていくツナグを、キズナは慌てて支えた。
モリヒトはこの場を去ろうとツナグたちに背を向けたところで、一度足を止めた。
「――ヒトリ」
呼びかけられたヒトリは顔を上げ、モリヒトの背を見つめる。
「お前、本気で世界を変えようとしているのか」
ヒトリは横目で三人の仲間を見てから、答える。
「……ああ。モリヒトもどうだい〜? そんな腐れ頭の上司なんて捨てて、わたしたちと手を組むのは……さぁ」
「……断る。俺は自分が安定した地位につけて、それなりに金をもらえていればそれでいい」
「はは。ムカつくねぇ……わたしの嫌いなタイプだ」
「俺もお前みたいな調和を乱す奴は嫌いだ」
モリヒトは最後に、「じゃあな。どうせまた会うだろうさ」と言って、さきほど破壊して開けた穴を通って去っていった。
その跳躍力は凄まじく、両足で蹴り上げただけの力で一気に迷宮の上へ上へと行ってしまったのだ。
「……なっ、なんだあれ……人間業じゃねぇ……」
「身体に流れる魔力を即座にエネルギー変換して外へ放出して飛んでるんだよ! ……なんて言葉では簡単にいうけど、あれほどまでの力を出せるのはモリヒトくらいだろうねっ」
「うむ……やはり三大卿は格が違うな……。さっき、僕の剣もまるで歯が立たたなかったし……」
「フムフム。やっぱ三大卿ってのはやべぇのばっか……って待て! さっきのデケェのって、三大卿の一人だったのか!?」
キズナとウィルはいきなり何に驚いているんだといった顔を示した。
「ひえぇ……だ、だからヒトリさんとはなんか面識があるふうの対応をしてたのか……!」
「ツナグ、察しが悪いねっ! だよ!」
そんなふうに三人が話していると、ヒトリから「お〜い」と、招集がかかる。
「みんなぁ、さっさと花を摘んでいくよぉ。早く町の人に届けなくっちゃあねぇ」
ヒトリに言われ、三人も黄金花を摘んでいく。
摘んだ花はヒトリが魔法陣から取り出した木のカゴに入れていき、ある程度集まったところで迷宮を出ることにした。
「ヒトリさんの魔法陣って、槍だけじゃなくってカゴも出せるんですね」
「まあねぇ。取り出しているっていうより、魔力を元に錬成しているといったら正しいんだけれども……ま、そのへんの細かいことはいいさぁ」
ヒトリはカゴを持ちながら両手を広げる。
「さ、迷宮の術も解けてるだろうし、帰りは〈瞬間転移魔法〉で一気にシブリッジタウンまで行こうかぁ。みんな、集まって集まってぇ」
三人はヒトリへ抱きつき終えると、ヒトリは両手を合わせ詠唱する。
「――〈瞬間転移魔法〉」
しかし、何も起こらない。
まさか……と、また顔を曇らせるツナグ。
「……ふむ。どうやら術は完璧に解けたわけじゃないらしい。空間転移魔法系は無効化されてしまうようだねぇ……。まあ、そうなったらしかたないさぁ、大人しく一階ずつ登っていくとしよう。幸いなことに密室の術は解けて、階段が出現してくれたからねぇ」
キズナはすぐにわかったと返事をし、「よーし! 誰が一番先に迷宮を出るか競争だぁ!」と走り出した。
ウィルもキズナのあとを追うように走り出し、そんな二人を見送りながら、ヒトリはツナグの肩を叩く。
「さぁ、ツナグくん、ラストスパートがんばるよぉ」
「が……がんばるって……確かここへ落ちてくるとき何十階分とありませんでした……?」
「たかが数十階、なんだってんだい。ほら、行くよぉ」
ヒトリもそう言い残し階段を駆け上がっていく。一人残されたツナグは置いてかれまいと、懸命にみんなについていくのだった。
「ハァ……ハァ……っ、あ、あのヒトリさん……! 行きのときみたいに、また帰りも――」
「おぶったりしないよ、アレは特別さぁ。ツナグくんも、これを機に体力つけな〜」
「は……はいぃ……」
――ちなみに。そんな会話を交わしていたツナグだったのだが、途中でバテてしまい、結局迷宮の出口までヒトリに抱えてもらうことになったのだった。