1-12 望んでいない邂逅
「……はい?」
ツナグは間の抜けた声を上げた。
ウィルのいう「〈革命拳〉で床に穴を開けろ」なんて、非現実的だと思ったからだ。
ひとりの人間がこんな硬い石の床を殴って破壊できるも思うか――否、常識的に考えれば不可能だ。
異世界へ来てから、ツナグの元いた世界にはなかった魔法やら空想的な風景などを見てきて、自分の中の常識は覆されつつあるが……それと〈革命拳〉は別だろう。
〈革命拳〉と技名を付けたが、あくまでこれはただのパンチなのだ。
そこに魔法力も何もない。床を壊すほどの凄まじい筋力などツナグは有していない。
長々と不可能な点について語ったが、ツナグの思いはただひとつだった――「こんな硬い床を殴るなんて痛そう」だ。
ただ、それを言うのは男として情けないという、微かなプライドがある。
ツナグは「でも……床を殴っても壊せるとは――」と言いかけたところで、ヒトリが口を開いた。
「ツナグくん、『床を殴るのは痛そう』だという抵抗があるのはわかるが、とりあえずやってみたらいいさぁ。大丈夫、仮に骨が折れても、血が出ても、キズナが痺れ魔法をかけてくれるさぁ。麻痺して痛みも感じなくなるから、ねぇ」
「……ば、バレてるっ!? ……ってか、治してはくれないんですねっ!?」
「ごめんね、ツナグ。わたし、治癒魔法は使えないんだ!」
姉妹を横目に、ウィルは「そんなことで躊躇うとは……情けない」と呟いた。
ツナグは一同の冷めた視線を受け、いたたまれなくなっていた。
「もう帰りたい」――そう思うが、迷宮内に閉じ込められた現状に置いて、それは叶わない。
ツナグがここで勇気を出さなければ、打開策など生まれないのだ。
――とにかく、ダメ元でやってみるしかない。
ツナグは決心し、拳を作った。「キズナ! なんかあったら痺れ魔法、絶対かけてくれよ!」とキズナへ声をかけ、右腕を振り上げる。
ツナグは山賊長を殴ったときのことを思い出しながら、あのとき以上の力が出るようにと祈り、拳を振り下ろす。
「カクメイ――」
しかし、今にも拳を叩き込もうとした、そのときだった。
突然、天井が強烈な爆発音とともに崩れたのだ。
土埃が舞い、視界が一気に悪くなる。
「な、なんだ!?」
ツナグは少しでも状況を把握しようと、必死で目を凝らす。
そのとき、二つの大きな影が見えた。
影は一瞬で消えていってしまい、姿をハッキリ見ることはできなかった。
「アレは……なんだったんだ?」
その後すぐに土埃は収まり、視界は晴れた。
ツナグは全員の安否を確認する――幸いなことに、全員特に何事もなかったようだ。
「ケホッケホッ……い、いきなり何が起きたの……!?」
「……どうやら何者かが、迷宮を突き破って進んだらしいな……。まさにさきほど僕らがやろうとしていたことを、だ」
ウィルは、天井から地下へかけて続いていく穴を見て、そう話した。
「ふむ。しかし誰かがこうしてくれたおかげで、どうやら迷宮の術も解けたみたいだねぇ。ほら、穴の下はまた違う風景が広がっている」
ヒトリの言うとおり、穴の下は自分たちのいる階層とはまた景色が変わり、地下へ行くほど、どんどんと緑の数が多くなっていた。
「もしかして……この先に黄金花が!?」
ツナグは言った。
「きっとそうだよ! さぁ、わたしたちも続いて降りていくよ!」
続いてキズナもそう言って、まるで猫のようにしなやかに穴の下へと降りていく。
ウィルも穴から落ちる高さに臆することなく、器用に一階層ずつ下層の床に飛び移りながら降りていった。
二人を見る限り、一階層ずつ床を伝い降りていけば問題ないとわかるのだが――ツナグはそれでも動けなかった。
穴の下は深く、底はハッキリと見えない。もし踏み間違えれば、ひとたまりもないことは確かだ。
「……えっと……ここから、斜め下に飛び降りればあの床に……」
ツナグは脳内シュミレートを開始するが、どうしたってうまくいかず、すっかり足が竦んでしまった。
「……まったく、かわいい子だねぇ」
そんなツナグを見かねてか、ヒトリはそう呟いてツナグを横に担いだ。
「……あっ、えっと……できればやさしくお願いします」
「それはお断りだねぇ。わたしに抱っこしてもらえるだけ、ありがたいと思いなぁ」
ヒトリはニヤリと笑み、穴の下へと足を踏み出す。
ヒトリは大胆にも先頭を切った二人のように、一階層ごとの床を経由せず、直線的に穴の下へと飛び降りた。
「……ヒッ!」
重力に従い、ヒトリとツナグは一気に、底の見えぬ地下奥深くへ落ちていく。
ヒトリは涼し気な顔をしているが、ツナグは自身のかかる風圧と重力に耐えかねて、ひたすら悲鳴を上げていた。
「あ! ヒトリさん! ゆ……床! ぶつかる!」
ツナグは地面を指差しながら叫んだ。そこには地下にしては珍しく、草むらが広がっていた。おそらくあそこが最下層と見ていいだろう。
ツナグの焦りに反して、ヒトリはニヤニヤと笑いながら余裕を見せていた。ツナグはそんなヒトリの態度を見て、焦りどころか恐怖も加わり、現実から目を逸らすように固く目を瞑った。
地面までの距離はあとわずか。
ようやくそこで、ヒトリは口を開いた。
「――〈眠る秒針〉」
ヒトリは今にも地面にぶつかろうとするその直前で詠唱し、瞬間、ピタリと空中でヒトリと、ヒトリに抱かれているツナグは停止した。
それは時が止まっている――そうとしか表現できない。
約一秒後、二人は動き出し、ヒトリは華麗に着地した。
さきほどの時を一時停止させた影響により、今までの落下にかかった重力加速度などはリセットされたようだ。
「ツナグくん、着いたよ」
ヒトリの声掛けとともに、ツナグは地面の上に落とされた。腹に受けた衝撃のせいで、「ぐえっ」と変な声が出てしまった。なんとも降ろし方が雑であるが、文句は言うまい。
ツナグはゆっくりと目を開けると、その光景に目を奪われた。
「――!」
その先に広がっていたのは――黄金色に輝く、花畑だった。
「もー! わたしが一番最初にスタートしたのに、結局お姉ちゃんが一番乗りなんて、だよ!」
「さすがはヒトリだな。……ツナグ、貴様は少しくらい自分で動いたらどうだ」
どうやらキズナとウィルも最下層へと到着したようだ。キズナとウィルも美しい花畑の存在に気づいたようで、ツナグと同じく目を奪われていた。
「……わぁ、きれい……」
「これが万病に効く黄金花……か」
キズナはヒトリの横に駆け寄り、言う。
「お姉ちゃん! これ、摘んで帰ろう! 早く戻って、町のみんなを助けなくっちゃ!」
ヒトリは「ああ、そうだねぇ」と言い、一同は花畑へと近づいていく。
早速、黄金花を手に取ろうとキズナが手を伸ばしたときだった。
「おい! そこのオニャエ! ニャにワイのハニャ取ろうとしてーンだッ!!」
と、なんとも妙な喋り方をする男に声をかけられたのだ。
キズナは顔を上げ男を見るや、咄嗟に一歩後ずさり、顔を青ざめさせた。
ツナグは尋常ではないキズナの反応を怪訝に思ったが、さらにヒトリも、ウィルもキズナの同様の表情を浮かべており、ツナグはますます不審を覚えた。
キズナは震えた小さな声で、言う。
「ま……マーザーデイティの……末裔……!?」
――と。