4-30 革命軍の日常は終わらない
ドールとの一件以来、しばらくニューエゥラ軍は落ち着いた日々を送っていた。
あれから、末裔がツナグたちになにか仕掛けてくることもなく、ツナグたちはギルドで依頼をこなして報酬を得たりしながら、平穏な生活を送っていた。
今朝もいつものように、ツナグとシャルで朝食を用意し、一同揃って食事をしていると――不意にカタン、と外のほうから音がした。
キズナはフルオープンの窓を開け、足元から何かを拾った。
「なんの音かと思ったら、新聞かぁ。……もう、配達員の人、めんどくさがって庭先に投げてきたな〜」
ツナグは内心、以前もほとんど同じセリフを聞いたような、と思っていると、新聞の中身を見たキズナが「あーっ!」と声を上げた。
「いきなり大声を上げて、どうした?」
ウィルはややしかめっ面になりながら聞くと、キズナは「ごめんごめん」と言いつつ、新聞を広げみなに見せた。
「ほら! 手配書、ついにアムエたちも追加されてるよ!」
一同はこぞって中身を見ると、既存のツナグたちの手配書とは別に、新顔の枠として、アムエ、シャル、パエルが追加されていた。
「わーい! これでニューエゥラ軍全員揃った、だよ!」
「いや、全然『わーい!』じゃねぇって!!」
いち早くツナグはツッコミ、机の下に隠れてしまった。
「うぅ……終わりだぁ……これじゃあ、ますます注目度が上がって、いつ牢屋に入れられちゃうかわからねぇよ……」
シャルは机の下に隠れるツナグを覗き込むと、言う。
「ツナグ様、もしくはすぐに末裔から処刑が下るかもしれませんね」
「ねぇ、なんで追い討ちかけるようなこと言うの!?」
シクシク……と頭を抱えるツナグ。
「あ〜……でも手配書は、さすがに変装してたときの格好じゃなくて、普段のわたしたちの格好だね」
キズナのコメントに、パエルが「末裔どもも、そこまでバカじゃねーってこった」と、さらにコメントを重ねた。
「へぇ、懸賞金は全員合わせて300万ゴルドかぁ……以前より上がったとはいっても、なんだか渋いねぇ」
「末裔たちはケチです。わたしだったら、もっと懸けます!」
ヒトリとアムエは口々にそう話した。
「いや、なんで懸賞金掛けられていることよりも、その額の少なさのほうに怒れるの……?」
ツナグは理解できない目を向けながら、ようやく机の下から顔を出した。
「……こんな恐ろしいニュースより、俺はもっといいニュースが聞きたいぜ」
ツナグは言うと、キズナは「それはそう、だね! なんかいいニュースあるかなぁ」と返しながら、新聞紙を捲っていく。
キズナは途中で、「あっ!」と、うれしげに何かを見つけて、手を止めた。
「見て! ドールとハンス、だよ!」
キズナは言うと、新聞の一面を指さした。
そこには、城の前で大衆に手を振るドールとハンスの姿が。
ドールはきっちりとしたスーツを身に纏い、赤い毛皮マントをはためかせ、ハンスはレースをあしらった上品なドレスを着ていた。
「あ、これ再生出来るやつだ」
キズナは言うと、ドールたちの写る写真部分をタッチした。すると写真の中のドールたちに色がつき、それは音声を乗せて、映像として動き出したのだ。
祝福の歓声を浴び、笑顔を振りまくドールとハンス。
それは幸せそのもので、同時にどこか二人の覚悟を感じさせるものだった。
「すっげぇ……なんか、スマホの紙版、みたいな感じだ」
「えへへ、すっごいよね。これ、かなーりお金かかるやつなんだよー」
ツナグとキズナが話す横で、パエルはアムエに話しかける。
「なーなー、兄ちゃんの言う『スマホ』ってなんだ?」
「転生者たちがかつて住んでいた世界の文明のひとつですよ」
「へー。なんか気になるな」
シャルはそんなパエルに、「パエル様。今度、ボクといっしょに市場へ出かけてみましょうか。もしかしたら、スマホとやらがあるかもしれません」と提案すると、パエルはうれしそうに「うん!」と頷いた。
ウィルも気になったのか、ツナグの横から記事を覗き込んだ。
「……カカトウ国に異例の新女王と王妃の戴冠式が開催……か。……前国王と前王妃は病気により急逝、大規模な国葬は行わず、身内のみで式を行った……か」
ヒトリはハッと鼻で笑いつつ、
「ずいぶんと前任については簡潔だねぇ。それ以上追及させまいとする意志もなんとなく感じるよ……これもどうせ、末裔の指示だろうさぁ」
と話すが、すぐにそんなものに興味を失ったのか、コーヒーを飲むのだった。
ツナグはヒトリの話を聞きながら、きっと末裔と言っても、特にラソソイの指示が強いのだろうと、一人思った。
――そしてツナグは改めてあの日を思い返し、自分はなんだかんだ言いつつも、末裔の立場であるラソソイに助けられた部分もあるのかもしれない、と少しだけ感じた。
「まあ、いろいろあったけどさ……なんだかんだ、ドールたちが幸せそうでよかった、よね」
何気ないキズナの言葉に、ツナグたちはみなそれぞれ同意したのだった。
キズナは勢いよく新聞を丸めると、そのへんにそれを投げ捨て、「さぁ!」と場を切り替えるように声を出した。
「朝食を食べたらギルドへ出発、だよ! 今日も困っている人を助けなくっちゃね!」
キズナは副隊長として、ニカッと歯を見せて笑い、言う。
「革命のために、一歩ずつ世界を変えていこう、だよ!」
一同は頷いた――しかし、ツナグだけはひと言。
「それはわかったけどよ、キズナ――新聞は見終わったなら、そのへんに投げ捨てない!」
「……ほぇ?」
「『……ほぇ?』じゃねぇ! もう見ない新聞は、掃除用具棚にきれいに重ねてしまっとけって、俺前に話しただろ!」
「えー、そ、そうだっけ? でもほら、また見るかもしれないし……」
「そう言ってまた見た試しがないんだから、ちゃんとしまう! 新聞紙は掃除に使ったり、物の保存に使ったり……いろいろ使い道あるんだから!」
「わーん、ツナグうるさい、だよ!」
「うるさいじゃない!」
そうやって言い合うツナグとキズナに対し、パエルは朝食のパンを食べながら、呆れた視線を送る。
「なんか兄ちゃんたち……兄妹通り越して親子だな」
「ほっとけ、パエル。どちらのようにもならず、僕のように堅実に賢く生きろ」
「ふふ。今日も愉快で楽しいわねぇ」
「ヒトリ様。コーヒーのおかわり、いかがですか?」
「ありがとねぇ、シャル。じゃあ、いただこうかねぇ」
このようにして、すっかり手配書の件はツナグたちの頭から忘れられていき――ニューエゥラ軍の日常は、今日も明日も続いていくのだった。