1-2 革命のために、一歩ずつ
「……そうだけど?」
ヒトリのあっけらかんとした物言いに、ツナグは肩透かしをくらう。
「……そ、そうだけどって……! 政府からしたら、ヒトリさんのやろうとしていることは都合が悪いんじゃないッスか? マーザーデイティ末裔? とかと繋がる政府にとって、ヒトリさんたちの世界を変えようとかいう行動は邪魔というか……」
ヒトリは口元に指を添えながら、「ふむふむ、確かに一理ある。……だが」と言い、ツナグを見やった。
「世界政府もみんな悪い奴というわけではない。わたしのこの活動を応援してくれている奴も中にはいるのさぁ。ソイツらが上手いこと見逃してくれているおかげで、ある程度好きに動けているのもあるかなぁ。転生の間の仕事さえちゃんとすれば、お給料だってくれるしねぇ。……ただ、まあ……」
ヒトリは小さなため息を挟み、話を続ける。
「――マーザーデイティの末裔に直接手を出さないことが条件だけどねぇ。それをした瞬間、わたしは全世界のお偉いさんから蜂の巣にされるだろうさぁ」
まあわたしは強いから、そんな簡単には倒れないけどねぇ、とヒトリは最後にそう言った、
「……そんなにすごいのかよ、マーザーデイティの末裔って……」
「――すごいってもんじゃないよ」
ツナグの背後から、紅茶と菓子を用意してきたキズナの声がかかった。
「えへ、お茶いれてきたよ。どうぞ遠慮なく、だよ」
キズナはそう言って、ツナグの前にカップを置いた。茶葉の香りがツナグの鼻孔をくすぐる。
ローテーブルの上に人数分の紅茶を並べ、中央にクッキーが並べられた皿を置いたところで、キズナもツナグの隣へと着席した。
「……マーザーデイティの末裔はね、世界一の権力を持っていて、お金も持っていて……誰も敵わないの。逆らえないし、末裔たちの機嫌を少しでも損ねたら、処刑されちゃうんだ……なんにも悪いことしていないのに」
「しょ、処刑……!?」
「命がいくつあっても足りないよねぇ。なんであんな奴らがマーザーデイティの末裔なんだろうねぇ……」
ヒトリは紅茶をひと口のんで、天井を見上げた。
「マーザーデイティ本人は慈悲深くて、民のことを第一に想いやり、平和的な世界を作り上げた――なんて伝えられているけど、末裔たちは正反対……だよ」
キズナは悲しそうに眉を下げた。
「そんな……。でもさ、ヒトリさんって三大卿って呼ばれるくらい強いんだろ? 末裔くらいちゃっちゃと倒しちゃえば……!」
「ま、倒すのは簡単だろうねぇ。見た目から雑魚だし。ただ、背後に潜む巨大な権力に対して、わたしが捌き切れるかと問われれば、首を縦には振れないねぇ……。さすがに世界政府相手に一人じゃ立ち向かえないや」
ヒトリはそう話し、乾いた笑い声を立てた。
「……一歩ずつ、ゆっくりと進むしかないんだよ」
キズナは言う。
「一歩ずつ、世界の片隅から平和な世界を取り戻して、一歩ずつ、みんなを味方につけて――最終的に世界政府の人たちも納得させることができれば、マーザーデイティの末裔を失脚させられる。末裔たちの独裁は終わって、平和で幸せな世界を取り戻せる……そうなるはずだよ!」
ヒトリは「ああ、そのとおりさ。残念ながら革命に近道はない」と、言葉を添えた。
「そう……なのか。革命ってのも、一筋縄じゃいかないんだな」
ツナグはカップへと視線を落とす。水面に映る自分の顔は、革命軍に入ったのかと疑ってしまうほど自信のないものだった。
「……ツナグ! なんか思いつめた顔してるよっ!」
「えっ!?」
突然キズナに顔を覗き込まれ、ツナグは驚いて身体を仰け反らせた。
鼻先が触れるんじゃないかというくらい、キズナの顔が近い。
「そんなに重く深く考えなーい。ピンチになっても、ウチにはこんなに強いお姉ちゃん――隊長がいるんだから! まあなんとかなるって!」
キズナは笑いかけ、「ほら、このクッキーでも食べて。おいしいよっ!」と、ツナグの口元へと差し出してくれた。
ツナグはそんなキズナの無邪気な笑顔に安心感を覚えつつ、同時にキズナから「アーン」とクッキーが自分の口元へ運ばれようとしている状況に、心臓の鼓動を加速させていた。
女子から「アーン」されたことなど、ツナグには一度もない。
だが、ここで顔を背けるのもキズナに失礼だろう。ツナグは意を決して、クッキーを咥えた。
「えへ、おいしい? これね、わたしが作ったやつなんだよ!」
「へえ、そうなのか! これはおいし――」
言いかけて、ツナグの口が止まる。
確かに見た目はかわいらしいクッキーだ。しかし、口に入れたこの物体は、クッキーとはほど遠い味をしている。甘くはないし、かといってしょっぱくもない。謎の苦味が口の中に広がるばかりで、食感も微妙に本来知るクッキーとは異なっている。ソフトクッキーとも違った、柔らかくて弾力のあるこの歯ごたえは一体……。
ツナグの脳内はいよいよクッキーを処理しきれずに、フリーズした。
無論、ツナグ自身もまるで魂が抜けてしまったかのように、クッキーを口に含んだまま身体を硬直させていた。
「はっはっは〜。ウチの妹の料理はねぇ……ある程度訓練がいるのさ。ま、ツナグくんもそのうち慣れてくるさぁ」
「……っ! ツナグ、ごめんだよっ! 何度か作ってきたし、さすがに今回は大丈夫だと思ったんだけど……!」
笑うヒトリに、焦るキズナ。
ツナグは、遠くから聞こえる姉妹の声を聞きながら、あのときもらったおにぎりを食べられなくて、ある意味正解だったのかもしれない……と、ヒッソリと思っていた。