4-27 生まれ、変わり
ラソソイは転がったパコダ傘を拾い上げさすと、ドールを見下ろすような形で見つめた。
「……よくやったわ、それでいいのよ」
ラソソイはそう言い終わると同時に、ツナグはラソソイの頬を激しく叩いた。
乾いた音が響き、その場にいた誰もが戦慄した。
ラソソイは叩かれた頬を抑えようともせず、ツナグから目を逸らしたまま、微動だにしない。
「……お前と同じこと、ドールまでさせんなよ」
「……でも、これでアイツは解放されたじゃん」
ツナグは思わずその言葉を受け入れかけて――しかしすぐに首を横に振り、言う。
「……されてねぇよ。なんにも救われてねぇ……ドールは、お前のせいで一生消えない罪を背負ったんだ」
「……は? アタシのせい?」
ラソソイは顔を上げ、ツナグを睨みつける。
「選択したのはアイツでしょ。アタシは手助けしてあげただけ」
「……その手助けのせいで、ドールは」
「ドール、ドールうるさいんですけど。じゃあさ、もしこのままアイツの両親が生き続けてたら、ドールはどうなってたと思う? 一生、生き地獄を味わうのよ」
「……。……知ってたならよ、もっと早く、お前が助けてやればよかったんだ。お前は今、末裔様で神様なんだろ」
「――神様なんていねーし。本当に、初めから神様がいたってんならよ、なんで神様は、今すぐにでもアタシを消さねーんだ?」
「……それは、話がちが――」
「――それに、なんでそもそも……なんで、アタシが辛かったとき……誰も助けてくれなかったの……?」
「……」
「……地獄から抜け出すには、自分で選択して実行するしかないってこと」
ラソソイはツナグを押しのけると、今度はハンスに目を付けた。
視線を向けられ、緊張を帯びるハンス。
「……よく考えたらさ」
ラソソイはその場にしゃがみ、流れるような手つきでハンスのヒレに手をやった。
「……いくら女王っつったって、あんなのひとりにカカトウ国を任せるって、なかなかヤバいよね」
ラソソイは言うと立ち上がり、傘を閉じたかと思えば――その傘を思い切り振り上げ、全体重を乗せてハンスのヒレに叩きつけた。
刹那、ガラスの割れたような音とともにヒレの鱗は弾け飛び、
「〜〜〜〜〜〜ッ!!」
突然のことに、悲鳴にもならない声を上げるハンス。
「ハンス!」
ドールはすぐにハンスへ飛びつき、ラソソイを見やった。
「いきなり何をしますの!」
「お前らに、カカトウ国の新女王とその王妃を命ずる」
「……は?」
ラソソイの掴めない返答に、困惑するドール。
ラソソイは再び傘をさすと、何食わぬ顔をして去っていく。
「モリヒト、すぐに車を出せ。チトモクも、もう帰るわよ」
モリヒトは「……はっ」と返事すると、車の後部扉を開き、ラソソイとチトモクを乗せた。
モリヒトが運転席につくと同時に、ラソソイは車の窓を開け、去り際、ドールに向かって言う。
「とりまテメーの父親の分は見逃してやるけどよ、これからはちゃーんと、末裔様に金納めろよ」
ラソソイはそれだけを残し、車は発車した。
数メートル走ったあたりで車は転移し、辺りはしんと静まり返った。
「……ウソだろう」
その後、ハンスは驚きと怯えが混じったような声を上げ、みながハンスに注目すると、ハンスは膝を抱え、小さく丸まって座っていたのだ。
そう話すとおり――ハンスのヒレは、二本の人間の足に生まれ変わっていたのだ。
ハンスは顔を赤くして、より身体を小さくさせて言う。
「あんまり見つめないでくれ……その、し、下は、何も履いていないから……」