4-26 ひとつを選べ(3)
二人の男女、と言っても、ツナグは男のほうなら見識があった。
なぜならついさっきまで、その男――パペッティアと戦っていたのだから。
しかし女性のほうはまるで見覚えがない。だが、ドールの発言によりハッキリとした。彼女は、ドールの母親なのだと。
ドールの美しい白髪は母親譲りなのだと、彼女を見て思う。
しかしドールとはまた少し違い、母親のほうは儚げで――いや、もっとハッキリといえば、生気のない面持ちを浮かべ、その佇まいはさながら幽霊のようであった。
思い返せば、ドールの口から母親の話はこれまでなかったと気づく。
一方、モリヒトはラソソイが現れたことに慌てた様子で膝をつき、ラソソイを見上げていた。
「モリヒト。お前は後ろで控えてろ。ここから口出しも、手出しも一切することを禁ずる。アタシが許すまで、そこの車の後ろにいろ」
モリヒトは無言のまま、ラソソイの指示どおりに後ろへと下がった。
「あ……アッネ、その二人、どうしたン――」
「チトモクも下がっててねー。今から、おもしろいモン見せてあげるから。……ま、ツナグの……ってか、お姫様の選択次第なとこ、あるけどね」
ラソソイの思惑が見えず、ただ身構えるツナグたち。
「えっと……そうそう、第三の選択肢、ね」
ラソソイは自身のパコダ傘を投げて、それはドールの足元へと転がる。
ドールはパコダ傘を一瞥し、「これは、どういうつもり、ですの」と問うた。
「……その傘、先端から魔力弾が出るようになってるわ。それでここにいるクソ親父とババァを撃ち殺すの」
「……え」
「そして、あなたは次のカカトウ国を治める女王になるのよ」
「……何を、言っていますの……?」
「そしたらね、許嫁の件もなしにしてあげる。人魚の件も、アタシからママに言ってあげる。どっちも簡単なことよ……二人とも、実際そこまで本気じゃないんだから」
ラソソイはチトモクへと視線を向け、「ね、そうでしょ?」と話す。
「チトモクさ、そんなにドールに対して本気じゃないでしょ? パペッティアに言われて、しかたなくなんでしょ?」
ラソソイに振られたチトモクは、気まずそうにしながらも頷く。
「ま……まぁ。パペッティアが、娘を嫁がせる代わりに、これまでの行いと税の未納をチャラにしてほしいとかニャンとか……パッパに話したらしいンだ。ワイも詳しくは知らん……」
その話が出た瞬間、パペッティアの眉間に深く皺が刻まれる。
隣の母親は対照的に、眉ひとつ変えず地面を見つめていた。
「ならいいじゃん。許嫁の話はなしで。……で、ママのほうだけど……人魚にはもう興味なさそうよ? 新しいヤクに今は夢中になってるからさ」
「ヤクって……まだ、どこかで作られてんのかよ……!」
パエルが声を上げると、ラソソイは呆れた様子でパエルを見下ろす。
「セキセイ国の一件が解決したくらいで、全部なくなるわけないじゃん。場所はほかにいっぱいあるんだもん。そりゃあ……そんなのに、終わりは来ないっての」
パエルは何か言おうとして、ぐっと飲み込み下唇を噛んだ。
「……クフ。じゃーあ、話はこれでおしまい♡ お姫様は、準備できたぁ?」
突然話す調子を変えてきたラソソイに、ドールは戸惑うばかりだった。
「……いいから、取れよ」
ラソソイは、ドールに向けて静かに言う。
「これで、ここにある問題はすべて終わりになるのよ」
「…………」
「アンタも、本音は恨んでいるでしょ? 自分の人生最悪にした、この二人のこと本当はころ――」
「――ラソソイ。ドールにこんなこと、させちゃダメだ」
ツナグは声を上げると、ラソソイはただ冷ややかな視線を送り返すのみだった。
途端に押し黙るツナグ。
「……ドール」
しばらく沈黙が続いたのち、それを打ち破ったのは意識を取り戻したハンスだった。
「ボクは……ドールがどちらの選択を取っても、そばにいるよ」
そう言って、身体を起こし、ドールの肩に寄りかかるハンス。
ドールはそれを見て、聞き入れて――パコダ傘を手に取った。
ニューエゥラ軍の一同は、同時に息を飲んだが……ただ、みなが一様に静観を選んだ。
「……待て。ドール、落ち着け。それは下ろせ」
一方で、焦りを見せはじめたのはパペッティアたちのほうだった。
「こんなことしたって何になる? 我の後を継げるはずもない。お前は……お前はただ、許嫁の話に乗ればいい」
「……お父様、それだけではいけませんわ。ココノッチュラ小国の方たちを救うには、キズナも巻き込まなければなりませんのよ」
「別に……そんなのいいだろう? それに、そこの女はどうなろうとどうでもいい立場の――」
「――それ以上の発言は、控えたほうがよろしいですわよ。キズナたちだけじゃない……最悪、末裔様方にも失礼にあたりますわ」
「……っ」
ドールは次に、自身の母親へと目を向けた。
「……お母様は、どうなんですの?」
「……」
「お父様と、同じ意見ですの?」
「……て」
「……」
「……たす、けて……」
「……お母様……あなたは、いつもそうでしたわね。……ワタクシのことなんて、見えてなくて……」
ドールはパコダ傘の先端を自身の両親へと向けた。
「……撃ち方、わかる?」
ラソソイの質問に、ドールはただ頷く。
「……魔法装備の知識につきましては、一介の姫としてそれなりにありますから」
パコダ傘の先端は、徐々に白い光が集まりはじめていた。
一層窮地に追い込まれたパペッティアは大量の汗粒を額に浮かべながら、狂ったように叫び出す。
「ドール! 今すぐそれを下げろ! 後悔するぞ、ドール! その罪は、一生お前に付いて離れないぞ! やめろ、やめろ! この我に向かって、ドール!」
母親は相変わらず、「……けて、たすけて……」と、祈りの姿勢のまま繰り返すばかりだ。
「お父様、お母様――転生なんてことがあれば、そのときは地獄で会いましょう」
ドールは第三の選択肢の引き金を引いた。
放たれた巨大な魔法弾は、すっぽりと彼らを飲み込み――一瞬大きく光を放つと、一切の痕も残さず消え去った。
初めから、そこに誰もいなかったみたいに。
「…………」
パコダ傘が手から離れ、地面に落ちる音だけが、最後に虚しく鳴った。