4-25 ひとつを選べ(2)
「……」
ツナグは静かに、拳を握り締める。
「……そもそも、末裔が人魚が欲しいなんて言わなければ……!」
「あ? ニャンだ?」と、チトモクは片眉を吊り上げた。
「お前らが、人魚に手を出そうとしなければ……!」
「――人魚に手を出さなければ、この問題は起きずに済んだ、と言いたいのか?」
そう口を開いたのはモリヒトだった。
ツナグは一旦冷静になり、上げかけていた拳を下ろす。
「チトモク様の許嫁の件と、人魚の問題は別問題だ。不幸なことに同時に起きてしまった――それだけに過ぎない」
「……!」
「お前は何に怒っている? どちらを止めたいと思っている?」
「……それは、どっちも……!」
「お前は最初、ドールの想いを守ろうとしていただろ」
「……どっちにしろ、ドールが愛しているのは、この国に住む人魚なんだ。人魚の問題を解決しねぇとならねぇ」
モリヒトはため息を挟み、
「そこの傷を負っている人魚か」
と言った。
その冷たい視線に、ツナグは自身の発言があまりよくなかったのではと肝を冷やす。
それに勘づいたチトモクも、「ほーん」と呟き、こう話す。
「ニャるほど。ドールの好きな奴ってのは、そこの人魚か。パッとしない女に惚れるなんて、生産性がニャいニャ」
「お前……!」とツナグは手を出しかけたが、すぐに近くにいたパエルがその手を引き止めた。
チトモクはその様子を一瞥しつつ……何を思いついたのか、こんなことを言う。
「ニャら、そうだニャ……ここはツナグに選ばせてやろう。おニャエがどちらを終わらせたいか」
「……俺が?」
突然のチトモクの心境の変化に、ツナグは身構える。
「ああ。ワイは優しいから、特別に今回のことを見逃してやることにしたンだ。ただし……どちからひとつだけ、ニャ」
「……ひとつだけ?」
「ドールの許嫁の件と、人魚の問題、どちらを見逃してほしいか。……ま、おニャエら的には救いたいか……かニャ?」
チトモクは意地悪く笑み、こう続ける。
「ドールの許嫁の件を終わらせたければ、この場にいる人魚を全員をすぐに用意して差し出すンだ。そしたら、今回のワイの許嫁の件については不問としてやるニャ」
次に、とチトモクは言う。
「人魚の問題を終わらせたければ、ドールとそこの眼帯女をワイに寄越せ。ヨッメが一度に二人手に入るニャら、ワイからマッマに人魚は諦めるように説得してやるンだ」
チトモクはツナグを鋭く睨みつける。
「……さあ、どうするツナグ。おニャエはどっちを選択する?」
ツナグは、そんなの即答できるはずもなかった。
『ドールの自由』と『人魚たちの命』が天秤に掛けられ、ただ片方に留まらず、一定にもならず、ただゆらゆらと揺れている。
「お……おい、待てよ!」
そんな中、声を上げたのはパエルだった。
「そんなの選ばせて……そもそも、末裔様はちゃんと約束を守るってのかよ! 国同士の条約も簡単に消しちまう奴らの口約束なんか、し、信用ならねーっての!」
そう言い、ハンマーをチトモクへ向けるパエル。チトモクはそんなパエルに「わ、ワイに向かって失礼ニャ……!」と苛立ちを見せながらも、ハッキリとこう言い切る。
「……そこについては絶対に約束するンだ。パッパに誓ってやってもいいンだ!」
「……けっ、お前のパパも所詮末裔だろ」
「……ぐぬぬ……じゃあ、どうすればいーンだ!」
地団駄を踏み出す、まるで子供のようなチトモクに、子供であるパエルは呆れた眼差しを向ける。
ツナグは選べず、ただ立ち尽くすばかりだった。
人魚の命を見捨てるなんて、あってはならないことだ。
だが、だからといってドールの想いを犠牲にして、チトモクに差し出すなんてこともできない。
ドールは幸せになるべきだ。
この国に生きる人魚も全員救われるべきだ。
そんな二つの正義に挟まれ、ツナグは完全に身動きを取れないでいた。
「……俺は、どっちかを選ぶなんて……」
もういっそのこと、目の前にある憎たらしい顔に、この〈革命拳〉を撃ち込んでやろうか――そんな乱暴な考えが、ツナグの中に浮かび上がったときだった。
「――それかぁ、アタシから、確実に信用のある第三の選択肢を選ばせてあげてもいいけど?」
この場に、ラソソイが現れたのだ――その両脇に、二人の男女を携えて。
「……ん、んん……」
そのときドールが目を覚まし、その気配を察してか、二人の男女のほうへと首を傾けた。
ドールはみるみる目を丸くし、震えた声で言うのだった。
「……お父様に、お母様……!」