4-23 やって来た面倒事
「アムエ! コイツで最後だぞ!」
パエルはハンマーを片手に、アムエに向けて手を振った。その隣では、衛兵の男二人を肩で担ぐシャルが。
「あら。ではお二人まとめて失礼しますね―― 〈母の御裁縫〉」
アムエは呪文を唱えると光の縄が出現し、一瞬にして衛兵二人をまとめて縛り上げた。
アムエは振り返った先のキズナに向かって、「全員捕まえました!」と声を掛けた。
キズナは腕組みをしつつ、深く頷く。
「よーし! わるーい衛兵さんは全員捕まえた、だよ! ……にしても」
キズナは辺りを見回す。
「……お姉ちゃん、急にいなくなっちゃった、だよ。ツナグのとこでも行ったのかなぁ」
「かもしれないな。……それにしても、やはり三大卿の力は絶大だな。僕たちが出るまでもなく、衛兵団の九割はヒトリが片付けてしまったのだから」
ウィルは周辺を眺めながら、キズナの言葉を引き継いだ。
突然ココノッチュラ小国を奇襲してきたカカトウ国衛兵たちはおよそ数百にものぼる規模だったが、ニューエゥラ軍の活躍により、今はすべて確保された状態にあった。
「なーなー、コイツらどうするんだ?」
パエルは副隊長であるキズナに問うた。キズナは少し考えてから、
「ま、とりあえずそれはココノッチュラ小国の王様が決めること……かな? わたしたちは衛兵さんたちの引き渡すだけ、だよ」
と、答えた。
パエルは「わかった」と返しつつも、少し不安そうな面持ちで衛兵を見つつ、言う。
「……あのさ、引き渡したらどうなるんだ? ……王様は、この人たちどうしちまうんだ……?」
パエルの言葉を、アムエは気まずそうに聞いていた。一方で、ウィルは構わずハッキリと話す。
「労働力として使うか……最悪、全員処刑だろうな。決して破ってはならない条約を反故にしたんだ。またこのようなことを繰り返させないためにも、見せしめをする必要もあるだろう」
「コイツら、もう自分の国に帰れないのか」
「……ほぼ不可能だろうな。もし帰して、また同じようなことを繰り返されては、ココノッチュラ小国もたまったものじゃないだろう」
パエルは悲しげに眉を下げ、
「コイツらも、やりたくてやってるんじゃねーのにな……」
と、ポツリと呟きを残した。
誰も、何も言えないでいる中、キズナは何か覚悟を決めた様子で言う。
「……そう、だよ。みんな、こんなの本当は望んでない、はず。今回この人たちが人魚を襲ったのは、王様に命令されたからで、その王様も、末裔に命令されて逆らえなかったから……だよね?」
キズナの発言に、まず言葉を返したのはアムエだった。
「……ええ。明確には話されていませんが、そうかもしれませんね。どうやら衛兵様は、『条約は末裔により無効となった』……と話していたそうですし、背景に末裔が絡んでいるのは確実です」
次にシャルが口を開き、
「ならばやはり……今回の件を収束させるには、末裔を叩くしかない……というわけですね」
――続けて、ウィルも言う。
「どの末裔が絡んでいるかは不明だが……いっそ、全員を倒してしまうのも手かもしれないな」
だがしかし唯一、パエルはこう提案する。
「あのよ……倒すまではいかなくても、一旦手を引かせられたらいーんじゃねーかな……? 倒すってなったらよ、そもそも向こうには最強のボディーガードがいるだろ? 三大卿のモリヒトが……。たぶん……いや絶対、今のアタイらが一斉に戦っても倒せねーぜ?」
キズナは顎に手を当てて、しばらくうーんと唸ったあと、「確かに」とひと言。
「危うくこのまま突撃して全滅するところだった! パエルちゃん、賢い! だよ!」
「キズナたちがおっちょこちょいっていうか、せっかちっていうか……な感じだと、アタイは思う……」
パエルは丸い耳の先を少しだけ下げた。
「そうですね、パエル様の言うとおりです。しかし、どうやって手を引かせましょうか……話し合ってもムダな感じはしますし、やはりここは手を……」
シャルは言って、スパッと右手を上から下へと手刀のごとく振り下ろした。
「物理的に手を引かせる……というか、切り落とすのもダメだってーの! いや、そもそもアタイら、末裔に手出しもできねーんだって!」
パエルは深く肩を落とす。
「うぅ……兄ちゃん不在の代わりに、アタイがツッコミいれなきゃなんねーなんて……早く帰ってくれよ、兄ちゃん……」
パエルが疲れ切った顔でそう言葉を洩らしたときだった。
「ただいま〜」
と声がし、その方向を見れば、ヒトリとツナグ、そしてドールとハンスが〈瞬間転移魔法〉を経て、姿を現していた。
「おかえり、お姉ちゃん! もうっ、突然いなくなるからビックリした、だよ!」
「ハハハ、ごめんねぇ。急にツナグくんのことが心配になってさぁ、何事もなくてよかったよぉ。……そっちは、ちゃんと片づけたみたいだねぇ」
キズナは頷き、それからツナグへと視線を移す。
「ツナグ! ハンスは大丈夫だった?」
ツナグは背負っていたハンスの顔を見せる。キズナは安心した笑顔とともに、その怪我の状態を見て、慌てて走り出す。
「大変! 早くアムエに治療してもらわないと、だよ!」
それを聞きつけたアムエは慌ててツナグたちの元へ駆け寄り、状態を確認する。
「……ひとまず、ハンスさんの自宅を借りましょう。そこで治療に取り掛かります」
「それじゃあ、よろしく頼むよぉ。……シャル、ウィル。悪いが、ドールとハンスを運んでほしい。わたしたちは、ここに残って捕らえた衛兵を片付けたいからねぇ」
「かしこまりました」
「承知した」
シャルはヒトリからハンスを引き渡され、ウィルはツナグからドールを引き渡された。
「んじゃ、隊長命令だ。二人の治療はアムエに任せた。シャルとウィルは、アムエのフォローを頼んだからねぇ。残りのメンバーはここに待機だ。たぶん……これはわたしの勘だが、このあと、またひとつ面倒事が起きそうだからねぇ」
ツナグは「……面倒事って?」と、ヒトリに視線を向けた。
「そりゃあ、面倒事はだいたい決まっている」
ヒトリは言うと、槍の先を後ろへと向けた。ツナグと、ほかのその場にいた一同も槍の先へと目を向けると、遠くから車が一台走ってくるのが見えた。
「……もう来たか」
見覚えのある車だった。
あれはそう、かつてシブリッジタウンで見た――。
車はツナグたちの前で停車すると、まずは一人の大柄な男が下車した――モリヒトだ。
モリヒトはツナグたちを一瞬チラリと見てから、すぐに目を逸らし、後部座席側の扉を開いた。
「……げっ。ウソでしょ……」
キズナは心底嫌そうな顔をする。
その姿を見る前であっても、ここまで来れば次に誰が顔を見せるのかは明白だった。
のっそりと車を降りた小柄で丸い体格の男は、ツナグたちをいやらしい視線で一瞥し、言う。
「おニャエら! ここであったが百年目なーンだ!」
その男は――マーザーデイティの末裔の一人、チトモクは、開口一番唾を飛ばしながら、そう発したのだった。