094:地下6階4
全ての準備を終え、冒険者さんたちは再び6階を目指してダンジョンへ入っていった。
その前にクリストさんがミルトの町でアドルフォ支部長と話していったそうなのだけれど、さすがにその内容までは知ることができない。わたしもミルトの町まで手を伸ばしているわけではないのでね。仕方がない。
ただ切りのいいところで一度戻ってくれと頼まれているそうなので、今回は8階は難しいかもしれないね。
わたしの方も学園へ行く準備が本格的になってきて、もう荷物の一部は王都邸へ運ばれていたりするのだ。もしかしたらギルドの視察も見ている暇はないかもしれないという、だいぶ悩ましい状況。仕方がないので今日も今日とてわたしは冒険者さんたちの探索を眺めながら勉強をしている振りをする。
『せめて勉強をしながら横目で見る、くらいにしておいてください。怒られますよ』
仕方がないので今日も今日とてわたしは勉強をしながら、冒険者さんたちの探索を横目で見ているのである。
─────────────────────────
地下1階スタート直後のラットが冒険者たちをチラ見してダッシュで逃げていく。
それを見送り、そのまま昇降機を使って5階へ。そして拠点にしている部屋へと移動すると荷物を置いてから、6階の隠し扉へと向かって出発した。
6階通路上のオーク2体をぎりぎり見える距離で追跡し、他からの増援が発生しない位置まで進んだところで背後からファイアー・ボルトで先制、エディとクリストが突撃して片付けた。その先のグールの部屋は全て無視、花の生えている通路も無視して先へ進み、隠し扉をフリアが開けると今回もザーザーという水の流れる落ちる音が響く、吹き抜け空間へとたどり着いた。
隠し扉を出た場所は吹き抜けをぐるりと囲む回廊部分の角になる。通路は正面と左に伸びていて、すぐ右手には扉があったが、この扉が両引きの大きなものになっていた。
6階のメッセージに広間の存在は記されていて、場所から見てもこの扉の先がそうだろうと考えて問題ない。フリアが先頭に立って両引きの扉の前まで進むと、扉に手を掛け、右の1枚だけをそっと引いて開けていった。
広間は吹き抜けよりもさらに広く、円柱が立ち並び他の部屋よりも天井も高く、開放感がある。壁と円柱には照明も取り付けられていて、広間全体が明るく照らされていた。
今いる扉から対面、1本目の円柱に半分隠れるような形で扉が見えていて、広間の中央には宝箱もある。
このまま広間に踏み入って色々と見て回りたいところだろうが、それは許されない。
大型のネコ科の魔物、タイガーが3体、そしてそれらよりもさらに大きな長く鋭い牙を持ったセイバートゥース・タイガーが1体、この場所にはいるのだ。
ここで選択したのはまたしても釣り出しての各個撃破。
フリアがタイガーに見られるように部屋の中を進み、その動きを誘導する。のしのしといった動きでタイガーが位置を変え、フリアを真正面に捉えたところで右足に力を込めて地面を蹴った。
合わせるようにフリアも後退、扉を駆け抜け回廊の手すりの前で低く構えられている盾を駆け上りながら蹴り飛ばして脇へ飛ぶと、後を追ったタイガーが扉を抜けて盾の上へ踏み出す。
体が完全に盾の上に乗ったらあとは足を傷つけて踏ん張れないようにして、持ち上げるだけだった。盾の上でずり、とタイガーの体が前へ滑り、踏ん張ろうとした左足もまた滑り、爪がガリッと盾の表面をひっかく。そのまま横倒しになるような格好になって盾の上を滑っていき、タイガーの体は手すりを越えて腹を見せたまま吹き抜けを落下し、すぐに薄闇の中に消えていった。
広間にはまだ3体がいる。うろうろしているもう1体くらいは釣って倒してしまいたいようで、またフリアが広間に入り、その1体の位置を確認する。行けそうだと判断したのか振り向いてうなずくと左手の壁沿いに奥へと入っていった。
しばらくすると後ずさりするようにして戻ってくる。その向こうにはじりじりと近づいてくるタイガーの姿。扉の前まで下がってきたところで立ち止まり、タイガーとの距離が詰まっていく。
タイガーの前足に力がこもる。大きく踏み込む左足、そして蹴り出される右足。直前で身を翻したフリアが通路へ飛び出しエディの盾を蹴って横へ飛ぶ。
後を追うように扉から入ってすぐの壁を蹴りつけたタイガーが扉をくぐるようにして通路に飛び出し、そのままエディの盾の上に到達した。
エディが立ち上がりながら盾を突き上げるとタイガーはバランスを崩し、体は手すりを越える。そこへフェリクスがフロストバイトの魔法で追撃を入れると、タイガーはあえなく落下を開始、そのまま闇の向こうへと消えていった。
こうしてタイガーは2体があっさりと退場し、広間の中には残り2体。中央付近の宝箱の向こう側にセイバートゥース・タイガー、そして今はまだ遠くの、柱に寄りかかっているタイガー。その、遠くのタイガーが頭を持ち上げ大きなあくびをした。位置から見てもどうやらこの2体はまとめて対処する必要がありそうだった。
広間へと踏み入り、クリストとフェリクスが外壁沿いに回り込むようにしてあくびをしているタイガーに迫る。
エディとカリーナは正面からセイバートゥース・タイガーの方へ向かうと、こちらは宝箱に足をかけて2人をにらみつけてきた。
その後方ではあくびをしていたタイガーがのっそりと身を起こす。
戦闘開始だ。
カリーナがエディに強化魔法を使い、同時にフェリクスからマジック・ミサイルが身を起こしたばかりのタイガーに向かって放たれる。
エディがセイバートゥース・タイガーと正面から殴り合い、カリーナが状態異常をかけてそれを支援する。
クリストは動きながら確実に攻撃を加え、さらにフェリクスの攻撃魔法でダメージを積み上げる。そしてやはりこのタイガーの方が先に地面に崩れ落ちることになった。
あとはいつもどおりだった。
確かにセイバートゥース・タイガーは良く持ちこたえた。何度も何度も攻撃に移り正面のエディを押し込もうと試み、受けていた状態異常にもすぐに抵抗してみせた。仲間が撃破されて敵が増えてしまっても、それでも良く持ちこたえた。何度も攻撃を受けながらもなんとかしようと力を振り絞った。
仲間がもう少しいれば、結果はどうだっただろう。4体同時に相手取っていたらセイバートゥース・タイガーはとてつもない脅威になったと思う。今回は運悪く2体が釣り出されてしまったけれど、この戦いぶりは悪くなかった。タイガーもセイバートゥース・タイガーも十分に役割を果たしてくれたといっていいだろう。
そのセイバートゥース・タイガーの首に着けられていた革製の首輪から小さな四角い金属板が回収される。その表面には古語で3という数字が彫られている。
これが何なのかは想像するのにも限界があるだろうけれど、これは全部で5枚、このダンジョンの中にある。イベント用のアイテムで、使う場所も当然用意してあるので、可能な限り集めておいてほしい。
それから広間の宝箱からは金褐色で細かい縞模様の入ったトラの人形を回収する。これはタイガーズアイ・タイガーというもので、時間制限はあるけれど先ほど戦ったのと同じようなタイガーを1体召喚することができます。
タイガーを倒し安全を確保したところで広間の調査に取りかかる。
最初に入ってきた扉から正面に見えていた扉は近づいてみると若干ゆがんでいるように見えて、やはりここが拠点前の通路のゆがんだ扉だろうということに。残念ながら開けることはできず、修理をするのも難しそうだという結論になっていた。
まあぶっちゃけた話、修復の魔法ではこの扉を直すことはできない。直す方法がないわけではないけれど、いずれにせよ通路にある岩をどかしてからでなければ不可能なようになっているし、あの岩は普通よりも重くて硬くて、しかも床に固定されてしまっているので取り除くのが難しい。
少し遠回りになるけれどオークが1、2体いるだけの今のルートを使った方が楽だと思います。
広間の調査を終え、それ以上見るべきところはないと判断したところで移動を再開。ぐるりと広間を一周すると入ってきた扉と同じ壁の、反対側の端にある扉にたどり着く。
その扉も両引きの扉で、開けると吹き抜けの回廊のちょうど角に出られた。左を見ればずっと先の方にかがり火と開けられた両引き扉、そして開けられたままの隠し扉が見えている。正面、進路上の右側の壁には、手前と奥と2カ所に扉があった。
まずは手前からということで、フリアが扉に張り付き、鍵も罠も気配もないことを確認してからそれを開けた。
部屋の中には宝箱。それ以外にはなにもなし。
このダンジョンでは特にイベントなどの設定がない部屋は全て、魔物と宝箱が配置される可能性がある。そして魔物がいない、宝箱があるとなれば、部屋に入ってやることなど決まっている。開けてお宝を手に入れるのだ。
いつものように宝箱に向かったフリアが宝箱の鍵と罠を調べようと手を伸ばした、その瞬間だった。
バクッと宝箱の蓋が大きく開き、獣が獲物に飛びかかるのと同じように前のめりになって目の前のフリアに飛びかかった。
大きく開かれた蓋の内側にはびっしりと牙が並んでいて、それが目に入ったのか一瞬身を引いたフリアの、蓋に向かって伸ばされていた上腕に噛みついた。
フリアが牙がめり込む痛みに歯をくいしばって倒れ込むと、噛みついた宝箱がそこへのしかかるような形になる。中からスタッフや矢弾も見つかっている宝箱は意外と大きく、金属のフレームを持っているため意外と重い。
箱の下からはエビかカニのように節くれ立った足が見えていて、大きな宝箱を支え、そしてフリアを逃がすまいとジタバタと動いている。
フリアは歯をかみしめながらどうにか箱をこじ開けようと腰のナイフを取り出して歯の間にねじ込もうとするが、固く閉じた口を開けることができない。
慌てたエディとクリストが両側から宝箱の口の隙間に武器をねじ込んで開けさせようとしている。
正面からは牙がかみ合ってしまって大きな隙間を見いだせず、横からならばまだ何か突き入れられそうだった。そこへクリストはショートソードを突き刺し、それをねじる。エディはアックスを石突きから突っ込んで、梃子のようにして口を開けさせようと動かす。
カリーナがフリアを抱えるようにして回復魔法を使う。
さらにフェリクスが宝箱に対してダメージと動きを阻害する効果両方を狙った魔法を使うと、エディのアックスの柄がようやく深く箱の中に入り、強引に開けにかかる。さらにクリストもショートソードをぐりぐりと箱の中で動かしたことで、宝箱はその噛みつく力を弱め口を開けた。
とっさにカリーナがフリアを宝箱から引き離し、回復魔法を重ねていく。
あとはこの宝箱をどうにかするだけなのだが、クリストとエディが武器を突き入れて攻撃し続ければ、というところでその口を大きく開け、脚をせわしなく動かして後退する。
さらに大きく開いたその口からは太いハサミのような形をした腕が2本現れ、バチンと大きな音をさせてクリストの方へつかみかかった。
慌てて後退したクリストがショートソードを手放し、ロングソードに武器を切り替える。
フェリクスの魔法が宝箱の箱部分に命中し炎上したが、炎が消えた跡は多少焦げてはいるようだが大したダメージにはなっていないのか動きは変わらない。
エディがアックスを振り宝箱の蓋の表面部分に命中したものの、バカンッと大きな音を立てたわりにはこちらも変化がない。
クリストが近づこうと試みるが大きなハサミに妨害され、切り結ぶ格好になってうまくいかない。
それでもクリストとハサミがやり合っていてくれているおかげで空いた隙間を狙い、フェリクスのライトニング・ボルトが命中、この衝撃でようやく動きの鈍った宝箱に向かってエディのアックスが突き立てられ、さらにハサミを切り飛ばすことに成功したクリストが空いた口の中に剣を突き刺すと、ようやくその動きが止まった。
クリストは宝箱を蹴って動かないことを確かめると、振り返ってフリアが無事かどうかを確認。カリーナの回復魔法でどうにか間に合ったようで、フリアも腕を動かして無事なことを確かめていた。
ダメージも大きかったのだろう、フリアががっくりとうなだれている。
今まで散々宝箱を開けてきて、罠の存在には慣れていただろう。でも宝箱自体が魔物であるという罠には思いが至ることはなかった。当然だ、この世界にこの超有名な魔物の存在は確認されていないのだから。まさにしてやったりである。冒険の書にすら記載がなかったのでこの一撃を狙って配置しておいたのだ。
これが何なのかまったく分かっていない彼らは鑑定スクロールを宝箱に対して使ってみることにしたのだけれど、その結果は。
宝箱。ダンジョン内で発見される貨幣や宝石や道具などが入った箱である。ダンジョン内にある限り破壊することはできない。出現や中身に規則性はなく、どこにあるか、中に何が入っているかは見るまで分からない、とあった。
そう、宝箱がこのダンジョンの中に宝箱として配置されている場合、これは破壊不可能なオブジェクトと化すのだ。そして魔物が中に入っていて奇襲してきたとしても、宝箱部分は破壊不可能なのだ。
ではこの魔物は何なのかということになるのだけれど、あまりにも珍しかったのか、せっかくだから持ち帰ってみるかという話になっている。
意外と大きくて重いのだけれど、大丈夫だろうか。まあここから地上まではほぼほぼ魔物の脅威もないルートなので、持ち上げさえすれば何とかなるのだけれど。
─────────────────────────
てなわけで、どうにかそれを持ち上げ、そのまま回廊を移動して隠し扉を抜け、通路をぐるぐると歩いて行って階段室へ。そこを上って通路を少し行けば昇降機。あとは1階を抜けるだけで地上へ到達する。
ここからのギルドの職員さんたちの反応はとても良かった。
「お帰りなさい、早かったですねって何ですそれ! 宝箱!?」
宝箱を持ち帰る格好になってさすがに驚いてくれたようだ。
「残念、こいつは魔物なんだ。ほら」
蓋を開けてみせれば中には牙と大きなハサミ。そしてよく見れば箱の下から脚のようなものも垂れ下がっている。
さっそく倉庫に運び込まれ鑑定されることになった。
「これは驚きましたね。魔物はミミックというそうです。変身能力を持つ肉食の生き物。ダンジョン内ではよく扉や宝箱に化けているが、それ以外にも木材や石材などで作られた物質に擬態または寄生することがある。擬態は不完全な場合もあるが、寄生によってそのものの性質を得たミミックを発見することはほぼ不可能である。ほとんどのミミックは単独で狩りを行うが、中には他の魔物と狩り場を共有したり他のミミックと群棲したりといった場合もある。変身能力を持つため分かりにくいが本質は甲殻類であり、その身は上質な食肉であり、安全な食物で養殖したミミックであれば生食も可能である。え、食べられる? 甲殻類ということはエビやカニと同じ? あ、このハサミはそういうことなんですね。よし、解体しましょう、そうしましょう」
鑑定結果を読み上げたモニカがなぜか職員を手配して解体に取りかかる。上質な食肉、エビやカニと同じというところに反応したようだ。
えーという表情をしたのはフリアだが、興味はあるらしくその作業を見守っている。
ダンジョンから出されたことで宝箱部分も解体が可能になっているようで、工具を持った職員が手早くばらしていくと中身が姿を表す。
形としてはヤドカリに近いだろう。宝箱という殻を割ると中からはエビのような形をした綺麗な白い身が出てくるのだ。足や腕は見たままカニのようなものなので、これも割れば中の身が出てくる。鑑定では生食も可能と出ていたが、安全な食物で養殖すればという制限に寄生虫の危険に思い至り、エビカニと同じように焼くことになった。すぐに出張所の中にはカニの身が焼けるような良い匂いが漂い始めた。
「あー、これはいけないわね、お酒がいる匂いよ、いけないわね」
「ありますよ、はい」
カリーナとモニカが早速何やら用意しているが、焼いた身だけでも十分な味わいが得られるだろう。そしてこの大きさだ、職員も含めた全員がたっぷりと味わえるだけの量が採れそうだった。
「これは大成果なのでは?」
「‥‥いや、ほかにもあるんだがな?」
ミミックは危険度は高いが非常に良い成果が得られるとして記録されることになった。
タイガーとセイバートゥースト・タイガーの魔石と牙、そして広間の宝箱から得られたタイガーズアイ・タイガーという魔道具が素晴らしいと絶賛されたりといったことは、ミミックの身の威力の前に霞んでしまうことになった。