093:地下8階報告
モニカさんの話はギルドの支部と出張所に査察が入るというものだった。
このダンジョンが異常過ぎたことで存在そのものを疑われたのだという。出てくるものが良すぎる上に6階のインパクトが強すぎた結果らしい。わたしとしては知るかそんなのである。冒険の書にあるじゃん地下世界。それが見つかっただけだよ。
ギルドからは、セルバ家の詐欺にあっているのでは、あるいはセルバ家ごと詐欺にあっているのでは、あるいは集団で幻覚でも見ているのではと疑われたらしい。わたしとしてはそんなわけないじゃんである。ここに来れば現物があるのだから来て見て知ればいい。
出てきたと言っているものはセルバ家の蔵から持ち出したもので、ノッテの森に設営したダンジョンまがいの場所を使って騙そうとしているのではという話もあるらしい。わたしとしてはまさに、んなことあるかい、である。ここに来て現物を目の前にした瞬間に手のひら返すんでしょ、知ってる、そういうの。
「ブルーノ様も中央で説明したそうなのですが、そこでも同じように疑われたそうですよ。家宝の魔道具をばらまいてでも話題作りがしたいのかとか、セルバ家はそろって頭がおかしくなったのではとか言われているそうです」
「そこまで言われてるのかよ。とはいえ査察ってことは誰か来るんだろう? ここを見れば本物かどうかはすぐに分かるじゃないか」
「そうなんですけど、査察に来てこれはってなって帰るじゃないですか。で、今度はその査察官が疑われるわけですよ。そしてまた誰かもう少し偉い人が来て、またこれはってなって帰る。それから今度こそ偉い人たちが来て見ていく。こういうの全部対応しないといけないんですよ。面倒この上ないのです」
「しかも次は国の中央から来るわけだな?」
「そうですよ。今度こそギルドの本部からも話が行って、おかしいなってなって国の査察が入るんですよ。同じように繰り返し。全部対応しないといけないんですよ」
「なあ、俺たちはこれから6階からやり直しなんだが、もう戻ってこなくてもいいか?」
「え、困ります。案内をお願いしようと思っていたんです。やっておいた方が絶対いいですよ。皆さんの評価も今のままだと危ういですよ」
「そうなのか? ああ、あれか俺たちの報告も疑われているわけだ」
「そうです。片棒担いでいる、もしくは騙されている。そういう扱いをされかねません。え、というか6階からやり直しなんですか?」
「ああ、8階まで行って行き詰まった。どうもハズレルートを引いたような感触なんでね、改めて6階からやり直すつもりだ」
まったくもう、である。
現場に来ればなにもかも現物が本物が用意してあるというのにちゃんとした人は来ないのだという。まったくもう。
そんなの付き合わなくていいからと言いたいところだけれど、そうか彼らの評価も含まれるのね。まったくもうだわね。申し訳ないなあ、これはまさにわたしがやりすぎた結果だからわたしは文句いいながらも仕方がないなあって思えるけれど、付き合わせてしまうのは申し訳ないわね。
その後は今回の探索の成果として6階から8階までをまとめて精算。
魔物を倒した量がさすがに多いからね。しかも倒したけれど魔石を回収しなかったというケースも多い。
それに加えてようやく悪魔が投入されていたことが確定する。ドレッチとかマネスとかレムレーとかはそうらしいとは分かっていてもね、この報告でようやく確定。
8階でメロウの出現が確認されたこと、クオトアの特殊個体のこととかも報告されてクオトアの脅威度が高くなってしまった。まあこれも仕方なし。
さらに9階への階段が島にありそうという話も、クオトアやメロウに加えてアボレスもいるのではってことで今回のルートのハズレ感を分かってもらって、それで6階からやり直しするっていうことね、それをモニカさんに説明した。
「見所ってことならな、7階はすごかったぞ。吹き抜けだけじゃない。何の意味もなく背後に落ちてくるイス、手すりに寄りかかると現れる半透明の手、扉をひっかく音にノックの音、最後はびっくり箱だったな」
「え、何ですそのお化け屋敷。ホーンテッドハウスとかホラーハウスとかってありますよね、そういうものですか? え、面白そう」
「面白そうとかいうなよ。マジか、面白そうなのか? えー?」
モニカさんの説明によると世の中にはそういう、精神攻撃のような現象が多発する屋敷というものがあるらしく、一部好事家の間で大人気だという。やっぱりそういうものが好きな層というのはどこにでもいるのだね。わたしもそういうものをイメージして作ったのでね。あ、観光するのなら7階ではなく地下世界で見つかってからにするといいですよ。用意しておくので。
「もう一つは地図で見るとこことここ。ちょうど間に通路が挟まるところだな。ここをつなぐ形で壁を抜けて通るようにポータルが設置されていた」
「は? え? ポータル? 通れるというのは? 人がですか?」
疑問符が連発されてしまった。
ギルドにも役所にも緊急時用の小包サイズを送れる転送ポータルというものは存在するけれど、生きているものは送れない。それが現在のポータルの限界で、空間魔法として研究されているジャンルの限界でもあったところにこれだからね。
「魔物が生きたまま通れたんでな、俺たちも使った。何の問題もなく、ここからここへ移動できたよ」
「‥‥大発見なのでは?」
長年研究を続けても実現できていない人が使うことのできるポータルの発見なのだから、これだけでも大成果だと言っていいと思う。
「問題は近づくと向こう側が見えるようになっちまうせいでポータルの詳細が分からんてことらしい。ただここに通路の壁を通り抜けるためのものがあって、この先何もないってことも考えにくいだろう? それにな、鑑定したみたらちゃんと結果が出たのさ。ダンジョンの壁に付けられているものでも鑑定できるらしい。で、その結果がこれだ。ポータルとポータルの間を行き来できる仕組み。これは期待できるんじゃないか」
たぶんこの鑑定結果を出すだけでも国もギルドもひっくり返るわよね。
何しろ地上ではまだ発見されていない魔法円の技術が見つかったという証拠になるのだ。そしてそれはまだ7階のことで、まだ先があるのだから。ていうかカリーナさんが持っているテレポーテーション・サークルがなあ、うーん、まあ気持ちは分かるけれど。
「さあ次は鑑定結果の報告ですね。これもまたなかなかなものでした。やはりこのダンジョンはいいですね。楽しいですよ」
この評価よ。いいね、いい感触が得られている。楽しい。
まずは宝石、そして金貨。これは今まで通り。
「え、この地名が地下世界の可能性? あー、あー、なるほど、地下世界で貨幣が使える可能性ですか。なるほど。今までに出た分と合わせて支部で確保しておきましょうか。うわー、楽しくなりますね」
これである。好きね、みんな。
タペストリは普通に芸術品として価値があるのでよし。
グレーター・ヒーリングのポーションも何の問題もなく価値があるのでよし。
ガシアス・フォームのポーションはガス化すれば小さな穴や狭い開口部、ひび割れ程度の隙間でも通ることができるという部分で引っかかってしまって、そんなものおいそれと市場に流すことはできないという結果に。うーん、なるほど、申し訳ない。
ファイアー・ブレスのポーションは大好評。口から火が吐けるというインパクトには誰も勝てないでしょう。評価としては「一番効果がありそうなのは見世物なのでは」というところに落ち着いた。
次は採取物あれこれ。アオワの木の実もベチタの木の実も研究素材として間違いなく価値があるので薬剤師か錬金術師に研究してもらうべきということに。スガニタの涙の飲むと好きな動物の尻尾が生えるという効果は「えー? 何でしょう、この、何でしょうね?」と好評を得られた。罠に使っていた水も鑑定結果が出て、やっぱり罠だったということが確定した。
ここからは魔道具。
トリック・バッグのマスティフが召喚できるという効果。「これはいいものですよ。どう考えても高くなってしまうので私には手が出ません、残念です」というモニカさんの評価。夜明けとともに消えてしまうという悲しい現実があるので、縁がなかったと考えることはできると思う。
ディサピアランス・ダストは不可視状態を作り出せるものなので使いどころはいろいろと考えられると思う。人も物も不可視になるのでね、ただ効果が強すぎて案の定支部長が頭を悩ませることになるらしい。
最後に未提出の鑑定結果の報告だけ。
プレイヤービーズ・ネックレスはモニカさんも知っていたので問題なし。ファイアー・スタッフもすごいものなのは見れば分かることなので問題なし。
問題なのは最後のスクロールの「え? テレポーテーション? え? 本当に?」という評価。
「内緒よ。今これを使っても意味がないでしょうけれど。これが出たということは、そして7階に移動用のポータルがあったということは、やっぱりあるのよ。このダンジョンにあるいは地下世界に、私たちの知らない魔法の深淵がね」
うらやましいだろうと見せるだけ見せて、現物は自分のためだけに確保したカリーナさんの言い分よ。興奮しきりである。
でも地上では誰も知らない魔法がダンジョンから見つかるというのは興奮するなという方が無理があるだろう。そしてそれが見つかる以上は、地下世界にはそれ以上のものもあるのではないかと想像できるだろう。
少なくともこのダンジョンは知らせてきたのだから。あるぞ、と。あの地下世界を見て、そしてこの魔法を見て、興味があるのなら来いと言っているのだから、ね。