091:地下8階2
地下8階へ下り立つ。
部屋はすぐに洞窟へと姿を変え、ゴツゴツとした壁は湿り気を帯び地面には水たまりが姿を見せ始めた。リザードフォークはなしで洞窟を行けるところまで行くことが今回の目標になる。進み始めると洞窟は少し広くなり、その先は徐々に狭まりながら右前方へと続いていく。水の流れる音、したたる音、自分たちが歩くたびになる水音。どうしても音に対する注意力が散漫になる。
その環境で最初の遭遇はジャイアント・バットだった。
姿が見えたところでマジック・ミサイルで先制、1体であれば追撃を入れたら終わりというところだけれど、そうはいかない。2体目、3体目と増援が現れる。
それでもしょせんジャイアント・バットではあるので、着実に撃破されていく。ただし今回はそう簡単にはいかせない。
さらに増援が続く。ジャイアント・バットをもう1体追加、さらにジャイアント・リザードが1体やってきたのだ。
このリザード君はよく頑張ったと思う。ジャイアント・バットたちが他を押さえている間にクリストと戦い、壁に張り付いて走り、クリスト目掛けてダイブするという奇策に出てこれを成功させたのだ。
おー! と思わず拍手したところで、リザードの右目にフリアの投じたナイフが突き刺さり、のしかかられていたクリストが腰の後ろからショートソードを抜いて、たたきつけようと持ち上げたリザードの顎の下から頭頂部へとそれを真っ直ぐに突き上げた。これで戦闘は終了。
狙っていたというあのナイフは本当にいいタイミングだった。なければないで何か手を考えるのだろうけれど、あの一手でその先が決まった援護だったと思う。
わたしも、おー! ってなってすぐに、おー? ってなったもの。せっかくのリザード君の頑張りがあの一手で潰されたのだ。
洞窟の途中にある大きな水たまりを通過したところで、クリストが足をポンポンとたたいて水滴を落としながら違和感に気がつく。
まさかの反応。いやすごいわね、水から出てすぐに気がつくとかすごいわ。
ここの水たまり、実は水そのものが丸ごと罠になっている。効果は全ての行動にほんのちょびっとだけマイナス判定が付くというもので、本当にものすごくちょびっとだけの効果なのでバレないんじゃないかなと思っていたのだ。
カリーナがレッサー・レストレーションの魔法で状態異常の解除を試みると、実際に違和感が消えたことが確かめられ、これでこの水の危険性が分かってしまった。
いやー、ははは、バレてしまいましたよ。この洞窟は全域でこういう水たまりが点在していて、そのどれもが何かしらの罠が仕込まれている。まさか一発目でバレてしまうとは。そして回復魔法の存在よ。
それでも戦闘中に足を踏み入れてしまうこともあるだろうし、通行を制限するという意味でも価値があるので、もちろん今後も使っていきますよ。
先行していたフリアが戻ってきて前方にジャイアント・リザードが4体いることを報告する。状態異常のすぐ先に戦闘が発生するように配置するのは鉄板よね。まあどっちも気がつかれてしまっているのが悲しいところだけれど。
「増援があるかもしれない場所でこれ。どうもこのダンジョンもやる気になってきているようだ」という評価をいただきました。
はい、頑張っております。
広い場所で縦横無尽に動けるジャイアント・リザード複数配置とかね、いろいろと考えているのですよ。
ただなあ、この人たち相手にその手はもう見せてしまっているのだよね。不安だ。
なんて、そこからはフリアが先行して行けそうなら1体ずつ釣ってくるという判断がされてしまう。
あー、ですよ。1体を釣ると一定範囲内が全て連動するとかでないかぎり、魔物とはいえ視覚や聴覚に頼って動いていて、仲間の1体が視界の外で動いたからといって他がそれを気にするかというとそんなことはなくて。
壁沿いの影に潜むようにしてフリアがジャイアント・リザードの動きを観察する。
まったく動かないもの、少しの移動を繰り返すもの、頭の位置だけ変えるものと動きはバラバラ。1体は今はだいぶ離れたところにいて見えない。少しの移動をするリザードが頭を動かしていたリザードの近くに進み、頭を動かしていたリザードはそれを嫌がって動かないリザードの方へ行こうと視線が完全に通路の奥の方へ向く。
そのタイミングでフリアが動き回っていたリザードの鼻先に小さな石を投げて、壁沿いに後退を開始する。ゆっくり、ゆっくり。投げられた石に気がついたリザードが腹を地面にこすりながら前へ出る。後ろの2体はそれを気にしない。その鼻先にもう1度石を投げると、前へ出てきたリザードから見える距離を維持してフリアは後退、それに釣られてリザードがさらに前に出てきた。完全に釣られた。
リザードが走り出したのを確認するとフリアも全力での後退に入る。
その先ではエディが盾を構えていて、リザードは盾を目掛けて大口を開けて突進、ガツンッと大きな音を響かせながら前進が止まる。エディは体全体を使って盾を支えた。これでこのリザードは単なる的になってしまった。
クリストが頭を狙って剣を振り下ろし、フェリクスとカリーナのファイヤー・ボルトが命中する。攻撃を1体だけで引き受ける格好になったジャイアント・リザードに耐えられるようなものではなかった。
再びフリアがリザードを1体、的確に釣り、よしと判断したところで堂々とリザードの前を駆け足で戻っていく。リザードもそれに引っ張られるようにして走り始めた。
またエディが盾での受け止め、あとは先ほどのリザードと同じだった。クリストの剣とフェリクス、カリーナのファイヤー・ボルトの餌食となってジャイアント・リザードは崩れ落ちた。
いつの間にか残りのジャイアント・リザードは2体。ここで自分たちが動いて攻撃に出ることを選び、壁沿いに進んでいく。
寝転がって動かないリザードが1体。そしてその向こうからこちらに向かってもう1体が近づいてきている。
近づいてきているリザードが射程圏内に入ったところでフリアが石を壁に向かって投げてこれを釣る。寝ている1体から完全に離れたところで手前に石を投げる。こちらを向く。その手前に石を投げる、移動してくる。影から出て姿を見せつけたら全力で後退してエディが盾で迎え撃つ。
その間にクリストもまた移動を開始、寝ているリザードを強襲するために近づくと、一気に距離を詰めて頭部を上から串刺しにする。ようやく敵の存在に気がついたリザードが暴れ出すが、その時にはすでに剣を手放して離れている。あとは放っておいても勝手に死ぬだろう。
クリストが念のためショートソードを抜いてエディの所へ戻ると、すでに魔法の集中砲火を浴び、さらに口の中をアックスで突かれたリザードがビクビクと痙攣しているところだった。
まあうまいものですわ。
視線を外してリンクしない位置にいる1体を上手に釣り出しての各個撃破にはまってしまった。これは仕方がないのだけれど、悔しいわね。とはいえ対策がなあ、やるとしても数を増やすくらいしかなくて、そうすると広い場所を縦横無尽ではなくなって、範囲攻撃の餌食になる未来が見える。どうしたものやら。
広くなっていた洞窟もその先では中央に岩の壁が現れて左右に分かれ、また1つにつがってと複雑な構造を見せている。今回は魔物の配置からは外れてしまったけれど、ここもまた再配置の判定対象なので帰り道では気をつけて。
そしてそこからは正面と左方向の2つのルートに別れている。手始めに正面へ向かったフリアがすぐに戻ってくる。片方はフロッグ、もう片方はリザードが群れていて、今回はリザードの方へ進むことに。
その場所にはジャイアント・リザードが3体と、小さな子供のような大きさの、つまりジャイアントではないリザードが大量にうろつき回っていた。なんとその数20体。切りのいい数字にしてみました。
リザードの小ささ、数の多さ、常に動いているという状況は必中の魔法でなければ無駄撃ちになることもあると思う。そういう狙いでこの数にしている。
ファイアーボールで数を一気に減らされたとしても、それでも数の多さは一つの武器だ。この大量投入は魔法の消耗をうながすという目的もあるので。ぜひ無駄撃ちを、と思ったけれど、どうもこの人たちは殴って歩きそうだな。果たしてリザードたちは頑張れるだろうか。
準備ができたところでエディとクリストは武器を構え、奥のリザード目掛けて突撃を開始。そしてフェリクスのファイアーボールが部屋の左の壁際で爆発した。ゴウという音と閃光、舞い踊る炎。それに包まれたジャイアント・リザードが身もだえをしている。
それを横目に奥のジャイアント・リザードを目指したエディとクリストが洞窟を駆け抜け、蹴り飛ばされた小さなリザードが宙を舞う。南無。
迫り来る冒険者に気がついたジャイアント・リザードが大きな口を開けて迎え撃とうとするが、そこにエディのグレーター・アックスが突き立てられ、クリストの剣がたたきつけられる。
ファイアーボールの炎が治まった後には動かなくなったジャイアント・リザード。それを確認したカリーナとフリアがリザードの処理に向かい、スタッフでポカリとやられ、ナイフでザクリとやられて動けなくなっていく。
そこにエディとクリスト、さらにフェリクスも加わって足元をうろうろするリザード相手に武器を振るい続け、時間だけはかかったけれど特に何事もなく戦闘は終わった。南無南無。そんなわけで消耗させられたのはファイアーボイール一発分だけでしたとさ。
リザード戦の行われた広い場所はその先で狭い通路に変わり、さらに先でまた広くなる。その広がった場所は全体が水で覆われていた。水たまりと言える程度の深さだが、そこにはジャイアント・バットが舞っている姿も見られた。
当然この水たまりにも罠が仕込んであって、一定間隔で水中に電流が流れるたびにダメージと麻痺の判定が発生するという凶悪な効果がある。なーんて、自慢気に披露したいところなのだけれど当然のように対策されてしまうのでした。
まずバットたちはファイアー・ボルトで釣り出しての迎撃。まず1体が炎上しながらふらふら近づいてきたところを袋だたきにあい、墜落するころにもう1体がファイアー・ボルトに狙い撃ちされて近寄ってきてしまって同じく袋だたき。これで終わりっていう情けなさ。
そして水たまりはシェイプ・ウォーターの餌食となって凍らされてしまう。
こうなっては水中になんとかかんとかなんて何の意味もないので、上を普通に歩かれて宝箱も開けられてしまう。中には革袋が1つ。ディサピアランス・ダスト。これには細かい砂に似た粉末を収めた紙包みが1つ入っていて、その粉末に触れた生物も物体も全て不可視状態になる。すごいでしょう。さすがに1包み以上は入れられなかったくらいにいいものだと思う。
凍らせた水面を越えて再び洞窟の探索に移る。
洞窟の広かった空間も次第に狭くなり始め、右へ曲がり左へ曲がりしてからまた広い空間へとたどり着いた。もう少しで視界が広がるというところでフリアが後続を制止し、壁によって陰からその先をのぞき込む。
そこにクオトアが発見された。
やって来ました。2階でテストをして8階でようやく本格運用なのです。クオトア、かなり力を入れて用意した場所なので活躍してくれるでしょう。
ここからは釣り出せる位置にいるクオトアを1体ずつ確実に倒していく流れに。そしてその先で、洞窟の中に湖が姿を現した。
洞窟の一部が湖に面して大きく口を開けていて、かがり火がたかれ周囲のようすを見ることができる。水面が見え、それが左右に奥に、広く続いている。
はい、ついに来ました8階の見所の1つ、ダンジョン内の湖です。この奥には滝もあって、その滝を昇っていくと6階の吹き抜けに着くわけですね。つまりこの湖にアボレスがいるのですよ。
突如現れた湖は広く、ダンジョンの薄闇の中では対岸を見通すこともできない。湖までの間にはクオトアのうろつく広い空間があり、地面は凹凸があってところどころで水たまりを作っている。中央付近には大きなかがり火があり、その光が周囲を赤く染めていた。
左の方から両手で籠のような物を支えたクオトアがやってくる。かがり火の近くにいたピンサーを持ったクオトアがそれに気がつき、水際の方を指差した。
籠を持ったクオトアが水辺に行くと、水中から人のような上半身が浮かび上がってくる。青い肌は鱗で覆われ、頭や肩、背中にはヒレがある。右手には鋭い爪があり、左手には銛を持っていた。メロウだ。
メロウはクオトアから籠を受け取り、中から何かを一つかみ取ると口に持っていった。どうやら食べ物のようだ。何度か咀嚼して納得したのかうなずくと、籠の中身を背後の水面に向かって放り投げる。そして空になった籠はクオトアへと投げ返すと、身を翻して水中へと潜っていった。
ピンサーを持っていたクオトアが奥の方へ向かって何事かを指示すると、ネットを持ったクオトアが4体現れ、そして湖面へと向かってそのネットを放った。どうやら魚でも取る場合には貢ぎ物のような物を渡しているようだ。
そしてこの場所にはクオトアが数多くいるということも分かった。今の時点でピンサー持ちが1体、籠を持ってきた1体と、最初からいたクオトアが1体、後から来たネットを持った4体だ。漁をしているということは、この奥にはもっと多くのクオトアがいるのかもしれなかった。
このクオトアの多さ、そして水中にメロウがいるという場所。湖を観察していたフリアがその中ほどにある島に気がつく。島にはあずまやのような建物があり、そこに階段があるように見えたのだ。
ふふふふふ。さあ、9階への階段はあの島にあります。どうしますか。湖はウォーター・ウォークの魔法で渡れるでしょう。でもこのクオトアが大量にいる場所を突破して、メロウにアボレスに警戒しながら湖を渡らなければならないのです。どうしますか。
彼らももちろんそのことに思い至る。湖を走って渡るにしてもエディの重装備がここで問題になる。同時に渡り始めれば1人取り残されるのだから、やることは渡っている間の支援ということになるのだが、そこにはやはりクオトアの数、水中のメロウ、アボレスという問題が立ちはだかる。
クオトアを削って背後の安全が確保できれば、難易度はぐっと下がる。
ただここにまた問題点が提示される。階段が島にあるという問題。9階に下りたら戻れなくなるという問題。9階に下りた場所が安全かどうか分からないという問題。
9階に下りて限界まで探索したとして休憩が取れるかどうかは分からない。9階への階段が露出した状態ということはここに安全な階段室はなくて、9階に下りたところでそこが安全かどうかも分からない。そうなると余力を残して階段を下りなければならなくて、それはクオトアを全滅させる勢いで倒すということとイコールになるのかということで。
不可能ではない。もちろん不可能ではないけれど、現実的でもない話だと思う。
彼らにもそれは分かっていて、今回はクオトアの数を削れるかどうかを確かめることになった。安全に渡り始められるような状況を作れるかを確認して、それがうまくいけば湖を渡って島の確認、階段だったら下りて9階を確認という方針だ。
第1段階としてはそれでいいだろうと思う。
すぐそこに階段があって、下りるための道は作れそうで、そうなると次は安全を確保できるのかを確かめるということになる。確かに不可能ではないのだからね。でもね。
さあクオトアたち、出番だよ。本番だよ。頑張れ。
まずはかが火周辺のクオトアを倒していくことになる。岩陰から狙って近いところから釣り、各個撃破を狙う。あとは増援がどこまで来るかという問題で、今までの増援はそこまで大量ではなかった。だから行けるという判断になるのだ。
最初は湖面に向かってネットを投げているクオトアが狙われる。フリアが壁沿いに手近な1体に近づいて石を投げ、当てられたクオトアがネットから手を離して確認しようと近づいてきたところでもう1度石を投げて引きつけると、それをエディとクリストが引き取って攻撃し、倒す。ここまでは簡単で、基本的にはこの繰り返しになる。
やること自体は単純なもので、クオトアも面白いように投石に釣られてくる。2体目、3体目と倒したところで、次からはかがり火近くのクオトアに目標が移る。
ネットを持っているクオトアが少し遠く、かがり火の脇に立つピンサーを持ったクオトアの方が近かった。
フリアが岩陰から石を投げるとそれに気がついて近づいてくると、途中で足を止め湖の方を見た。そこで漁をしていなければならない仲間がいないことに気がついたのか、ピンサーを両手で構え足取りが慎重になる。
それを見たフリアも慎重に後退し、途中でもう1度クオトアに向かって石を投げ、注意を引く。
クオトアの足が止まり、まだ距離はあるはずなのにこちらの方を見ている。口を開け左手を振ると、後退を続けていたフリアの頭上から炎のような輝きが降り注いだ。セイクリッド・フレイムの魔法だ。
予想していなかったフリアが慌ててエディの盾の陰に向かって転がるように飛び込んでくる。何とか炎からは逃げ切れたようだが、クオトアはすでにピンサーを構え直してこちらに向かって突っ込んでくるところだった。
エディが盾を構えて受け止め、ガツンッという激しい音が鳴る。盾に対して斜めにぶつけられたピンサーが閉じられ、盾に食らいついた。
そこからは魔法を打ち合い、武器を振るいあい、互いに攻撃を繰り返す。それでも人数のそろっている冒険者側が圧倒的に有利で、さほど時間はかけずに倒しきることに成功はした。したのだが、最後の瞬間にクオトアがソーマタージーの魔法を使うことに成功し、その場に雷鳴のような大きな音が響き渡り、遠くかがり火の向こうにいたクオトアがこちらを見た。
クオトアはネットを引き寄せると、こちらに向かって移動を始める。そして右を向いて手招きのような動作をした。どうやら他のクオトアが近くに来ているようだった。