087:地下7階1
クリストさんたちは地上でやるべきことを済ませると再び6階のガラス壁のエリアに戻っていった。そこを拠点として探索を再開するそうだ。
わたしは再び観察者に徹するのだ、と思っていたのだけれど、どうにも最近は学園へ行くための準備にかり出されることも増えてきて、ずっと見ていることができていない。
見所も多いのに無念なり。とは言っても録画はしておいてもらっているから、後でならチェックはできるんだけどね。
『彼らにはこちらの意図を指摘されてしまいましたし、今後は割り切って協力者として考えてテストを継続していきます』
そうね、ものの見事に感づかれていたわね。さすが侮れないわ高ランク冒険者。
でも6階はすごく楽しんでくれたみたいで良かったわね。
『そうですね。今後も視察は続くでしょうし、あの場所は観光地化も狙えるでしょう』
観光地化かあ、それもいいわね。
せっかくテーブルもイスもミニキッチンも用意したものね。あの物置は整理してカフェにでもするといいわよね。
お、そろそろ出発するみたい。今日は時間がたっぷりあるから、じっくり見させてもらいましょう。
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拠点を出たら5階へ上がり、そこから階段室、そして6階へ。
最初はオークが配置されているエリアなのだけれど、ここはすでに見られているのでいじるのは当然なし。こんなタイミングで調整したらほら見ろって言われてしまう。それはさすがに悔しいので。
そこからは7階への階段を探していくことになるのだけれど、うん、わりと近いのでこれはそう手間取らずに見つかるでしょう。
道中の動く通路は越える手段がないのでスルー、オークたちはさくさく撃破され、部屋の中央に立つと四方からマジミサが! っていう罠も回避され。いや別に見て分かるような罠ではないはずなんだけど、フリアの何となく違和感がの一言で避けられてしまうという。何でだ、何で分かった。
別の部屋では宝箱から壁飾りをゲット。赤地に金糸で模様を描いた装飾品。魔道具とかではないので普通に売る用だね。
で、このエリアでは唯一の初見の魔物と遭遇。これがね、ぱっと見ではアンデッドに見えるのだけれど、れっきとしたデーモンの一種、マネスといいます。このダンジョンでデーモンが登場するのは今回が初。まさにテスト要員。何しろ超弱いのだ。
クリストの大きく踏み込んで下段からすくい上げるようにして振り抜いた剣によって胴体が真っ二つ。
はい一撃。だがこれだけでは終わらんよ! 刮目せよ!
なーんて、刮目せよとか言っておいて鼻からですが、はい、実はこのマネス、体液とか肉とかがとっても臭いのです。嫌がらせ要員でもありますね。
その肉の臭いか、辺り一面に強い悪臭が満ち、冒険者たちが慌てて後退していく。近づきたくないと大好評。うれしいですね。
避けて向かった先では地面が土に変わる場所があり、そこには1本の木。採取ポイントですね。ここで取るべきは木の実ですよ。
これはアオワの木の実といって、食べると1時間、常に低い単調な音が聞こえ続ける代わりに、魔法抵抗に有利が得られるっていう効果があります。有効活用してくださいな。
さらにそこから進んだ先で、たどり着いた扉に張り付いたフリアが水の音を聞き取った。
扉を開けると水場があり、そして部屋の奥には下り階段が見えている。これで7階へのルートは開かれた。
階段室で小休憩を取ったら階段を下り7階へと到達する。
下り立った場所は左右に伸びる通路の途中。
右から調べていくことに決めると通路を進み始めるけれど、しばらく進んだ先でフリアが立ち止まり右側を気にする。そしてすぐ先で通路を右へ寄り、そのまま身を乗り出した。
そこへ近づいてみればすぐに分かる。右側の壁がなくなり手すりのみに変わっている。その手すりの向こう側は吹き抜けになっていて、天井よりもはるかに高く、そして床面よりもはるかに深く、薄暗い空間が広がっている。
7階はこの吹き抜けがほぼ中央から分断する形になっている。左右が独立した構造になっていて、今下り立っている場所からではどう頑張ってももう一つのエリアには行くことができない。
さあ8階への階段はどちら側にあるのでしょうか、ということだね。
たいまつに火をつけ、それを吹き抜け目掛けて投げ込むと、火が小さくなりながら空間を下へと落ちていく。
カッとかパンッとかいう音が聞こえた気がして、見えていた火が消えた。そしてはるか下の方から何か黒い塊が浮上してくる。
次第にその姿が見えるようになってきた。大きい。鳥やコウモリではない。羽ばたく翼はコウモリのようで、しかし厚みがあった。長い尾にはたくさんのトゲ。赤い目と鋭い牙をむき出しにした口。それは大きく羽ばたくとそのまま空間を上昇し、身を翻してそのまま向こうへと遠ざかっていった。
はい、出ました。ロープを使って下りるとかはするなよという演出のための魔物、クローカー。あれが吹き抜け専用の魔物ですね。とても強いです。一度に出現する数は決まっていますが倒しても倒しても次が追加されるタイプなので諦めた方がいいと思います。
さらに警戒していたフリアがオークの接近に気がつく。オークは5階から登場した魔物だけれど、まだまだ主力として頑張ってくれているよ。
そのオークなのだけれど、接近してきた2体に対して、いつも通りファイアー・ボルトで開幕。右側の1体はエディが引き取り、盾と斧を使って器用に攻撃をさばいていく。もう1体はそのままクリストが切り刻んで終了。早い。
そして「よし、落とそう」となる。
エディと殴り合っていたオークの足が切られ、そのダメージで体勢が崩れたところを盾を使って手すりへと押し込まれる。ふらついたオークが武器を手放して手すりにつかまるけれど、その手も殴られ、そして足が持ち上げられてしまう。こうなってしまってはオークは自分の体の重さだけで手すりを越えて吹き抜けの闇へと落ちていくしかない。
悲鳴を上げながらオークの巨体が吹き抜けの闇へと飲まれていく。小さくなっていくその体が不意に横に流れ、そしてバキッという音とゲッとかギャッとかいう声が聞こえて、そして静かになった。
オーク君かわいそうに、吹き抜けの危険性を確かめるための犠牲となってしまった。そんなことしなくてもさっきのクローカーで分かるでしょ。かわいそうだよオーク君。
その先に見つけた部屋ではオーク3体が開幕スリープの犠牲となり、用意しておいた宝箱からは宝石が回収される。もう待機しているだけのオークでは何体いようがだめっぽい。修正が必要ですね。そろそろ本気出していこう。
ここまでで階段下から始まったオークエリアは終了、次からは7階の見所の一つが始まるのです。とても楽しい場所なので期待してほしい。
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部屋の扉の前でフリアがしゃがみ、鍵穴の近くに手を置くと、最後尾、カリーナのさらに後ろでガタンッという物の落ちる大きな音がした。
小さな叫び声を上げたカリーナが慌ててすぐ前にいたクリストの背後に近寄り後ろを振り返ると、そこには木製のイスが1つ、転がっている。
見上げても通路の天井は相変わらずの石組みで穴も何もない。
天井からラットが落ちてくるという召喚罠は使ったことがあるけれど、あれ以来になるのかな。あのアレンジになります。普通のイスを召喚して落とすだけの罠。
落ちてきたものは本当に普通のイスで、つついたところで何もなく、ディテクト・マジックで調べたところで反応はなく。
驚かされたカリーナとしては納得がいかないようだけれど、イスはただのイスだということが分かって終わり。そう、これは本当にただのイス。
この部屋にはスケルトンがいたのだけれど、さすがに弱すぎてどうしようもなく。そして宝箱からはガシアスフォーム・ポーションという飲んだ人がガス状に変化できるという薬が回収される。ガスだからね、カギ穴とか扉の隙間とかからの侵入もできるようになる、便利なものだよ。
部屋から出て探索を再開、途中の吹き抜けでフリアが手すりにつかまって見渡す。
すると突然フリアが飛び上がるようにして後退し、そのまま腰を落とすような格好になって下がってくる。
案じて声をかけるクリストにそっちそっちと指さした先には吹き抜けの手すりがあり、クリストが近づいて手すりにつかまってフリアと同じように吹き抜けを見渡す。
その眼下、床面のすぐ下辺りから白い腕が5本、ばっと勢いよくクリスト目掛けて差し伸べられた。そのうちの1本は手すりにつかまるクリストの手の上にかぶせられようとしている。
クリストは思い切り手すりから飛び退いて剣の柄に手をやった。
目の前の手すりは今までと同じ、ただ向こう側の吹き抜けの薄暗がりを見渡せるだけ。そこには何もいない。
後ろでようやく立ち上がったフリアが下から手がと言っている。
それはクリストも見た。
だが今こうして離れてみると吹き抜けの手すりには何もない。
なんて、えっへっへ。ここで笑ってしまうのはいけないわね。ご覧の通り、ここはアンデッドの存在からひらめいたお化け屋敷エリアだ。存分に精神攻撃を食らってほしい。
たどり着いた部屋ではカサコソ、カサコソ、と何かが這い回るような音が、コツコツ、コツコツ、と何かが床をたたくような音が、していた。
どうした、と聞くまでもないだろう。軽い小さな音をたてる何かが、部屋の床を動き回っているのだ。入り口に立ってみればすぐに分かる。
手が這い回っていた。
手首よりも少しした辺りで折れて骨が見えている。その手首が手のひらを床に付けるようにして、指を器用に動かして這い回っている。爪を立てて床をたたいている。そんな手首が全部で5つ。部屋のあちらこちらにいた。
これはクロウリング・クローというどこかの誰かの手首から先がうろうろしているだけの魔物だ。それだけで特に何かできるわけでもないので蹴っ飛ばせば終わる。
ただここまでの演出と相まってとっても不気味に見えているのだろう。これぞ演出の勝利、わはは。
さらにこの部屋では宝箱が部屋の中央にあるのだ。あれが開けたければ入るしかない。
ほらほらほら、入ろうよ、というところでフリアに気がつかれてしまった。さすがにこれは無理だったようだ。
フリアが指さす天井には、一面にぎっしりとダークマントルが張り付いているのだ。ダークマントル、見た目はイカかタコかクラゲかというそれは、天井に張り付いて偽色でもって見えにくくなるという特徴がある。気がつかずに下を通れば頭上から、という魔物だね。まあ今回は残念ながらバレてしまいましたが。
手首に気を取られ、宝箱に気を取られ、注意力散漫な状態で部屋に入ってくれたら襲おうと待機していたのだけれどね、仕方がないね。見つかってしまっては台無しよ。
この部屋の結末はファイアーボールが投げ込まれるというもので、結局宝箱からファイアー・ブレス・ポーションという火が吐けるようになるかっちょいい薬を回収されて終わりとなりました。
ここからは引き返してまた別の通路へ。途中の部屋ではグール君と相方のゾンビ君がファイアー・ボルトからのお約束の攻撃にさらされてあえなく撃沈。
ええい、次だ次! ということでその先の扉へ。
フリアがしゃがみ込み、扉を調べ始めたかと思うとどこかで音がしたように感じたらすくすぐに手を止める。
ほかの誰も気がつかなかったようで、首をかしげてもう一度調べ始めた時、今度ははっきりと音がした。
カリカリ、コリコリ。
扉から音がする。
カリカリ、コリコリ。
これは扉をひっかく音か。
カリカリ、コリコリ。
一度振り返ってからフリアが意を決したように音を無視して扉を調べる。
気配なしという報告にもクリストが剣を構え、フリアが扉を脇にどくように動きながら開け放つ。
扉の向こうには何もいないし、音ももうしない。
フリアがため息をつく。
わたしは楽しい。
扉を抜けてその先を調べようとフリアが一歩目を踏み出したところで。
ケケケ
その足が止まる。
ケケケケ
どこかから笑い声が聞こえてくる。
カカカ、ヒヒヒヒ
近くはない、どこかここではない遠くの方から笑い声が聞こえてくる。
キ、ケケケケ
笑い声の中をフリアがそっと次の扉まで進む。
ゾンビの気配。
ケケケ、ヒヒヒ
やらなければと思いつつ気乗りのしなさそうなクリスト。どうしても笑い声が気になってしまうのか、後を行くカリーナが不安そうに周囲を見回していた。
扉に手を掛け、思い切り押し開ける。
部屋の中にはゾンビが2体、うろうろと所在なげに歩き回っていた。その歩みが止まり、冒険者たちの方を向く。にやり、と笑ったようにも見えた。
先手を取ったのはカリーナのファイアー・ボルト。一瞬遅れてエディとクリストも部屋に駆け込みそのままゾンビにたたきつけるように武器を振るう。それで戦闘は終わり。ゾンビ君は弱いので。
部屋には何もないことを確かめて次へ。
カカカ、キケケ
笑い声に追い立てられるように先にある扉まで進む。
フリアが調べようと扉に手を掛けると、
コンコン
と音がした。
え? という顔をしてフリアが扉を見上げる。
コンコンコン
扉を向こう側からたたくノックの音だ。
フリアがどうしようという顔で後ろを振り返る。
ガタガタガタッ
突然扉が音を立てて揺れるように動いた。
フリアが慌てて立ち上がり飛び退く。だがそれ以上扉が動くことはなかった。
ため息をついたフリアがもう一度扉を調べるために手を掛けた。
コンコンコン
またノックの音がする。
注意力が散漫になっているのか気配があることは分かっても、それが何なのかは良く分からない、たぶん何かいるという報告になる。
さすがに危機意識を持ったのかクリストが注意をうながし、エディが前に出て盾を構える。その隣でクリストが扉に手を掛け押し開けた。
キッと軽い音を立てて開かれたその向こうは部屋になっていて、右側奥の方に宝箱があった。だが気配ありといっていたが何もいない。
不審に思ったカリーナがディテクト・イーヴルの魔法を使うと、宝箱の前辺りに何かがいるように見えた。
武器にマジック・ウェポンの魔法を使い、それを振るうことで何物かを見えないままに攻撃する。その見えないなにかがクリストの方へと移動していった。真っ先に気がついたのはカリーナで、相手がシャドウだと叫ぶ。シャドウは人の形をした影の塊のような魔物で姿を消したり、抱きついた相手に状態異常をくっつけたりとろくなことをしない。
そのシャドウはクリストの左腕に絡まるような格好で姿を濃くしていく。ただ見えるようになってしまえばただのゴースト系の魔物でしかなく、そのまま腕を振るようにしてエディの前へと差し出すと、影の塊もそのまま引きずられるように動いていく。
待ち構えているのは魔法の武器と化したエディの武器で、そのまま影を切り裂くように何度も振ると、次第に影は薄くなっていき、ついにはパッと散るようにして消えていった。
残念、さすがに単体ではそこまでの活躍はできず。でも良くやったよ。ゴースト以来の状態異常を決めてやったんじゃないでしょうか。
抱きつかれたクリストが腕を振ると、その感触が良くなかったらしく、状態異常を受けていることが確定する。本来なら小休憩として、薬を使うなり魔法を使うなりで解除するものなのだけれど、ここでこのエリア全体で仕掛けていた精神攻撃が効いてくる。
ここで休憩がしたいか問題だ。
聞かれたフェリクスやカリーナが、あーという表情をする。
その間に宝箱の存在に気はついたフリアが調べにいくのだが、ここでも精神攻撃が炸裂することになった。
罠を解除するために鍵穴に器具を差し込んでいるフリアに代わり、近くにいたエディが蓋に手を掛け開けようとしたその時、バンッと大きな音をさせて蓋がそのまま箱からはずれて高く上がったのだ。
キャーーーハハハハハハハハハハハッハハッハハハハハハ
甲高い笑い声が部屋中に響き渡る。
宝箱の蓋には大きなバネが付いていて箱につながっている。これで跳ね上がったのだ。
精神攻撃の締めにびっくり箱はいかが、ということで用意したものだ。
その蓋を見上げて呆然としていたフリアが箱の中を覗き込んでから床に突っ伏す。はい鍵穴から調べられる罠は単に罠っぽい何かでしかなく、実は意味がないのです。ご苦労さまでした。
その蓋を見つめて呆然としているのはエディも同じだった。
宝箱の中にはお疲れさまという気持ちも込めて少しいいものを入れてある。
金鎖に5つの宝石が付いた飾りが下がったネックレスで、装飾品としても価値があるように見えるこれはプレイヤービーズ・ネックレスといって、宝石1つにつき1回、ブレスとかヒーリング、レストレーションが使えるのだ。便利だと思いますよ。
これでお化け屋敷エリアは終了、ということで部屋を出て通路へ出ると再び笑い声が聞こえてきた。
ケーケケ、ヒヒ
カカカ、ケケケ
ため息しか出ないらしい。
そのまま通路を引き返し、開けたままにしておいたひっかく音のした扉を抜ける。
そのまま進めば左手に吹き抜けが姿を見せ、そして遠くからオークがこちらに向かってくる姿を確認できた。
今度もため息が聞こえたけれど、それはどうやら安堵のため息だったらしい。
オークがこちらに気がつき、持っているグレーター・アックスを振り上げて向かってくる。それに合わせるようにエディが盾をたたきつけると、オークの手から武器が飛び、吹き抜けへと落ちていく。
それを呆然とした表情で見送ったオークの足をクリストが切り裂く。
体勢を崩したところへもう一度盾をたたきつけると、オークの上半身がぐらりと吹き抜けに向かって崩れた。
クリストが剣を置いてオークの足を持ち上げると、悲しそうな顔をしたオークの体はそのまま手すりを乗り越えて吹き抜けへと落ちていく。
それを見送るクリストの「何だろうなこの安心感。普通の魔物ってのはいいもんだ」という感想よ。
オーク君がかわいそうだとは思わないんですか!
いやまあ気持ちは分かりますよ、精神攻撃食らいまくりましたからね。疲れているのだろうことは分かるのよ。
でもオーク君がかわいそうだとは思わないんですか! をもう一度言っておこうと思います。うん。
これで7階の探索はひとまず終了としたようで、そのまま6階の拠点へと戻って休憩となりましたとさ。