085:地下6階視察1
お父様が来ますよと叔母様に伝えて、キアラさんにもお茶の用意をしてもらう。
出張所からここまではすぐに来られる距離なのでそう待つこともないだろう。
「今日はギルドに呼ばれたとかって言っていなかった? 何事なの?」
「ほら、このあいだ6階をすごく頑張った、そこをそろそろ見てもらえそうっていうお話をしたじゃないですか。それで6階を見た冒険者さんたちがギルドに相談して、それでお父様も呼ばれたのですよ。冒険者さんたちは10階を目指すのに今の契約のままだと不都合があって、それを変えたいのですって」
「なに、そんなに6階はすごいの? どこまでやったのよ」
いやー、頑張りましたから。えへへ。
お茶の用意を手伝いながら待っているとすぐに表に馬車が着き、お父様が疲れた顔をして入ってきた。
「お疲れさま、ひとまず座って」
叔母様が出迎えて席を勧める。わたしはまずはキアラさんのお手伝いだ。
エリクサーが見つかった。
それ以外にも何だか分からないがとにかくすごいらしいものが見つかっている。
もう5階までで十分だ。
だが6階で、ガラス越しに10階だろう場所が見つかったという。地下世界だそうだ。山、森、海、町、城があり、ドラゴンとあと何だったかとにかくいるそうだ。
それでよく分からなかったのだがメモが見つかったとかで、これなんだが、私にはよく分からないよ。
もっと資金を出してくれという話なのかと思ったのだが、何だか途中から違う話になってしまってね、ギルドの支部長も分かったようなことを言っていたのだが、契約内容がどうこうと。いったい何の話なのか‥‥
お父様テンパっておりますな。まあお茶でも飲んで落ち着くといいと思います。
「ちょっとステラ、6階、どうなっているのよ」
叔母様もお父様の話だけではよく分からなかったらしいので説明をしましょう。
「いえ、6階にですね、こう、ガラス張りの通路を作りまして、そこから外が見えるようになっているのです。最初は手すり越しに直接外が見られる方が臨場感があっていいかなと思ったのですが、危なすぎて。ガラス張りにしておかないと絶対事故が起きるだろうからそうしました。それで見えるのは確かに10階ですね。10階に下りて進むと、6階から見えている場所どこにでも行けるようになるのです」
「山とか海とかって言っていたみたいなんだけど」
「そうですね。山もありますし海もあります。というよりもですね、作ったのはものすごく大きな島なのです。周囲はぐるりと海で囲まれていて、一応海に乗り出すと見えない壁にさえぎられるようにはなっています。島の大きさはこの国より余裕で大きいですね。周辺国全部入るくらい大きいので。山も森も川も湖も、町も砦も城も、何でもありますよ」
「待って待って待って。え、何それ。周辺国含めて全部入るような大きさの島? え、本当に?」
はっはっは、頑張りました。これも全て2号ちゃんがものすごい量のポイントを稼いでくれているおかげなんだけどね。使っても使っても余裕で増えていく状況にこれはやるべきではと思って作ったのだ。
10階まで下りると冒険の舞台はオープンワールド化するのです。
大きさも形もオーストラリアを参考にして、加えて周辺に島も適当に配置してね。そこを全部使って冒険をしてもらうのです。もちろんそこには町での冒険、城砦での冒険、屋敷の探索、洞窟の探索、それこそ何でもあるのだ。だからね、11階以降もあると言えばあるのよ。何しろ6階から見えているのは島の中央付近だけなのだから。他の土地は全部空いていて、これから思いついたものを手当たり次第に何もかも、ぶち込んでいく予定なのだから。
むっふと威張ってみたところ、お父様も叔母様も呆然とした顔を見合わせている。
「いえ、滅茶苦茶やったわけではないですよ。お父様、書斎に冒険の書を置いているじゃないですか。あれを読んでですね、再現できそうなものを全部入れてみたのです。今は再現できていないものもありますが、それも今後作っていけると思いますよ」
そうなのだ。冒険の書には実はほとんど全ての冒険のバリエーションがあると言ってもいい。だからあれを多少アレンジを加えて作っていくだけでも十分な規模の舞台を用意できるのだ。それに加えてわたしたちのアイデアも盛り込んでいくからね。冒険の書以上のものを提供できると思うのよ。
「いやおまえ、あれは物語であって‥‥」
「何を言うのですか。それはもちろんわたしの創作だってありますよ。でも出張所に持ち込まれた資料を確認してみたところ、わたしがダンジョンに配置した魔物のほとんどが実際にいたという記録があるのです。マンティコアの記録もグリフォンの記録もあるのですよ。エインシャント・ゴールド・ドラゴンの記録はなくても、エインシャント・ブルー・ドラゴンの記録はあるのです。あの冒険の書は夢物語ではありませんよ。わたしが再現できるということは、この世界に記録されたことがあるということなのです」
わたしが何も考えずに魔物リストに名前をバンバン追加していったとき、特に何もしなくてもほとんどの魔物の詳細が記載されていった。詳細のない魔物もいるなかで、ほとんどの魔物に詳細がすでにあったのだ。ということは、そういう魔物はこの世界のどこかにいるか、もしくはいたことがあるということになる。
だったらあの冒険の書だって、まったくの創作物ではない可能性があるじゃないか。
だったらわたしが10階に、地下世界を作ったっていいじゃないか。あの地下世界で全部の冒険を作り出してやる。だから遊ぼう。あの地下世界で楽しく遊ぼうよ。
困ってしまったなあという顔でお父様はお茶をちびちび飲んでいる。
「お父様、6階を見に行くというお話だったでしょう? 行きませんか? わたしもせっかくなので様子を直接見てみたくて」
ん? という顔でお父様が止まっている。
いやその話のはずでしょう。相談して、明日またって。
「ああ、そうだった。そうだったね。6階で本当に見られるのかい?」
「ガラス張りですからね。バッチリですよ」
「そうなのか。いや、私も冒険の書は何度も読んでね。地下世界か、確かにあったなと今思い出していたところなんだ」
みんな好きですよね、冒険の書。
「あったわよねえ。私も読んだわ。というかうちはみんな読んでいるんじゃない? 地下世界が本当にあるのならそれは見たいわよ。冒険者が行きたくなるなんて当然よね」
「それにですね、カリーナさんも言っていたのですが、失われた魔法、研究が行き詰まってしまった魔法、そういうものがあるって。あの地下世界を使えば、そういうものも見つかっていくのですよ。間違いなく国は栄えますよ」
「そうなの? そういうものも作れてしまうの?」
「それはもう、いくらでも。わたしがこういうものがあったらいいなと思ったものは、大体すでに設定があるのですよね。そうすると本当に世界のどこかにあるか、もしくはあったものだという可能性が高い。だったら地下世界で見つかったっていいじゃないですか」
そしてそういうものがここで見つかれば、国も家も間違いなく発展する。いいんじゃないかなあと、思う。
「あとは契約内容の変更のお話でしたよね。10階まで行ってもらうのに見つかった道具で使えるものは使いたい。鑑定スクロールとか道具とか保存食とか売ってほしいって」
契約内容の変更はした方がいいだろうからね。それはもう冒険者さんたちの言う通りよ。何しろマジックバッグとかが出るからね。それは使わないと損でしょう。
それに道具とか保存食とかどんどん使ってもらって構わないと思う。それで実績を作って、今後やってくる他の冒険者さんとか、商売したい人たちに広まっていくといいと思うのよ。それはそれでセルバ家は潤うわけだからね。
「まあ冒険者の立場からしたらね、命を賭けているのだから必要だと思ったものはすぐに使いたいでしょうしね。それに道具とか保存食とか今は試している段階だからこのままで構わないでしょ。そうでしょう?」
叔母様も分かっていてわたしに振ってくるけれど、道具も保存食もわたしっていうか2号ちゃんが用意しているからね。まあね、元手が掛かっていませんから。どんどん使ってもらいましょう。
「そうか、そうだね、考えてみれば無理のない話だったか。そうだね。10階だとまだあと5階あるのか。当然今までよりも大変になるのだろう? そうか、分かった、契約は変更して、あとは今まで通り進んでもらえばいいのだね。うん」
お父様も落ち着いてきたところで何となく理解が及んできたみたい。
ね、始めからそんなに難しい話ではなかったのよ。
「ただ、あれだね、ここまで思ったよりも時間が掛かっているから、もしかしたら途中で中央から情報公開を進めるようにと言われる可能性はあるだろうね。その点だけは2人も承知しておいてくれるかい」
おっともうそういう話になっているのですか。そうですか。
中央ねえ、たぶん見に来たいとか何とかでまた手間を取られるんだろうなあ。わたしとしてはいちいちストップがかかるのが何よりもつらい。もっとガンガン進んでもらって早く10階のイベントを起こしてほしいのに。
翌日、6階の視察を行うため、わたしはお父様叔母様とついでにわたしの護衛役ということでキニスくんと一緒に出張所に向かった。
出迎えたのアドルフォさんで、モニカさんとクリストさんたちは準備に追われている。
キニスくんは初めて馬車に乗ったことで少し緊張してしまったらしく、アドルフォさんの顔をじっと見ているので、その背中をポンポンとたたいて落ち着かせてあげる。キニスくんがわりと強い力で腰の辺りに頭をぐりぐりと押しつけてきて、わたしの方がふらふらしてしまいそう。
アドルフォさんの先導で出張所の会議室へ。すでにモニカさんたちも待っていたようで、イスから立ち上がる。
お父様が手を上げてそれに応え、全員がイスに座ったところで会議の再開だ。
「待たせてしまって済まなかったね。それで、6階を見に行くという話だったね。案内はしてもらえる、安全は確保されるということで大丈夫だね?」
「はい、もちろん。彼らが先行して通路の安全を確認します。その後われわれも行くという段取りですな」
「分かった。よろしく頼むよ。いや、昨日アーシアにも言われてね。地下世界が本当にあるのならそれは見たくなって当然だと、行ってみたくなって当然だとね。それで契約内容の変更だったね、それもね、こちらとしては道具だとか、供与のままで構わないようだよ。それに発見したものを使うこともあるかもしれないと。それもアーシアに言われてね。当然だと。命を賭けている冒険者が必要だと判断するのなら使えるようにしておきべきだとね。それで成果の報告はしてもらえるのだろう? それならばこちらの変更は特に必要ないね。ただ中央の意向次第で情報公開はされる可能性があるのだけれど、それは構わないかな?」
詰まるところセルバ家としてはどれも問題はないということに。まあ当然だと思う。ちょっといっぱいいっぱいになってしまって返事を保留にしたお父様だけど、落ち着いて考えれば理解の容易い話でもあるのだ。
クリストさんが代表して感謝の意を示し、モニカさんが作成しておいた新しい契約書の内容を確認しあって、サインをして終了。
「これで大丈夫かな? 良さそうだね、うん、これで10階までは行ってほしい。行って、何があるのかを確かめてほしい。よろしく頼むよ」
お父様の宣言でこれで新契約が成立した。
「では6階に行こうか。話を聞いているうちに私も見てみたくなってしまってね。案内を頼むよ」
実際お父様もこういうことが嫌いではないのだ。でなければ書斎に何度も読み返された勇者の冒険の書が並んでいたりはしない。
このダンジョンに普通に入るのはこれが3回目で、こんな大人数になるのは初めて。
ラットたちには逃げていいよとしているので、最初の曲がり角からすでにどこにも姿が見られなかった。
昇降機のある隠し部屋に着くとフリアさんが解錠して扉を開ける。部屋の中、奥に昇降機が見えた。わたしはこの部屋に入るのは初めてなのでやっぱり何というか、おーってなる。楽しいわね。
昇降機にはクリストさんたちが先行して乗り込み、起動させるとすぐにガコンという音が聞こえてくる。キニスくんは最初のガコンが嫌だったみたいで部屋の入り口に待機。腰を下ろして気にしていませんみたいな顔をしているけれど、尻尾がピンとしているので緊張しているのだろう。
先に冒険者さんたち全員が降り、すぐにクリストさんだけが戻ってくる。それから残り全員が乗り込んだので、さすがに籠の中は窮屈だった。
5のボタンを押すと再び籠が縦坑の中を下降していく。石組みの縦坑の中を下りていくという経験自体が初めてで、みんな周りをぐるぐると見渡していた。もちろんわたしもだ。一瞬足が浮くような感覚もあって、うひょーって感じ。
しばらく降り続けると下の方が明るくなり、そして部屋へとたどり着く。そこにはカリーナさんが待っていて、その先の通路へと促される。
籠を降りた部屋から出て、すぐに通路は正面と左との分岐に差し掛かる。正面がホブゴブリンやゴブリンのいる部屋だと説明を受け、そこで待っていたエディさんが一行に加わった。
みんなが来るまで扉越しに部屋の中を確認していたそうで、ホブゴブリンたちとは目が合ってしまったため、今回はこれ以上近づくこともしないという。うむ、ホブゴブリンたちはどっち側の扉にも反応するようにしているので、当然そうなる。でも彼らは絶対にこの部屋からは出ないからね。安全なのは変わりなし。
通路を左へ曲がり、しばらく進んだ先で丁字路に差し掛かる。そこにはフェリクスさんが待っていた。右へ行けばまた板鍵の必要な扉があり、その先が階段室だという説明を聞く。今回は反対側にあるもう1つの階段を下り、そして目的地に到着する。
階段を下りながら周りの様子を見ていると、アドルフォさんもモニカさんも、もちろんお父様や叔母様も、みんな興奮が隠しきれていない。キニスくんの鼻がピクピクして耳がずっと動きっぱなしなのも周りのそんな状態を感じているからか。
大丈夫だよー、そんなに緊張しなくても危ないことはないからね。いつかキニスくんも行きたくなったら案内できる場所を見せてあげる。楽しいと思うのよ。広い広い広い場所だから。何でもあるからね。
階段を下りていくと6階の床が明るくなっているのが見えてきて、待っていたフリアさんが手を振る。6階の床に下り立ち、そしてフリアさんがあちらを、と手を差し出した方向へと全員が視線を向ける。
長い長い通路の右側は全てがガラスでできていて、そのガラス越しに光が差し込み、通路を白く明るく照らしていた。向こう側の世界は、今日は良い天気のようだった。