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084:地下6階報告

この日の地上の天気は小雨だった。

彼らが1泊の探索を終えて出てくるまでの時間で出張所の建物の隣には大規模な開発のための基礎作りが進んでいて、もうしばらくすればここは町のような雰囲気ができていくのだろうと思わせる。

雨模様の空を眺めながら裏口で暇そうに立っていた職員が気がつき、慌てた様子で扉を開けて施設内に入っていく。出迎えたモニカさんが鑑定のために荷物を預かり、冒険者たちは休息を取る。

結局報告会になったのは翌日のことだった。


5階で倒した魔物の確認。出現数が劇的に増えたということもなく、ゴブリンが主体だったのがオークに変わりそうという以外に見所は少ない。唯一ホブゴブリンが指揮する部隊があるけれど、それもボス戦だと考えるとフロア全体で見たときに魔物の数や種類の面白みには欠けるだろう。

これも全て5階までは脱初心者のための階層だからということで納得してほしい。

スパイダーのエリアさえ気をつければ大したことはない。オークも数が多いという程でもなく、ホブゴブリンの部隊とやるかは選ぶことができる。そういう彼らの評価はわたしの評価とそれほど変わりはない。5階まではそれでいいだろうと思っている。


次は宝箱の中身やそれ以外の拾得物について。

特にというかやっぱりというかエリクサーは問題があったらしい。

これはまずいと見せにいった支部長は評価を投げ出し、ひとまず金庫で死蔵確定だという。何と支部長案件だったのにその支部長がぶん投げたと。あれまあ、ですわ。

そんなやばかったかしらね、エリクサー。状態異常の回復魔法とか普通にある世界なんだしこれくらいいいじゃんと思ったんだけど、良くなかったのか。うーん、難しい。


宝石だとかは今回も変わらず高評価。まあこれはお金に換えやすいからね。

そしてイリュージョン・デックは見世物にいいよねと思っていたら「いたずらとかにも使えそう。町中で使ったら確実にパニック」ということでストップがかかってしまった。あー、町中で。あー、それはいかんですね、そうか、使う人によるのか、やべーな。

クアアルズ・フェザーファン・トークンはやっぱり風を起こせるという点が良くって、商人でも軍隊でも海賊でも欲しいものだろうって。うーん、海賊。うーん。

エレメンタル・ジェム。アース・エレメンタルの召喚ができるんだけど、何と召喚できる魔法使いって少ないらしい。そうなるとこれはかなり貴重なんじゃ‥‥済まぬ支部長様、またダメダメ案件が増えていくみたい。


そんなだからエリクサーの評価も「病気、容態、状態異常の完全な回復。これはどこまでが含まれるのか」という点でね。話を聞いていると四肢の欠損とか老衰とかは含まれるのかって言っていて、あーってなった。四肢の欠損はどうだろう、含まれそうな気がする‥‥老衰はどうなんだろう、わたしにも分からないよ‥‥。

現状では1本しかないのだから、権力の一番上に持っていてもらうのがもっとも安全な置き場所だろうっていう話にまとまっていた。なるほど。それで支部長もぶん投げようとしていると、なるほど。


昇降機が使えるようになった、その鍵もまたギルドに預けたいと考えているっていう話がされて、次はいよいよ6階のお話なのだけれど、クリストさんは今後の探索の方針を伝えてモニカさんに6階のメモを手渡した。

あんまりな内容なのでこれを読んで心構えをしておいてくれって、それでまた明日って。うおー、気になる。

モニカさんはどう思うだろうね、あれ。


翌朝、会議室にはモニカさんが先に来て、そして疲れた顔をしていた。昨日手渡しておいたメモは全て読んだようだった。疲れた顔の原因はこれだろうと容易に想像が付く。

そのモニカさんの評価は「にわかには信じられない」というもの。それはそう。

その話題より先に済ませようということで6階の成果のことを話し合うことになったけれど、うおー、気になる。

グロウズ・ポーション。これを飲むと大きくなれるっていう不思議な薬。装備も持ち物も全部大きくなるっていう意味分かんないもの。なんだけど、その評価として「言っていることは分かるのに何を言っているのか分からない」と言われるというね。確かにわたしも意味分かんないって自分で言っているのよね。どうしましょうね、これ。

スクロールはグッドベリー。これは大好評。何しろ1粒食べれば1日戦えますっていう代物だからね。災害現場だとか、どこでも大活躍するでしょう。

カモガネの花はお腹の薬になるので、こちらも好評。薬剤師か錬金術師の組合にまわすかもっていう話をしていて、それがいいなと思いました。

最後に6階で拾ったひげ。これねえ、煎じて飲めば皮膚が半透明になってネバネバするようになる病気にかかるんだけど、そもそもがね、アボレスという魔物のひげで、このアボレスはメモにも姿形が書いてあったでしょう、想像しておいてください。その10倍くらいキモいから。


さあそんなこんなで普通の報告案件は終わり。次はいよいよあのメモは何なのかということで、クリストさんが見たもの調べたものを交えて話していく。

頭を抱えるというのはまさにこういうことを言うのだと思う。6階で見たものを聞き始めたモニカさんは途中からテーブルに肘をつき、両手で頭を抱えるようにしていた。

その見たものと1階や3階で見つかったもの、そしてメモに書かれていた内容を合わせることで何となく状況が見えてきているのだろう。

モニカさんとクリストさんの間で「地下世界ですか」「そういうものだとは考えている」「そんな伝説は国内にはなかった」「勇者の冒険の書でしか知らない」という会話が交わされる。

そう、みんなの憧れ、ご存じ勇者の冒険の書。

大空を行くドラゴン、大海原を行くリヴァイアサン、大地を揺るがすタラスク、無限の死を生きるリッチ、夜の王ヴァンパイアといった伝説の魔物。

アダマンタイトやミスリルといった伝説の金属。知性あるアーティファクト。天空の城に深海の城、そして地下深くに存在するという別世界の存在。

勇者が実際に体験したという建前で書かれた物語の一端が目の前にあるという現実に果たしてついていけるのか。

モニカさんは「にわかには信じられない」と繰り返す。それに対するクリストさんの答えはもう知っているものだった。

聞くだけだったら眉唾、これはすぐそこにあるダンジョンの話、ここに5階までの昇降機の鍵がある、6階のその場所へ行くのは実は簡単。つまり「なあ、見てみたくないか」ということになる。

一瞬口を開いて答えようとしたモニカさんが右手で顔を覆うようにして下を向いた。

わたしからすれば何を迷うことがあるのかと思うけれど、そこはやっぱりギルドの職員として考えなければならないのだろう。


ここでクリストさんたちが今後10階を目指すためには今の契約から内容を変えたいという話も提案される。

今までにダンジョンから見つかっているスクロールや魔道具に地下世界とのつながりを見てしまっていて、そしてかなり実用性の高い、これからの探索で便利なのではないかというものが見つかっていて、それを自分たちで使うことは今の契約だと問題になりそうなのだということだね。

どうもこれまでの契約だと発見物は全てギルドに引き渡しという形になっていて、もちろん自分たちでこっそり使うこともできたのだろうけれど、それをせずにいたようで。この辺りにこのパーティーのすごさが見えたりもしたのだけれど、それをちゃんと話を通して変えたいのだと、そういう話のようだった。すごい、立派。

宝石だとか金貨だとか使わないものは今までどおり引き渡す、使ったものも報告をする。だから代わりに10階まで進むための許可、見つけたものを使ってもよいという許可が欲しい、そして鑑定のスクロールだとかを売ってほしいという変更だね。この売ってほしいものにセルバ家から提供しているあれこれも含まれているみたい。これはうれしいことだね。うん、ぜひ引き続き使ってほしい。


そんな話をクリストさんが前のめりになって言う。

メモの内容と6階で見たというものとにようやく理解が追いついてきたのか、モニカさんの顔にも納得の表情が表れていた。

とはいえモニカさんが独断で変更できるものでもないので、この話は支部長とセルバ家も交えてすることになった。

「本当に6階の、それは見られるのですか? やってみましょうか、少なくとも私は見たい。ドラゴンがマンティコアを? そんなの見たいに決まっています。やりましょうか」なんて話すモニカさんの口調が早い。

そうだ支部長を巻き込め。もちろんセルバ家も巻き込め。いいぞ、待っているから。すぐ行こうって言いたいところだけれどがまんして待っているから。そして10階を目指す計画を立てるのだ。


冒険者ギルドのミルト支部からアドルフォ支部長がやって来たのは翌日のこと。

出迎えたモニカさんがまあまあとアドルフォさんを会議室へ通すと、すでにクリストさんたちが来ていてお互いに挨拶を始めた。

モニカさんがそのまま外に立って待っていると、すぐに道の向こうから見覚えのある馬車が走ってくる。

その馬車は出張所の前に横付けされて、お父様とロイスさんが降りてくる。

こちらへと会議室に案内され、室内にいたアドルフォさんやクリストさんたちも立ち上がってそれを出迎えた。


今回の5階、6階での調査報告がされ、その記載内容にアドルフォさんが仰け反る。

こそこそとおいこれは、支部長が決めて、いやいやこれはみたいにモニカさんと言い合っているけれど、今のところ支部が管理を任されていて、支部長であるアドルフォさんが決めるしかないことなので頑張ってほしい。

お父様も今回報された成果がすごいということは分かっているようで、もう十分ではと言っていて、アドルフォさんも5階以降は自己責任ということで公開は可能だろうと返している。

それにお父様が答えようとしたところをモニカさんが止め、そしてクリストさんから6階で見つかった地下世界のことが説明された。

ここでは省略するけれど、6階のあの場所から眺めることのできた、10階に下り立った先があれだろうと思える地下世界の風景のことだ。

その話を聞いて、うん? という表情をしたのはアドルフォさんもお父様もだ。お父様にはこの先のことは話していないのだから仕方がないのだけれど、どういう反応をするかしら、一応お父様の書斎にあった冒険の書からアイデアをもらったのだけれど。


6階に下りるとガラス越しに向こう側が見えた、山があり、森があり、海があり、町があり、城があり、果てが見えていなかった。冒険の書にある地下世界だろうと判断した。ドラゴンがいて、マンティコアがいて、グリフォンがいて、それ以外にも見たことのない魔物がいる。10階が最深部だとしても、その先が広すぎる。そういうお話。

そして6階で発見されたメモのことも話される。写し取ったもの、翻訳したもの。それがお父様とアドルフォさんに渡され、2人がそれを読んでいく。


何を言っているのか分からない。

お父様のその感想はもっともなものだろう。モニカさんもにわかには信じられないと言っていたのだ。アドルフォさんは頬杖を付いてメモをにらんでいるし。

聞いただけの話とこのメモだけでは、それこそにわかには信じられないだろう。

そこにクリストさんがたたみかける。言いたいことが分からなくはない、幻でも見たんじゃないか、このメモも騙すためのものなんじゃないか。ただこのダンジョンからはおかしなものが見つかっていた。見たことも聞いたこともない、記録にもない地名。今はもう失われて残っていないという魔法。その地名はあの場所のことで、そこがはるか昔に地下に封じられたのなら失われた魔法だとかが今も残っている可能性はある。

でもね、そう、クリストさんたちが大規模な詐欺を狙っていると言うことはできるだろう。調査はこれから困難を極めるけれどこんなすごいものが見つかる可能性があるから金を出せと言ってくる可能性だってもちろんあるのだ。

お父様が不審そうな表情を隠しもせずに考えることもまさにそこだろう。

だからここに提案されるのだ。


その前段階としてクリストさんはまたしても前のめりになって話し出す。

5階まではもう問題ないだろうから公開のための準備はしてもらって構わない。6階から先は自己責任でも構わない。ただこのまま10階まで進ませてほしい。それで必要なものを売ってほしい、現地で発見した使えるものは使いたい。鑑定スクロール、あれが欲しい。今まで使わせてもらっていた道具や保存食も欲しい。売ってもらえるのなら買う。もちろん発見して使わなかったものはギルドに引き渡す、そういう形で継続できないか。


これでようやくアドルフォさんが納得した。

今までの契約だと全部引き渡しだからそれが困るということだね。アドルフォさんの判断としては変えることに問題はないだろうというものだった。そして問う。「そこまでして行きたいか」。これに対するクリストさんの返答は当然「行きたいね。10階がどうなっているのか、この目で真っ先に見たい」だった。

やはりアドルフォさんは話が早かった。さすが元冒険者。

そうなると後はセルバ家の判断の問題になる。ここでノーが出るとちょっと面倒ということ。肝心のお父様はうーんとうなって考えるばかり。

ここでクリストさんがようやく提案する。

6階を見に行こう。昇降機が使えるから案内する。6階で向こう側に何があるのか、見に行かないかと。

すでにモニカさんは行く気満々。そしてアドルフォさんも興味津々。やはり冒険の書は読んだことがあるそうで、本当に地下世界があるのなら大発見どころではないと興奮していた。さすが元冒険者、今は冒険者ギルドの支部長。この話に興奮するなと言う方が無理があるだろうとは思っていた。

ただお父様はちょっと話が大きくなりすぎてついて行けなくなった感あり。

叔母様と相談すると言いながら、お父様が疲れたという顔をして席を立つ。やっぱり信じがたいという思いから離れることはできなかったようで、6階を見に行くという話が理解できているかも怪しかった。

でもこれで叔母様にも話が行くだろうし、当然わたしが問いただされるわけで。そうなったら普通にあれが10階の先に用意されているんですよ、10階までだと寂しいからもっともっとと頑張ってみましたよと言うだけ。

それにお父様だって分かっているはず。冒険の書が現実になるのだ。まずは6階を見て、そしてその先に思いをはせてほしい。最大級の冒険の舞台だよ、それが待っているのだから行くしかないでしょう。

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