073:地下1階
3.5「異世界ダンジョンの歩き方」は冒険者パーティーの探索の記録です。原本から不要な部分を削り、代わりにステラの視点や感想を加えたものになります。想定よりも長くなってしまいましたが、お付き合いいただければ幸いです。
どんどんどん、ぱーふーぱーふー、わーーーーーー。
さあいよいよやってきました、今日はついにダンジョンに冒険者が踏み入る日です。
ようやくですよようやく、どれほどこの日を待ったことか。先日挨拶を受けた冒険者さんたちが今まさにダンジョンの入り口前で打ち合わせをしているところ。
初めてみるちゃんとした装備をしたちゃんとした現役冒険者の皆さんがダンジョンの階段を見ながらああだこうだ言っている。楽しみね。
『楽しみですね。この日のために準備してきたのですから、良い反応を期待したいところです』
ね。ダンジョンの地下1階は正直他の階と比べると随分狭いし、難易度も低く設定しているのだ。その狭さたるや他の階の3分の1くらいというものなのよ。何と言っても最終目標が初心者専用フロアだからね。隠しエリアの方は今はまだ開放していない。ここは難易度も急に上がるからね。今はまだ立ち入ることはできないようにしている。
その地下1階を対象にした初日の探索が始まるところ。ここでの反応次第で今後の方針も変わってくるからね。しっかり観察させてもらいましょう。
あ、ここからは敬称略でいきますのであしからず。
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初日の探索目標は1階の詳細な地図の作成だ。
地上での打ち合わせを終えて地下1階に下り立った冒険者たちは、最初の魔物、スライムを発見する。これは事前の説明で安全とあったため素通り。スライムは当然のように何の反応もしない。
さらに角を曲がったところにいる最初の攻撃的なラットが、エディの盾の一振りで壁にたたきつけられ簡単に倒される。
そこからの行動はひどく慎重だった。曲がり角では一時停止、扉の鍵を調べ罠を調べ、気配を探り開けていく。地下1階とは思えないほど慎重だった。通路に設置された最初の罠も簡単に発見されてしまい、さすがにベテランの冒険者と言うしかない。地下1階程度の難易度では揺さぶることもできなかった。
この状況でも、初心者にはいい経験になるのでは、気配が察知できなければ奇襲を受けるか混戦にもなる、考えられているダンジョンだという評価がされていたことは有り難いものなのだけれど、彼らを驚かせることはできていないようで逆につらい。
このままでは歩いているだけで探索が終わってしまうため、ラットの数を増やして対応してみたものの、魔法の出番すら作ることができないままだった。
そうしていくつか目の部屋でついに宝箱を発見する。
報告にあった通り、宝箱が部屋の奥の壁の中央に鎮座していたのだ。さすがにこれには冒険者の皆さんもにっこりである。
今回の成果はシルバーのブレスレットだ。鑑定すると製作された土地の名前が出るようになっているので楽しんでもらえると思う。何しろ地図上や書類上には発見できない地名を付けたのだから。家とギルド出張所の全てを検索して見つからなかった地名なのだから、果たしてそれはどこでしょうってなものなのよ。
罠とラットレベルの魔物に対処できて鍵開けができれば1階からこれくらいの宝が手に入るのだ。やはり宝箱の存在は好評をもって迎えられた。
そこからの探索も順調だった。
ラットばかりで暇だ、出番がないとカリーナにも不満を言われてしまったことから、ジャイアント・ラットを早めに投入してみたものの、高レベル冒険者にとってはこの程度ではノーマルのラットと同じだったらしい。
攻撃は簡単に受け止められ、冒険者たちの攻撃は簡単にダメージを積み上げていく。ようやく使いどころを得て放たれた氷の魔法はどう考えても過剰だった。
それでも初めての攻撃魔法が見られて大変な満足感。最初の選択がフロストバイトなのは何か意図があったのか、単なる趣味か。なかなかに綺麗でした。
そこからは宝箱を餌に罠に掛けようとしたところが上手くいきそうな一歩手前で阻止されたのが残念なくらいで、さすがにベテランスカウトの目をごまかしきることはできませんでしたとため息をついておしまい。
ちなみにその宝箱の中身は銀貨14枚。これも鑑定すると地名が出て、そこで流通しているとなるようにした。もちろんその地名もどこにもないことを確認済み。さて、どこで流通していたものなのでしょうね?
その後の行程も変わらず順調そのもの。全体の地形がおおよそ四角くなることはすぐに発覚し、そうなるとどこが行き止まりになるのか、どこが外周部になるのか、地図を描いている人にはバレバレなのだ。
配置しておいたラットたちも順調に倒され、行き止まりに置いておいた宝箱は簡単に開けられ、メッセージという魔法のスクロールをゲットされてしまう。単純な鍵では手こずらせることすらできない。
それでも変化球をと配置した魔物、ファンシー・ラットは効果あり。フリアが気がつきながらも逃げられるという失敗を見られ、投げナイフを外すところも見られた。良かった、ベテランだからといって完璧ではなかった。ただ、そのファンシー・ラットは残念ながら、エディが構えている盾に自分から突っ込んで自爆死してしまったけれど。
そして地図を描いていたフェリクスが怪しい空白部分に気がつく。
はい、何と1階から隠し部屋があるのです。や、本気難易度の隠しエリアの方じゃなくてね、1階だからこその隠しエリアというか、隠し部屋、そういうものがあるのだ。
ひとまず回れる範囲を確定しようと探索を続ける中で、ラットを頭上から落とす罠がやっぱりあっさり発見されてしまったり、ジャイアントとノーマルのラットセットもあっさり倒されてしまったり、ファイアー・ボルトの魔法を初めて見ることができたり、宝箱から宝飾品の短剣をゲットされたりといったことがあって、そして階段室までたどり着く。
この階段室には水場も用意してあって、それは喜んでもらえた。休憩用の部屋でもあるのでここに水はあった方がいいだろうと付けてみたのだけれど、顔を洗ったり、タオルを濡らして体を拭いたり、トイレの後の手洗いにも大好評。飲用可の水なのだけれど、さすがに慎重で持ち帰って鑑定してみるようだ。なるほど、お腹壊したらいけないからね。
休憩後はどうやら空白部分を調べることにしたようで、壁に沿って移動を開始した。途中で妨害用に配置したラットもジャイアント・ラットもあっさり倒されてしまうし、いいところがない。相手はベテラン様なのだし当然か。仕方がない、ラットたちには無理をさせてしまって申し訳ない。ごめんよ。
そして案の定隠し扉が見つかってしまう。さすがに見つけるのも開けるのも早い。かなり分かりにくくなっていると思うのだけれど、だめですね、さすがベテラン様。
この隠し部屋にあるものはまさにダンジョンならではのもの。
鉄格子で囲まれた床面がくりぬかれて真っ暗な縦坑が深く続く穴、天井に滑車、金属製のロープが穴の中を下りている。
はい、お待たせしました。1階と5階、10階とを結ぶ昇降機です。やっぱりこれがないとねということで用意したもの。
昇降機の上部分にある半月型のプレートには、左に1、中央に5、右に10という3つの数字が書かれ、さらに矢印のような形のものが取り付けられていてそれは中央の数字、5の位置を指している。鉄格子の横にはレバーが設置されているけれど操作できず、そして鉄格子が開けらないためロープを伝って下りていくこともできない。そう、今の段階ではこれは使えません。使えるようにするにはまずは5階へ行く必要があるのです。
隠し部屋を発見したものの、部屋の大きさと地図上の空白の大きさが一致しないことが発覚。そうです1階の中央部分に用意した隠し部屋は2つあるのです。
そしてその隠し部屋もやっぱりあっさり発見されるという。うん、別にいいのよ? 発見してもらうための隠し部屋なのだからいいんだけどね? あっさりすぎると逆に堪えるというか何というか。
こちらの隠し部屋の扉は面倒な作りにしたのだけれど、これもあっさり見破られてしまいましたとさ。何度も言うけれど、さっすがベテラン様というほかない。
この部屋はちょっと他とは違うのだけれど、入るみたいね、仕方がない。ここは脅威度を引き上げてあるし、それなりに楽しんでもらえることでしょう。作った意味については乞うご期待ということでよろしくお願いします。
部屋の中には女性をかたどった像が1つ、置かれている。どう見てもこの像が怪しいのだけれど、さすがにすぐに調べ始めるようなことはしない。
だが調べないという選択肢を与えるつもりはないのだ。
全員が部屋に入ったところで、誰も何もしない、何の音もしないままに、入ってきた扉が静かに閉じられる。これに気がつき驚く冒険者たち。本来は警戒するべき入り口がいつの間にか閉ざされているという状況に焦るフリア。
えへ、ここは絶対に閉じ込める部屋なのです。全員が部屋に入るまでは変化は起きないようになっていて、入ると初期化されて壁は元通りになり、内側からはこのままでは開けられなくなるのです。初期化されることで壁が元通りになるので、閉じるという動きがそもそも発生しない。どうすることもできないのです。
驚いてくれてありがとう、ありがとう。さあせっかく来たのですから、今の段階で見ることのできる1階の貴重なイベントを楽しんでいってください。
扉があった場所が開かないことを確認すると像へ近づき、その足下の台座に掘られている「その尊い願いに祝福を」という文字列を読んでいく。
読んだ文字から順に淡く光ると、像の顔の部分からずるりと何かがずれたように動き出し、文章を読んでいたクリストに覆い被さるようにして青緑に透き通った人型の魔物が姿を現す。ゴーストだ。
転がるようにしてゴーストを回避したクリストが跳ね起きて剣を抜く。だがエディの動きがにぶかった。ゴースト特有の能力の一つ、恐るべき容貌による恐怖状態が入ったのだ。
それでもカリーナが味方を強化するブレスの魔法を放つことでゴーストの影響力が低下、これでエディもまた、今度こそ剣を抜き放ちゴーストに挑んでいった。
そこからはさしものゴーストも高レベルの冒険者たちを相手になすすべもなく。戦士2人だけでなくナイフを構えたフリアも攻撃に参加、そこにフェリクスのライトニングボルトも命中し、ダメージが積み上がっていく。
状況を打開しようとゴーストも魔法を使おうとするのだが、そこに動きをにぶくするスローの魔法を使われ、時間を稼がれてしまう。
あとは攻撃を繰り返し、積み上がったダメージに耐えられなくなったゴーストが大きく仰け反り、足元から透けていくように色を薄くしていき、その姿を消すことになった。
はい、1階には相応しくない脅威度の魔物、ゴーストとの戦闘でした。いやーさすがベテラン冒険者の皆さんは強いですね。思っていたよりもあっさり倒されてしまったという印象ですよ。
本当なら非魔法武器による攻撃には抵抗があって耐えられるはずなのだけれど、雷への抵抗もあって魔法にも耐えられるはずなのだけれど。さすがに強攻撃連発、魔法連発に耐えられる程ではなかったということでしょう。
さて、ここは倒すことで出現する宝箱というものもあって、そこにも1つ大事な仕込みをしている。出てきたスタッフを手に持った2人はやっぱり使えないみたい。そうなるだろうと思って用意したのだけれど、ドルイドはこの世界からは失われているということで良さそうだ。
ウッドランズ・スタッフ。ドルイドが同調することで強力な魔法を使ったりスタッフ自体を樹木に変化させたりできる。どう調べても出てこなかったドルイド関連の情報とかドルイド魔法についての反応が見たくて用意したもの。1階からやりすぎかなとも思ったけれど、ゴーストを倒した初回ボーナスなので良いでしょう。
宝箱の裏側には扉を開けるためのレバーもあって、それを操作してガコガコとまた扉が開いていく。これで隠し部屋のイベントは終了。
この日の探索はここまでで終わりということになったらしく、冒険者たちはギルドへと戻り、成果の確認だとかをする。
魔物の数や宝箱の数、罠の状況から初心者にはいいのではという結論になっていた。
ファンシー・ラットの説明で出てきた捕獲依頼の話はちょっと面白そうだ。やっぱり魔物の飼育だとかを狙って要望を出す人というのはいるのだね。
隠し部屋にあった昇降機にはやはり興味津々で、それはそうでしょうねという感想。「楽しそうですね?」「楽しいね、久しぶりに興奮したよ」という、このやりとりが見たくて、この反応が欲しくて用意したのだから。
そして彫像とゴーストにまつわるお話。
部屋を見つけてからの経緯、戦闘の内容、そして結果。
やはり初心者不可の部屋ということになりそうだけど、それはそれで良いと思う。ゴースト、1階に出すには強すぎるからね。
そしてそこで得られたスタッフに関する、ドルイドは亜人か獣人が使っていたクラスではないかという考察。これもまた重要だ。
ドルイドについてのおおよその想像ができていて、そしてそれはおおよそ当たっている。少なくともこの国と周辺国ではドルイドはいないし、ドルイド魔法というもの自体がなくなっている。
うん、これは今後もドルイド関係とか、興味を持ってもらえそうなものをいくらか仕込んでいくことにしましょうか。
その後は持ち込んだ簡易トイレだとか保存食だとか、今後評価してほしいあれこれの話だとかが交わされてこの日は終了となった。
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良かったわね。
楽しかったわ。
用意しておいたものを楽しんでもらえたと思う。悪くない手応え。
『地下1階の成果としては十分なのではないでしょうか。ラットたちも想定通りに活躍してくれましたし、最初はどうかと思いましたが罠の評価も悪くありません。宝箱の中身も1階としてはこれで良かったのでしょう。やはり現職の評価というものは参考になりますね』
ね、良かったわね。
隠し部屋の手応えも素晴らしかったわ。昇降機、作っておいて良かったわね。
彫像もゴーストもいい感じに使えて満足だわ。
話を聞く限り、ゴーストにしておいたのも悪くない選択だったと思うわ。
『はい。ゴースト、活躍してくれましたね。これで以降の仕込みも捗るというものです。ドルイドの仕込みも上手くいきましたし、今後の楽しみが増えましたね』
ね、良かったわね。
あー、早く次を見たい、見たいわよ。早く次へ、早く早く。それで仕込んでおいたあれとかそれとかの反応が見たいわ。
『焦らないようにお願いします。1階についてももう少し調整は必要でしょうし、2階以降もです。やはり本物の冒険者の反応というものをよく観察していかなければなりません。想定外の事態というものは常に起こりうるものです。1階は上手くいきましたが、2階からはまだ一度も使ったことのないフロアなのですからね」
はーい。
そうね、2階からは本当に今回が初だものね。よく観察して、よりよいものにしていけるようにわたしたちも頑張ろう、おー。