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「お疲れさまでした」
王都へステラを送ったブルーノとイレーネは迎えに出たアーシアと軽くあいさつを交わすと、それぞれの荷物を片付け、行っていた間の州内の動向や、ダンジョン調査の進み具合について説明を聞いた。
「では州内では特に問題はなかったのだね」
「そうね、いつもどおりよ。私たちが調整しなければならないような問題はなし。役所からの報告はまとめてあるから目を通しておいて」
ロランドの時もそうだったが領主が領内にいなくとも日常はまわるもので、大体の出来事は役所の人間で解決できるようになっている。最高権力者の決定が必要な案件などそうそうあるものではない。
「それでダンジョンの方はまだ終わらないのだね?」
「そうね、7階8階で苦戦しているようよ。9階への階段は見つかっているのにたどり着けなかったって」
攻略が間に合わなかったことをステラは随分と残念がっていた。
調査と、それに合わせた調整とで1年間を見ていたけれど、準備に時間がかかったことや途中の事故、それに6階での発見に対応する時間も必要になってしまい、結局は間に合わなかったのだ。
冒険者ギルドでは難易度の上昇が激しいことから、この辺りで調査も終了で良いのではという意見と、ここまで来たのだからせめて10階まではという意見とで折り合いが付いていない。
現状は公開の準備が整っていないこともあって調査継続という情勢だが、整えば10階が未到達であっても公開に踏み切ることになるのではと見られている。
「もう十分じゃないかという気もするね。あまり無理をして調査が台無しになるのもそれはそれで困る」
「まだ施設が完全に整ったわけではないから、せめてその間はということになっているわね。それまでに終わらなければ打ち切りになるかもっていう話」
「いいんじゃないかな。見る限り5階まででも収入はかなり良さそうじゃないか」
ステラも5階までを初心者からでも鍛えれば何とかなるレベル、6階7階をそれ以上のレベルと想定していたようで、難易度もここまではひとまとめに考えていた。
ただ、調査段階の今は出る魔物や配置には偏りがあり、宝箱から得られるものにも随分制限をかけているようで、本番はこれからのつもりだったようだ。
「ステラ的には7階まではほどほどのつもりだったようだけれどね。モニカさんが毎日報告に来るから見せてもらったのだけれど、その収入、実際には予定していたよりも少なめに見てよさそうよ」
「そうなのかい? これでも十分な気がするが」
「ギルドとしてもこの様子ならダンジョンに入るパーティーの数を増やして、もう一つ上の数字を目指してもいいくらいだそうよ」
ある程度出来上がった地図を見る限り、競合が起きずに一つのフロアに入れるパーティーの数は3が限界と見られている。さすがに1階は1か2パーティーが限界だろうが、ここは初心者用フロアと割り切り、2階以降、5階までと7階までの段階に分けて宝箱と魔物素材を狙うのであれば、Dランクまでに5階、Cランクに7階までを開放で十分な数のパーティーが活動でき、そして十分な数の収穫物を確保できるだろうという計算だ。
「そういえば、モニカさんがこちらに来なくなったのはいつだったかしら、そっちには行っているのよね」
報告書をめくっていたイレーネが特に気にした風もなくそう言う。
ただの事実確認のつもりだったのだろうが、それはそれとして。
「あっは、毎日報告書を作ってそれを届けさせているのでしょう? 本人は毎日、森の方へ来て自分の口で説明していくわね」
毎日森の別荘までわざわざ歩いてきて、きちんと報告を口頭でしたうえで、キニスかニクスか、まあ大体の場合はニクスになるのだが、満足するまでブラッシングをするなりしていくのだ。
これを役得という。
「まあ仕事はきちんとしてくれているから良いのだけれど、これだけの収入が見込めるダンジョンの仕事がまわってきて、しかも自分の好きなこともできて、満足しているのでしょうねえ」
「ああそうだ、そのウルフたち経由で聞いたのだけれど、ゴブリンもそうなのだけれど、どうも山の魔物が増えているのか移動があったのか、変わってきているみたいよ」
森だけでなく山も駆け回っているルプスやキニスは、それこそしょっちゅうゴブリンがいたから殴ってきたというような話をしていて、それ以外にも見たことのない魔物がいたとか、どこそこで魔物が増えているような気がするだとかの報告をしていた。
「それは危険ではないのかい? 森への影響だとか、大ごとになればダンジョンどころではないだろう?」
「うーん、今のところ森に来そうなのはゴブリンくらいで、それはウルフたちがどうにかしているし、来れば来たで2号がどうにかしてくれるみたいだから良いのよね。どうもね、東の方が怪しいみたいなのよ。オオカミの群れがいて、彼らがどうするか悩んでいるみたいな話だったわよ」
「あら、あの子たちの元の群れだっていうオオカミ? それはちょっと気になるわよね」
「そうなのよね。本当に困ったら受け入れてもいいからっていうことは伝えてもらっているけれど、実際のところ魔物が増えて山の中を東へ東へっていうことになると、うちは直接ではないけれど、隣にあふれるわけじゃない。それはそれで影響が大きいわよね」
「隣か。あそこは北の大地につながるわが国唯一の道だからね。国軍も駐留しているし対処できるとは思うが。人口も多いし、うちから出荷している産物も多い。確かに影響はあるね。緊急ではないが注意案件とはしておこうか」
国土の北にある山脈は魔物の領分として知られていて人手がほとんど入っていない。
現状その南側はステラの押さえる森があり、魔物が下りてきたとしても対処はできる。実際に問題になりそうなのは東側ということのようで、それは隣の州が対処すべき話ということになる。
そうなればセルバ家としては特に手も口も出すことではなく、問題が具体化したところでようやく注意喚起なりをするという程度だ。
今できることはそういう話があったということを覚えておく程度だろう。
「現状はこんなところかな。ひとまず順調と言っていいだろうね」
「あとはステラよね。大丈夫そう?」
問題はそこだ。家にいるだけでここまで物事を大きくしたステラが、学園でまともに生活を送ることができるのかということだ。
兄のロランドが在学中だから何とかなるだろう、してくれるだろうと考えることはできない。家にいる間など、ロランドどころか家族全員そろっていてのこれなのだ。
「ロランドには良く見てやってくれとは言ってきたけれど、どうだろうね」
結局そういうことになる。
「大丈夫だと思う?」
「勉強の方は平気でしょう、それに体を動かすことも大丈夫そうだったわね。教わることにも慣れているみたいだったし、そういう意味では授業は心配していないのよね。人付き合いも、ギルドの人たちとのやりとりを見る限り、得手不得手はあっても問題なく対応できているし、大丈夫ではないかしら」
「やっぱり転生? だとかの影響かしら。学ぶことに慣れているわよね」
「そうなのだろうね。聞いてみたのだけれどね、やはり転生者というものは一度人生経験があるからだとかで、学習能力が非常に高いそうだよ。それに発想が独特なのもやはりそのことが影響しているようだね」
「学園には他にいるのかしら」
「ああ、それなんだが、在学生に1人、それから新入生にも1人いることが確認されているよ。この新入生がね、一般の市民なのだが、宣誓式でオーブが虹色に輝いたとかでうわさになっているらしい。教会や国が注目しているということだね」
そのおかげもあってか、中央でのステラのスキルの話自体は下火になってきていた。さすがに無能力者よりも虹色のスキルの方が話題を集めるのは当然だ。
「学園でもスキルのことは恐らく伝わっているだろうけれど、その虹色の子のこともあってかそれほどではないようだね。それに本人がまったく気にしていないからね」
「まあ、そこはね、あれだけやりたい放題やっておいてスキルがどうこうなんて気にもならないでしょうよ」
「でも虹色の子は気になるわよねえ。新入生でしょう? どう考えても比較されてしまうから。ステラは気にしなさそうだけれど、おかしなことをしなければ良いけれど」
「おかしなことって。でもステラが何もせずにおとなしく学園生活を送ると思う?」
「少なくとも学園のダンジョン化はするのでしょうね」
「やるでしょうねえ。家や森ができて学園ができないなんてことはないでしょうし」
「ね、あの子、この家は情報収集のためだったらしいけれど、学園もそのくらいで満足するかしら?」
問題はそこになる。家のダンジョン化はそこまでの変化や影響は感じられなかったからまだ良い。だが森の、そして地下ダンジョンの把握の仕方は違ってくる。
森ではこともなげにウルフを支配下に起き、そして地形を操作し、魔物や採取物の配置なども調整してみせた。地下ダンジョンに至っては全てだ。全てを自力で整えた。
その地下ダンジョンでの一連の設定も全て自力で作ったのだ。あの6階を見て、それで普通の感覚を期待しても無駄だろう。
そして学園をダンジョン化して、それで何をしようとするのか。
「ステラは冒険者を倒すのなんて簡単だって言ったのよね。そして実際に調査に入っているパーティーは今まさに苦戦している。苦戦するようにバランスを調整したから」
「せめてそのバランス? というものに気をつけてほしいわね。むちゃなことはしないように願うしかないわ」
「随分その点は気にしていたみたいだから、学園ダンジョンもきっと良く考えてくれるわよ。そう思いましょう」
果たしてその願いはかなうのかどうか。繰り返してしまうが、あの6階を見て、それで大丈夫だと言う自信は誰にもなかった。とても学園ダンジョンがまともなものになるとは思えなかったのだ。その力を、その力の振るい方を、誰も推し量ることなどできない。神ですらすべてを把握していないだろう力を持ったステラの巻き起こす未来の出来事など、誰にとっても推し量ることは難しい。
お付き合いありがとうございました。これで第3章は終了です。
次回からは3.5が始まり、それが終わったら4へと進む予定です。
よろしくお願いします。