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目の前には山積みになったゴブリンの死体。
正直臭いです。これどうするのでしょう。
「おう、魔石はどうする」
「そうですね、せめて魔石は回収しましょうか。あとは、モニカさん、持ってきていますか?」
ベネデットさんは腰からナイフを取り出してゴブリンの魔石を取り出す体勢。声を掛けられたモニカさんは持っていたバッグをごそごそし始めた。
「普通はどうするのでしょう? 死体は放置ですか?」
「いやー、ゴブリンはな。臭いだろう、魔物にしろ動物にしろ、ゴブリン肉は食べたがらなくてな、肉食だとわかっている魔物の近くに放り出しても無視されるんだぞ」
やっぱりか。ニクスちゃんも興味ないですっていう感じだったものね。
「ゴブリンの場合は穴を掘って埋める。土属性だからな、埋めておけば早く分解されるってのが定説だ」
へー。土属性は埋めておくとよいのね。なるほど。それでモニカさんは何を持っているのか聞かれていたのでしょう。
バッグから何か、これもスプレーっぽいものを出してきてウーゴさんの盾に吹きかけている。これを聞かれていたのだろうけれど、何でしょうこれ。
「土属性を付与する薬品ですね。地面を掘る道具に吹きかけると効率がとても良くなります」
それを盾に吹きかける意味とは。
「これで掘るんだよ。穴掘る道具なんざ持ち歩かないからな、仕方がない」
あー、なるほど、理解しました。
ウーゴさんは盾を裏返して持つと、それをちりとりみたいな格好で地面に当てるとぐっと力を入れて押していく。盾の幅に地面が削り取られる。へぇー、森の地面なんて硬いと思うのだけれど、それをいとも簡単に削り取るようにして掘り下げていく。これが土属性を付与するっていう効果なんだ。
「そういえば先ほど使っていたスプレー? は回復薬ですか?」
「そうよ。今回は魔物の種類が分からなかったから状態異常の回復薬を一式持って来ていたの。それの対恐怖状態用ね。持ってきていて良かった」
「こんな場所でテラー持ちに会うなんざ普通は想定しないからな。それがなければやばかったぞ」
あっという間に穴を掘り終えたウーゴさんが腰を下ろしながら言う。と、上の方、草むらがガサガサッと揺れて、ニクスちゃんが戻ってきた。ん、キニスくんはいないのね。
おーよしよし、久しぶりに大変な仕事だったね、お疲れさま。
「オオカミの遠ぼえには反応していましたし、最後は逃げるようにしていなくなりました。天敵のような形になるのでしょうか」
ウーゴさんは肩をすくませるだけ。分かりませんよね。
ゴブリンから魔石を回収していたベネデットさんも作業が終わったらしくこちらに合流。
「どうでしょうね、ところで、クモには逃げ切られたのでしょうか」
どうでしょう。ニクスちゃん、その辺りは?
ふん、みたいに鼻を鳴らす。これは取り逃がした表現で良いかな。
「逃げられたっぽいですね」
「そうなるとあのクモは相当速いということになりますね。ゴブリンの群れをここまで単独で追い回してきたと思われること、テラー持ち、鑑定が通らないほどの高いレベルか抵抗スキルかを持っている、複数のオオカミから逃げ切るだけの素早さ。やっかいな相手ですね」
「少なくとも俺は見たことがないタイプだった。せめて名前は知っておきたかったな」
「今までは森でも見たことがないわね。それにオオカミたちがああいう反応をする相手というのも初めてよ」
「ゴブリンも山でしたか」
「そうね、森で見るゴブリンは恐らく山の群れから離れたグループよ。今日のゴブリンは群れといって良いわよね。そうすると山から追ってきたと見るべきかしら」
「可能性は高そうですが。そうでなければあのクモだけがこの森で異常な存在になってしまいますからね」
その辺りどうですか、このイベントを仕込んだコアちゃんや。
『あれがお仕置きモンスターです』
やっぱりか。
何あれ、スパイダー系でああいうのっていたっけ。なんかもう見るからにグロテスクなデザインだったけれど。
『レンのクモ、といいます。名称設定でもそのままにしてありますが、あれはアトラク=ナクアの眷属ですね』
ちょっと待てー! 待って待って待って、何出してんの? 駄目じゃない? こんなところにいていいものではないのでは?
何でこんなところにクトゥルフ! もうもうもう!
『いかにもなものを選んでみました。普段は樹上に待機状態で置いておきますが、見つけてしまったら全力で逃げるべき設定を持っています。これでダンジョンの深層や、今後山をダンジョン化した場合の設定に使えるでしょう』
うん、まあ、ちょっとというかだいぶ面白かったわね、イベント。
パーティー戦も経験できたし、意味分からんイベントボス的なものも経験できたし、わたしもちょっとは戦えたし。スタン・クラブも良かったわね、最初からこれ使えば一発だったと思う。
座ったニクスちゃんに寄りかかって首筋をわっしわっしとしながら考える。
今回の視察でおおよそ沼地の魔物も見られたし、薬草も採ってもらうことができた。危険な魔物が出現する可能性も知ることができた。
なかなか良い成果だったのではないでしょうか。
『レンのクモにはオオカミが対処できるということを見せることもできました。これで森でのウルフたちの活動を制限する必要もなくなるでしょう』
ああ、そうね。まあルプスさんとルパさんには引き続き気をつけてもらわないとだけど、キニスくんとニクスちゃんは大丈夫かな。山からオオカミたちが下りて来ちゃってもある程度は見逃してもらえるでしょう。
なでますかってモニカさんに聞いてみたらささっとニクスちゃんを挟んだ反対側にまわって座り込んで背をなで始めた。ブラシ持ってくれば良かったわね。
ウーゴさんとベネデットさんが一生懸命ゴブリンを運んでは穴に放り込む作業をしているけれど、まあいいでしょう。わたしたちは休憩です。
木立の間からは沼とその周りの草が生い茂った場所が見える。陽が差して緑が輝いている。沼の中央辺り、水面からのぞくジャイアント・トードの頭。
どこかから小さくガササッという草が揺れる音。
チチッ、ピピッという鳥の声。
ドサッバサッという仕事をしている人たちの音を聞きながら頭上を見上げると、明るく差し込む木漏れ日。
冒険の終わりを感じる。
わたしがここでやることはもう終わったのではないかな。あとは実際に冒険者が入ってから調整するだけで良いでしょう。
施設の建設工事も始まることだし、わたしのここで体験できる冒険はここまででしょう。十分に楽しんだと思う。あとの続きはまたいつか、どこかで。
『本当にポーターを目指すのであれば技術や道具も検討しましょう』
そうね。これでわたしは外へ出ることになる。その先には別の、わたしの知らない場所での冒険もきっとあるでしょう。まだまだここでやるべきことはあるのだけれど、どうしても冒険は終わった感があって、気持ちが落ち着いていくように思える。勉強も続けないとだし礼儀作法は身につけないとだし10階までの見直しもあるしその先の設計もしないとだし、あー。
ゴブリンを埋め終わったところで帰りはスネークとフロッグという大荷物があるということで、家に戻るよりは近いダンジョンを目指すことに。ウーゴさんとベネデットさんが2人がかりで袋を引きずって、その後を叔母様とニクスちゃんを護衛にしてわたしとモニカさんが続く。
沼地周辺への立ち入りもダンジョン開放に合わせて、立ち入りは1日に1パーティーか週に何日かに絞るかして、薬草の生え具合だとかを確認しながらになるらしい。
わたしとしてはあとはお任せなので、ふんふんと聞くだけ。
魔物の種類や危険性も周知して、特に危険な紫色のスパイダー種については手を出さないように、オオカミを見かけた場合はそのスパーダー種対策で有効そうなので基本的には手を出さない方針で知らせるそうだ。
うん、それでいいと思います。よろしくお願いします。
カンカンという斧を木に振るう音、人の動く気配、話し声。作業の続くダンジョンにたどり着いてほっと息をつく。皆さんお疲れさまでした。