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先頭を行くニクスちゃんがある程度歩きやすいコースを選びながら、真っすぐに沼地を目指して進んでいく。
隣のウーゴさんは盾を器用に使って進行方向にある枝葉や下草をどかしてくれるし、わたしも両手を自由にして時には手を地面についたりしながら、前を行くニクスちゃんの尻尾を追い掛けていく。
後ろの3人は時折感想や現在の工事の進み具合を話したりしながらで気楽なものだ。
森の中は別荘周辺の落ち着いた感じから少しうっそうとしたものに変わっている。ただわたしたちが大きな音をたてて進んでいるからか、周囲に鳥や動物の気配はない。
これ、草ぼうぼうじゃなくて助かったわね。ウーゴさんが上手に道を開けてくれるからそれほど苦労せずに済んでいるわ。
しばらく進んでいくと、明らかに下草の刈ってある、そして低い位置の枝葉が落としてある場所に出る。そういう場所が南北にずっと伸びている。
「ニクスちゃん止まってー」
声をかけると前進をやめてこちらを振り返る。
わたしも振り返って叔母様の方を見る。ここの説明をしないと。
「ああ、もうここまで来たのね。えーっと、わかります? 北から南へ、ずっとロープが張ってあります」
指し示した場所、木から木へと結ばれて南北にずっと続くロープ。ここが境界線。立ち入りを許可する場所とそうでない場所との境目ね。ところどころにセルバ家の紋章もつってあるからね、分かってもらえるんじゃないかな。
「なるほど、これなら境界が分かりやすいですね。説明もしやすい」
ね。これで十分じゃないかなって2号ちゃんがちょいちょいと作ってくれた。
それでこのロープを越えたところからが冒険の舞台よ。
わたしたちは一度ここで小休止。それから隊列を組み替えて、わたしとウーゴさんは後列にまわる。モニカさんも後列に残ってわたしの左側だよ。ベネデットさんが鑑定していって、それを記録する係だって。
わたしも腰を下ろして水筒からお水。ニクスちゃんには鹿肉を乾燥させたジャーキー。がっしがっしとかじっている。モニカさんは打ち合わせに参加しながらもそれをちらちら。
ウーゴさんは打ち合わせは必要ないのかわたしの隣で待機。ちょっと気になっていることを聞いてみましょうか。
「ウーゴさん、盾の使い方お上手ですよね」
「ああ、まあな。軍隊にいたときに教わったものだ。だいたいのものから身を守れる上に相手を制圧するにもいいってんでな」
「器用に使っていましたけれど、重くないのです?」
「ああ、こいつは全部が金属なわけじゃないぞ。中身は木製だ。表面だとか、補強で金属を使ってはいるがな。全部が金属のやつはまず動かせんよ、あれは防衛用だ」
なんと木製でしたか。わたしは持ち上げられなかったのですが。表面と補強に金属を使っているっていうだけであんなに重いんだ。
表面を触らせてもらったらざらざらしていて金属の冷たさ。でも裏側を見ると確かに木だった。これ金属板を貼っているのかと思ったら、なんと金属塗料だそうな。すごいね、細かくした金属の粒子を塗料に混ぜるとかしているのかな。街道の舗装技術とか上下水道とか、以外と技術力が高いのよね。
「今でも初心者の指導役とかをやっているからな、俺としては武器よりも盾だ」
なるほど冒険者の指導教官。それでこういう時に頼られるのね。勉強になります。
休憩も終わっていよいよ冒険者の立ち入りを予定している場所へ入っていく。ほら、ニクスちゃんもいつまでもジャーキーかじっていないで、行きますよ。
ロープを越えて前進再開。まだ沼まではあるけれどさすがにここからは慎重になる。
ベネデットさんはあっち見たりこっち見たりで端から見ると不審者のよう。モニカさんもメモを取る手が止まらない。
そろそろ魔物の配置してある範囲に入るんじゃなかったっけ。
『そうですね。一つニクスに持ってこさせましょう』
よろしくね。ちょっとみんな意識が散漫になっているようだからね。
最前列に位置していたニクスちゃんが頭を上げ、ぱっと駆け出す。それを見た叔母様が停止、それに釣られるように一瞬遅れてベネデットさんも立ち止まった。
さすがに緊張感が少し高まってくれたのか、剣に手をやり、周囲を見渡す動きも変わる。
木立の先の方へ消えたニクスちゃんがすぐさま戻ってくる。その口には長いひも状の、いやひもって言うには太すぎるわね、それをくわえていた。スネーク系。無難な魔物ではあるけれど、音を立てずに動くし毒を持っていたりするので意外と危険だったりする。
というか大きいわね。3メートルくらいある? もっと? キングコブラがこれくらいだったっけ。そう考えると普通、いや普通じゃないよ、形とか模様とかコブラじゃないじゃん、これマムシじゃないの、だったら1メートルもあったら巨大でいいじゃん。
前持ってきたときもびっくりしたけどさ、こんな長くて太いものがうねうねしてんの怖いのよ。できれば殺してから持ってきてよ。ほらー、なんか尻尾がぐるぐる首の周り動いてんじゃん、それ締まっているんじゃないの、平気? 大丈夫? そんなどうしたのみたいな顔でこっち見るんじゃないの、受け取らないからね、わたしは受け取らないよ!
「いやこれは、生け捕りですか、すごいですね‥‥」
さすがのベネデットさんも驚いてくれているみたい。ニクスちゃんの体長が1メートルとちょっとくらいだからね、それが太さが10センチくらいある蛇をくわえて、首の周りぐるぐる巻きされながら平気な顔で戻ってきたら驚くわよね。
いやだからわたしの方へ持ってくるなって、せめて叔母様の方にしてよ、どうしろっていうのよ。
『獲物を見せに来たのでは?』
わかる。わかるけれどさああああ、うん、わたしにどうにかするのは難しいわ。
「ニクスちゃんごめん、ちょっとそこ置いて、押さえておいてね?」
言われた場所でくわえていた首から下ろし、頭の部分を器用に足で押さえる。首の下の方ももう片方の足で押さえて逃げられないように。相変わらず尻尾がうねうねとニクスちゃんに絡まっているけれど、気にしないのね。
「叔母様、とどめはどうすれば?」
「急所は首の付け根の辺りだけど、やりましょうか。ああ、気をつけてね、とどめを刺しても動いてかむことはあるから」
そんなんどうしろって、いいや、ちょっと離れますよ。ウーゴさんにうまくかばってもらいましょう。
叔母様は剣を抜くとニクスちゃんの足の間、頭だか首だかの部分にざくっとそれを刺して地面に縫い留めた。なんだ、そうすれば頭が動いて攻撃されることもないじゃないね。これはわたしは脅されただけか。
「これって普通の大きさですか? ちょっと大きいような気がするのですが」
「スネークといっても種類が多くてね、でもこの辺りで見られるものは大きくても2メートル、これの半分くらいじゃないですか」
わたしの質問に答えてくれたのはベネデットさん。ほらーやっぱり大きいんじゃない、こんなの配置したっけ。
『ノーマルからジャイアントまでサイズは豊富に取りそろえています』
もしやほかの魔物も。
『当然ですね。通常配備の魔物はすべてランダム要素を含みます』
なるほど。バリエーションはそうやって付けるわけね。まあ運悪くこんなのに出会ってしまった初心者さんはさっさと逃げることお薦めよね。初心者だと毒消しとかも持っていなさそうだしね。
「ああ、ジャイアント・スネークですか、これは注意喚起をした方が良いのかもしれません。解毒薬の備蓄も増やさないといけませんか」
「これはどうします? 魔石を持ち帰られますか?」
動かなくなった蛇を見下ろしながら叔母様が問う。ニクスちゃんもすっかり興味を失ったみたいで、足をどけて蛇を放置。本当に見せに来ただけなのね。
「いえ、このまま頂ければ。肉も皮も使えますしね。それに毒腺を調べたい」
ベネデットさんはこの太い蛇をご所望という。そっか、まるごと持ち帰ってもお金になるのね。言うやいなや鎧の内側から袋を取り出して蛇を頭からその中へ突っ込んでいった。すっかり大きくなった袋を背負う。とても満足そうで良かったです。