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そんな勉強にうんうんうなっている毎日に、2号ちゃんがモニカさんの来訪を告げてくれたことは救いになった。
ようやくギルド出張所の建設に向けて動きがあるのかしらね。楽しみね。
わたしはさすがに対応するのは変なので避難。自室でも良かったのだけれど、今日は外にいたので納屋へ。ウルフたちのブラッシングでもしながら2号ちゃんを通してのぞき見しましょう。
おやルプスさんとキニスくんがいない。ふん? 森の中を散歩中? そうなのね。それじゃあニクスちゃんこっちおいで、ブラッシングするよー。
ルパさん? ルパさんはなあ、いつ見ても寝転がっている気がするんだけど、どうしましょうね。
「失礼いたします――」
おっと音声が先に来たわね。それじゃ映像もよろしく。その辺に空間投影で良いわよ。
うん、それくらいそれくらい。音声はもうちょっとだけ絞ってもらって。はーい、それで流しておいてね。
わっしわっしとニクスちゃんの首から背中にかけてブラシを動かしながら様子をうかがいますよ。
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「さ、座って。これから長い付き合いになるでしょうし、気楽に行きましょう。私は子爵家に籍を置いているけれど継承権は放棄しているし、たいした身分ではないから気にしなくても平気よ」
アーシアがソファを指し示すと少し気後れしたところも見せながら、モニカは一礼をしつつ腰を下ろした。
厨房ではキアラがお茶の用意をしている音が聞こえる。ステラは外だったか、こういうタイミングで顔を見せる子ではないので置いておこう。
「改めまして、よろしくお願いします。以前本部にいたときにダンジョン管理に携わったことがあったものですから、今回はこちらのダンジョンの担当を申しつけられました」
向かいにアーシアが腰を下ろしたことを確認してからモニカが切り出す。
今日は工事が始まることもあってあいさつだけではあるが、それでも一応はダンジョンの管理マニュアルを持参している。
「ああ、経験があるのね、それは助かるわ。こっちはダンジョンに入った経験はあっても管理したことなんてないものだから」
当然の話ではある。これまで国内で発見されたダンジョン7カ所。そのうち3カ所は発見も管理も国が、2カ所は冒険者が発見して国が管理を行っている。残り2カ所は冒険者が発見して地元政府が管理している場所だ。今回は地元政府が発見も管理もというケースになるだろう。
「現在は森に入って伐採予定の木に目印を付けるところまでは終わっています。測量は東西ともに中間地点まで終わったところでしょうか。こちらはもうしばらくかかりそうですね」
「それで出張所だったわね、その建設が始まるのはいつぐらい?」
「先に森の中の立木の伐採を行います。ダンジョンの周辺と、そこまでの道になる部分ですね。街道からはすぐにはわからないように入り口部分は覆いを掛けて隠します。建設を先にすると運び出しが困難になりますから、そこまでは先に済ませたいということでした。それから柵を設置して、仮設の出張所の建設作業に取りかかります。恐らく測量もその段階までには終了するかと」
用意しておいた工程表を示す。
伐採、運び出し、柵の建設、施設建設現場の測量、資材の運び込み、基礎工事、建設工事、荷物の運び込み、試験運用期間を経て、ようやく調査に取りかかる。
「そう、出張所はまだ仮設なのね。それにしても、これは長くかかるわねえ」
想定していたよりもだいぶかかる。ステラは自分がいる間に調査の終了まで見たいと言っていたけれど、間に合うのか微妙なようにも思える。
「人員と資材の手配が遅れています。建設組合の方では足りるという見込みでいたようですが、どうやらよそに優先的に回すものもあったようで、河川の補修や農場の整備を後回しにするわけにもいきませんし、結果足りなくなったようですね」
ミルトは政策が農地優先で動いてきた。それだけに今の段階ではそちらを立てないわけにはいかなかったのだ。
調査のための冒険者を募るためにも期間は相当に必要と見込まれているため、協議の結果この日程が採用された。能力に問題なしと評価できる冒険者がミルト周辺にはいなかったという面もあったのだ。
「ブルーノ様は王都ですよね、国への伝達も?」
「通知レベルでするとは言っていたわね。公式の伝達と発表は調査が終わってからにしてもらうそうよ」
どこからどう話が回るかわかったものではないので、この時点で関係者には伝えることになっている。私物化して利益を独占することや、放置して魔物の被害を垂れ流すことなどを疑われる恐れを取り除くためだ。
それでも利益に関与することを狙った誰かしらが口を挟んでくることは考えられるが、場所がセルバ家の私有地内だ。立場を利用すれば十分な盾にはなる。
「今の段階で発表などされたらひどいことになりますからね。勝手に入って勝手に死ぬ。避けたいことです」
どうしてもルールを守らないものは存在する。最低限柵で囲って出張所で入り口をふさぐところまでは済ませなければならない。
「そういえば森の東側、沼地の辺りも入りたいのよね?」
「そうですね、可能であれば。お聞きした限りでは魔石、素材、薬草、十分な利益が見込めますから。こちらで人数制限を行うこともできますし、いかがでしょうか」
「良いとは思っているの。広さと数の問題はあるでしょうから、そちらで現地を確認してもらって、無理のない範囲で人数を決めてもらえば大丈夫ではないかしら」
沼地周辺の魔物も薬草も、セルバ家やウルフたちにとってはあまり意味がない。
水場はほかに確保してあるし、シカやイノシシといった食料となりうる動物も沼地側は魔物を嫌ってあまり近寄らない。
「冒険者が入るとして、場所を制限しても良いかしら。ロープを張って分かるようにはするのだけれど、その先は立ち入り禁止というような」
「構いません。もともと森はセルバ家の私有地ですから、その旨こちらでも周知するようにはしますので」
「それでも入るような人はこちらで対処するかもしれないけれど、それも平気?」
どうしてもルールを守らないものは存在する。勝手に入って勝手に事故を起こすのだ。自損ならばまだよいがウルフたちと遭遇して騒ぎを起こしてもらっては困る。
「対処ですか、程度にもよるとは思いますが。貴族の私有地に勝手に立ち入って何かあってもこちらは恐らく対応しないでしょう」
「まあそうよね。立て札は何カ所かには立てるわ。うちの私有地だから勝手に入るな。勝手に入っているところを見つけたら覚悟しろっていう」
「わかりました。立ち入りは許可制にしますし、許可があっても禁止されている場所に入った場合の損害などは関知しない形とします。それでよろしいでしょうか」
合意は成立した。
セルバ家の私有地をギルドで借りて施設を建てる形になるため、地代が発生している。その契約書に付随する形で立ち入りが許可制であることと禁止場所での出来事には一切関知しないことが書き加えられる。
「さあこれでこちらは待つだけね。報告は毎日されるのでしょう? 調査が楽しみだわ。ああ、そうだ、沼地の調査というか、視察も必要なのよね? こっちの場合は調査ほどではないのかしら。決めないといけないわね」
「はい、視察だけで構いません。一応は広さと採取できるものを、ざっとで良いので確認したいですから。調査は実際に冒険者が持ち帰った成果がそれになるので大丈夫です」
「そう、ではいつにする? そちらも準備は必要でしょう?」
「そうですね、公式な記録にしておかないといけませんし、魔物が出るということですからそれの担当者も必要ですから」
「それじゃ日を決めておきましょうか。ああ、こちらからは道案内にオオカミも参加すると思うから、よろしくね」
オオカミの参加という言葉にモニカの顔がほころんだ。
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だってさ。沼地周辺の調整はあんなもので大丈夫よね?
『よろしいかと。配置次第で初心者から中級者まで対応できるでしょう。お仕置きモンスターも準備できていますし、そちらも楽しみですね』
お仕置きモンスターはさすがに中級者でも難しくないかい。
まあいいでしょう。どうやらイヌ好きだったらしいモニカさんもオオカミ参加に釣られて来るだろうし、歓迎の準備をしておきましょう。楽しみね。