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視察は予定通りに終わった。
特に宝石が宝箱から出たことには商工業ギルドの方がとても喜んでいたということで、このことにお父様もにっこり。
どうもお父様としては魔石が取れることよりも宝石が見つかることの方が分かりやすくてよかったみたい。
魔石がないといろいろな道具が使えなくなって困るのにね。まあ宝石は言うまでもなく貴重品なので仕方がない面もあるけれど。
火の魔石は着火に使えるので炎の魔石と組み合わせてコンロが作れる。風の魔石で扇風機ができて、それに氷の魔石を組み合わせると冷風扇になる。水筒に水の魔石を組み合わせれば常に水で満たされた水筒ができる。光の魔石でランタンや街灯ができる。
とっても便利なのだけれども、どれもこれも燃費が悪いこともあって、いつまでたっても魔石の需要は尽きない。
だって水の魔石付き水筒なんてすっごい値段する上に、水を出すたびにがっつり魔力を魔石に吸われるんだってさ。しかも魔石の使用回数に限界があるというし、魔法で水を出すのとほとんど変わらないらしいよ。水魔法がなくても水が出せるっていう意味ではとても便利なんだけどね。
そんなわけで魔石だ。とにかく数が欲しい。質より量だ。そして量を確保しようと思うと必要なのは戦える人の数だ。
たぶん一番強いのは軍隊なんだけど、軍隊は治安維持や防衛戦力としての用途の方が大きくて基本的には一定の場所に留まるために、どこにでも現れる魔物に対しては使いにくい。それに対して冒険者はどこにでもほいほいと出かけて行ってくれるので、魔石を得ることに関しては冒険者が最適ということになっている。
ついでに魔物が出る場所での薬草だとか鉱石だとかの確保もそうだね。
ダンジョンが便利なのはそんな魔石が安定して得られるという点にある。ダンジョンの立地は固定なんだから軍隊が訓練がてら入ればいいという意見もあるけれど、何しろ軍隊は公務員なので、育成、維持、管理と何かと手間とお金がかかっている。不確定要素の多いダンジョンに突入させて失うのは痛いのよ。
その点でいうと冒険者は勝手に入って勝手に結果を持ち帰ってくれるからね。なんて便利なのかしら。
そんなわけで冒険者だ。軍隊には個人的な依頼なんてできないけれど、その点冒険者なら簡単だ。そして冒険者に依頼を出そうと思ったら安心できる仕組みが欲しいねということでできた組織が半官半民の冒険者ギルドだ。資金や技術、知識が官と民から半分ずつ入っていて、当然その利益も両方に分配される。そうして冒険者を都合良く使っていく。うん、便利便利。
そんなギルドが、わたしのダンジョンにも出張所という形で来ることが決まった。
わがリッカテッラ州はぼぼ全域が農地になるように開拓されたこともあって、魔物の出現する余地が少ない。
西の山沿いに広がる酪農地帯がどうしても性質上肉食の魔物に狙われやすいっていうことがあって、そっちに集中するのかな。あとは全体に魔物の出現が多いっていわれる東隣の州との間の川沿いとか。
意外と冒険者の活躍の場が少なかったところへダンジョンですよ。業界としては大歓迎になるのではないかな。
あまり初心者ばかりだとわたしも困ってしまうけれど、ある程度以上の実力のある人たちが来てくれたら知恵比べになって楽しいものね。今から計画練ってお待ちしております。
今まで宝箱からはポーション1個宝石1個だけど、宝石はミルトの商業側へのサービスになるかなと思って入れたよ。
今後は武器防具とか魔道具とかも混ぜていくからね。最終的にはミルトにダンジョンで発見されたあれこれを取引する市場ができるんじゃないかなと期待している。
これで宝石ににっこりしていたお父様も満足していただけるでしょう。
そのお父様は現在叔母様にダンジョン絡みのすべてを任せて王都へ行っている。お父様だけではなく、お母様とお兄様も。これはお兄様が10歳になって、そして学園の入学時期が迫ってきていたからだ。
この国では貴族の子供は10歳から王都に隣接した学園都市で学ぶことが義務づけられている。他にも町の学校で優秀だった子供たちも推薦で入ることになるね。
要するに貴族の子弟や優秀な人材を中央政府のお膝元で管理、教育するという政策だ。
学園都市は城壁でぐるっと囲まれていて軍の防衛部隊が常駐しているというから安全だね。そうして貴族の子弟や優秀な子供たちは中央政府の管理施設に囲われるということになるね。それをどう捉えるかは人によるよ。
今この国は安定しているから、良い教育を受けながら同世代との人脈形成にもつながると考える人が多いと思うけれど、貴族は王都に別邸を設けて必ず血族が常駐しなければならないという義務もあるから、結構な人的金銭的な負担が発生はしているのだけれどね。
王都の別邸は王宮近くの高級住宅地に作るのが基本みたいだし、土地代は高い、税金は高い、家の建設費も維持費も高い、使用人の人件費も高い、当然生活費も高いときっつい話になってくるよ。
そして常駐させるのは引退した前領主だとかそれに近い親族の場合が多いみたいだね。引退したって言ったってそんな高齢なわけではないよ。本当ならまだまだ現場でバリバリ働いてほしい年齢層ではあるよね。
ね、現役世代以外は前も後も王都に囲われている形になるのよ。そして自分たちも何かあるたびにこうして王都まで往復しなければならない。お金かかるよ、大変だね。
これ、王都の周りを貴族領が取り囲む形になっているからできていることかな。誰も距離的には大差ないからね。そして中央政府の政策に関与するには王都に参じるしかなくて、王都邸を維持して、それなりの立場の人を常駐させておくのが都合が良い面もあったのだろうね。
中央政府からしたら理由は逆だよね。地方政府を動かす貴族たちの前と後の世代を王都に囲って押さえておける。後の世代の中央政府に対する感情も教育できる。前世代の現役世代に対する視点、要するに監視の目を近くに持っておくことができるということだね。
まあこういうことは中央と地方の関係が良ければ問題ないのよ。そしてわたしはこの国の仕組みは知っていても現状のことは全く知らないので、論評はできません。
そんなわけでお兄様よ。10歳になったからね。王都の学園に入るのでその準備と、それに両親もついていったという形ね。王都邸に滞在していろいろ手続きだとかあいさつ回りだとかするらしいよ。
学園の寮には一人で入ることになるから、その準備もだね。
聞いてみたら側仕え込みで入れる寮もあるらしいのだけれど、お兄様は一人での入寮を希望したのだって。
どこまでできるか試したい、駄目だったら2年目からは頼むそうな。‥‥ちなみに側仕えも入れる部屋はとっても高いらしいよ。お金かかるね。
お兄様はこの日が迫っていたこともあって、ダンジョンの設置が間に合って体験会にも参加できたことをとても喜んでいた。
もともと冒険者には憧れがあったことだし、せっかく剣術のスキルを持っていて、叔父様叔母様が冒険者としての活動実績を持っていて話も聞いていたのに学校ではそういったことを生かせるような活動はなくて残念に思っていたところだったから、まさに願ったり叶ったりだったみたい。
それは確かにラットとの戦闘も体験したがるわけよね。ちょっとだけピンチな図式も作ることができたし、楽しんでもらえたようで良かったです。
わたしももうまもなく8歳になる。残り2年と少しで学園に行く予定。わたしの今のポジションを考えると不安もあるのだけれど、それまでにはお兄様が学園でのセルバ家の立場をある程度作っておいてくれるでしょう。
地元の初等教育を受けるための学校に通わず、公の場に出ることもなく、わたしは言うまでもなく世間を知らない。
その上スキルなしの話はかなり広く知られている予感しかしない。
そういうわたしが学校に行ったらどういう目で見られるかなんて火を見るよりも明らかで、わたしはあまり気にしていないけれど、正直なところお兄様がどう感じるかはとても心配なのよね。