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061:

ダンジョンに入ってすぐに出会う魔物が危険度が低いであろうスライムで、見た限りこの通路には今のスライム以外の姿は見当たらず、そうなると経験のある冒険者にとっては逆に難易度が低すぎるかもしれない。

そんなことを考えていると、キニスが通路の先の方へ顔を向け、気にするそぶりを見せた。まだ何かいるのか。

隊列を整えて前進を再開すると、すぐにキニスがまた前方へとぱっと駆け出し、通路の先、右へ直角に曲がっている、そちらへ曲がる。そしてバンッとかガンッとかいうような音が通路のそちら側から聞こえてきた。

何が、と思ってみるとアーシアは笑っている。

「言ったでしょう、ラットが出ると。恐らくそれです」

「ああ、まあ何かいる気配はしたんだが、ラットか。確かにそれくらいの気配だったな」

アドルフォも気がついたのか。

そしてキニスならば倒せると思っている。

通路を右に曲がると、そこには確かにキニスがいて、倒した獲物の横に座りこちらを見ていた。ラットだ。普通のラットよりは大きめ、40センチほどか。単体ならばどうということはない魔物だが、大規模な群れを作ることもあって、その場合の脅威度は跳ね上がる。

アーシアが手早く討伐証明に使うために尾を切り、背中側から首の根元を切るとすぐに魔石が見え、それを抜き取った。

これで死体はダンジョンに吸収されて消えるだろう。

キニスも死体には特に興味がなかったのか、すでに立ち上がり、少し前の方で待機している。

「これでスタート地点に近い場所での魔物の遭遇までは済みましたが、どうしましょうか」

スライム、ラットとは聞いていた。そしてそれはその通りで、そうなるとやはり気になるのは。

「宝箱があった部屋というのは近いのでしょうか。できればそこは見ておきたいのですが」

やはりそれが気になる様子。ノルベルトの希望に対してアドルフォもうなずいている。

「もう少し先ですが、ではそこまでは行きましょう。今回もあれば良いのですが。途中あと1、2回はラットと遭遇するかもしれません。注意を」

そこは気になるところ。今回も宝箱があってそれなりの中身が入っていれば、今後も高い確率で期待が持てるということになる。

再び隊列を整え、前進を始める。

ところどころでスライムが通路の隅に転がっていた。特に何もしてこないし、見れば恐らく道ばたのコケでも食べているのだろうことが分かる。

今のところ追加のラットはなし。

通路は何度かの曲がり角や交差点を通った。丁字路、十字路、行き止まり。これは地図を書くのが忙しい。魔物の数は少ないけれど、初心者向きとも言いにくい。地図を書く習慣を持たない冒険者は多い。ギルドで講習を開いた方が良いかもしれない。

不意にキニスが一歩先へ出て体を横に向け、アーシアの前進を妨げた。アーシアは足を止め、前進はそこで止まる。

「おっと、なるほど、アドルフォ殿、そのまま前へ進んでみてもらえますか。進めば分かりますよ」

どうしたのか、と聞こうと思ったところでアーシアがアドルフォに声をかける。魔物もいないように見えるけれど、何かあるのか。

詳細を聞いてみたそうな顔をしながらアドルフォが前へ出て、ランタンを受け取り、キニスも追い越してそのまま進む。足取りは比較的ゆっくり。さすがに何かありますよと言われているのと同じだし、慎重にもなる。

周囲を見回しながら進んでいたアドルフォが不意にガクッと膝を崩した。

ランタンを持っていない方の手を床に置き、膝をついて体勢を立て直す。ランタンを掲げて周囲を確認すると、先ほどの膝を崩した部分の床にランタンを持って行って何かを確認し始めた。

手で何かを探り、そしてガクッとうなだれる。何かあったのだ。

「なるほどなあ、すげー簡単に引っかかったんだが?」

表情はとても情けなさそうだった。

「ベルナルド兄様もとても見事に引っかかりましたよ。ランタンの明かりだけ、そして視線は数歩先。それは引っかかるでしょうね」

罠か、そういえば言っていた。つまずく罠があると、それか。

「つまずく罠ってのがこれですか、見事なもんだ。ぱっと見はまったく分からない。よくよく見てみればこれかとは思うが、ランタンの明かりだけじゃな」

分かるわけがない。特に地図を書くことに集中していたモニカにとっては、前衛の背の向こう側の床など見えもしないのだ。

たまたま前衛が踏まなくても、中衛後衛は踏むかもしれない。これは前衛が気がつかなければならない罠なのだ。そしてキニスは気がついてアーシアに知らせたのだ。斥候役に価値がある。そういうダンジョン。

「こいつは事前の周知、講習が必要だな。1階から罠があるってことは2階以降も当然ある。そして今は魔物がいなかったからいいが、魔物に気を取られて引っかかる、引っかかったところへ魔物が突っ込んでくる、ありそうな話だ」

これはある意味難易度が高い。

初心者でもそうではなくとも、斥候役というだけでなく、良く周囲を観察して危険を察知することのできるタイプの前衛がいないパーティーというのはあるのだ。

そういうパーティーは恐らくどこかで引っかかる。それも最悪なパターンを想像した方が合っているいう状況で引っかかるだろう。

そこからはキニスが気にするそぶりを見せることもなく、ラットが現れたとなればパッと飛び出して脚の一振りで軽く倒す流れで、苦労することもなく進むことができた。

そのまましばらく進むと、前方左側に扉が見えてきた。

「あれですね。前回はあの部屋に宝箱がありました」

扉の前まで進む。扉自体は普通の、木製のものを金属で補強したタイプに見えた。

ドアノブ部分に鍵穴、扉の上の方、目線の高さにのぞき窓らしきものがあって、金属製の蓋のようなものがかかっている。

「前回と扉が違いますね。ここの扉に鍵はなかったし、こののぞき窓もなかった。宝箱を開けたことで変わったのか、ダンジョンに入るたびに変わるのか」

「変化するダンジョンてのはあるな。通路自体は同じだったんだろう? だとしたら変化自体はそこまでのもんじゃない。罠の位置は? 違ったのか、そうすると全体の形は変わらずに配置されているものが変わるタイプってことか」

地図に書き込んだ罠の位置は無駄になったか。先に聞いておけば良かった。

アーシアが剣を抜き、のぞき窓の蓋を開けて室内の様子を剣身に映して中の様子をうかがった。さすがに配置が変わっているとなれば慎重になるようだ。

キニスが気にする様子はないので、魔物の危険はないのかもしれないが、それも確かなことではない。

「箱らしきものはある。ほかは良さそうか、ドアノブは動きますか?」

「あー、開かんな。鍵がかかっている」

ドアに鍵あり。聞いてはいたが、部屋の中に宝箱があって、扉には鍵となると鍵開け講習の必要性がぐっと高まる。そして鍵開け用の道具がかなりの数必要になる。硬い鍵ならば失敗するたびに折れるのだ。

「前回と同じ鍵ならば押し上げ式のピン一つでした。見ましょう」

アーシアがアドルフォと場所を代わり、鍵を確かめる。腰から鍵開け用の道具を取り出して、鍵穴に差し込んだ。少しクイクイと動かしながらドアノブを回すと、くるっと回る。

「よし。では扉を開きますよ」

盾を前に出して、慎重に扉を開ける。キニスがその扉の匂いをふんふんと嗅いでから、アーシアの方を見上げた。部屋の中に危険はないのか。

「大丈夫そうですね。では入ってみましょう。ほら、宝箱ですよ」

確かに部屋の中央、奥に箱が置いてある。形はいかにもな宝箱。木製で金属の補強。鍵穴があるが、これも鍵がかかっているのか。

「前回は鍵は?」

「鍵はありませんでしたね。鍵穴はどうだったかな。それでも扉にしろ箱にしろ、鍵と罠と両方あるものと考えるべきなのでしょうね」

そうか、扉にも箱にも罠がある場合があるかもしれないのか。それは、どこまで気をつければ良いのだろう。周知と講習はどこまでやれば良いのだろうか。

「さて、今回はどうかな。箱の前には立たないようにお願いします。ああ、鍵はなさそうですね。では開けますよ」

そっと箱の蓋が持ち上げられる。特に罠もないのか、異常は見受けられない。

中が見える。何だろう、宝石? 黄色い透きとおった石が一つ。

「これは宝石でしょうか。黄色だと黄水晶か黄玉か」

地下1階の宝箱から宝石、それもそれなりに大きい。原石だろうか、濁った部分も見られるが手のひらに載る程度の大きさ。黄水晶のこのサイズの原石ならあの薬瓶と価格面で釣り合うだろうか。

そうするとこの段階の宝箱はこれくらいの価値のものが出るということになる。

「悪くないんじゃねーかな」

アドルフォの感想は正しいと思う。

地下1階の、まだそれほど奥まで進んでいない段階でもこれくらいのものが手に入るのならば、少なくともラットと戦える程度、それは初心者でも無理なくこなせる程度のことで、悪くない、どころかかなり稼げるのではないだろうか。

「もっと奥でどうかは分からんが、現時点でこれなら文句なしだ。こいつは2階以降がかなり期待できるんじゃないか」

地形が変わっていないのならばここまで書いてきた地図にも意味がある。同じ地形、罠がいくつかとラットが何体か、そして鍵。それだけだ。

今回の視察は申し分のない結果だったと言っていいだろう。

アーシアと、隣で満足そうにしているキニスにも感謝を伝え、視察を終えることにした。地上へ戻ってブルーノとベネデットに黄水晶の原石を見せると非常に驚き、今後にも期待を膨らませていた。

ブルーノ、アーシア、ロイスはキニスとともに別荘に戻るというのでここで別れ、モニカたちはダンジョン入り口から街道までを歩いて確認することにした。ベネデットは別荘から馬車を戻す必要があるのでここでも別行動だったが。

「かなーり有望じゃないか」

木々を避けながら街道を目指しアドルフォが言う。モニカの格好では森を歩くのは厳しく返事が適当になる。別荘に戻れば良かったか。

「有望どころではない気がしますね。すぐそこに街道があり、土地も空いていて整備が容易、そしてダンジョンに入ればこの成果。楽しみですねえ、これは大金が動きますよ」

ノルベルトの感想もまた正しいだろう。

ダンジョンのある場所が良すぎる。こんな都合の良い場所に出てきてくれてありがとうという気持ちだ。

「ただ難易度が高そうなのが気にはなるな。魔物ってーより、探索慣れしているやつらが欲しい。CよかBか、本部に紹介してもらった方がいいかもしれん」

確かに1階は稼げそうではあったけれど、2階以降の難易度の上がり方次第では非常に厳しいダンジョンという扱いになってしまう。

できれば適度な上昇具合にしてほしいものだ、そう思いながら、服の裾を何度も枝に引っかけながらもようやく街道まで出ることのできたモニカは大きく深呼吸をした。

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