060:
入口に当たる部分は1人が余裕をもって歩けるくらいの大きさだろうか。中はそれよりもさらに広くなるだろう、これがダンジョンの入口。
その通路状のものが収まっているのだろう地形が少し続き、そして半球型をした丘の部分につながっている。その半球型の地形は斜面にめり込んだような格好をしていた。
「さすがに中は暗いか‥‥」
モニカが文書に入り口の簡単な絵を書いている隣でアドルフォがつぶやいた。
差し込む光を受けて薄暗がりになっているとはいえ、それは入り口部分だけで、奥まった場所まではうかがい知ることはできない。
これは常設で明かりを設置する必要があるかと考えていると、アーシアの脇に待機していたキニスが不意にダンジョンに踏み込んだ。
すると奥の方、一回り広くなっている場所があったのか、そこが照明がついたかのように明るくなった。
入り口部分は通路になっていて、そこでキニスが一度立ち止まりこちらを振り返る。また正面を向くと、奥に向かって進んでいってしまった。
「おい、いいのか?」
「大丈夫、あれは賢いですよ。私たちがここで立ち止まったのでもう少し先行するつもりになったのでしょう。このダンジョンはどういうわけかね、入ると奥の部屋の天井に照明があって、それがともるようになっている」
アドルフォの問いかけに応えると、アーシアもキニスに続いてダンジョンへと入っていった。
一番後ろでニコニコとしていたブルーノに促され、ほかの皆も後に続く。
少し進むと部屋に出た。中央に下り階段、その周りをぐるりと回れるようになっている。そして天井には確かに丸形の明かりを放つ器具があった。
部屋の奥、左側の隅には木箱が置かれ、そこには杖とロープ、ランタン、油の入った瓶、そのほか細かい道具のようなものが入っていた。ダンジョンに入るとなったときの準備だと考えられた。
この部屋に一番乗りしたキニスはその木箱が置かれているのとは反対側、階段の右側の通路部分に座ってこちらを見ていた。
「ここが地上1階部分、スタート地点といったところでしょうか。踏み入れば勝手に明かりがつき、そこの、置いた木箱がダンジョンに吸収されるといったこともない。少なくともこのフロアに関してはこれ以上変わらないようです」
文書にメモ書きを追加していたモニカは、顎先を揉んでいたアドルフォが意を決したように見えた。潜りたいのだろう。
「それで、地下1階はスライムとラットという話でしたな。それならばこのメンバーで見られないということもない。よろしいですか」
まあそう来るだろう。そしてアーシアも武器を持って来ているのだから当然想定しているだろう。
「構いませんよ。前衛は私とキニスが務めます。キニスは斥候も兼ねられますからね。それでそちらは」
「俺は素手でも戦えるからな、1.5てところで頼む。モニカも入れ、それで地図書け」
そこでブルーノが手を挙げ、執事とともに残ることを宣言。それを受けて編成することになる。
「ベネデット、一応護衛ってことでおまえも残ってくれ。それからノルベルト、おまえのその服、確か硬いよな。殿頼む」
「分かりました。ではモニカさん前へ、私が後ろを見ます」
前2、中2、後1。戦士2斥候1その他2。出る魔物がスライムやラットだというのならよそのダンジョンと比べても難易度は低いくらい。1階であれば問題はないと考えられた。
「地下は明かりがないので、そこのランタンを使います。それでは階段を下りましょうか。気をつけて続いてください」
ランタンに明かりを灯し、それを右手に掲げたアーシアが階段を降りる。その隣にはキニス。
続けてアドルフォ、モニカ、ノルベルトが慎重な足取りで階段を下りていった。
石組みはしっかりとしていてぐっと踏みしめても揺らぐことはない。頭上の明かりが後方へと下がり、次第に辺りは暗くなっていく。先頭のアーシアが掲げるランタンの明かりに照らされて、視線の先で静かにダンジョン地下1階の床が見え始めた。石組みは変わらずしっかりしているように見える。
下り立った場所は部屋のようだった。ランタンによってオレンジ色の円形の光が四方の壁を照らしている。正方形、真四角だろうか。そして前方の壁には扉が見えた。
「一度ランタンを消します」
アーシアはそう言ってランタンのシェードを下ろし、光を遮った。
四方を照らしていたオレンジ色が消える。しかし、部屋自体はうっすらと見て取ることができた。
「分かりますか。部屋なのか壁なのか、うっすらと明るく辺りが見えている。階段の方を見れば分かりますが、あの光で見えているわけではなさそうなのですよ」
後ろを振り返ると確かに階段は上の方がうっすらとこちらは光が漏れてきているように見えたが、その光は途中で完全になくなっているようだった。
この部屋で周囲がうっすらと見えているのは、ダンジョンがそういう仕組みだから、ということだろうか。
さっと再びオレンジ色の光が四方を照らす。やはり最低でもたいまつかランタンか、何か明かりは必要だ。
「それでは扉を開けます。ここからは魔物が出現する可能性があるので注意を」
アーシアが扉を開け、キニスとともにのぞくようにして先の安全を確認する。
大丈夫だったのかこちらを見て軽くうなずくと扉を大きく開いた。
先ほどのダンジョンの入り口よりも広いだろうか、随分幅のある通路だ。その通路がしばらく先の方までまっすぐに伸びている。
全員が通路に出たことを確認すると、アーシアとキニスを先頭にゆっくりと前進を開始する。
しばらく進むと、突然キニスがぱっと前へ飛び出した。
どうしたと慌てそうになったが、アーシアは落ち着いたものでその場に立ち止まると、皆にも待つように指示した。
キニスは少し先の方で通路の脇により、そこで何かをくわえるとすぐにこちらに戻ってきた。何かを見つけたのだ。
それが何かはすぐに分かった。スライムだ。丸い、水滴型といわれるスライム。人の手のひらよりも少し大きいくらいか、それをくわえていた。スライムといえど魔物だ。酸性の体液を吐き出すなどして人や家畜に被害をもたらす。それを特に気にせずにくわえている。
しゃがんだアーシアが手を差し出すと、その手のひらの上にスライムを置いた。アーシアもスライムの危険性は特に気にしていない様子だった。
「ああ、ほら、見てください。体の中、何か浮いているでしょう」
こちらを振り返ったアーシアがそう言って手のひらに載せたスライムをこちらに差し出してきた。
何か、何かとは?
確かに水色、水のような液体が詰まったスライムの体内、真ん中辺りに何かが浮かんでいる。それは藻のように見えた。
「これは何だ、植物のように見えるが」
「恐らくコケでしょう。もう少し進むと分かってきますが、ダンジョンの壁にコケが生えだすので、それではないかと」
植物を食べるスライムなのか? それで危険ではない?
「以前来たときにね、途中で落とした火口をスライムが食べるところを見ました。コケ以外にも、その辺りに落ちているものを食べているのではないかと」
「スライムは掃除屋だというものもいるが、そんな感じなのか」
「ではないかなと。アドルフォ殿、このスライムをその辺の壁に投げてみてください。軽くで構いませんよ」
言われてアーシアからスライムを受け取ったアドルフォが、それを壁に向かって投げつける。
それほど力を入れているようには見えなかったが、壁にぶつかったスライムははじけるようにして消え、その場に水の跡だけを残した。
「は、こんな簡単に倒せるのか」
「ベルナルド兄様が軽く剣先でつついただけで倒せましたよ。キニスがくわえても、私やアドルフォ殿が手のひらに乗せても、特に何かをしてくるような様子はない。食べているのはコケや落ちているもの。確証があるわけではありませんが、安全性の高い魔物に思えますね」
話を聞く限りでは、確かに危険度は高くない。モニカはメモにスライムの情報を書き足した。