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対ドラコリッチ戦は見事な勝利で終わった。
表向き記録される結果として、勝因は十分な数のポーションが用意できていたこと、戦場にそれを配って回れるだけの支援の手があったこと、体力とスタミナを常時回復し続けながら戦闘を続けられたこと、ドラコリッチの体力とスタミナを削り続けられたこと、包囲した形で手段を問わずにダメージを積み上げ続けることができたこと、前回に引き続き雷撃のブレスを引き出すために使われたジャベリン、頭部に大きなダメージを残すことのできた火薬、それ以外にも持っていたものを全て惜しみなく注いだこと、そういう形になるだろう。
いずれにせよ、この戦果は誇っていいものだ。この国の歴史上、初めてドラゴンクラスの魔物を撃破したという記録が刻まれるのだから。この国だけではなく、周辺国を見渡しても初だろうドラコリッチ撃破の記録が刻まれるのだからね。
もちろんけが人は多い。多いどころじゃないほどの人数だとは思う。全員の体力やスタミナを完全に回復させられるほどのポーションや薬品が用意できていたわけでもないし、戦い続けるために遠慮なく使って無理を押し通した結果でもあるのだからそれはもう仕方がないことでしょう。
それだけにひとしきり喜んだ後は動けなくなっている人も大勢いたし、それを回復して回れるほどには余力もなかった。
ポーションも薬品もほぼ使い切ったし、装備品もボロボロ。ギルドから提供を受けたポーションは全部使い切ってしまって残っていないし、セルバ家から提供する形にしたポーションももちろん残っていない。多少なりとも薬品に残りがあるからそれでどうにかこうにか回復して、後は地上まで誰かが取りに行くことになるだろう。
やりきった。使うべきものは使い切ってのこの結果なのだから大満足といっていいと思う。セルバ家としてはポーションは買い取りだし、使った薬品や道具は全部持ち出しだし、金銭的には完全にマイナスの結果なのだけれど、それは事前からそうなる予定だったのだからそれでいい。
この結果が得られた時点で、もうわたしが言うことなんて何もない。
最初にわたしに気がついたのはフェリクスさんで、ほらほらとクリストさんの手を取って立ち上がらせる。そのクリストさんを中心に冒険者さんたちが一緒になってこちらに歩み寄ってきた。
「お疲れさまでした。これでみなさんもドラゴンスレイヤーの仲間入りですね」
拍手を止めずに出迎え、お祝いの言葉を贈る。
「おー、ありがとな、薬も火薬もかなり助かったぞ。あー、そうか、ドラゴンスレイヤーか、そうなのか」
「何だか実感が湧いてくるようなそうでもないようなという感じですね?」
「まあ言ったところでドラコリッチだったからだろうな。とはいえドラゴン・リッチだ。ワイバーンを狩るのとは違う本物のドラゴンだからな。喜んでいいんだろう」
「きっと称号のところに追加されますよ。鑑定してみたらいかがです?」
みんな笑顔は笑顔なのだけれど、これでドラゴンスレイヤーですよというお祝いはピンとこなかったらしい。まあそうね、ドラコリッチドラコリッチって言っていたからね。でも大丈夫、ドラコリッチはドラゴン・リッチなのよ。ドラゴンよドラゴン。得られる称号はドラゴン・スレイヤーになるのよ。
さあ鑑定してみましょうとせっついて塔へと戻り、ギルドの職員さんたちの拍手に迎えられてルーナのところへ。何のために来たのか、仕事を放り出して見に来ていたのか、アドルフォさんとモニカさんは地上に戻ったようですでにいない。叔母様はセルバ家の部屋の前でこちらを見ている。
カウンターの中のルーナもまた笑顔で冒険者たちを出迎えた。
「ドラコリッチの撃破、おめでとうございます。これにて世界へと続く扉は開かれました。今後は門の脇にあります通用口にモドロンを配置いたしますので、そちらへ申しつけていただければ扉をお開けいたします」
「お、そうなるのか、分かった。てか通用口なんてあったんだな、まったく気がつかなかったぞ」
「出入りのたびにあの大扉を毎回開け閉めするようなことはいたしませんよ。よくある演出でございます」
「マジか、好きだなそういうの」
うむ。あの門は飾りなのです。
や、普通に開け閉めすることはできるけれど、それに何の意味があるっていうのさ。必要があれば開けることもするけれど、そんなことより通用口からさっさと出入りした方が簡単じゃないね。
てなわけで、クリストさんが代表して鑑定してもらうことに。鑑定盤に手を置いてぴこぴこぴーんと文字数字文様が動いて結果が印刷されてくる。
「お待たせいたしました、こちら鑑定結果でございます。レベルが11に上がり、称号にドラゴンスレイヤーが追加されております。おめでとうございます」
渡される鑑定結果に記された燦然と輝く文字列。
「おお‥‥すげーな、何というか、こうして形になって見えると感慨深いというか」
「いいですねえ、ドラゴンスレイヤー、もう言葉の響きが格好いい。それとレベル11ですか、これすごいんじゃないですか? たぶん国を超える英雄レベル?」
言うまでもなく、とてつもなく格好いい。
6階のイベントでエインシャント・ゴールド・ドラゴンを登場させた時に思ったのだ。クリアのために必要なモンスターといったらこれじゃないかと。ただ同じドラゴンでは芸がない、ここは変化球だと用意したのがドラコリッチだっただけで、やっぱりドラゴンスレイヤーを持たせたかったのだ。うーん、格好いい。
あ、レベル11が国を超える英雄レベルなのは本当にそうだから。レベル10で国を代表するレベル、11で超えるレベルね。ちょうどここに境目があるのよ。すごいよねえ、クリストさんは残念ながら本拠地というか出身地というか、それはこの国ではないのだけれど、でもこの国での活躍でレベル11になったということは記録されるだろうと思う。
「‥‥いやーここまで来ると皆さんAランクに昇格でいいでしょうね。まさかここに分室ができて最初の仕事がこういうことになるなんて感動です」
ここまで来たらAランクというトーリさんの評価も納得のもの。もちろんレベル11だというだけではなく、ドラコリッチ撃破の記録やダンジョン踏破の記録も付くのだから当然のことでしょう。
「Aランクねえ、ついこの間降格でも構わないなんて話をしていたと思ったらこれだ。分からんもんだな。だがまあ昇格の話はどうでもいいぞ。俺たちはたぶんしばらく戻らないだろうからな」
「え、戻らないのですか? AランクですよAランク。国から依頼が来るレベルですよ」
「目の前にもっとおいしいものがあるだろ。戻るより前にやりたいことが山積みだぞ。連絡があればここに置いておいてもらえればたまには来るからな、それでいいだろう」
トーリさんと交わすこの会話に思う。これだよなあ。本当にすごいと思う。
普通の人ならAランク昇格の言葉に胸躍るのかもしれないけれど、この人たちはたぶん冒険者だからこそ経験できることに楽しみとか喜びとかを見いだしているのだ。これで地下世界に出て行けますよというルーナの言葉の方に大きく感情を動かしている。
「いえいえいえ、ドラコリッチの素材の分配もあるのですが」
「おー、それはさすがに惜しいな。俺たちももらえるんだよな?」
「もちろんです。とはいえ今回は参加者も多いですからね。国も関わっていますからちょっと相談させてください」
うん、それも大事。
せっかくのドラコリッチ素材だからね。アダルト・ダークブルー・ドラゴンを元にしたドラコリッチ、その骨も牙も爪も皮膚も皮膜も鱗も何もかも高値が付くと思う。何かに加工するのもいいだろうし、記念に持っているだけでもいい。
魅力的な話を前にして、それでも地下世界に出ることを優先する彼らにルーナから出発前の伝達事項が説明される。
「それではこちらを、この世界の大まかな地図となります。広さは約400万平方キロメートル、東西の幅は約2200キロメートル、南北の幅は約1800キロメートル。山岳、森林、熱帯、湿地、雪原、凍土、草原、砂漠、海洋、島嶼。さまざまな気候、さまざまな地形が存在いたします。もちろん危険もございますが、それ以上に見るべきものは多く、学ぶものもまた多いでしょう。きっとご満足いただけると思っております」
ルーナがそう言って出してきた地図には大きな島が描かれていた。オーストラリアに似た形をしていて、大きさがそのオーストラリアのおよそ半分、グリーンランドの1.5倍ほどになる。この大きさだとそれは島なのか大陸なのかは意見が割れるところだろうと思うのだけれど、そんなことに答えられる人はいないのでどうでもいい。とにかく大きな島が一つと、周辺には大小さまざまな島だとかもあるのでとても広いよということだけを知っておいてほしい。
「‥‥聞いてもピンとこないんだが広いってことだけは分かったぞ。今はどの辺にいるんだ?」
「この地図ですと、ここ。中央やや下のこの点がそうでございますね。門を出ますと南を向いておりますので、ご注意ください」
「なるほどね、分かった。で、一番近い町とか聞いてもいいか?」
「はい。門を出ますと道が真っすぐ南へと続いております。そこを進むとしばらく先で広い街道に出ますので、そこを右へ進まれますと、そうですね、半日ほど進むと最も近い町へと着きますよ」
地図を見ながら、南、道を右、半日、と確認していく。
良かったね、今日の内に町に着けるし、宿を取れる。安心して休めるよ。
「あとは言葉と、この硬貨は使えるのかってことなんだが」
「言葉、そうでしたね、こちらの言語は基本的に※※語、ああ、通じませんね? なるほど。主要言語は、始原語に近い古語、そのほか少数ですが※※※※語、※※※語、ああどれも通じませんか。そのほか6言語、またそれ以外にもごく少数のそのほかの言語使用者が存在しております。どれも種、あるいは地域によって区分されております。通貨に関しましてはこれも主要通貨として※※※、いけませんね、この世界をもともと支配していた国の言語と通貨が主要のものとして現在も使用されております。そのほかの言語は移民や少数民族のものが多く、そのほかの通貨は分裂後にわざわざ独自の通貨を作った国のものでございますので。ただ、そうですね、ほとんどの場合は主要な言語と通貨が使用可能でしよう。通貨もほぼ1対1で交換が可能だったはずですので、問題ないかと思われます。ただし政治情勢次第で変動する場合がございますのでご注意ください」
話が長くなってしまうせいで複雑に感じるかもしれないけれど、要するにメインの言語と通貨はあるよと、それ以外にも独立勢力があれやこれややった結果、独自の通貨を使っているところもあるよ、種族とか部族とかで独自の言語を使っているところもあるよと、そういう話だね。
一応3階や6階で使ったものをこのメインの言語としているから、カリーナさんが筆談とか片言会話でどうにかできるんじゃないかと思う。後はあれだ、コンプリヘンド・ランゲージ・リングだっけ、言語理解の指輪だね、あれでも何とかなると思う。
「確か国家というものもあるという話だったが、その最も近い町というのもどこかに所属しているということで良いのか」
いつの間にか近くにいて話を聞いていたマリウス将軍が問う。本当この人いつもいつの間にかいるのよね。分かっていてもちょっとビクッとする。
まあ軍にとってもそこは重要な要素だろうね。何しろ地上とは別の国だとかがあるということになるので、これから中央から誰か来るとか、それこそ軍が調査に動くとかしたいかもしれないからね。
「もちろんその町はとある国のものとなります。そこに住まう人々とどのような関わりを持たれるのかは全て皆様のお心次第でございますよ」
ルーナからすればまさに知ったことではないと言いたいことだろう。
わたしたちのコンセプトがあるがままにというものなので、それこそ誰もが好きに動いたらいいと思うのだ。問題が発生したときにどうにかするための仕組みも作っているし、最終的にはヴェネレやルーナが何かする。
「‥‥むう。仕方がない、そのあたりのことは中央の誰かが何かうまく考えるだろう。それで、われわれもその地図をもらえるだろうか」
はっはっは。そうですね、マリウス将軍も欲しいですよね。でも残念でした。
「地図でございますか? いいえ、この地図は踏破者の皆様が外へ出られる際に渡すことに決まっておりますので」
「む? われわれもここまで来たのだが‥‥」
「皆様の扱いは来訪者の方々と何ら変わりございません。踏破者の称号を得たいのであればこちらの皆様と同じようにしていただかないと」
む? と固まってしまったのはマリウスで将軍で、ルーナは当然素知らぬ顔だった。
「まあそうなるだろうな、悪いな、あんたらは外には出られないそうだぜ」
「‥‥ほお、知っていたな?」
「ああ、やっぱりな、1階から5階までを飛ばしたのはずるをしたって判定のようだ。頑張ってくれ」
「くそ、それでか、それで妙に話が早かったわけだな」
「おお。協力してドラコリッチを倒すことには何の問題もなかったのさ。結局先に行くのは俺たちだ」
クリストさんがにこやかに、そしてわははとわざとらしく笑いながらマリウス将軍の肩をたたく。全ては計画どおりというそんな表情だった。
冒険者さんたちから見たら最初からドラコリッチは脅威で、自分たちだけで倒せるかどうかは分からなかったのだと思う。言葉の端々からやりたいけれどという悩みが聞こえてきていた。
軍が来ると聞いた時点からずっと考えていたようだった。
かなり急いで来るだろうということが分かっていて、1階から5階までは飛ばして6階からだという話も聞いていて、そして10階で合流した時に決めたのだろう。
大きな脅威であるドラコリッチを何も独力で倒す必要などない。協力して倒して、撃破の成果など分ければいい。ただ、地下世界に出て行くのは自分たちが先、そういう流れを考えていたのだろう。
「やられましたねえ、でも大丈夫でしょう? 軍の皆さんだって6階からここまではずいぶん早かったですし、5階までなんてすぐですよ」
ものすごく渋い顔をしたマリウス将軍に声をかける。
6階からをあの勢いで突破した軍ならば5階までなんてそれこそあっと言う間だと分かっている。大した脅威などない。もうすでに地図はあるのだから、2日もあれば余裕を持って、何だったら1日がっつり時間をかければ十分に攻略できることでしょう。
「くそ、すぐだ、われわれもすぐに来る。町で首を洗って待っていろ」
「おう、待ってるぜ。来たら1杯おごってやるよ」
大きなため息をついたマリウス将軍は悔しそうな表情や声を隠しもせずにそう言うと、クリストさんが差し出した手のひらをバシッとたたいて戻っていった。あの様子だと今からやると言い出すかもしれない。疲れ果てている兵士の皆さん、頑張れ。回復するためにももう少し休息をと説得するのはアエリウスさんの仕事か、頑張れ。
「さあこれでいい、これでいいな。行くか」
クリストさんの言葉に周りで仲間たちもうなずいている。ここでゆっくりと休憩を取って回復している時間がもったいないのだろう。まずは外へ行く。最初の町へ行く。休憩はそれからでいい、そう決めていたのだろう。
「この先を見たいと言ってここまで来たのは皆さんです。この世界に出て行きたくて頑張ったのは皆さんです。たまにはここに戻ってきて教えてください。皆さんがここで何を見て何を知って何を得るのか、楽しみに待っていますね」
このダンジョンを用意したのはわたしで、セルバ家の新事業の柱にしようとギルドと共同で依頼を出しはした。でも途中からは彼ら自身がもっと先を見たい、もっと先のことを知りたいという意思を持って探索を続けてきたのだ。
クリストさんは言った。行きたい、あれが本当なら行けば見られるはずだ、10階がどうなっているのかこの目で真っ先に見たいと。その結果がこうして出たのだ。止めることなどない。ぜひ見てきてほしい。それでたまには戻ってきて、ここでお茶でも飲みながらその成果を聞かせてほしい。
本当に休憩も取らずに歩き出した彼らを見送る。
トーリさんたちギルド職員も止めるようなことはせず、ルーナも軽い会釈だけだ。それ以上のものは今はいらないだろう。
ルーナのところのモニターに塔から出てくる彼らの姿が映り、わたしたちはそれを見守る。木立を抜け門前の広場へ出ると、門の脇には通用口が用意されていて、その脇には最初からいた1つ目のモノドロンが待っていた。
そのモノドロンに軽く手を上げて外へ行きたいと告げると、彼はにこりと笑顔を作り右手の親指をぐっと立て、扉に手をかけて開いていく。
その先はドラコリッチと戦った広場と同じように門前の広場とも言うべき場所が開けていて、そしてその先には道が続いている。
道の左右は木立、その枝葉が、そして足元の草が風に揺れていた。青空高く輝く太陽の日差しが道の先を照らしている。少しずつ遠ざかる背に祈らずにはいられない。未知の世界に踏みだし、真っすぐに進んでいく彼らの行く末に幸多からんことを。