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冷気のブレス、炎のブレスと続き、このままではとみんなが思ったとき2度目のカタパルトによる攻撃に釣られるようにして雷のブレスが放たれ、おー! という歓声が上がる。画面の中のクリストさんが金属板を折ると、ドラコリッチの体からは映像からでも見て分かるほどはっきりとした形で膜が一枚取り除かれ、これで戦う方も見守る方でも待ち望んでいた弱体化が達成された。
そこからはエディさんとマリウス将軍が正面から頭に向かって攻撃してターゲットを固定、クリストさんやフリアさんは口に減退薬を投げ込むために足元をうろちょろ、後は全員がひたすら攻撃を積んでいく形ができていく。
見ているわたしたちも、そこだ! いけ! あー! と思い思いに声を出し拳を振り回して応援している。ギルドの職員さんたちもいつの間にかカウンターから身を乗り出すようにして見ていて、そしてなぜかこちらもいつの間にかやってきていたアドルフォさんとモニカさん、それに叔母様までもが拳を握りしめて応援していた。
ちなみにヴァイオラはわたしの後ろで待機、キニスくんとニクスちゃんも興味はあるのか出てきて、お座りした姿勢のまま良く分からんがなんかやってるなといった表情をしてモニターを見上げている。
そのモニターの中ではドラコリッチも負けてなるものかとシャドーを生成して自分の支援に当たらせようとするものの、それは待ち構えていた支援組の兵士たちが引き取って広場の端の方へと釣り出していってしまった。
足元の連中にぶつけようと思っていたのに! という気持ちを込めて持ち上げた体を地面に落とすことで衝撃を作り、兵士たちの動きが止まったところを狙って尾を振り回して反撃に出る。この攻撃をクウレルさんの部隊がまともに受けた時には誰かの悲鳴のような声が上がっていた。
その尾の振り回しがストーン・ウォールで止められて、逆にドラコリッチの止まった右足がパキさんの部隊に狙われ、まとめてダメージを受けた衝撃で思わずひざを着いてしまう。ここでも歓声が上がったけれど、そのパキさんの部隊に雷のブレスが思いきり吹きかけられたことでその声は悲鳴に変わった。
この臨場感、ライブ感よ。やはり生中継の迫力は違う。ここにいることになるギルドの職員さんたちの楽しみにもなるだろうし、モニターは1枚は残して地下世界のどこかの映像を常に流しておくっていうのもいいかもしれない。
『いいですね、完全ランダムで中継する形を考えてみましょうか』
ね、いいよね。ちょっと検討してみよう。
そんな余計なことを考えている間にも戦いは続いていく。
パキさんの部隊に膝をやられたことでドラコリッチの頭が降りてきていて、そこにクリストさんフリアさんが減退薬を投げ込み、ここぞと火薬も投げ込んでいく。素晴らしい連動性。狙っていたわけではないだろうけれど、きれいに決まった。
ただ投げ込みに行った2人の位置は頭に近づきすぎていて、ドラコリッチの大きな口ががぶりと2人にかみつこうと動くと大きな悲鳴が、そして2人を守るようにフォース・ビードが展開すると、それがおー! という歓声に変わる。
ここで行われるのは当然爆発を誘発するための攻撃の集中で、いけ! いけ! そこだいけー! と応援も白熱していった。
ドオオオオオオッン
それに応えるようにドラコリッチの口の中で大きな爆発が起き、そして下顎が完全に砕けるようにして落ちていく。散らばる骨片、肉片、体液のような何か。ボトボトボトッ、バシャバシャバシャッと激しい音が続いていく。
反撃のために放とうとしていた雷のブレスは、口元からだらだらとこぼれ落ちるようにあふれるばかりでまともに吐き出すこともできていない。
衝撃的な映像の連続を前にして、爆発から続く音をかき消すくらいに大きな、うわー! やったー! という歓声が湧き起こっていった。
視界の片隅で刻一刻と数字の変わっていくドラコリッチの現状。火薬の爆発によるダメージと部位破壊の表示が重くのしかかる。
1ターンごとに確実に減っていくヒットポイントとスタミナの数値。高い抵抗値のおかげで魔法には耐えられているけれど、ダメージはゼロではない。物理攻撃にも耐久力とアーマークラスのおかげでまだ耐えられているけれど、鋭利の油によるプラス効果が確実に削ってくる。
ドラコリッチにとって厳しい戦いになっていた。
ポーションがぶ飲みで復帰してきたクウレルさんの部隊がドラコリッチの体をよじ登って直接攻撃をたたき込み始め、振り落としたいドラコリッチはそちらに意識が行ってしまい、さらに、スタミナの減退がかなり効いて行動回数が減ってきていた。
自分の攻撃行動に加えて背のクウレルさんにカウンター、そうしたくてもできなくなっていた。スタミナが減ったことでどちらかの行動しかとることができない。
そんな状況だというのに、このタイミングでシャドー生成まで使ってしまう。貴重な行動回数を消費して行ったのが自分のヒットポイントを使ってのシャドー生成というのはかなり致命的な行動ではないだろうか。
ただでさえスタミナがなくなって動きが落ちてきているのに、行動回数が減ってきているというのに、体力まで自分で減らしてしまうとか何をやっているのか。それほどまでに周囲の兵士たちの存在がうざったかったのだろうとは思うけれど、シャドーにこの兵士たちをどうにか散らしてほしかったのだろうけれど、この選択は過ちだったと思う。
『これはもう駄目ですね。持ちこたえられそうもない』
そうだね、そろそろ終わる。ドラコリッチの数値のあれこれが限界に近づいている。
わたしはヴァイオラをちらりと見てから席を立ち、夢中で観戦するみんなから離れてまもなく勝利するだろう彼らを出迎えるために一緒に外へと向かった。キニスくんとニクスちゃんも察したのか着いてくる。うん、みんなで出迎えましょう。
視線の片隅では生成されたばかりのシャドーたちが今回も支援の兵士たちに引き取られ、ドラコリッチから離れていくところが映し出されている。
事前の打ち合わせで言っていたとおりの状況になっていた。行動を絞り込めば使ってくる、かなり自滅的な行動になる、そのとおりだった。計画どおりに行動し、計画どおりに勝利に向かう彼らに拍手喝采を送ろう。
ドラコリッチの余力はもうそれほど残っていない。
着々とその時に向かって進んでいく映像を見ながら歩くわたしの表情はきっと緩んでいることだろう。いよいよクリアイベント開催の時が迫っているのだ。
映像の中のドラコリッチはファイアーボールをまとめて2発もらい、何とかしようと振り回した尾がストーン・ウォールで止まってしまい、あげく狙い澄ましたように放たれたライトニング・ボルトの直撃をもらい、行動回数が減っているせいで戻す動きをすることもできなかった尾がエディさんの強撃で切断される。
首にはしがみつくようにしてフリアさんがいて、その下にはクリストさんがいて、2人に同じ場所をガリガリと削られるように攻撃され続けている。
パキさんの部隊の集中攻撃に右足も完全に切断されるとドラコリッチの体は体重を支えられず横倒しになり、そうなればもう総攻撃の完全な的で、吐き出す雷のブレスは地面を這うように広がるだけで思ったような攻撃にはできず、そこにあるのは開戦当初のような迫力のある姿を失った、もうどうすることもできくなったドラコリッチだった。
夜明けの塔を出て広場へと向かって歩いて行く。わさわさと揺れる木立の向こうから聞こえてくるのはわーわーという兵士たちの味方を鼓舞する大きな声と、ズシンドシンというドラコリッチの身もだえするように動く音。
映像の中でも動きに勢いがあるのは冒険者や兵士たちの方だったけれど、後少しという段階まで来てもやはり確実に攻撃を当てることに徹していた。確実に当て、確実に削る。
とどめを刺したのはカリーナさんのファイアーボールだったけれど、それまでに積み上げた全てが効果を発揮したのだろう。
カタパルトを確実に当てて雷のブレスを誘因したこと。鋭利の油の効果で1ずつでも確実にひたすらダメージを積むことができたこと。体力の減退とシャドー生成がヒットポイントを減らしたこと。スタミナの減退で行動力を奪ったこと。火薬がドラコリッチに大きな損害を与えたこと。全員がそれぞれの役目を全うしたからこそ、結果として最後にはドラコリッチを圧倒することができたのではないかと思う。
もちろん全員無事で完勝だったとは言えない。
巨体から繰り出される攻撃の一つ一つは重く、誰もが少なからずダメージを受けているし、ポーション頼みで強引に回復しては攻撃してを繰り返した人もいる。それでもそうすれば勝てるという気持ちを持っていたからで、戦える戦えているという手応えがあったからで。この2戦目では、1戦目で軍が味わったようなどうしようもなさを感じていたのは、恐らくドラコリッチの側だっただろう。
ファイアーボールの炎の中でドラコリッチの頭が首からずれ、そのまま地面へと落下していく。首も肩も胴体も翼も、それを追うように地面へと崩れ落ちていった。
広場が見とおせる場所まで来たとき、見えてきたのは拳を天に向かって突き上げる大勢の人たちで、そして聞こえてきたのは歓声だった。
広場の至る所で勝利の声が沸き起こっていた。
槍が剣が拳がそれに応えるようにあちらこちらで突き上げられ、振り回されている。森から飛び出してきた弓手や支援に回っていた兵士たちが抱き合い跳びはねて喜んでいる。地面に座り込んでしまった兵士の表情にも笑顔がある。
ドラコリッチから転がるようにして離れていたフリアさんは、寝転んだまま両手の拳を空に向かって突き上げていた。
こちらも離れた場所でしゃがみ込んでいたクリストさんのところにはフェリクスさんが歩み寄り、ポーションを手渡している。
エディさんとマリウス将軍がこつんと拳を合わせて笑顔を見せ、そこにアエリウスさんが歩み寄っていく。カリーナさんは満足そうに杖に手を掛けて周囲を見渡している。
もう拍手をしても許されるでしょう。
勝利を手にした彼らにわたしからも最大級の賛辞を。