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138:

部屋の中央に陣取って眠るニクスちゃんの耳がピクピクと動いている。

入り口に張った幕の向こうでは慌ただしく動く人の気配がしている。急激に増えた人、動く気配、話し声、ガチャガチャと物が立てる音。仕方がないなあと思いながら目の前に出した窓に映し出される映像を眺める。

ようやくここまで到達した軍の兵士たちにはさすがに疲れの色が濃かった。階段近くの休憩所には担架が並び、けが人が腰を下ろす。ギルドが開放した魔法円側の部屋には装備が集められ、無事な物、修理が可能な物が分けられ、いつでも次に挑めるように準備がされていく。別の部屋には体を休められるように敷物が並べられていった。

ギルドの倉庫からもポーションや治療のための道具だとかが運び出されていく。これでようやく兵士たちも回復の時間を得られるだろう。

そのギルドの受け付けに寄りかかるようにして立っているクリストさんのところへ、軍の副官、アエリウスさんだったかな、近づいていって声をかけた。

「情報交換は可能だろうか?」

「そう来るだろうなとは思っていたよ。ああ、いいぞ」

「ここはギルドの施設ということになるのか、それにそこはセルバ家が?」

「そうだな。まあ俺たちが10階に来たのは何日も前だからな。さすがにこれくらいの準備はできたさ」

「そうか。それで、こちらは?」

ギルドの受け付けの向かいはここの案内窓口になっていて、そこにはルーナがいる。ルーナは寝る必要とかもないので、静かに目の前を行き交う人たちを見ていた。当人は現在の軍とギルドと冒険者がわいわいやっている状況にはまったく興味がなさそうで、こちらに伝わってくる言い分としてはうるさいなあくらいのものだった。

「そういやまだそっちに報告は行っていないんだな。ここの、このダンジョンと外の世界の案内人だそうだ」

クリストさんがルーナの方を向いて紹介するものだから、仕方なしとばかりにルーナも一応軽く会釈をする。

「ふむ、案内人。それで、ここの、この場所の権利はどのようになっているのだ?」

ん? 早速その話をするのか? 急すぎないか?

あ、軍はもちろん中央から言われていてここの権利主張、国の関与の主張をするように、あわよくば利権にがっつり国を入れとけと言われているのでね、こういう話をしてくるだろうと分かっていたよ。だからその点は大丈夫なんだけどさ、いや、早速すぎない? 面倒だからこそ早く済ませてしまいたいのかな?

「権利ねえ。ダンジョン、あー、夜明けの塔だったか、ここは誰のものだとか、地下世界が誰のものだとか、そっちではどういう風に受け止めているんだ?」

アエリウスさんの話をクリストさんはそのままルーナに回す。これはクリストさん自身もちょっと興味があったのかもしれない。

「そうですね、塔の地権者という意味ですとこの地は創造者、神のものとなります。権利者は設定されておりません。それ以外の土地に関しましては国や独立した都市などがそれぞれの権利を主張しております。所有者不明、もしくは存在せずとされる土地も相応にございますが、それは問われてはいないと判断いたします。また天上は現在セルバ家の所有であると確認されております」

うむ。この地下世界も地上と何ら変わりはない。創造者、神は現状不在ということになっているのだけれど、そこは一応ね、お話としてそうなっていますよと。夜明けの塔はまさに神が降りる場所でもあるので、神が権利を持っているよと。

そして中央集権国家だとか連邦国家、都市国家だとかもいろいろとあってね、それぞれの領有地ではそれぞれが地権者として設定はされている。未開の土地だとか人が住めない土地だとか、魔物が強すぎて人にはどうしようもない土地だとかもあるので、そういうところは未設定地になるね。

後はルーナにとってはわたしが創造者、神とイコールなのだけれど、それを言ってしまうのはさすがによろしくないので、セルバ家とひとまとめにして天上人として認識しているってことにしておいてもらった。

「だってよ。てーか今更だがやっぱり国とか何とか、あるんだな」

「もちろんございますよ。詳細につきましては私からは差し控えさせていただきたいと存じます」

「お、つまり俺たちが自分で調べろってことだ」

「はい。簡易的な地図でしたらここを出立される際に差し上げますが、それ以上は皆様自身のお力で、どうぞ」

これな、所有者未設定の土地があるっていうことは、当然そこは自分で土地を囲って旗を立ててしまうことで自分の土地にすることができるようになるんだよ。そしてその状況を一定期間維持できれば周辺国に対しても主権を行使できるようになる。うん、自分の国を作れるんだ。冒険から一転、国家運営箱庭ゲームが始まるよ。

だからね、最初は簡単な地図しかあげられないんだ。それ以上のことは地下世界を歩き回って情報を集めて、自分たちで何とかしてほしい。

「‥‥問いかけに対して答える人形‥‥オートマタのようなものか? まあいい、天上? ダンジョンの土地がセルバ家の領地であることは確かだ。だがセルバ家の領地であるということは国家の土地だということでもある。ならば最高権者は国王陛下であろう」

そこに示されるアエリウスさんの主張。というよりも中央の主張したいことだね。

ルーナは見た目も人形だし、主権を行使する者には見えないよね。それにダンジョンがセルバ家の土地にあるっていうことは、国、ヴェントヴェールの土地であるとも言えるので、最高権者が国王になるという主張はもちろん正しい。ヴェントヴェール王国、なのでね。君主制なので主権は国王にあるのだ。

この話をして国の権威を示して利権を得たい国の考えは当然のことだと思う。利権を得るというよりも、そもそも権利を持つのは国だとしたいというのはね、分かる。分かるんだけどねえ、ルーナにその話をしてもな。ほらあ、ルーナがだんだん面倒くさくなってきているぞ。ルーナの考えとしてはここの権利者はわたしなのでね、当然ね、わたしが第一で第二にヴェネレ、第三にルーナ自身なのでね、それは動かないのだ。だからさあ、ほらあ、だんだんいらいらしてきましたよ。


アエリウスさんが隣、うちの幕が張ってあるところを見ながらもう一押ししておくかという感じで話し続ける。

「そこがセルバ家が確保した場所か。後で国旗も掲げさせよう。それと、そうだな、中央にも旗を掲げたいところだ」

胸を張って少し強めに国の権利を主張しておきたいという気持ちを押し出して言う声を聞いていると、ニクスちゃんがちらちら目を開けてこっちを見る。ぷしっと鼻も鳴らして前足でこしこしする。さすがにうるさいよねえ。

「ステラ様が現在お休みでございます、あまり大きな声は出さないようにご注意ください。それともう一つ、空いている部屋は自由に使っていただいて構いませんが、通路へ物を置くことや壁への物の掲示、施設への勝手な行いなどはおやめください」

面倒くさくなってきて、いらいらもしてきたけれど、ひとまずという気持ちでルーナが声を落とすように言う。廊下に物を置くことは邪魔になるので禁止、壁に掲示物を掲げるのも邪魔なので禁止です。部屋の中だけにしてください。施設への勝手な行いは、まあいたずらだとかね、汚す行為だとかいろいろ混ぜ混ぜして禁止です。


「だが国の関与は示さねばならん。それに天上といったところで土地は最終的には国のものだ。住民には国家の大事に最大限従ってもらわなければ――」

それでも何とかして国家の権利を行使したいアエリウスさんは頑張るけれど、そろそろ限界だと思う。

「そんなことは私の知ったことではない」

ほらあ。これはそろそろわたしの出番ですね、起きましょうか。

幕の向こうではアエリウスさんの主張の途中に割り込むようにしてルーナが言葉をかぶせている。そしてそのままカウンターに両手を置いて立ちあがり身を乗り出すと、アエリウスさんの上に覆い被さるように影が落ちた。

ね、ルーナは普段は猫をかぶっているからね。こうなるんだよ。

うーん、それにしても立ちあがったルーナの迫力よ。台座部分から脚を切り離しながら起き上がっただけなんだけど、それでもアエリウスさんに覆い被さるくらい高くなる。さらに背面から副腕を展開、左副腕を正面に回してその先端部分で眼下にあるアエリウスさんの額をゴツンとやる。

「声を控えろ、小僧――おまえたちの都合など私の知ったことではない。おまえたちが何を求めてここへ来たのかなど私の知ったことではない。誰が天使や悪魔を落としたのかなど私の知ったことではない。誰が門前の獣に食われるのかなど私の知ったことではない。天上のことなど天上で解決すれば良いのだ。これ以上私の手を煩わせるな――奈落へ放り込むぞ」

こわー。奈落に放り込んだら深淵までまっしぐらなんだから駄目だよ、死んじゃうよ。たとえ何かの偶然が重なって運良く生きてそこから戻ってくることができたとしても、二度とまともな状態に戻ることはないくらいに変質してしまうよ。それと左副腕って確か銃砲の機能を付けていなかったっけ。弾込めしていないよね、安全装置は入っているよね、大丈夫だよね。


幕をめくって通路へ出たら手をぽむぽむと打ち合わせる。

「皆さん夜遅くまでお疲れさまです。さすがにこんなににぎやかだと寝たふりをしているのも難しいですね」

続いてヴァイオラも出てきてわたしの後ろに待機、しょうがないなあという顔をしたニクスちゃんも一緒に着いてきたけれど、こちらは興味なんてまるでないのでそのままでっかいあくびをした。

「あー、済まん。もう少し静かにとは思っていたんだが」

「いえ、仕方がありません。ルーナさんも、困ってしまっていますよ。こちらの方もお仕事なのです。仕方がないのですよ」

クリストさんが決まりが悪そうにしているのでそれに応えて、国の主張を言わなければならない苦労人、アエリウスさんにもフォローを入れる。さっきのゴツンで気が済んでいたルーナはさっと身をひいてカウンターの向こうへ戻ってすまし顔。

「マリウス様も、これくらいでよろしいですよね?」

通路の向こうにはマリウス将軍がいて、こちらはこちらで困ったなあという顔をしている。困る前にできれば止めてほしかったけれど、仕事だし仕方がないかなとも思う。

「済まなかったな。私がやるとどうにも圧が強すぎるらしいのでアエリウスの担当なのだが、まあこれも仕事のうちなのだ。許せ」

そうですよね、国の中央からの人たちはここまで来ることができないので、そのせいでこの面倒な仕事がアエリウスさんに乗っかってしまったのが現状だから。当のアエリウスさんは今のやりとりが精一杯だったのか、さすがに疲れ果ててしまった感じでその場にしゃがみ込んでしまった。

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