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『2つ報告があります。よろしいでしょうか』
よろしいよー、どしたの?
『まず1つ目ですが、国軍はすでに7階を攻略。今日のうちに8階まで終えるつもりのようです』
まじか、早いな。あー、でも6階スタートで、6階なんて攻略も何もないし、7階もそんなに見る範囲は広くないのか。いやでも早いな。
『6階はそうですね、まったく見所がありません。7階はゴブリンの集団戦を見られたことでヴェネレが喜んでいましたが、それでも苦戦するところまではいきませんでした』
お、冒険者さんたちとは別のルートを選んだのね。そうか、ようやくゴブリンの本気が見てもらえたのか。
『はい。どうやらゴブリンやホブゴブリンは戦い慣れているという点でやりやすかったようです。マグミンやコッカトリス、グレイウーズなどは面倒あるいは不明な魔物ということで避けたのですね。ゴブリンの本気ですが、悪くはありません。悪くはなかったのですが、相手が軍であったことがかなりマイナスに作用していたような印象です。弓で支援しながら騎兵に突撃させたものの、並んだ槍衾にひるんでしまいました。迂回して回り込んでくる部隊に気がつくこともできず、本隊が混乱したところへその槍衾がそのまま面で突っ込んできて終了です』
ほほう。ゴブリンの本気、指揮官を置いてウォリアー、アーチャーの数をそろえて、さらにワーグに乗ったライダーをそろえて、編成のランダム性からメイジは配置されなかったみたいだけれど、それでも戦力としてはゴブリンは数だ! を地で行く素晴らしいものだったはず。それが通用しなかったみたいだ。
それでも聞いた限りではわたしの印象は悪くない。何度も騎兵が突っ込んではジャベリンを投げ込み、頭上からは矢が繰り返し大量に射かけられ、これがゴブリンかって驚いてもらえたみたいだし、かなり頑張ったんじゃないかなと思う。というかだ、この軍の兵士たち、強すぎないか。なんか思っていたのと違うんだけど。
『そうですね、私の印象としてもそう感じます。まず30人という大所帯のわりにダンジョンでの行動が統制が取れていて効率も良い。ホブゴブリンのエリアでは分断の罠にうまくはめることもできたのですが、慌てもしない。各個人の戦闘能力も高く装備も良い。そして総指揮官自ら別働隊を率いてゴブリン本隊を襲撃しましたが、これが驚くほど強かった。正直言いまして、甘く見ていたと言って良いでしょう。レベル、クラス、スキルから想定される以上に個人の能力が高いという印象です』
ひえー、30人もいればダンジョンのような閉鎖空間だと詰まりが発生するだろうし、そこに魔物が突っ込めば混乱を引き起こせるだろうなんて、駄目か。駄目なのか。もしかして軍隊って強いのか。それとも今回の人たちが強いだけなのか、どっちだ。
『話を聞いている限り、全体の水準がこうなのかもしれません。それと今回の総指揮官、マリウス・セルフィウス将軍ですが、事前の情報から考えていたよりも優秀で、かなり人望も厚いようですね。兵士たちがマリウス将軍に率いられて魔物と戦うことを喜んでいるようです』
ほほう。侯爵家の出身で実績も実力も人望もっていう評価らしかったけれど、それに偽りなしってことなのか。これはあれだな、8階も今日で終わり、明日には9階の攻略がもしかしたら終わってしまうかもって考えた方がいいかもしれないね。
『そうですね。明日の夜には10階、そう考えておいた方が良さそうです。準備をしておきましょう』
おっけー、ちょうどわたしも行けるしね、そのつもりでいきましょう。
さて、そうなるとだ。9階の選択次第ではあるけれど、少なくとも今日中に8階を突破、明日中に9階を突破っていうのはさすがにかなりの強行軍だと思うわけだ。
冒険者さんたちはレイスのせいで今はエディさんが衰弱状態にあって、実はこれの回復が間に合っていない。今は違和感を感じているだけみたいだし、ギルドの鑑定ではこの衰弱状態が見つからないと思うので、恐らく明日ルーナのところで鑑定して、それで対応を決めることになるだろう。
盾役が衰弱状態、つまり最大ヒットポイントの減少、耐久力の減少、防御判定のマイナス修正を受けた状態でドラコリッチに挑むとか、それこそ自殺行為も同然だと思うので、必要であればルーナの方から止めるように頼んである。この衰弱状態はもう1日あれば回復するだろうから、彼らが挑めるのはあさってということだね。
そしてここで問題は強行軍でやってきた軍はどうするのかということになる。これね、恐らく冒険者さんたちよりも先にドラコリッチに挑むことになるだろうと思うのよ。恐らく国から言われていると思う。とにかく実績をって。その広場にいるという危険な魔物を先に倒す、それができないとしても先に戦う。そういう実績を得たいだろうと思う。
ここに一つ大問題がある。一切の弱体化を受けていない現在のドラコリッチはそれはもうびっくりするほど強いということだ。
今設定されているのが、どれ、ちらり、はいだめー。これは駄目です。
レベル39、アーマークラス105、ヒットポイント730。エインシャントの一つ上、デイドラと言われる段階まで成長したブラックオニキス・ドラゴンを素体としたドラコリッチ。ヒットポイントはそこまで、いや多いよ多いけれど、他の種類よりはまだまし、だと思いたい、でもなあ、これなあ、まあいいやそこまで多くはないのだけれど、アーマークラスがひどすぎてクリティカル以外の攻撃は通らないと思うし、そのクリティカルも能力修正値が高すぎてほとんど期待できない。そして持っている特殊攻撃の種類があほかと言いたいほど多くて強力なのでね、どうにもならないでしょう。
さて、そんなドラコリッチとまともにぶつかるとどうなるのか。全滅、という言葉がパッと浮かぶ。
全滅は避けなければならないので、最終的にはルーナに介入をお願いしている。ルーナが直接ドラコリッチを殴るのは避けたいのでモドロンたちを使って介入だね。そうすればドラコリッチの戦闘行動は解除されるので、何とか被害を抑えられると思う。
これは冒険者さんたちと協力することは最初はしないだろうという想定だから。そしてこの軍の全滅もあり得ただろう負け方を見て、冒険者さんたちはそのままドラコリッチに挑むだろうかというところに行き着く。たった5人で? 弱体化したとはいえこのドラコリッチに? どうでしょうね。
もちろん弱体化させればレベルもアーマークラスもヒットポイントもガクンと落ちる。それどころか素体そのもののランクが下げられる。ぶっちゃけた話、5段階の弱体化が全て入ればその時点でアダルト・ダークブルー・ドラゴンまで落ちるのだ。ダークブルー、冥色だよ。普通のブルーよりは強いし特殊な行動もするけれど、それでもデイドラからアダルトまで落ちるからね。
さて、そんなアダルト・ダークブルー・ドラコリッチですが、わたしが思い描いていたのは最初からレイド戦だ。最大35人によるドラコリッチ戦、これを考えていた。たとえ弱体化させたとしてもドラコリッチはドラコリッチでやっぱり強いのだ。そこで冒険者と軍が協力して戦うことを考えていた。
わたしはね、そこに手を貸したい。たぶん軍の備品は尽きるだろう。だからそこにセルバ家として助力しますよといきたいのだ。
ここに、ヴァイオラが準備してくれている薬品だとか、事前にわたしがダンジョンで見つけていた設定の道具だとかが生きてくるのだ。それをセルバ家から提供することでドラコリッチ撃破に貢献したい。それがわたしの狙いだ。
不確定要素が多いのでそこまでうまく行くかどうかは分からないのだけれど、できればそういう状況に持っていきたいなと、わたしたちはそう考えているのです。
『何とか難易度を調整して都合良く運びたいですね。それでは次に、ブルーノ様が王都に戻る視察の方に手渡していた抗議文書が、学園と、その理事会に届きました。理事が2人、すでに学園を訪れて現在の状況を問いただしています』
おや。直接やるのかと思ったら事前に通知で出していたんだ。
『直接もやるようですよ』
まじか、お父様、やる気だな。
『学園を統括する国務省には自ら乗り込む心づもりのようですね。そのあと学園とカート家にも直接抗議をすると。学園側としては現在処分を検討中であるとして理事にはお帰りいただいたようですが、理事会への通知にもサイオニックについての記載がありますから、言い逃れができないのではないかと頭を抱えていました』
それはそう。言い逃れはしない方がいいと思うな。しょうがないよ、やっちまったガイウス・カートが悪い。諦めよう。
『諦めて厳正な処分をと言いたいところなのですが、学園側は揺れています。カート家とも話し合っているようなのですが、そちらの希望としては厳重注意や謹慎処分を希望しているようです。やはり子爵家長女に対する暴言とは言っても事実を述べたに過ぎないのだからという主張をしたようですね。そして暴行については本人が自白しない限り明確な証拠はないと言い張れる。ですので暴言のみを理由として本人に厳重注意、必要であれば直接謝罪をさせて終わり、それ以外の従者に関しては一時謹慎で終わりという希望が出ています』
甘いなあ。激甘だと思います。ぶっちゃけその暴言の時点でわたしがガイウス・カートの身柄を押さえて強制排除したところで、わたしは罪に問われることはないくらいの状況なのだけれども、そのへんどうなのでしょう。
『そうですね、法的にはマスターの判断でよろしいでしょう。その場で断罪したところで問題はありませんでした。いくらこの国が法治国家だといっても、所詮はというレベルですから。上位貴族が下位貴族を理由がある状況で罰したところで何をか言わんやということです』
だよねえ。学園側がどうにかいい落としどころがないか悩むのは分かる。カート家がどうにか穏便に済ませられないか悩むのも分かる。でもなあ。暴言だけでなく暴力まで振るってしまったからね。
それに暴行をなかったことにって言っても、サイオニックを今後一切使わないようにしないと肝心の言い訳もできないだろうし、それはあの性格では無理だろうからね、逃げ切れないと思うのよ。
『今後の日程を考えますと、マスターが戻るまでに学園の結論が出ることはないかもしれません』
そうだねえ。‥‥はあー、ため息しか出てこないわ。面倒なんだよなあ。
正直に言ってしまうとわたしはガイウス・カートが排除されてさえいれば後はどうでもいい。ご飯を食べに行く度に、体育や魔法の授業がある度に、あれこれ言ったり絡んだりしてくる連中がうざいだけなので、そこがクリアされていればガイウス・カートがどうなろうが知ったことではない。そこにいれば扱いがどうであろうが視線や言葉が気になってしまうだろうから、できれば排除の方向でお願いしたいなという程度だ。
『――やりましょうか。理事会を招集させ、ガイウス・カートを聴取させる。その際に再度暴言を吐かせ、そして念動による突き押しを自白させる。どうでしょう』
できる? まあできるか。
『はい。誘導は可能でしょうし、何でしたらヘルミーナが口から過去の発言を録音したものを流します。すでに一人でいるときに念動での突き押しを使ったから何だというのだということも言っていましたからね、そのまま使えるでしょう』
準備がいいな。うん、それじゃあ任せるよ。必要だと判断したのならみんなでガイウス・カートはいいようにして。取り巻きもどうでもいいや。ここが終わったら心置きなく学園に戻れさえすればそれでいい。
これで一応今日は終わりってことでいいのかな。はー、軍の話は面白かったけれど学園の話はどうしても嫌な気持ちになってしまうね。よくないな。
深呼吸深呼吸、よし、とにかくこれで今日はおしまい。また明日。