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そこからはとても簡単。冒険者さんたちは強いので、ここのラットたちが挑んでくるようなことにはならないのです。ちらっとこちらを見ることがあってもそこからは全力で逃げていく。わたしがいて襲ってくるも何もないのだけれど、その調整をしなくてもラットたちは全力逃走一択だった。

隠し部屋に着いたらフリアさんがささっと扉を開く。今回は全員入るようなことはせず、いつでも開けられるようにとフリアさんはそのまま通路待機。魔法を使う2人が念のための魔法を準備しながら通路と部屋とを両にらみするような形で扉近くにいて、それ以外の全員が部屋の中へ。

わたしは女性の像の足元で背負っていたリュックを下ろしたら、中から花束を取り出す。この国で墓参といったらやっぱり花だよなということで、一応白い花、6階のあのイスが配置された部屋に置かれていたのと見た目がよく似ているものを選んできた。

「これはカレンデュラといって、えっと、森の中でも見ることができるのです。それでえーっと、6階のイスに置いてあった花に似ているので、これにしました」

そう言ってから、手に持った花束を台座の下、碑文の書かれていたところに置く。文字を読むとゴーストが出てきてしまうので読んだりはしないようにね。あとは目を閉じて手を合わせるのです。はい、ヴァイオラも一緒に。キニスくんとニクスちゃんはそこで座って見ていてね。わたしたちが祈りを捧げると、釣られるようにクリストさんもエディさんも軽く目を閉じて頭を下げる。これでいい。

「あ、」

声を上げたのは誰だろう、これはフェリクスさんだろうか。

女性の像からふわりと白い影のようなものが現れ、それは台座に置かれた花束に手を伸ばすと、その手に花束を抱き、そのまま宙に浮かんでいって、最後は空気に溶けるようにして消えていった。

「像が、」

エディさんが声を上げる。

白い影が完全に抜けきった像はその形を変えていた。わざと輪郭をはっきりとさせないように作られた像のようで、男性のようにも女性のようにも、あるいはお年寄りのようにも見えるというあいまいなものに変わっていた。

「消えた、な。どうやらこれで正しかったらしい」

この像を見て消息不明となった女性を思い起こすことはもうないだろう。

「良かったみたいですね。どういう仕組みかとか、全然分からないですけれど、きっとこれで良かったんですよ」

これでいいんじゃないかなと思いながら像を見上げているとクリストさんから声をかけられた。

「何だ? 何か落ちていないか?」

「え、何でしょう。あ、これ、指輪、ですね。うーん、ボロボロです」

足元、台座の手前に指輪が一つ落ちている。手に取ってみると傷だらけ、錆だらけでもう廃棄するしかないというような状態の指輪だった。イベントアイテムゲットだぜ。はい、それでは次のイベントへ向かいましょう。

「うーん、と。気になるので、そのもう一つのところも行ってみましょうか」

そう言ってから立ち上がり、キニスくんとニクスちゃんがわっふわっふと寄ってきたのを引き連れて移動を開始します。


「どうするんだ?」

「あ、はい、見てみたかったのでギルドから何でしたっけ、ディテクト・マジックが使えるっていう杖を借りてきているのです」

わざわざ事前にお断りを入れて借りておいたけれど、意味がなかったね。ちゃんとそういう手順を踏んでいますよっていう演出にしかなっていない。

「あああったな、そんなの。ただその先はさすがに危ないぞ。魔法が使えないしな」

「え、使えない? まったくですか?」

「ああ。詠唱が必要な魔法は駄目なようだ。幸い道具は全部使えたんでね、結局それで押し切ったんだが」

「おー、さすがですね。だって道具っていってもそんなにないですよね?」

「いや十分だぞ。さすがに下層で出た魔道具はすげーよ。便利すぎて感覚が鈍らないかの方が心配になるくらいだ」

そんなことを言っているうちに目的地に到着。行き止まりにある魔法の仕掛けですね。今回もカリーナさんがディテクト・マジックを使って通路を開く。そして念のためということで、この場所でシールドとメイジ・アーマーを使用していた。これが通路の向こう側でも維持できるのなら戦術の幅も広がることになるのだそうな。

「さーて、この先も行くのなら俺たちが先行する。で、魔物はスペクターとレイスだけなんだが、怖いのはレイスだけだな。そこまで先導するぞ」

「はい、お願いします。では行きましょう」

フリアさんが先行、それにクリストさんたちが続く。最後にわたしたちも隠しエリアに入っていくと、そこで冒険者さんたちが話し合っていた。

「ああ、駄目ね。シールドが解けている。メイジ・アーマーも。つまり魔法は事前だろうが事後だろうがなしっていうことなのね」

「これは困るね。レイス、どうするんだい」

「さあて、どうするか。極端な話、フォース・ビードで止めて抜けるができればそれでいいんだが。無理なようなら基本的には俺たちで周りからつつき回すってことだな」

うん、そうなのよね。ここは魔法禁止なのだけれど、それには使用済み使用中も含まれるのです。

「悩んでいるところなんだけど、見て、いないよ」

おっと、そうそう。今回はイベントなのでね、いつもというか、冒険者さんたちが入った時とは風景に変化があるのです。


魔物は今回は出現しない。スペクターももちろんレイスも。

そして水面に浮かぶ葉の上に、花のつぼみのようなものが伸びている。一面の葉、そして花のつぼみ。

「どうされました?」

「いや、魔物がいない。それと、花のつぼみか? これもさっきはなかったはずだ」

「花ですか。これ、ロートの花ですよね。この葉、茎が高く上がっているのもあるからニンフェアではなくて、花が茎の先端に付いているから、たぶんロートでしょう」

「この植物はロートっていうのか?」

「そうですよ。花が咲くのは7月とか8月とかだった気がしますが、えっと、花も実も茎も、あと根っこも食べられますね。特に根っこはおいしいです。実の部分は薬にもなったかな」

この一面の植物はロート、つまり日本で言うところのハスだ。ちなみにニンフェアはスイレン。で、この植物がハスだっていうことは、この水の中に入って頑張って掘ったらレンコンだって採れるっていうことだ。

でもさすがに今回それはなしということで、ここからは魔法円に次々に入って先へ先へと進んでいく。何度も何度も何度も何度も魔法円に入って、ようやくレイスがいた部屋の前へとたどり着いた。部屋の奥、レイスがいた場所には小さな祭壇があった。

さっさと部屋へと入っていったキニスくんとニクスちゃんがふんふんと祭壇を嗅いでいる。別に何かにおったりはしていないはずなので、たぶん気にしているだけだろう。

最後にヴァイオラと一緒に部屋に入ったら、さっきと同じように祭壇の前でリュックを下ろし、中からもう一つ花束を取り出した。今回は念のためということで3つ持ってきているのでね。足りなくなるということはありませんよ。その花を祭壇に置いたら、最後にボロボロの指輪もそこに置く。これでよし。

「何となくですよ、何となくつながっていそうじゃないですか。同じ1階だし。ここもアンデッドでしょう? 何となく、ですね」

そう言って手を合わせ、祈りを捧げる。キニスくんもニクスちゃんもすぐ近くに寄ってきて、そこに腰を下ろし祭壇を方を見ていた。ヴァイオラもわたしの後ろで立ったまま手を合わせている。

冒険者さんたちもそれに釣られるようにして祈りを捧げた。

これでいい。これでいいと思う。別にここに本当にこんな理由があったわけではない。それでも、ここの隠し部屋のことがあって、6階のメッセージのことがあって、10階でのやりとりのこともあって、気にしているのだろうと思えたから。それを知ってしまったらわたしたちも気になりだしてしまったから。

女性の霊はこちらにも来ているかもしれないし、一緒に塔を上ったうちの誰かがいるかもしれないし、それこそもしかしたら失ったという子供の霊がここにいるかもしれない。そういう想像がされているだろう。

パキン、という乾いた音が聞こえた。

目を開けると祭壇に斜めにひびが入っている。これは先ほどまではなかった。

祈りを終えて手を下ろし、祭壇を見る。

「花束も指輪も、ありませんね。これで良かったみたいです」

これで良かったと思う。指輪も消えた。女性かそれとも子供か、それともここに来ていた別の霊か、いずれにせよこれで慰められたと思えるだろう。


祭壇の後ろにある魔法円へと移動して、その魔法円に全員が乗った時、今度はバキンという少し大きい音がして祭壇が割れて崩れるところが目に入った。

少し離れた場所にある別の通路の魔法円に全員が転移する。周囲の空気が少しもやがかかったようになっていた。少し霧が出てきた、もやがかかっているなという、これは朝の空気のようなもの。

どこかでポンという音がした。

ポン、ポン、ポポン。

周囲を見渡すと、あちらこちらでつぼみが開き、桃色の大きな花が開いている。

ポン。

ポポポポポン。

一面でハスの花が開いていく。ハスの花が開く時には音がするという話があって、本当はそんな音はしないのだけれど、でも今回はそれが重要なことだったので。


ふと視線を上げると、霧の向こうの祭壇があった辺りに人影のようなものが見えた。大人のような背丈の影と、小さな子供のような背丈の影。それが互いに近づいて、そして抱き合ったように見えた。その先はもう霧が濃くなってしまって見ることはできない。

辺りは一面の霧に包まれ、時折聞こえるハスの花の開くポンという音を聞きながら出口を目指して進んでいく。

「これで良かったんだよな」

そう問いかけてくるクリストさんの声が少し湿っている気がするのは気のせいだろうか。

「そう思いますよ。気のせいと言われたらそれまでなのですが、どうしても気になっていましたから。思い過ごしだと言われたら、自己満足だと言われたらそれまでなのですが、良かったと思います」

下から上を目指した彼ら、子供を失った女性、ゴースト、レイスに召喚されるスペクター。それはもちろん気のせいで。今までにも散々見てきただろうダンジョンの演出の一つでしかなくて。それでも、気にはなってしまうこともあるだろう。それがこれで区切りが付く。気持ちの整理ができた、そういう話になるのだ。

あとはそのまま全員そろって地上へ戻り、ギルドまで行く。

地上の天気は晴れ。すっきりとした青空がわたしたちの気持ちにちょうどいい。


これで1階で起こすべきイベントは終わった。

ドラコリッチ最後の弱体化キーは獲得され、そして気になっていた女性の像のあれこれにも決着を付けられた。

冒険者さんたちはこの日はもうこれ以上の探索だとかは予定していないそうで、わたしたちも明日には10階に下りるので、どうやらちょうどいいタイミングになったみたい。

この日の探索では、飲んでから1時間冷気ダメージに抵抗を得られるレジスタンス・ポーション、アーマークラスにプラス1のボーナスが得られるプロテクション・リング、ソーサラー専用装備で持っているだけで魔力回復効果と呪文効果にボーナスの得られるブラッドウェル・ヴァイアル、これで鳴らした音を聞くと攻撃時にボーナスが得られるコンバット・インスピレーション・ホーンと、ハズレなしの素晴らしい成果が得られている。探索範囲が狭かったわりに素晴らしいのではないでしょうか。ぜひ有効に使ってください。

そんなこんなでこの日は終了。続きのお話はいよいよ地下10階、夜明けの塔一層へと場所を変えて始まるのです。

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