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地上へ戻ってきた冒険者たちが出張所に準備しておいた荷物を手に、再びダンジョンへ入っていく。広場の魔物を倒せるようにするために必要だとルーナから示唆された弱体化キーを手に入れるために、地下1階の未探索エリアへ挑むのだ。
その1階の行き止まりになっている場所でディテクト・マジックを使うと見えてくる装置を使い、通路の壁を通り抜けられるように変える。そしていつもどおりにフリアさんが先行して入っていって、振り返って慌てふためく様を微笑ましく眺める。この壁は一方通行なのでね、しかも入ってきたはずの壁が消えてしまうというね、それはもうこうなってしまうのだ。
フリアさんを一人で残してなんてことには当然ならず、全員がそのエリアへ入っていく。通路に壁はなく、それどころかそのエリア全体に壁はなく、見通しは良い。通路以外の場所は水が満ちていて、水面には40センチか50センチくらいある大きな円形の葉っぱがいくつもいくつも、それこそエリア全体の水面全てを覆い尽くそうというくらいに広がっている。通路と水面、その水面を覆うほどたくさん生えている植物。ところどころで水面よりも高く伸びている茎もあって、それまでのダンジョンの雰囲気からは一新されていて新鮮な気持ちで探索ができると思う。
見通しが良いということもあって、周囲を見渡したところで遠くにいるレイスとスペクターが発見され、ここがアンデッドのエリアでボスはレイスだろうと判断された。
そして水面を歩いて渡ればボスまですぐじゃねということで、水の中に何かいるかどうか確かめようとディテクト・イーヴルの魔法を使おうとして、そして魔法が使えないという事態に気がつくことになる。
ウォーター・ウォークもブレスもファイアー・ボルトもマジック・ミサイルも使えなかった。そう、ここは魔法禁止エリアなのだ。でも魔法の道具は使えるからね、それでどうにかするしかないよ。
魔法の道具が使えるかどうか、特にファイアー・スタッフとマジック・ミサイル・ワンドが使えるかどうかが重要ということで、まずは道具がなくてもどうにでもなるスペクターを目指すことに決まるのだけれど、ここでもこのエリアの特徴が存分に発揮される。
ここはね、短い通路が大量にあって、転移の魔法円を使って通路から通路へとテレポートを繰り返して進んでいくようになっているのだ。面白いでしょう。地図を書くのが大変だとは思うけれど、つながりを記録していかないと行き詰まる可能性があるからね、頑張ってね。
「ただいま戻りました」
「はーい、お疲れさま」
冒険者たちが転移を繰り返しながら進んでいくのを横目で見ながら、帰ってきたヴァイオラを出迎える。それではわたしも出かける準備をしましょうか。
魔法を使える道具を試しながら危なげなくスペクターを撃破し、そしてレイスに挑み始めた冒険者たちを見ながらわたしも外出の支度をするのだけれど、行き先がダンジョンということもあって、さすがに何もなしは外聞が悪い。
ということでヴァイオラは戦闘にも対応できるように軽装の鎧としてガーブっていえばいいのかな、布と金属を組み合わせた鎧を身に付けて、それから武器として剣と弓も装備してもらう。これに後はキニスくんとニクスちゃんもお散歩がてら一緒に行ってくれるっていうのでね、万全だと言って良いでしょう。このメンバーだけでも余裕で5階6階までは行けるだろうし、きちんと準備さえすれば10階も行けるのではとか思ってしまう。
そんな中で冒険者さんたちは意外と苦戦していた。やっぱり魔法が思うようには使えないというのが大きいのだろうね。いつもならブレスで味方を強化してからの開幕だっただろうし、そういう支援の魔法なしでいきなり殴り合いになっているのだからこの展開もやむなしといったところでしょう。
エディさんが引き取って回りからざくざくやる展開自体は変わらないのだけれど、そのエディさんが結構ダメージをもらっている。お、レイスの生命力吸収が入った。これ衰弱効果が長く続くから大変なのよね。お、スペクターの追加召喚でこれまたエディさんが引き取ったけれど、結構きつそう。
て、うおーい、レイス必殺のライトニング・ボルトがリフレクト・ミラー・チャイムの効果で反射されて、これでレイスが死んだのですが。ま、まあ、用意したのもこちらだし。これまでにも反射した魔法でダメージはあったことだし。仕方がない仕方がない。
とにかくこれで終わりそうね、それではこちらも出発しましょう。
別宅から森を突っ切ってダンジョンに裏口、というとこれも外聞が悪いな、でもギルドには事前に今日は入りますと知らせてあるし、森側のセルバ家が個人的に使う用の出入り口っていうものがあるのでね、そこからダンジョンに入りますよ。
久しぶりのダンジョンを楽しそうに進むキニスくんを先頭に、ヴァイオラ、わたし、周りをふんふん嗅ぎながら着いてくるニクスちゃんの順で進んでいく。
冒険者さんたちはレイスを撃破した後は手に入れるべき弱体化キーもゲットして、それからはあまり休むこともせずに最後の魔法円から通常のエリアに戻ってきたところ。これは最初の十字路で合流できそうかな。
その十字路に真っ先に差し掛かったキニスくんが耳を立て、右の通路の先を気にしてからこちらを一度見て、それからその場でくるくると回り始める。えーっと地図地図、あ、もうそこにいるのか。はい、合流できました。
「あれ、皆さん1階でしたか。そういえば何かやることがあるって」
わたしも十字路に入って、その場で立ち止まってキニスくんの視線の先を追うと、そこにはこちらを見る冒険者さんたちがいて、ぐりぐりと寄ってくるニクスちゃんの首筋をもみながら声をかけた。
「まあな、今終わって戻ってきたところだ。今日はここまでだよ」
「あ、そうなんですね。どうでした?」
「まあ細かい報告は戻ってギルドでってことになるが、あれは一応アンデッドのエリアってことでいいのか? 魔法円での移動だらけで良く分からんところだったな」
「へえ、魔法円の移動ですか。面白そうですね」
「面白いは面白いんだが。で、そっちは何だ? 10階か?」
「いえ、今アーシア叔母様が行っていて、私が10階は次かなって。今日は1階で気になったことがあるので」
ヴァイオラが戻ってきてしまっているので、今は叔母様が1人で10階に残っている。作業というほどのこともないのだけれど、一応ね、ギルドの人たちと交流しながらセルバ家の部屋の入り口に壁と扉を付けるための資材を積んでおいて、あとはルーナともお話でもしてもらおうと。
それで、問題の1階で気になったこととは何かということですが。
「1階ってのは何かあるのか? 俺たちもこれで全部回ったことになるんだが」
「そうですね、報告は見ました。それでヴァイオラさんが下で聞いてきたことが気になってしまって」
「そんな気になるような話があったかな。1階でだよね」
「はい。1階の、そのゴーストのところですね。何ていうか、冒険者のために用意したものにしては少し変ですよね」
結局1階のやり残したこととなるとそこになる。
いやー、正直なところ、こちらとしてはそこまで考えていなかったんです! と言うしかない。某有名ダンジョンRPGの古典にならって1階にはゴーストも置いておこうかな、くらいの考えだったのだけれど、少しは独自性をとかいう適当な理由から女性型にしてみたところ、まさかまさかのそれに引きずられるかのように6階のメッセージに子供を失った女性の話を入れてしまうというね。おかげで1階の隠し部屋にある女性の像と、そのメッセージとが結びついてしまったのだ。
これは冒険者さんたちの指摘でようやく気がついた設定の問題点、こちらのミスというほどのものではないのだけれど、どうしても気になってしまっていることを修正するためのイベントを起こすのです。
そんなわけでここで、ギルドの人たちとかにも知っておいてもらうためにわざわざ下で聞いてくれたヴァイオラが言う。
「私も少し気になりましたから。ルーナ様に聞いたのですよ。あれはそうかと」
「それはまたはっきり聞いたな。何となくそっとしておきたいことだったんだが」
「そうですね。皆さんは実際に経験されましたからそうなのかもしれません。ただ私は報告を見ただけですから。返事は、彼女がどうなったのかは”分からない”そうです。それに対してあの像はその象徴として置かれたのかという問いには”違う”と答えました。そもそもあれは女性の像ではなかったようですね」
ルーナは質問への解答を3種類に分けている。答えられること、分からないこと、答えられないこと。子供を失った女性がどうなったのかは分からない。これは確定でそれ以上の情報が出ることはこれからもない。そして1階の像はその女性の象徴として作られたのかという問いには違うと答える。
「違うってのは意外だな。女性の像で、子供を抱いていてもおかしくないような姿をしていたんだが」
「そのようですね。ただあの隠し部屋自体、ゴーストの配置も正しいようなのですが、それが女性の像、女性のゴーストであるということは違うようですよ」
こうしてただそう思えていただけの状況に対してダンジョン側の見解を挿入、それを引き取ってわたしの考えというか修正の方向性を示す。
「そこでわたしは考えました。きっとそこにゴースト発生の仕組みはあるのですよ。でもそれは女性とは一致していないはずだった。ただ何かの問題でそこに女性がすぽっとはまってしまうかなにかしているのではないかと。そうしたらわたしができることって一つかなって」
「できることって何だ?」
「お参りです。事実を知ってしまった以上、私ができることはその霊を慰めることくらいでしょう」
うん。あの女性の像があの女性を取り込む形でそこにあるというのであれば、あの場所を女性の墓と見立てても良いのではないでしょうか。だから、これからみんなでお墓参りをするのだ。
「それで隠し部屋まで行くのか? そういうことなら俺たちも着いていこうか。別に1階なら危険もないだろうが、俺たちもあそこはちょっとな、思うところがある」
わたしよりもたぶん、冒険者さんたちの方が思い入れができてしまっているのだろう。すぐに一緒に行こうと提案してくれて、それに全員が賛同してくれた。