表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
130/154

130:

ノッテの森から街道を挟んだ南側は、本来はノッテを訪れる人たちのための馬場として整備される予定だった。今はそこが国軍の仮設の駐屯地へと姿を変えている。いくつも立ち並んだテントの前では兵士たちが武具の手入れをしたり剣を振って体の調子を整えたりしながら招集がかかる時を待っていて、そしてひときわ大きな天幕の下では指揮官や各部隊の隊長たちが今後の計画を話し合っていた。

その計画ではギルドから借りた鍵を使って5階まで昇降機で一気に進み、すでに見つかっている階段を使って6階へ。7階への階段の位置は分かっていて、8階への階段があるだろう位置もおおよその当たりは付けられているということもあって、地図に未確定の部分があるとはいっても、8階へ到達するまでにはそこまで時間はかからないだろうと考えられていた。

事前に仕入れた情報によると、総指揮官を務めるのはマリウス・セルフィウスという侯爵家出身の大ベテラン。他国との紛争だとか魔物の襲撃だとかで多数の功績があるようで、実力も実績もそして人望も十分というなかなか優秀な人物らしい。

その他の重要人物としては副官のアエリウス、戦闘部隊の隊長がフロカート、クウレル。イェレミアス、そして輜重部隊の隊長がパキという。彼らが指揮する軍の兵士は基本的に重武装の前線兵士とそれを支援する弓手で構成されていて、斥候の専門家はクウレルの部隊にいるトラセレルという人だけのようだった。ダンジョンの探索に向いているとは思えない編成ながら、総勢30人にもなる大部隊が通路を埋めていくとなれば、少数で迫る魔物など相手にならないのかもしれない。

「それじゃあ私たちはギルドからそのまま10階だから、あなたはその後ね?」

「はい、ヴァイオラと一緒に後で行きます。わたしは今日はそれだけですね」

「分かったわ。ヴァイオラだけだと心配だからウルフたちも連れて行くのよ」

「ああ、そうですね、そうします。ではいってらっしゃいませ」

冒険者たちの案内で10階へ行くことになっている叔母様とヴァイオラが出かけていく。

わたしはその後で1階のイベントをこなしに行く予定なのだけれど、そうだね、せっかくだからキニスくんやニクスちゃんは一緒に行くといいかもしれない。


街道を行き交う人々やギルドの職員の注目を集めていた軍にようやく動きがあったのはそれから少ししてからだった。

天幕の下から隊長たちがそれぞれの部隊に戻り装備や荷物の確認をしていく。兵士たちが立ち上がり、そして視線がダンジョンがある方へと向かっていった。

カーン、カーンと鐘を鳴らす音が響き渡る。

全部隊に移動が指示され、そこから各部隊ごとにまとまって、馬場を出て街道を渡り、出張所の施設の間を抜けるようにしてダンジョンへ進んでいく。さっきまでは忙しなく動いていた街道の人々も足を止め、ギルドの職員も窓辺に鈴なりになってそれを見送る。そしてダンジョン前で整列した軍は攻略の手順を確認し、突入を開始した。

軍の攻略に対するこちらからの関与は特に予定していない。今までどおりにランダム配置されて人工知能による自動制御で行動する魔物たち、こちらもランダム配置される扉、鍵、罠、そして宝箱。すべて今までどおりだ。冒険者たちから十分な評価を得ているダンジョンをそのまま提供して、軍の実力というものを見ようと思っている。


軍が順調に1階の隠し扉を開けて昇降機を動かし、そして5階へと下りていく頃、ギルドの出張所でもようやく動きがあった。

冒険者、ギルド、セルバ家が合同で10階へ行くのだ。ギルドの職員としてはアドルフォさんとケイロスさん、それ以外にも5人が参加する。そのうちのトーリという女性が1層に設置する予定の分室、冒険者ギルドミルト支部ノッテ出張所夜明けの塔一層分室という長い名称になるのだけれど、そこの責任者になるらしい。そしてセルバ家からは叔母様とヴァイオラが参加している。

お父様やお母様も参加したがっていたけれど、今回はさすがに仕方がない。お父様は国の偉い人たちを追い掛けるようにして王都に向かっているし、お母様は留守を預かる立場として家かミルトの役場にいなければならないからね。いつかわたしが案内するのでそれまで待っていてほしい。


これまでのギルドの人たちが話していることをまとめると、軍はこちらが10階へ先回りしているだろうことは予想しているだろう、軍の目標は広場にいるという魔物だろう、それを倒す功績を持って地下世界に国の威信を示したいのだろうということだった。地上の国の偉大さを地下にも示して、そして同時に地上でも宣伝して、ダンジョン利権に食い込みたいと狙っているということだね。それはそうだろうなあという感想です。別にそのへんは好きにすればいいと思う。どこが一番の利権を握りたいと思っていようが、このダンジョンはセルバ家のものなので。

そしてギルドの思惑としては、先に10階に行って分室を作ってしまえばそれでよしということのようだった。地上の入り口は抑えた、次は地下世界へ出入りする人間と物品の管理だと、そういうことのようだ。

もう一つ、ギルドはセルバ家がどう考えているのかは計りかねているみたいだね。ノッテの地権者がわたしに変わっていて、叔母様がその後見人になっていて、今回ヴァイオラが管理人として入ってきて。この3人がノッテの事業の責任者になることは分かっても、その先がよく分かっていない。冒険者向けの道具や食品の開発をしているからそういった新規事業を押していくのだろうかという点はいいとして、特に地下世界の権利だね、利権、これをどう考えているのかという点。

今日はセルバ家の旗をルーナの隣の部屋に掲げてくるのだけれど、それ以外についてはまだ検討中。たぶんこうするだろうという計画はあるけれど、それはまた今度。そして地下世界の利権だけれど、これなあ、正直どうでもいいのだよね。だって用意しているのもわたしたちなのだから。わたしたちが用意して持っていってもらう側の立場なのだから。全然なくっても平気よ、と言いたいところだけれど、それを言うのもおかしなものなので、何かしら考えておいた方がいいのかもしれないね。


冒険者たちが先頭に立ってダンジョンへ入り、地下1階の昇降機へ。軍が使ったはずの昇降機のある隠し部屋の扉は閉ざされていて、フリアさんがそれを開けて部屋へ入っていっても昇降機の位置が5階にあること以外に変化はなかった。

籠を呼んだらまずは冒険者たちが5階へ。それからクリストさんがまた上がってきて、セルバ家から2人、ギルドからアドルフォさんとケイロスさんの責任者2人が先に降りる。それ以外の職員が最後の組だ。

昇降機の下降していく時間は5階までとは比較にならないほど長い。何度も見てきた5階の部屋をあっという間に通過してからがとても長い。報告で8階から9階が長かった、9階から10階はもっと長かったという話は聞いているし、何だったら9階のハーピーのエリアなんて天井も床もないのだから分かっているだろうけれど、もちろん普通の高さではない。ルーナが言った全高600キロメートルを思い出してほしい。たった10階分の高さではないのだよ。


そうして長く続いた下降の時間はまもなく終わり、昇降機は10階に到着する。

部屋の中にはエディさんが待っていて、もう一度地下1階へ戻っていく音を聞きながら、先導を受けて通路へと進んでいった。報告に聞いていたとおり左右には部屋にできそうな場所が空いていて、そして左側の奥のスペースにはカウンターが設置されているのが見えてくる。

その前まで進んだところでカウンターの向こう側に女性が1人いることが分かり、そちらを向けばその女性と目が合うのだ。

銀色の髪、陶器のように白い肌、ガラス細工のような緑の瞳。口元の溝や首元の関節部から聞いていたとおり人形であることは分かるだろう。その女性の人形がにこりと微笑み、「ようこそ、来訪者の皆様。こちらは夜明けの塔一層案内窓口、私は案内人を務めますルーナと申します――」と、そう話しかけてきた。


先に正面に立ったアドルフォさんもケイロスさんもうまく話し始めることができなかった。驚きの表情のまま動きを止め、そこから一言もない。これは駄目だなと察したのか、一番後方にいたはずのヴァイオラがさっさと動き、全員を追い越してルーナに声をかける。

冒険者をこのダンジョンに派遣したセルバ家の、地上での地権者であるわたしから土地の管理を任されている者だと自己紹介をし、その上でセルバ家とギルドが共同で冒険者にこの場所を目指させたこと、叔母様が今回そのセルバ家の代表であること、そして可能であればこの場所で拠点を作らせてほしいことなど、要望を告げ始めた。

これに慌てたアドルフォさんがようやく口を開く。そうそう、一番最初に話し出さなければいけない立場ですよ。いくらルーナがきれいだからといって呆然としていていい立場ではないのだから頑張りましょう。


「ようこそいらっしゃいました。皆様のことはお聞きしております。ここ以外の場所はどこでも自由に使っていただいて構いません」

「ありがたい、それで、この向かいもいいのか? できればここにギルドの分室を置きたいんだが」

「構いませんよ。どうぞお使いください」

アドルフォさんとルーナが話していると、昇降機の最後の便で他の職員もぞろぞろとやってくる。そして同じように周囲をきょろきょろと眺め回し、同じように案内窓口まで来てルーナがにこりと笑って会釈をすると動きを止めるのだ。

我が意を得たりとアドルフォさんがせっつき、案内窓口の向かいの空いている場所に全員が移動してマジックバッグから荷物を出し始める。

カウンターやデスク、イス、棚といった家具類は出張所にあったものをそのまま持ち込んでいて、それを一つずつ適当に当たりを付けて並べていく。このギルド分室の隣の場所もギルド職員の休憩所や倉庫として利用するつもりのようで、そちらは入り口にロープを張って、資材や箱や、とにかく雑多なものを置いていた。その部屋の向かいがセルバ家の部屋になるので、ヴァイオラが入り口に同じようにロープを張り、中にセルバ家とノッテの旗を掲げていく。

それ以外の場所については、階段側の4カ所がセルバ家、転移の魔法円だという場所の側の4カ所をギルドで押さえておくということで、今回はロープを張って権利を主張するものを置くなりして場所の確保だけがされていった。


作業を進めているところへモノドロンがやってきて、ルーナの部屋の中へ入るとちょうど高さの合っていた棚の上にひょいと降りて足を下ろした。

「皆様、門前の獣はご覧になられましたか?」

「ああ、いや、だいぶやばそうだって話でな、まだなんだ」

ルーナの問いかけにクリストさんが答えると、ルーナが座席ごと部屋の中を後ろに下がり、そしてモノドロンに手を差しのばす。

「今でしたらこちらのモノドロンが安全な場所までご案内いたしますが」

「お? マジか? それはありがたい。まだ1階が終わっていないんでそれからのつもりだったが、今から見られるってのは助かる」

「それではご覧になられたい方は表へ。モノドロンに案内させましょう。その後で構いませんので皆様の来訪の登録をお願いいたします」

「おっと、そういえばそれをやらないと鍵がもらえないんだったな。分かった」

案内人がぽんと横からモノドロンを押すようにすると、一瞬面倒くさそうな表情を見せたモノドロンがふわりと浮かび上がり通路へと出て来る。そして見に行きたいと言って集まった人たちの前でくいと手招きするようなしぐさを見せると、そのまま外へ続く通路へと向かっていった。作業を続けるつもりだという職員を残し、それ以外の全員がモノドロンの後を追っていく。


外へ出ると頭上には青空。木立が草が、肌にも感じる風にさわさわと音を立てている。モノドロンが後ろを振り返って手招きしながら木立の間を縫う道へと誘う。後を追うと木立のさわさわという音に混じって、どこかからブフーという鼻息というか吐息というか、そういう音がしてきた。

「怖い。何かよくないものがいるよ」

「ああ、俺にも分かる。やべーな。モノドロンの案内がなければ絶対にこれ以上は進みたくはないぞ」

言葉を交わすフリアさんとクリストさん。他の皆も一様に緊張から歩みが遅くなっていた。モノドロンは気にする様子もなく振り返って手招きをする。

しばらく進んだ先で木立の向こう側がおぼろげに見え始めた。そこには小山のような大きさのものがいて、ブフーという音が大きくなってくる。肌を刺すようなビリビリとした気配を感じられるだろう。

その先でモノドロンが止まり、前方を槍先で指し示してここまでというように両手を広げた。クリストさんを先頭にして進み、そしてその向こうの広い場所へと視線を向けると、そこには巨大な魔物が寝そべっていた。


巨大な骨の塊だった。朽ちた皮や濁った色の肉をまとった死体のようで、魔物として言うなればスケルトンかあるいはゾンビか、いずれにせよアンデッドだと分かるだろう。ただそのサイズがとても大きい。とにかく巨大という言葉が似合った。トカゲのような形をした頭部、太い腕と脚には鋭い爪があり、長い尻尾を持ち、そして大きな翼があった。眼窩には暗い黄色をした光があり、閉じた口の牙の隙間からは紫色や灰色や黒色や、さまざまな色をした煙が漏れていて、ブシューという音とともに立ち上っていく。

ちらりと後ろを気にしたモノドロンが、手を上げて少し下がるようにと指示をする。固まっていたクリストさんたちが下がってくるモノドロンに押されるようにして木立の中へ戻っていくと、その向こうでゴフーという大きな音と何かが動くゴリゴリという大きな音が聞こえてきた。顔をこわばらせたフリアさんが早く戻れと後ろを向いて手を動かす。急ぎ足になって皆が下がっていくとモノドロンがにこりと笑顔を作って右手の親指を立てて突き出した。

「なあ、あれは‥‥」

「‥‥ドラゴンよ。ドラゴン・ゾンビでいいのかスケルトンなのか、それとも」

「それともの方だと思った方がいいんじゃないかな。あんなに怖いものなんだね」

ドラゴンは長い長い時を生きると言われている。生きるということは死ぬということでもあるのだけれど、それを嫌がってアンデッドになるドラゴンもいるのだという話はあった。そういったドラゴンはドラゴン・ゾンビやドラゴン・スケルトン、そして最上位としてドラゴン・リッチ、あるいはドラコリッチと呼ばれるものになるのだ。


塔まで戻り顔をこわばらせたまま案内人の元へ戻る。

「お疲れさまでした。いかがでしたでしょうか、現状一切の弱体化を受けていないドラコリッチは」

「ああ、やっぱりドラコリッチなんだ、あれ」

「どうもこうも、弱体化させて本当になんとかなるところまで下がるのか?」

「はい。それなりのレベルまで落ちるだろうと考えておりますよ。撃破されるその時をお待ちしております」

「‥‥なあ、あんたはあれを‥‥」

「私には用のないものですので。皆様が撃破されるその時をお待ちしておりますよ」

にこりと笑いながらのとても興味のなさそうに答えを返す。

そしてこちらをと鑑定盤を差し出してくる。冒険者さんたちの時と同じようにこれで鑑定をしてそして登録しろということだった。これもアドルフォさんたちが一瞬躊躇した隙にヴァイオラがさっさと手を出して鑑定してしまう。エキスパートのレベル3、種族はハーフエルフ、そして来訪者の称号が得られたことが確認される。クラスがエキスパートなのは所有しているクラス、スキルをごまかすためでもあるので、これでよし。ハーフエルフなのは何となく。一応山から下りてきた設定があるのでそんな感じ。

鍵は2本、セルバ家とギルドに1本ずつが提供され、鍵を手渡しながらルーナは、セルバ家は地上の地権者ということでまさに天上の人に当たるのだととても喜んでみせた。


とにかくこれで目的は達成された。ギルドとセルバ家はダンジョンの最下層、地下世界に立つ夜明けの塔の一層に場所を確保し、これで第一歩を踏み出したことになったのだ。

少なくともルーナがセルバ家とギルドの来訪を歓迎して、この場所に拠点を設けて冒険者が来ることを良しとしてくれたのだから、今はそれでいいでしょう。

後は冒険者たちがドラコリッチに挑むための準備を終わらせればそれでまた次の段階に進めるだろう。次は地下1階、魔法の仕掛けの向こうにあるエリアに挑むのだ。これを終わらせないと、あのドラコリッチとそのまま向かい合うことになってしまうのだから。せめてそれなりのところまで落ちてくるというところまではやらなければ、とても挑もうという気持ちが湧いてこないでしょう。ぜひ頑張ってほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ