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昨日3階から5階までを攻略した冒険者さんたちはポーションだとかそれ以外にも不足してきた道具があるらしく、そのまま1階の攻略へ進むのではなく一度地上へと戻ることを決めていた。
わたしの方でも1階では起こしておきたいイベントがあるのでこれは好都合。叔母様もこの後デージーのところへ来るということだったので、わたしも行っておきましょう。
別宅の方へ行ってみると、昨日のうちに戻ってきていたヴァイオラは地下で作業中だった。どれどれと地下へ行こうとしたわたしにデージーから一言。
『実験室をここの地下に作ったことは失敗でした。私の方で処理をしているので大丈夫ではあるのですが』
その言い方、もしやだめなものがあった?
『においが』
くさいですね?
『たいへんに』
やはりである。昨日聞いた時点で嫌な予感がほんのりしていたのだけれど、相当によろしくないものを持ち込んでいるな?
デージー、悪いんだけど、別棟を用意してくれる? 処理をするにしてもその方が違和感は出ないでしょう。
『そうします。地下室にあれらがあると考えると震えます』
そんなにかい、これから見ようとしているのだけれど、怖いな。
『ゴーグルとガスマスクをどうぞ。実際には不要なのですが、あった方が気持ちの整理がしやすいですよ』
やべーな。ん、これか、階段の手すりにかけてあったゴーグルとガスマスクを装着して、よし。では下りてみましょうか。
階段を下りたところには複数の棚に並べられたり、乱雑に置かれた木箱に詰められたり、単に放り出されたりしている素材たちが。
植物はまだいい。発光していたりうごめいていたりと、どうにも怪しげな見た目のものもあるけれど、植物っぽいというだけで許せる気持ちになる。キノコとかコケとかの菌類に至ってはきれいと言えるものもある。
鉱物もまだいい。石とか砂とか見るからに分かりやすくていい。これが硫黄なんじゃと分かるような塊とかも助かる。脈打つ透き通った赤い石とか、口を開いて何か言っている石とか、これは石なのか? もう何なのか分からない。
虫は、虫は、たぶん駄目な人は駄目だろうな。チョウとかトンボとかハチとか何とかかんとかはまだいい、カメムシとかカとかハエとかクモとかゴ‥えー、とか、まあいい。ゆる、せるかどうかは人によるけれど、存在自体は理解できないこともない。それ以外の虫っぽい何かの方が圧倒的にキモい。寄生虫博物館の展示を見ているかのようだ。
動物素材は、どうしたものか。爪とか牙とか骨とか皮とか、そういうものはまだいい。分かりやすくて素晴らしい。目とか舌とか内蔵とかが内蔵とかが内蔵とかが、ね。で、その動物素材、どうも魔物素材が多い予感。この大きな指先はジャイアントのそれなのではとか、このべろーんとつり下がった細長いものはフロッグの舌なのではとか、この紫色をした薄膜に包まれた袋のようなものはもしやスネークか何かの毒腺なのではとか、うーんてなる。くさいのって絶対こいつらだろ! ってなる。
そういうあれこれを見ながら少し奥へ進むと、うげ。
防護服のようなものを身につけたヴァイオラがテーブルの上に置かれたものに鉈だか包丁だかをガンガン振り下ろしていた。テーブルの上にあるものはゴブリンに見える。その首をたたき落としたらスプーンで目玉をくりぬき、舌を切り取り、頭をたたき割って中身を取り出す。空になった頭は横のくずかごっぽいものにポイ。
そこまでやってからこちらを振り返ったヴァイオラの服の前面は、赤茶けた液体やらなんやらでとても汚れていた。
「‥‥ふう、それゴブリン?」
「はい。珍しくメスの成体を見つけましたので持ち帰りました。解体して卵巣や子宮を確認したいですね」
「メスかー。オスはいらないの?」
「すでに解体済みです。ご覧になりますか?」
「なりません。デージーがにおいは処理しているって言っていたけれど、やっぱりくさいんだろうね」
「そうですね。たいへんににおいますよ。地下は作業に入るのが簡単でいいのですが、やはり別棟にして冷蔵冷凍倉庫も併設しておきたいですね」
そこはデージーと相談してうまいことやってほしい。叔母様やキアラさんが地下室を作ったの、へーとか言ってのぞきに来てひっくり返ってはいけないので。
ヴァイオラはそのままゴブリンの腹をかっさばいて中身を取り出していく。ごそっと取り出した臓物をボウルにべっと入れて、それから卵巣と子宮は丁寧に切り取ってから瓶に入れていた。
何というか、ヴァイオラは確かにアルケミストを持っているけれど、世の中のアルケミストはみんなこんなんなのだろうか。見ていても、やばいしか出てこない。
もちろん本当にこんな作業をして薬品を作っていく必要などないのだけれど、そこをあえて本当に作ってもらっている。これはねえ、作った物をヴェネレのところに持ち込むつもりで、そうなった時に材料とか作り方とかを説明できるようにという意図もあるのよ。
でもなあ、ここまでの状況は想像していなかったなあ。
ゴブリンの内臓を素材に作った薬ですよ、効果は抜群ですよと言われて飲もうという人がいったいどれほどいるのだろうか。
『まもなくアーシア様が到着なさいます』
おっと、それはいけない。
「ヴァイオラー、そこまでー。叔母様に会うのだからその格好をなんとかして。それで、デージー。もうね、仮設でいいから別棟を作って、ここは丸ごとそっちへ移しちゃってもらえる?」
『分かりました。ただちに』
「お願いねー。それでこの地下室は消しておいて。ここを倉庫にして残すとか誰かが何かに使うとか、考えるのもつらい」
「そうですか? 私の部屋でも構いませんが」
「構います。消しちゃってー」
『そうします。ヴァイオラは客間の1つを使いなさい』
世のアルケミストはこんななのだろうか。それともヴァイオラがこんななだけなのだろうか。だとしたらヴァイオラを作り出したわたしの認識がうごご。
叔母様はそう時間をおかずにやってきた。ユーナからわたしとヴァイオラがこちらに来ているということは聞いているので、出迎えたわたしの後ろにヴァイオラがいても特に疑問に感じるそぶりもない。
「そろそろわたしがこちらに着いても良いでしょうから、今日からはわたしはこちらにいますね。それから、先日紹介しましたがこちらヴァイオラ。ユーナと同じ扱いで、デージーの代わりに森の管理人としてここにいてもらうことにしています」
「そう、助かるわね。最近は兄様も忙しくて、私がミルトか本宅かどちらかにいた方がいいことも多いから」
そうなんだよね。お父様が忙しくしているとお母様にしわ寄せがいって、そうなると叔母様が手伝った方が良くてって形でみんな忙しくなってしまう。どうにもセルバ家は人手が足りていない。それもこれもわたしが新規事業だーって言っていろいろ始めたせいでもあるのだけれど、そのためのユーナとヴァイオラだからね。
それから現在のダンジョンの攻略状況だとか、別宅の裏手に別棟を作ってあるけれど、錬金術の実験室兼倉庫になるから危ないので見に行かない方がいいということだとかを説明した。あれは本当に良くないので興味本位で見に行かない方がいいと思う。
叔母様はギルドの出張所に立ち寄った時にこちらにいることを伝えてあるので、冒険者さんたちが来れば報告がっていう話になるだろうから行ってくるとのこと。そうね、もうそろそろその連絡は来そうね。わたしが参加する必要はないので、ここからのぞき見をしておきます。
報告会はその日のお昼にはギルドのノッテ出張所で行われた。
参加したのは冒険者さんたちの他に、ギルドからアドルフォさん、ケイロスさん、モニカさん。セルバ家からは叔母様。ヴァイオラは今日は別棟を再構築して、そこで実験の続きだーって行ってしまった。
わたしはもうこれ以上実験を見るつもりもないのでそのままここで一休みしながら報告会の見学だ。
ちょうど時間がお昼時だったということもあって、顔合わせは新設されたギルドの食堂で行われた。ここね、わがセルバ家から提供した食材や調理器具を使ってもらい、そしてダンジョンで採れた食用可能な魔物素材も使って料理を作るという変わり種。この日出されたものの一つは、一見唐揚げ定食のようだったけれど肉はフロックのだって言っていて、へえーである。カエル肉って鶏肉みたいなんだっけ? ちょっと興味がありますよ。
このお食事処、アイデアとして街道沿いにのぼり旗を立てたらどうだっていう話はしているのよね。そう、お食事処って書いた旗。あとは名産になりそうな素材があったらそれを含めて、何とかがありまーすみたいなね、通りかかる人が思わず足を止めたくなるように。そうすれば食堂とか売店とかも繁盛するのではないかしらという思惑よ。
ギルドではノッテの森やダンジョンの1階の見学会の企画も上がっているということが聞けて、これもまた興味を引かれる。こういったことはどれも、セルバ家の利益につながっていってくれるでしょう。
会議室での報告会はまずは6階から10階までの経緯から。地図を見ながらああだこうだ。特に8階9階は構造もそうだし、出現する魔物だとか罠だとか、やっぱりとても危険なので。今後情報公開する時にどこまでするのか、そしてやってきた国内外の腕自慢たちにどこまでの情報をどう伝えるのかという話になっていく。今回報告された情報は価値があるので、それの扱いということだね。
それから10階で見ることのできた外の様子、広場にいる魔物のこと、転移のための魔法円、昇降機、そして案内人のこと。
ルーナは果たして人なのかという点がやはり問題になっていた。わたしたちの側の認識は間違いなく設定どおりに人なのだけれど、それは誰にも確認できないことなのだし、単なる受け答えの機能が備わった人形だって言い張ることもできるからね。
それでも地下世界には多くの種類の人がいて、そして地上の人とは種が違うらしいという説明から、人は人だけれども同じ人ではないということになるのだろうという結論にまとまっていく。最終的な判断は国がすることになるけれど、それでいいと思う。亜人結構。地上の亜人と同じく、地下の人たちも亜人で結構。
それ以外にも地下世界の多種多様なクラスの話だとか魔法の話だとか、ルーナからもたらされた情報が伝えられる。地下世界の人がどういうものなのかなんて、後からどうとでも考えればいいという気持ちになっていくでしょう。10階に到達しさえすれば、そこには山のような可能性が存在しているのだから。
ギルドやセルバ家は10階に行ってもいいのかという話については、ルーナから本当は踏破して来てもらいたいけれど、仕方がないなあその2つに関しては優遇するねということになった話が伝えられる。
自力で10階に到達すれば踏破者、そうでなければ来訪者になるよ。
踏破者は塔を出て地下世界へと出て行けるし、来訪者は出て行こうとしても見えない壁で遮られて駄目だよと、そういう風に設定してある。
で、問題の5階まではパスして6階から攻略を始めようとしている軍のことだけれど、これは当然来訪者扱いになるよ。踏破ではないからね、仕方がないね。
ここまで報告がされたら、ここからは探索の成果の確認。
倒した魔物も多いし、獲得した魔道具や採取物なんかも多いからね。みんなとても楽しそうだった。
特に8階のアボレスや9階の各エリアの魔物たちは大好評。上層や中層で一度見せておいた魔物の本格運用だとか、ハーピーみたいに強くはないはずなのに環境やボスからの強化を受けることで脅威になった魔物だとか。ダンジョン内で発見して、実際に使ってみたらとんでもなく便利だった装備や道具の話だとか。地下世界はもちろん、ダンジョンの今後の活用にも夢が広がることでしょう。
最後にもう一度10階の話として、細かい部分が説明されて、そしてダンジョンの名称がどうやら夜明けの塔というらしい、10階が1層で、1階が10層になるらしいってこととか、6階のメッセージから想像されていた地下世界の事情がおおむね合っていそうだとかね、そういった内容に対する答えが「これで考えなければならないことは確定した。案内人に地上から多くの冒険者を送り込んでもいいのか、得られた成果を地上に持って行ってしまってもいいのか聞いてみよう」というものになって、それについてはもちろん大歓迎でございますよと、わたしたちは考えます。
あとは10階の地図を見ながらここが空いているから確保して良さそうという話に「そこにギルドの分室を置くことにしよう。それで案内人からの情報収集だ」となる。それももちろん歓迎でございますよ。ルーナが手ぐすね引いて待っているからね。
ルーナ提供のマジックバッグがギルドとセルバ家に渡されてこの日の会議は終了。
どうやら明日には軍はダンジョンに入り始める予定だっていう話で、まだそろっていないはずだけれども、と思ったけれど、どうも軍の計画自体はもう決まっていてギルドにも伝えられているらしい。そのとおりに行動できるのなら軍の計画性って結構高いのかという感想です。
で、冒険者さんたちは10階にギルドとセルバ家を案内してから1階の攻略みたい。ヴァイオラには叔母様と一緒に10階に行ってもらって、それから上に戻ってもらったらわたしと一緒に1階でイベントかな。たぶん冒険者さんたちが1階の隠しエリアを攻略している間に間に合うでしょう。
この日のお話はこれでおしまい。
叔母様はその日は森の別宅で一緒にご飯を食べたりお泊まりをしたりして、明日ヴァイオラと一緒にギルドへ行くことになった。
わたしの方はそれを見ながら待機っていうことだね。ヴァイオラが戻ってから一緒に1階へ行くよ。
問題の軍の東西からの部隊はこの会議の最中にノッテに到着、そして中央からの人たちも夜には合流していた。まだそろっていないのに計画が決まっているんだなんて感想はあっという間に埋められてしまった。これはもしやこの国の軍隊は意外とできるのか? という感想に対する答えは明日以降に得られるでしょう。
最後に、学園は今のところ進捗なしということで本当にこの日は終了、また明日。