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翌日、快適な部屋ですっきりと目覚めたわたしにこの日の予定が説明される。
昨日中央から来た偉い人たちは今日は6階の見学で、お父様がそれに付きそうのだそうな。国の偉い人、ギルドの偉い人、それからお父様と現地ギルド職員が案内で、警備は軍が担当だってさ。
お母様は自宅待機、叔母様は出張所待機。ヴァイオラはダンジョン視察などどうでもいいので今日はルプスさんたちと山へ。
わたしのことは自宅のユーナが伝えてくれているので大丈夫。
さてこうなると問題は今日のわたしにはやることが何もないぞということで、表に出て誰かに見られるのは良くない。だって学園を出てまだ2日。普通の行程なら自宅に着くのが今日か明日になるのだから出るとしてもまだ早くて、そうなると偉い人たちと鉢合わせの危険性があってよろしくないので、出るとしてもやっぱり明日がいいかなってなって、ね、今日はやることがないぞ問題に直面してしまうのです。
仕方がないので冒険者さんたちが探索するところや偉い人たちの視察なんかを見守るくらいで我慢することにしましょうか。
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冒険者たちがルーナにまた来ることを約束して昇降機へ向かう。
10階まで使える状態にして籠を呼び、乗り込んで鍵を使いまずは拠点にしていた場所を目指して5階へ。ただその場所にはいつもなら絶対にいない、どう見ても冒険者には見えない装備をした男が立っていた。
視察があるかもという話を思い出し、ギルドの関係者がいれば呼んでもらえないかと伝えてから階段室で待機していると、すぐに支部長でもあるアドルフォがやって来る。
ここで交わされるのが10階には到達したこと、外へは出られたが危険なのでそれ以上の確認はしていないこと、そして人がいてさまざまなことを聞けたことだ。
10階にはどう見ても応答の自由度が高いだけの人形にしか見えないルーナがいて、そしてギルドとセルバ家が10階に来ることに関しては融通を利かせてくれるが、軍に関してはそれはなしだと言っていたことが伝えられる。
ここでわたしたちにとって重要な情報が追加される。昨日まではそんな話はなかったので、もしかしたらミルトか、もっと前の段階で出ていた話だろうか。
軍は司令官のいる部隊と輜重部隊、前線を組む部隊で編成されていて、それがそろったところで6階から攻略していくのだそうな。5階までは事前情報からやる必要はなし、昇降機が使えるのだからショートカットしてしまえということになったみたい。この情報がとても重要だった。
5階までも自力でとなるとどうしても追加で何日かは見なければならなくなるので、ショートカットしたくなる気持ちも分かる。分かるけれどね、ということだよ。判断はルーナに任せているのだけれど、わたしたちの間では攻略に対する認識は当然統一されているので、6階から入って10階に到達する人たちにはルーナから一言ありますよ。
それからギルドから冒険者へは叔母様への報告もあるからその時にでもまとめて詳細を聞く、冒険者からギルドへは10階に空いている場所があるから押さえておくといい、そういう時に便利な道具を預かっているという話がされた。
その中で一つ面白かったことが、ルーナがとても強いように見えていたということだった。もちろんルーナは強い。あそこに1人でいることになるのだから強面の乱暴者が大挙してやって来たとしても対処できるように、普通には考えられないような強さを持ってはいる。役割が案内人なので戦闘特化ではないのだけれど、それでも十分強いよ。
その強さが察せられているっぽいところがね、面白かった。ルーナが9階のボスたちや悪魔に天使、そして塔の前の広場にいる魔物をそれなりと評価したのが気になっていたみたいだ。自分たちはその広場の魔物を危険すぎると判断したのに、それをそれなりと言ってしまうという点だね、そこに引っかかったと。
まあね、これはルーナ自身の実力からはどうしてもそうなってしまうので仕方がない。ルーナの戦闘力だと単独であれとやると倒すまでが面倒この上ないだろうし、そこにヴァイオラが参戦してもどうかな、2人とも戦闘がメインじゃないからね。それ用の機能というか、スキルというか、削りきるための火力を持っていないからね。
ともかく、そういう会話が交わされて、そして冒険者たちは、再び昇降機を使って1階へ登っていって、そこからの進行はとても早かった。道中のラットを放置して走るようにして階段室へ行き、休むことなく2階へ。2階へ下りたら気配を探りながら戦闘が起きないように移動して3階へ。ここまであっという間だった。
3階はさすがにスネークのエリアで戦闘こそ発生したけれど、別に問題になるような相手ではないのでさっくり撃破。ここからついに今回の探索では初めてとなるエリアへと進んでいった。
床一面に砂。しかも意外と深く、足を取られそうだし、罠があったとしても気がつけない。さらに現れる初めての魔物。ジャイアント・アントのシリーズ。3階で登場するのはワーカー、働きアリだ。今まで見てももらえなかったアリさんたちのエリアに、ついに冒険者が足を踏み入れたということだ。
ただしそこはさすがに3階、そんなに強くはない。しかも働きアリなのでそもそも戦闘向きではない。魔法使いから放たれるファイアー・ボルトは2発、飛び込んできたクリストの剣が突き刺さる前にすでに絶命しておりました。
それからも出現するのはワーカーばかりなので戦闘で苦労するようなことはなく順調に探索は進んでいく。途中で水中呼吸ができるようになるウォーター・ブリージング・ポーション、設置した場所のことを見聞きできる不可視のセンサーを作り出すクレアヴォイアンス・ポーション、宝石5個と金貨10枚、そしてお待たせしました、フリア用に用意していた魔法の武器としてフロスト・ナイフを獲得していった。このナイフ、文字どおり冷気ダメージを追加できるのでね、強いと思います。
そのまま3階は攻略を完了。続いて階段を下りて4階へ。この間、休憩すらなしという素晴らしいペース。たぶん5階まで一気にやってしまうつもりなんじゃないかな。
4階へ下りたばかりだとまだまだワーカーのエリアで、その先で扉にたどり着いてからがようやくアリさんたちの本番になる。
扉を開けた先で現れるのはジャイアント・アント・ソルジャー、兵隊アリだ。ソルジャーたちはさすがにワーカーよりは強い。4階なのでそこまでではないけれど、体力、防御力はもちろん、吐きかける蟻酸、これが強いと思うのだ。実際エディにもクリストにも吐きかけて効果あり。この蟻酸、盾や鎧ごしにもダメージが通るのでね、2人とも驚いてくれましたよ。
ただ選んだルートでは今回は戦闘の発生回数が少なくて、そのままエリアボスの控える広い部屋まで何事もなく進まれてしまったのは少し残念だった。
このエリアのボスは当然、ジャイアント・アント・クイーン、女王アリだ。さらに随伴としてドローン、いわゆる羽アリが1体と、それにソルジャーも2体いる。
本当ならかなりの激戦になる場所なのだけれど、残念、今回やってきた冒険者たちはレベルが高すぎた。開幕ファイアー・ウォールがソルジャーとドローンを巻き込んで噴き上がり、さらにファイアーボールがクイーンともう1体のソルジャーを捉える。
この段階でアントたちはすでにふらふら。
追撃とばかりに放たれる攻撃と魔法の前に取り巻きがあっという間に全滅してしまい、1体だけ取り残されたクイーンが冒険者全員と相対するという絶望的な状況に。
他のアントよりも体が大きいので、吐きかける蟻酸がうまい具合に前衛にはかかり、それでどうにかダメージを与えることはできるのだけれど、そこまでだった。
武器によるダメージだけでなく、ライトニング・ボルトにマジック・ミサイルも重ねられてはどうしようもなく、そのままかなりあっけなく撃破されてしまった。
このボス部屋は撃破報酬として壁の一角が崩れるようになっていて、そこから宝箱と5階への階段が出現する。
宝箱の中身はディレクション・リング、北が分かるようになるという地味にありがたい効果を持った道具だ。
そして階段。これがね、6階にメッセージを残した人たちが見つけることさえできていれば、そして魔物をどうにかすることができてさえいれば、地上へ至ることができたかもしれないルートになる。
4階はボスであるクイーンの足から2が刻まれた金属板を入手したことで終了。階段を下りて5階へとなった。
さてその5階。本来であればここから悪魔が出現し始める。つまりマネス、とても臭いあいつがいるのだ。もっともすでに対処方法が分かってしまっているので、いかがでしょう、どうでしょうも何もないのですが。このデーモンのいるエリアではマネスの他にドレッチも現れたのだけれども、結果は一緒、大したことはありません。宝箱から移動速度や攻撃回数なんかにボーナスが得られるスピード・ポーション、そしてヒロイズムの魔法が使えるスクロールがゲットされた。このヒロイズムは一時的にヒットポイントを増量できて、恐怖状態への完全耐性も得られる優れものだよ。
これで階段を下りた先のエリアを探索し終えて、その先は通常の5階、つまりゴブリンのいる場所へとたどり着く。ゴブリンが出始めるともしかして来たことのある場所ではとなって、地図と照らし合わせて調べるとそれが確定、そうなってしまえばあとは休憩できる階段室まで魔物もいない場所を一直線だ。
途中で宝箱から宝石5個を回収し、いつものボス部屋でホブゴブリンとゴブリンたちが相変わらず立っているところをちらりと確認しただけで素通りしてそのまま階段室へ。これで予定していた4階の弱体化アイテムをゲットするという段階は終了した。
残すは1階のみ。ただ今回1階から5階までを一気に下りてきたということもあって、疲労もたまっていること、そして6階を視察していた彼らの姿がすでになく、恐らく地上に戻っているだろうことから、接触を避けるためにこの日はそのまま階段室で一泊していくことに決まった。
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お疲れさまでした。
見所はぶっちゃけあまりない。何しろ1階から5階までなんて彼らにしてみれば駆け抜けてなんぼというようなルートなので。それでもアリさんたちのエリアを見ることもできたし、今回獲得した道具でさらに強化、特にフロスト・ナイフを得たことで全員が魔法の武器を持つことになった点は大きいと思う。それ以外にもね、とても上層とは思えないようないいものが出ているので、有効に活用してほしい。
探索観戦の他はどうだったかというと、視察の人たちは今はノッテの出張所でご飯と歓談の時間。ギルドの人たちの、聞いた時点でとんでもないんじゃすごいんじゃと思っていた場所が本当にすごくて感動しきりみたいな話も面白かったし、国の偉い人たちのお父様に似た反応、出て来るものが普通のダンジョンと違いすぎて困る、地下世界に人がいるとしたらどう対応したらいいのかという話も興味深い。
ギルドは現状のままでいいだろうし、国の方はこれから中央に戻ってまた会議会議になるのだろうね。お父様も一緒に中央に来てくれないかと言われていたから忙しくなってしまうけれど、頑張ってほしい。
ヴァイオラの方は山を歩き回ってかなりの成果があったみたい。少なくとも硫黄は発見。これなら温泉も問題なさそうだねってことよ。
それから硫黄が採れたということは当然火薬を作ることができるようになったということで、それ以外にも森と山の採取物でさまざまなものを作れますよと。
問題があるとすればヴァイオラの立ち位置は公的機関に未登録の錬金術師だということで、作るものに問題のないものもあるけれど、薬品だとかは基本的に違法薬物になってしまうということだね。
特に採取物は非常に問題でね、ヴァイオラに言わせると普通はこんなものは調べもしないだろうというものも多数用意したらしい。聞いてみて笑った。植物の花や葉、根、種だとか、木の枝や皮、鉱物とキノコ、コケ、その他の菌類。そして魔物を含む虫、魚、獣の一部に卵、ああだこうだ。まあひどいものですね。
作ったものは別宅地下に調合室と実験室を増設したのでそこで作業をして、いずれ地下世界に持ち込むことにしている。地上では違法でも地下はまだ法に縛られていないので、きっと許されることでしょう。
それ以外に言っておくことがあるとすれば2つ。まずは学園のことなのだけれど、こちらは今のところ進展はない。正直もうどうでもいいのだけれど、そうも言っていられないので一応聞く。
会議は毎日されるようだけれどそこで結論がすぐに出るなんていうことはなく、わたし相手にぶいぶい言いたい体育の先生も魔法の先生も今は大人しく、そしてクレーベルさんがうまく言い含めたようで1年生の女子寮は問題なし。
男子寮の方は知らん。大声で罵倒するような人はいなくなったものの、それまでの空気が一掃されたというわけではないのでまだしばらくは管理人さんが頑張らねばならない状況が続くのでしょう。
そんな感じでわたしが気にするべきことはなし。
もう1つ。こちらは軍の東西からこちらに来るという部隊のうち、東からだという部隊をデージーが捉えた。
ノッテを走る街道の大曲り近くから、東のトーレデント州北部へと抜ける道をやってくる部隊が観測できたのだそうな。途中でキャンプを張っていて、明日にはノッテに着くだろうっていう話。そうなると西からの部隊も、今日は見えていない場所に一泊して明日には到着するかもしれない。南からの本隊は明日遅くか明後日かっていうところかな。
そんな感じで、はい、今日はここまで。
明日はどうなるかな。冒険者さんたちは1階へ挑むのか、それとも報告が先になるのか。今ノッテにいる偉い人たちがミルトまで移動してくれたら、わたしも上に行けるようになるかな。まあ行くとしても別宅の方だろうけれど、そうしたらヴァイオラと錬金術をやって遊んでいるか、それともルプスさんたちと遊んでいようか。そういったことも含めて、明日の朝の様子で決めましょうね。