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次の授業は体育ということで、一度寮へ戻って体操服、体操服? まあとにかく動ける格好に着替えてから訓練場へ向かう。

女子寮から移動していくグループ分けもすでにおなじみの形になっていた。貴族、それから一般、最後にクレーベルさんを筆頭とした残りもの。ラウンジでそれそれのグループにきれいにまとまってから移動していく。


『女子寮は落ち着いたものです。3階における貴族間は不干渉と決まっているために問題は起きませんし、それ以外にも今のところ衝突に発展するような要素は見つかっていません。わざわざ最後まで居残ってグループを形成する残りものもクレーベル様が筆頭となることでまとまっています。対する男子寮は少々空気が悪いようですね』


ほう。女子寮は落ち着いているっていうのは、とにかく3階が落ち着いているおかげだろうっていうのは簡単に分かる。上位層が衝突しないのにその下でわあわあやることなんてできないからね。それに対して男子寮か。何かあったっけ。


『やはりガイウス・カートの発言がきっかけとなっているようです。人が多くいようともおかまいなしに声を上げる。上位貴族がそれを止めることもせず、中には同調する者もいる。そういう環境では人の欠点を見つけてそこを攻撃することを良しとする土壌が生まれてしまいます。今はまだ傍観している一般層が染まる日も遠くはないでしょう』


あー、なるほどね。そういう意味では格付け最上位のクレーベルさんが早々に残りものグループのトップに就任した女子寮は問題が起きにくいよな。

それにしても管理人さんは何かしたりしないのかな?


『注意は一度していますが、まだ日が浅く問題が大きくない点、発言している当人が男爵家の次男である点、さすがのガイウス・カートもそれ以降は管理人のいないタイミングを狙って声を上げている点がありますね』


そうか、さすがにまだそこまでじゃないってことか。うん、普通にギスギスし始めたらさすがに注意警告だとかがあるかもしれないけれど、まだそこまでじゃないと。

まあいいや、男子寮のことなんてわたしの知ったことではないし、どうせガイウス・カートは問題を起こすんだ。それから考えてもらいましょう。


訓練場にはすでにその男子寮から移動してきた生徒たちが集合していた。

やはり体育の授業ともなると情熱の傾け方が男子女子で違ってくる。こういう言い方でいいのかどうかは分からないけれど、どうしても暴力に直結するようなスキルの話、技を身に付ける、技を磨くだとかっていう話になると、女の子は一歩引いてしまう。一歩以上引いてしまう子も多い。そういうところがこの集合のタイミングのずれに出ているような気がする。

女子寮から貴族組が到着し、一般組が到着し、残りもの組が到着する。最後にやってきたそのグループの中にわたしを見つけ、わざわざ指をさして大きな声で「あいつまた何もできないのに来たぞ」と笑う人。

ガイウス・カート、相変わらず人を貶めることに熱心だ。

「――なあ、あれだろ無能」

「――無能ってのはあれだろ、どんなことをしても能力は伸びないしスキルも身につかないって」

能力は伸びるぞ。成長とともに、鍛錬とともに能力値は伸びる。そこは普通の人と一緒だよ。伸びないのはクラス補正、スキル補正の方ね。

「――そんなやつが授業を受けてどうするんだ」

「――無能ってことはあれか? 走る跳ぶもうまくできなかったりするのか」

走るのは前回の授業でやったんだけどなあ。見ていないな?

せっかく訓練場に集まったのに何だか空気が悪くなってしまって女子寮貴族組が少し離れていく。この露骨な話題に一般組もドン引き。残りもの組ではクレーベルさんがしかめっ面で腕組みしているしリリーエルさんやキャルさんが腕まくりしている。

距離はそこそこ近い。一瞬即発の構え。

「――押したり引いたりもできなかったり。姿勢制御ってあるよな。あれがないとプッシュだとかにも反応できないって聞いたぞ」

この声は取り巻きの何とか君。名前は知る気も覚える気もまったくないから分からない。

「――ガイウス様、確かプッシュって」

「――もちろん使えるさ。俺のスキルは他にないほどの才能だと教会でも認められたものだぞ。無能と比べるなよ?」

クレーベルさんやリリーエルさんキャルさんにまあまあと言いながら少しだけ移動して距離を調整する。お昼の時よりはずっと遠いけれど、ガイウス君、君ならば一歩二歩詰めれば届くだろう?

「おい、そこの無能!」

聞こえた声に振り向き、正面からガイウス・カートを捉える。右腕がすでに上がっていて、その手のひらがこちらを向いている。

肩が回り、伸ばされていた腕がさらにこちらに突き出され、その動きに合わせてドンという胸を押す衝撃を受ける。

念動による突き押し。これがガイウス・カートのスキルだ。

わたしは衝撃を受け止めるようなことはせず、そのまま後ろへとひっくり返るようにして倒れていった。


ドサッという音と背中が地面を打つ衝撃に一瞬だけどウッとなる。思わず閉じてしまった目を開くと青空が見えた。

「――はははっ、ちょっと手を伸ばしただけでこれだ。避けることも踏ん張ることも何もできずに勝手にひっくり返ったぞ」

勝手にではないのだけれども。まあ言っても仕方がないでしょう。

「‥‥あいつっ」

おっといけない。起き上がりながら目の前のリリーエルさんのズボンの裾をちょいちょいと引いて出て行かないように静止。

「クレーベルさんも手を出してはいけませんよ。ふう、よいしょと。ああキャルさん申し訳ありません」

キャルさんが手を引いて起こしてくれて、ハイネさんがぱたぱたと背中の砂をはたき落としてくれる。

「止めないでよ、殴ってやるよ」

「一応これでも予定していた流れなので大丈夫なのです。皆さん殴り返したりしてはいけませんよ。この後の対処も全てわたしの方でやりますからね」

本当に手を出して女子寮対男子寮のような構図にならないようにしてほしい。特にクレーベルさんは手を出すとハーレンシュタインが大喜びすることになるだろうからね。わたしの問題としておいて自制してほしいよ。

「――おまえら、何をしている!」

おっとようやく先生の登場。さて、見ていたことは知っているぞ。ちゃんと対応してくれるのでしょうか。

「ガイウス・カート、おまえのスキルのことは知っている。こんなところで無駄に披露する必要はない。きちんとした訓練で鍛え磨くことに集中しろ」

おーい、注意はしないのか。無防備な人に向かって使ったんだぞ。

「他の者も良く聞け。スキルは有効な手段ではあるが同時に危険も伴うものなのだ。何の準備もしていない相手に使えば当然相手を傷つけることになる。戦場でならばともかく無関係な市民に使ってしまうとどうなるのかということだ。見ただろう。使い方を良く学ばなければならないぞ――」

おーい。使われたのですが?

無防備な準備をしていない状態の相手に使ってみせたのですが?

何とそのまま授業を始めるぞの声が響き渡ってしまった。これはだめですね、この先生もあまり状況を分かっていなさそうだ。おかしいな、一応立場のある人のはずなのだけれど、視野狭窄にでも陥っているのか?

「‥‥クレーベルさん、わたしはこれで失礼します。体操服も汚してしまいましたし、部屋に戻っていますね。大丈夫ですから皆さんは気にせず授業を受けておいてください」

もう一度、対応はわたしの方でしますから何もしてはいけませんよと念を押してから、わたしはそのまま授業を離脱して寮へと戻っていく。

背後では先生の元気の良い声が聞こえていたけれど、あの先生にも後悔してもらうことになるでしょう。残念です。


寮へ戻ると管理人さんに出迎えられたけれど、詳細は伏せたまま今日の午後は授業を受けないことにしました、部屋にいますと伝えるにとどめた。他の生徒が帰ってきてあれこれ話してくれるでしょう。

状況は完成した。ヴァイオラは行けるね?


『はい。すでに待機しています』


よし。それでは制服、はやめて普段着でいいや。着替えて帰る準備をしましょう。

荷物は、別にいらないけれど一応持っているようにした方がいいよね、カバンに少しだけ詰めてこれでいいかな。と、家に報告を入れておかないと。えーっと、学校でいろいろありまして、ダンジョンでもいろいろあるようで、一度戻ろうと思います。行き先はミルトの家の自分の部屋です。学園までヴァイオラに向かえに来てもらってからそちらへ移動します。よろしくお願いします、と。こんな感じでいいかな。細かいことは帰ってからでいいでしょう。


『よろしいですか? それではヴァイオラに正面からマスターを訪ねて行かせます』


おっけー。

そうしてしばらく部屋で待機していると、ドアをノックする音。

「はーい」

「セルバさん、あなたを訪ねてきたという方がいらっしゃっていますが」

「はい。家からだと思います。そろそろ何か問い合わせが来るだろうとは思っていましたから」

伝えに来てくれた管理人さんに連れられて久しぶりの事務棟へ。ヴァイオラは正面の門のところで訪ねて、事務室へ連れてこられて、そこで改めてわたしを訪ねてきましたよという形にしたのだね。さ、会いに行くよ。

事務室の前に数人の人。その向こうに、ヴァイオラ。濃いめの青紫っぽい色の服、ショートボブの髪はウェーブがかかってふわふわ。瞳の色も青紫っぽい色。うむ、いいのではないでしょうか。

「ステラ様」

「はーい、ヴァイオラ、ご苦労さま」

周囲にほっとしたような空気が広がる。

そんなに怪しかったかな。ヴァイオラは結構身だしなみもきれいだし動きも鮮麗されていていいと思うのだけれど。

「家からよね?」

「はい。緊急ということで私が直接参りました」

「そう、帰った方がいいかしら」

「そうですね、できれば。書類にサインがという話もありますし、直接話をしたいという意向もありますので」

ここまで言ったところで外出、外泊の許可をという流れを察したのだろう、事務員さんが書類を取りに行ってくれる。さあ、これで家には帰れそうね、というところで後ろから声をかけられた。

「――ステラ、ステラ・マノ・セルバ様。申し訳ありませんが少々お話をよろしいでしょうか」

そう言ってきたのはベトル・ゴードン、久しぶりに顔を見る、学年主任の先生だった。

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