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バルトレーメ州のあれこれに関してはヘルミーナにまかせ、わたしはベッドにダイブしてからまったりと今日の冒険者さんたちの記録を見ていくことにした。
やはりというか何というか、宝箱の中身やドロップ品の良さから全てのエリアを攻略する方針に変わりはなく、そして今回は下層、マインドフレイヤーのエリアが攻略対象として選ばれた。ここはね、左右2カ所の入り口があって、中央のボスのいる部屋で合流する構造になっている。全て倒してドロップ品を稼いでもいいし、片側だけ片付けてボスを目指してもいいようになっているよ。ん、どうやら右側から入るみたいだね、さあそれではみんなのがんばりを鑑賞しましょう。
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下層に下りて最初に向かう部屋は通常のものよりも奥行きは3倍程度、そして高さは1.5倍程度とだいぶ広く、天井と壁の間には小型の魔物であれば通れるくらいの溝がある。フリアがさっそく前回獲得したイーグル・アイズを使って部屋の奥を確認、そこに大量のグリムロックがいることを発見した。
そう、7階で初登場した時点ですでに、こんな深い階で出すようなものではないと評価された弱い魔物だ。9階で大量投入する意図に悩みながら進んでほしい。
評価のとおり、グリムロックは弱い。前衛2人にフリアも参加、さらに後衛からも魔法で攻撃してさくさくと倒していく。それでも数が本当に多いので前進はとてもゆっくりなものになり、周囲には次々とグリムロックの死体が散乱していった。
部屋の中央まで到達、そういうタイミングでフリアが壁の上の隙間をマグミンが次々に進んでくることに気がついた。そう、ここは7階と同じく、グリムロックとマグミンのセットでの投入になっている。一度見ているよね、このセット。グリムロックは弱いから倒すのは簡単だけど、数が多ければそれだけ時間がかかるし、そしてその数自体が妨害の一手になる。そしてそこへ爆発して炎をまき散らすマグミンがやってくるのだ。
壁の上から飛び込むマグミンが次々に爆発する。
部屋の奥からはそれにも関わらずグリムロックが押し合いへし合いしながら次々に現れては進み、そして爆発に巻き込まれて炎上していく。それでも前進は止まらなくて、向かってくる炎の塊のようになって、やむなく冒険者たちは後退していった。
ここまでは成功。めちゃくちゃな状況に冒険者たちは撤退を選択、階段下の安全な場所まで移動すると、そこで炎が治まるのを待つことになった。
撤退してからもしばらくはマグミンが爆発する音がしていたけれど、それも終わり、静けさが戻ってくる。フリアが偵察に行っている間に今回の意図を探るように「規模を大きくしただけか」「本当はこれくらいの規模でやりたかったと見せただけか」「そんなに単純か」といった会話が交わされる。
そこへフリアも戻ってきて、爆発は治まっているけれど肉の焼ける臭いだとかでとても気配がとかは分からないと報告。臭いがひどいからここはやめるとは言いにくいだろう。何しろこのエリアには来たばかりで、そして6階で一度臭いがひどいからと進むのをやめた場面があったのだ。臭いがひどいくらい我慢して行くか、ということにまとまった。
部屋まで戻ってからはガストの魔法で空気を送って熱気を散らし、大量に積み上がったグリムロックの死体をどうにか避けたり踏み越えたりしながらの前進になった。
部屋の中央を越えたころ、口元を押さえながら歩いていた冒険者たちの背後で起き上がるものがいた。焼け焦げてぼろぼろになったグリムロック。彼らは死んではいなかったのだ。起き上がると手に持っていた剣でフェリクスに切りつけ、こん棒でカリーナを打ち据える。誰も予想していなかったのだろう、この攻撃を避けることはできなかった。
フェリクスの倒れる音、カリーナの悲鳴にようやくクリストとエディが反応し、攻撃を仕掛けたグリムロックを倒す。さらに周囲で起き上がるグリムロックたちも、さすがにそれ以上のダメージを与えるまでにはいたらず、倒しきられてしまった。
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いいじゃない、うまくいったわよ。
『はい。環境を整えるための大規模な襲撃、環境を整えてからの奇襲。どちらも想定どおりに機能しました』
ね、うまくいったわ。どこかでやろうとは思っていたけれど、こんな場所になってしまったけれど、うまくいったわよ。グリムロックたちにもマグミンたちにもお疲れさまと言っておかないとね。
うまくいった理由はいくつかある。
7階でグリムロックとマグミンの組み合わせは見せていて、グリムロックの弱さを知っていて、簡単に爆発して死んでしまうマグミンも知っていた。
この規模の爆発で生き残っているグリムロックがいるわけがないと思ってしまった。
熱と臭いで注意が散漫になっていた。
これも7階で魔物同士のいざこざは見ていて、投入の失敗、タイミングがずれての事故、そういうことを考えてしまった。
『見事に油断していましたね。グリムロックに生き残りがいるかどうかを知る方法はいくつもあるというのに、まったく考えもしなかった。やはり人のやることです。状況を作れば油断もするということですね』
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さすがにそこから先は特に問題になるような要素はなかった。
初めて投入したクアゴスは見所にはならず。普通の魔物を普通に投入しただけでは何も起こらない。次のオーガは3体が固まっているところへコンフュージョンが投げ込まれて、混乱したオーガがお互いを敵だと思ったのか殴り合いになったのがちょっと面白かったくらい。
そして最後のボスのいる部屋へと到達した。フリアが扉越しに気配を探り、キノコ系だろうと当たりを付ける。こういうところはさすが。
扉を少し開けて中を確認、ファンガスやヴァイオレット・ファンガス、ガス・スポアといったキノコに加え、クアゴスもいることを発見した。
名前を知っているということは対処方法を知っているということで、扉を開けてファイアー・ボルトでガス・スポアを狙い撃ち、爆発してガスを放出している間は扉を閉めておき、落ち着いたところで中を見て、近い位置にいるキノコもクアゴスも全て倒せていることを確認してから部屋へと入っていった。
部屋の奥にはまだキノコたちがいて、クアゴスがいて、それ以外にもマイコニドと、さらにマイコニドの王もいることが発見される。
キノコたちは先ほどと同じようにファイアー・ボルトで狙い撃ち。ようやく出番と迫るクアゴスはエディとクリストが受け持って普通に対処。この段階でもマイコニドは動かず、ようやく構えを取ったのは冒険者たちが迫ってきてからだった。
冒険者たちがよしやるか、という態勢になろうとしているタイミングで、マイコニドの王が手に持っていた杖を振り、マジック・ミサイルを放つ。普通はマイコニドの王は魔法を使ったりはしない。想定していなかったのだろう、エディとクリストには防がれてしまったものの、フェリクスには命中してダメージを与えることに成功した。
ただ、そこから攻撃に転じた冒険者たちから身を守る手段を持っていなかった。
マイコニドは弱い。王といえどやはり強くはない。前衛がまとめてざくざくと切っていき、カリーナがファイアー・ボルトを当て、さっさと回復して立て直したフェリクスが反撃とばかりにマジック・ミサイルをまとめて命中させてそれで終了だった。
マイコニドの王を撃破したところでこの部屋は終了と判断した冒険者たちが部屋を出て行く。9階にしては弱いと思わない? エリアのボスとしてはずいぶん弱くない? それにやっていないことがあるけれど‥‥などと見ている側は分かることにも彼らは気がつかないままだ。
そのまま部屋を出て通路を進み、そして次の部屋へというところでフリアがそこに魔物がいることに気がつく。
おかしいよね。これまで9階のどのエリアもボスを撃破すればそれ以外の魔物は消えていたのに、なぜここにはまだいるのだろうね。まだいると分かった魔物はクアゴス、つまり雑魚だ。すでに何度も戦っているクアゴスがまだいる。
おかしいということにようやく思い至り、マイコニドの王がいた部屋に戻って再度調べようかということになった。
部屋へ戻るとやはりキノコたちもクアゴスも、そしてマイコニドたちも倒れたままだ。ねえ、気がつかない? おかしいよね。
部屋の中を確かめて、倒した魔物たちを確かめて、「何でわたしたち、ここの後始末をしなかったんだろう」と、やっと、そこに思い至った。
キノコ、クアゴス、マイコニド、気がついたところで後始末をして魔石を回収していく。そして最後にマイコニドの王に取りかかり、心臓のそばにあった魔石を取り出してまた違和感を覚える。色が黒く濁っていた。
それを見たカリーナが呪われているんじゃないかと言い、地面に落とし、手に持った杖で突いてそれを割った。
割った瞬間、また違和感を全員が感じる。
部屋の奥に視線が行く。
そこは壁のはずだった。はずだったのに、今は布が張ってあるように見えていた。
目の前で天井からつり下げられていた布がバサリと床へ落ちる。
その向こうもまた広い部屋になっていて、中央には玉座のようなイスがあり、その手前には青黒い肌に黒いローブをまとった、頭はタコのようで口元に触手のようなひげのようなものが幾本も生えてうごめいている魔物がいた。マインドフレイヤー。このエリアのこれが本当のボスだ。
玉座の周りには人の脳みそに毛むくじゃらの手足が生えたようなものが数体、うろうろと動き回っている。これはインテレクトディヴァウラーという、そのものずばり、人の脳みそが魔物になったという代物だ。
マインドフレイヤーが手に持っていた杖を振るうと、ライトニング・ボルトがクリスト、カリーナ、フリアとちょうど縦に並ぶ形になっていた3人を貫いた。
先手を取られた冒険者たちが行動に移る。
クリストとエディは移動を開始。フェリクスとカリーナが同時にファイアーボールを玉座目掛けて放ち、炎の渦が巻き起こる。これで演出目的で配置していたインテレクトディヴァウラーたちは退場となった。
ファイアーボール2発にも耐えてみせたマインドフレイヤーが近づいてきたクリストとエディを相手に杖を振って切り結ぶ。普通の魔物ならこの段階で攻撃を受けてそのまま倒されていただろう、さすがに強い。
フェリクスのライトニング・ボルトを正面から受け、追撃を狙ったクリストとエディの攻撃には耐え、反撃にと放った魔法でエディにダメージを与えることに成功する。
ここでカリーナが2つの魔法を準備する。高い防御力を魔法の効果と見てディスペル・マジックで解除しに行き、さらに流星を事前に準備しておいて後でタイミングを見てぶつけることができるという魔法が、マインドフレイヤーが魔法を使いたいところへぴたりと決まってしまう。
ダメージソースとしてはもう一発当てられてしまったフェリクスのライトニング・ボルトが痛かった。それに流星をバシバシ当てられて動きが止まったところへクリストやエディの攻撃がまともに入ってしまったことだね。最後に、残っていた流星をまとめてぶつけられてゲームセット。よく頑張ったけれど撃破されてしまいました。
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いやー、マインドフレイヤー強かったわね。登場の演出も決まっていたし、良かったわ。
『そうですね。本来であれば精神を支配する魔法をベースにするべきなのでしょうが、今回のような使い方でも十分でしたね。いっそマイコニドの王の背後でハハハとかやらせてみても良かったかもしれません』
それも格好いいわね。マインドフレイヤーに精神支配された魔物たちしか配置されていないエリアだからね、いろんな演出が可能よね。
『はい。他のエリアが基本的には力押しですからね。こういった変化球も良いものです』
今回の攻略成功でまた冒険者たちの強化が進んだ。
マイコニドの王が使っていたマジック・ミサイル・ワンド。これは魔法使いでなくてもマジック・ミサイルが使えるようになるというとても便利なもの。
マインド・フレイヤーが使っていたウィザリング・スタッフ。この武器で攻撃を命中させると追加で死霊ダメージを与えることができて、さらに筋力と耐久力の抵抗値を低下させられるっていう追加効果がある。強い。
宝箱からは1つがシーヴァリー・グラヴスっていう手袋。これは手先の早業、鍵開け、罠解除なんかの成否判定にボーナスが得られるっていう素晴らしいもので、当然フリアさん行き。
もう1つはアイウーン・ストーン・サステナンス。使うと頭の周りを無色透明で紡錘型をしたクリスタルが旋回しはじめて、そして飲食の必要がなくなるのだ。すげー、お腹減らなくなるだなんてダイエットにぴったり! なんて、本来は長時間の探索向けだね。便利なんだけど冒険者さんたちには不要かな。何しろマジックバッグにいっぱい食べ物を入れているから。
最後にマインドフレイヤー撃破ボーナス。これね、第2ロックに設置してあった涸れた噴水から水が出るようになるっていうものなんだけど、この水がね、なんと盲目、聴覚喪失、恐怖、魅了、毒、もうろうの状態から1つを終了させることができるというとんでもないものでね、ぜひ持っていってほしい。これで石化以外の状態異常は全部解除できるようになるのだからね。
さあこれで残る9階のエリアも2つ。次は上層の残る1つ、ドライダーのエリアに挑むことになるだろう。ようやくここまで来たね。もう少し、もう少しで10階に行けるよ。楽しみだね。
『その前に1つ報告です。ガイウス・カートがやる気になっています』
まじか。来るのか。素晴らしい。
『はい。言動は許されないものですがタイミングだけは完璧です』
ね。これで、えーと、明日やらかしてくれるのなら、ちょうど10階に下りるところでわたしも行けそうだね。繰り返してしまうけれど、素晴らしいぞガイウス・カート。直接言うことはないけれど、そのタイミングの良さだけはほめてあげよう。