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日が開けて、この日の空模様は曇天。午前中にがっつり時間を取ってある魔法の授業の先行きを物語るような天気だった。

魔法、魔法使いというものに対する人々の憧れの気持ちはやはり強いらしく、ほとんどの生徒の表情に期待と興奮が表れている。よほどの適正なし診断を事前に受けていない限り、魔法が使えるようになるかもしれないという思いが湧いてくるのだろう。

それはそう。魔法だよ魔法。火をつける、水を出す、土を動かす、植物を育てる、傷を治す、おおよそ想像できるあらゆることを呪文によって行うことができるようになる。なんて夢のある技術なのでしょう。そして恐らく誰もが思い描くその姿は、ファイアーボールやライトニング・ボルトをぶちかますあの姿だ。なんて格好いいのでしょう。

この世界で魔法使いといったらウィザードだ。学派としては力術、防御術、幻術、心術、変成術、このあたりに特に集中している。最大派閥は力術、続いて防御術。この2つを組み合わせた戦闘魔術も大きいね。

クレリックは教会に取られていて市井にはほとんどいないし、ソーサラーは邪道といわれて人気がない。ウォーロックはいるのかもしれないけれど異端審問でアウトーって言われるようなクラスなのでまず見ることはない。バード、ドルイドはそもそも存在すら確認されていない。

そしてわたしたちの魔法の受業を担当する先生は戦闘魔術のウィザード、レベルは5。ぎりぎり一人前。カウンタースペル、スロー、ファイアーボールなんかの重要な魔法を使えるようになった段階だね。まあ1年生の指導をするのなら妥当ではないかな。


今日の授業の会場は訓練場。たぶん先生が魔法を使って見せたいから。ファイアーボールを教室で使うわけにはいかないからね、当然だね。

訓練場にわたしたちが到着したところで、入り口のスロープの上からゆっくりと先生が姿を見せる。黒いローブを身にまとい、ねじれた木のスタッフを手に持ち、腰にちらちらと呪文書が見えている。とんがり帽子をかぶっていない以外はいかにもな魔法使いの姿。生徒たちの前に立ち、ぐるりと見渡す。

「この授業では魔法を学ぶ。魔法使いの活躍の場は広大だからな。まず言っておくが魔法を使いこなすためには呪文発動能力というものを得なければならない。このスキルを体得することによって声や動作による魔法の発動が可能になるのだ。このスキルは訓練を積むことで習得できることが分かっている。習得は早いものもいれば遅いものもいる。まったく習得できないものも当然いるな。

「まずは魔法というものを知り、そして呪文発動能力を得るための訓練を行っていくことになる。そうだな、3年次までにこの能力が獲得できなければ魔法を使えるようになる可能性はほぼないと言っていいだろう。それまでは訓練訓練訓練だ。使えるようになればそこからはスキルを磨き、より高度な魔法を使えるようにしていくのだ」

はい。はいではないですな。なんかわたしの知っている魔法と微妙に違うのはそういう学派で学んできたせいとかそういうことなのだろうか。

と、いうかだ。疑問点として、この世界には別に魔法使いはあふれるほどにはいないということがある。この先生は戦闘魔術のウィザードだけれど、この授業を受けたからといって戦闘魔術のウィザードというクラスにはなれないのではないかということだね。

だって授業で呪文を教わってさ、ウィザードになればさ、最低でも初級と1レベルの呪文は使えるようになっているはずなのよ。でもさ、世の中にはそんなに魔法を使える人はあふれていないわけでさ。ね? この授業だけでは魔法使いにはなれないのよ。もし使えるようになった人がいるのだとしたら、その人はそもそも対応するようなクラスを持っているかスキルを持っているかしているのではないかな。

ちょっと面白いのはさ、この考察が合っていたら、すでにクラスを持っているクレーベルさんやキャルさんやリリーエルさんは使用可能な呪文を教わってそれをきっちりどこかにメモって覚えれば、その段階でその呪文を発動できるようになるのではないかということ。今後の授業内容に期待しましょう。

先生の話をまとめると、これからの1年次の授業内容としては魔法学の初歩、魔法の歴史や伝承、分類だとかを勉強していって、そこから初級呪文をいくつか書き写して覚えてっていう流れになるみたい。最初の座学のところで能力値を伸ばして、そのあと呪文を習得するっていうことだね。

そして今日はここから、魔法を披露してくれるらしい。ほほお、である。ファイアーボール、使ってくれるのかな?


「あの木人形が的だ、私がここに立つからな、見えるように広がれ」

やっぱり攻撃魔法から始めるみたいだね。

興味津々な生徒がばーっと勢い付けて先生や、壁際に並んで立つ木人形の、先生が指し示した1体の近くに陣取る。それほど熱心ではないわたしだとかはだらだらと離れて中間辺りに適当に散らばる。クレーベルさんやリリーエルさんはそれなりに興味があるようで、2人は木人形の近くだね。ハイネさんやキャルさん、あとはアニスさんもだな、立ち位置はちょうど真ん中くらい。

「木人形はある程度の魔法に耐えられるように作られている。だがあまり近づいたりはするなよ、魔法は危険なものなのだ」

どれどれ、ふむ、どういう仕組みなのか能力修正値が高い。そしてアーマークラス21にひととおりの属性抵抗を持っている。この防御はそうそう抜けないだろうねえ。

先生がローブをバサッとさせてから腰の呪文書を左手に持ち、そして右手でスタッフを掲げる。

「まずは基本中の基本、ファイアー・ボルトだ。発動までが一瞬で射程もダメージ量もトップクラスと非常に使い勝手が良い。魔法使いが使う呪文の選択としては第一となるだろう」

そこは同意。やっぱファイアー・ボルトよ。初級のくせに強すぎて笑うしかなかったやつよ。これとフロストバイト、トウル・ザ・デッドがあれば攻撃面では文句なしの大活躍ができるのよ。

先生がスタッフを振り回し、ファイアー・ボルトと声高に叫ぶと、正面に出現した炎の粒が勢いよく木人形に飛び、衝突して炎を巻き上げた。それは本当に一瞬の現象で、木人形に当たってばあっと吹き上がった炎はすぐに消え、無傷の木人形がそこにいるのだ。

おー、である。やっぱり目の前で見ると迫力がある。炎の粒も拳くらいの大きさはあるので視認もしやすいし、命中して炎上するっていうのもいい。とても格好いい。当然拍手が湧き起こり、先生はふんぞり返る。でもいいよ、これはさすがに格好いい。

「次は非常に地味な魔法だが、基本であるという点では同じだ。メイジ・ハンド。4、5キロの重さのものを運べる半透明の手が出現するというものだな。この場では特に何ができるということもないが、見せておこう」

へー、てっきり派手なのばかり使ってくるかと思ったけれど、ここでそれを選びますか。物体に触れて操作ができるのになぜか直接の攻撃手段としては使えないという良く分からない魔法だね。カリーナさんが器用に使っていた印象。

再び先生がスタッフを振り回し、メイジ・ハンドと叫ぶ。目の前に出現する半透明の手。わっという声は上がったけれど、やはりファイアー・ボルトほどの感動はないらしい。先生はその手を動かして、木人形の後ろに置かれていた木材をつかんで持ち上げた。今度はもう少し大きなわーっという歓声。先生もそこそこ満足そうにうなずいている。

「次は1レベルの非常に有名な魔法を見せてやろう。聞いたことのあるものも多いだろう、マジック・ミサイルだ。3本の魔法の矢を放つのだが、この魔法の最大の利点はやはり必中であるという点だろう。先ほど見せたファイアー・ボルトは避けられてしまう可能性があるが、このマジック・ミサイルであれば必ず当たるのだ」

ですな。フェリクスさんがばかすか使ってうちの魔物たちがひどい目にあっているという印象が強い。やはり攻撃魔法は当たってこそということですね。

今回はさらに大きくスタッフを振り、マジック・ミサイルと叫ぶ。出現した魔法の矢が木人形にバシバシと命中して揺さぶった。ダメージは耐えらるみたいだけれど、衝撃は通ってしまっているということみたい。歓声と拍手が湧き起こる。やっぱこれよねこれ、といった感じ。先生もとても満足そうですよ。

「最後にもう一つ、やはり魔法使いといえばこれいう印象を持つものも多いだろう、ファイアーボールを見せてやろう。これは非常に強力でそして危険な魔法だ。使う際には十分な注意が必要だな。さあ、今の位置から一歩下がれ」

やはり最後はこれでしょう。いいですね、間近に見るのは初めてですよ。

生徒が下がって射線が大きく開いたところで先生が格好良くポーズを決めるとスタッフを振り、ファイアーボールと叫ぶと、木人形を中心とした火球が出現する。閃光と爆音、そして渦を巻く炎。何しろ半径6メートルの火球だ。正直とんでもないと思う。

こんなもん食らったら普通は消し炭ですよ。範囲操作のスキルがあるからといって、なぜ冒険者さんたちはこれを自分たちを巻き込むようにして使えるのか。なぜこれを食らった魔物たちがちょっと火傷したかもくらいで次の行動に移れるのか。正直どういうことなのか分からないです。

顔を焼くような熱気はすぐに消える。炎の渦が消え去ったあとには、少し焦げたような木人形君が立っていた。さすが高い防御力を持つだけあって耐えられたみたいだけれど、やっぱり正直なところ木製の人形がなぜまだ原型をとどめているのか分かりません。ファイアーボールは着火にも使えるんだぞ。木なら燃えるだろ。

今までで一番大きな歓声、鳴り止まない拍手。とても満足そうな先生が呪文書を腰に戻しながら木人形の近くまで進み出る。

「これが魔法というものだ。攻撃魔法だけではなく、メイジ・ハンドのような変わった効果を持つものもあることが分かっただろう。魔法の種類は膨大だ。どのような系統に適正があるのかはこれから学ぶ中で分かってくるだろう。よく学べ、よくスキルを磨け。そうして時代を担う魔法使いとして開花していくのだ」


今日の魔法の授業はここまでとなった。

目の前で見る魔法はやはり格好いいと思う。使ってみたいなあとは思う。

ただわたしは、外では自分のクラスやスキルの欄に何も追加できないことを知っているので、これからも外で魔法を使えるようにはならないのだろうと思う。ずるをする方法はある。あるけれど、みんなと同じように呪文書に一生懸命呪文を書き写して、それを暗唱してしっかり覚えて、そしていざ音声と動作をもって魔法を発動しようと試みる、その過程を一緒に学んでいくことはないのだ。

満足感と、一抹のさみしさを覚えながら訓練場を後にするわたしの背後で聞こえる声があった。

「――先生すばらしい魔法でした、感動しました――ところで魔法はやはりスキルが――そうですよね、いえ、一人なんの能力もないというものを知っているもので――」

「まあそう言うな――全員が授業を受けることは決まっていることだ――なに、すぐに挫折を味わうことになるだろうが――」

どこかの誰かさん、ちょっと遠いけれどこれはたぶん男子生徒、その誰かさんと先生の、聞こえるように言っているのだろう話だ。こういうものはやはり良い気分にはならないものなのだとこんなところで知ってしまい、感傷的な気持ちはあっさりどこかへ消えていってしまった。

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