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『おやすみになりながらでかまいません、最後の報告をお聞きください』
はーい、なんでしょう。
『ヘルミーナが王都学園全域の管理権限を獲得しました』
お、早かったわね。特に問題になるようなことはなにもなかった?
『はい、まるで手応えがありません。範囲を指定してその場所の管理権者をヘルミーナに書き換えるだけの簡単な作業の繰り返しでした』
わっかんないわね。王都の一部なのに守る仕組みというか、ダンジョンの発生を関知したりだとか魔法的なものに反応したりだとか、何かしらそういう認知機能があるだろうと思っていたのに。何もない?
『ありませんね。もしかしたら王城は何かがあるのかもしれませんが、少なくも学園にはありませんし、おそらく城下町にもないでしょう』
不思議だ。こんな重要拠点なのにダンジョンを発見する仕組みというか、ダンジョンが発生したことを知る方法がないのか。足元に作って魔物をあふれさせるだけで攻略できてしまうじゃないの。
『考えてみればユーナの時もデージーの時も、外部からはダンジョンかどうかの判別はできませんでした。ユーナはセルバ家本家邸宅、デージーはノッテの森です。そこにあるものを鑑定したところで壁である、木である、花であると言われるばかり。これではダンジョンを発見する方法がありません』
そうか、そういえばそうだったね。
ん? ヴェネレは? さすがにあそこはダンジョンって出るんじゃないの?
『そう思い確認したのですが、作成時の名称であるセラータ地下が現在も使用されていました』
おや? ダンジョンとは出ない?
『出ません。地上部分のみヴェネレの移動に伴い別個のオブジェクトとしたために名称がセラータ地下入り口となっていましたが、その他の部分はセラータ地下のままです。鑑定結果でもこれで出ました』
おやー? 作るのにダンジョン・コアを使って、誕生したときにはダンジョン名なんとかってなったはずよね。それなのに名称を調べるとダンジョンとは出ない? ヴェネレのところですらダンジョンて名前ではない? なんでだ?
『不審に思いヴェネレのさらに地下を作成し、そこでインスタントダンジョンを使った実験を行いました。今回で20と21の2つを使用。20には名称を設定、21には名称を未設定でダンジョンを作成しています。結果、20はいつもどおりにこちらの意図した名称のダンジョン、今回の場合ですとセラータ地下深層と設定され、鑑定した結果でもこれが表示されました。そして21ですが、地名プラスダンジョンで名称が自動生成されました。今回の結果はセラータ地下ダンジョンでした』
なるほ、ど? あれか、今までこの世界にあったダンジョンは全部自動生成なのか。それでなんとかダンジョンかんとかダンジョンていう名前で出現して、それが発見されるからダンジョンだと分かっていたと。
そしてわたしたちは一つ一つにダンジョンていう言葉を含まない名前を考えていたせいで、外部からはどうにもダンジョンには見えないと。
『ダンジョンという仕組みを発見しているのではなく、あくまでも発見した施設がダンジョンという名称だった場合、世間にダンジョンとして周知されているだけなのではないかと考えられます。
『加えてここに、実験として王都においてヘルミーナが市街地を観測した結果があります。これは個別のオブジェクトがそれぞれ鑑定できただけであり、全体を観測したとしてもそこに名称はありませんでした。王都とすら出ません。王都新市街地の何であるといった鑑定結果になります。続けて王城を観測したのですが、ここは全体が王城として設定されています。ですから、恐らく城下町には何もなく、王城には何かしらがあるのだろうということになったのです』
おー、なるほどね、理解理解。セルバ家本家邸宅が全体として鑑定できたときと同じ現象が起きているのね。ダンジョンなのかしら、それとも何かしらの防御機構みたいなものがあってそれが王城全体を包んでいるからとかかしら。ちょっと興味が湧くわね。
『今のところそれを知る手段がありませんからね。下手に手を出してこちらのことを感知されるわけにはいきませんから。幸い王城から特に変わった反応はありませんし、学園施設も全体ではなく個別に設定していますからそういったところから気がつかれる可能性はないでしょう』
そうね。そこは慎重に行かないとね。
ところでさ、気になったんだけど。学園の管理権限を獲得? 支配領域の拡張とかではなく? この辺の言葉の違いだね。なんでこの言葉を選んだのか、理由があるんだよね?
『はい。今回の報告はそこが一番の肝ですね。答えを言ってしまえばこれまで行っていた拡張は実際には管理権限の獲得だったということです。
『今回、20と21、そこにヴェネレも参加して実験を行いました。複数のダンジョンを衝突させた場合にどうなるのかということです。まず、20と21をぶつけました。互いが衝突した場所でダンジョン間抗争が発生、双方から浸食を開始します。この浸食の方法なのですが、20に登録されている生物が21に侵入したところ、その生物の持つポイントが20に加算され、この生物が21に登録されている生物に倒されたところ21にポイントが加算されました。そしてこのポイントを使用して生物の生成、さらには相手側領域への浸食を行います。通常の抗争では生物による侵略を主な戦術として採用することになるのではないかと考えられます。理由として上げられるのが、相手側領域への浸食の方法なのです。この方法が範囲を指定して、その範囲内の管理権限を獲得するというものでした』
ダンジョン間抗争っていう言葉がもう面白いけれど、なるほどね、普通は物量戦になるわけだ。より大量の生物を送り込んでポイントを稼いで、より強い生物を送り込んで相手側生物を倒すことでポイントを稼いで、そうして奥へ奥へと進んでいって最終的にはダンジョンコアを見つけてこれをどうにかすると。
『そうですね、それが通常の戦術でしょう。そもそもですね、20も21も、独力では相手側領域への浸食ができなかったのです。20の側から見て21に生物を送り込むことでマップを確定し、そこで分かっている範囲を自分の領域として獲得しようとしても、どうすれば良いのか20には理解ができませんでした。私から指示を送っても理解不能である、実行不能であると解答を返すのです』
むむ、今まで散々やってきたマップ拡張ができない? 範囲が重なってしまうからそこに自分のダンジョンを拡張できずに止まってしまうっていうことかな? そしてすでにある余所様のダンジョンの管理権限の獲得なんていう手段は持っていないっていう。
『範囲の上書きができないということも発見でしたし、インスタントダンジョンには管理権限を書き換えるようなコマンドは存在しないということも発見でした。そこで私の方から、拡張時に範囲の重複による管理権限の衝突が発生した場合の処理として、相手側範囲の管理権限の書き換えを追加したところ、20はこれを実行できるようになり、以降は私たちがこれまでそうしてきたように、通常どおりのポイント使用での範囲の拡張、これによる浸食が可能になりました。こうして20はより深部においての生物の生成が可能になり、21を攻略していくことになったのです』
なるほどねえ。これ、みんなの機能はわたしがこうだったらいいな、ああだったらいいなって追加していったからいろいろできるっていうだけで、自然発生のダンジョンはできないって考えていいのだろうね。
だからその辺で発見される野良のダンジョンはどこも普通で、特別な反応をしたり、特別な機能を持ったり、特別なことをやってきたりはしない。
『さて、ここにヴェネレが参戦します。まずは20と21の抗争に割り込み、21のコアに直接自分の持つ膨大なポイントを注ぎ込むことでこれの支配権を獲得、結果として20は21を攻略することが不可能になりました。生成して送り込んだ生物もコアを傷つけることができなかったのですが、これはヴェネレが21のコアの防御力を書き換えたためですね。次にヴェネレが21の持つ支配領域の管理権限を自分に書き換え、21のコアを破壊しました。この結果、21に注ぎ込んでいたポイントは全て自分に戻ってきています。
『このことからダンジョン間抗争には割り込みが可能、抗争中のコアの支配権を横から獲得したとしても抗争の図式自体に変更は起きない、相手領域に浸食を行う場合の条件は変更なし、抗争中のコアを勝手に破壊することも可能ということが分かりました。最終的には21が消滅して20対ヴェネレが発生してしまいましたが、これはヴェネレが21の領域を獲得していた結果ですね』
おもしろーい。もうね、割り込み、横入りをダンジョンが考えて実行するっていうのがすごいわ、意味わかんない。
これがさ、結局範囲の拡張の時にも同じように処理されていたっていうことよね。たとえばこの部屋を最初にダンジョン化して、廊下に範囲を広げようと思ったら廊下を指定してそこの管理権限を獲得していた。
『そういうことですね。管理権限の衝突が発生せずに簡単に上書きできてしまっていた。今回の実験とヘルミーナの拡張と、双方で同じように確認できた流れでした。学園に関しても、そもそもの管理権者が未設定でした。つまりどこにもコアに該当するものがなかったのです。私たちは誤解をしていました。重要拠点であればそこを守る手段、管理する手段が用意してあるものだろう、そこをダンジョン化するとなれば感知されるものだろう、争いが生じるものだろうと。実際にはそんなことはなかったということです。学園はあくまでも学園という単なる施設であり、管理しているのはそこに勤める人々であって心臓部となるコアではなかったということです。こうしてヘルミーナの学園支配の方法は、ごく単純な管理権者の書き換えのみであっさり終了してしまったのです』
勉強になりました。今までは全部自分の家でやっていたことだからそんなこと思いも寄らなかったけれど、なるほどだわね。わたしたちはコアを中心に考えていたけれど、世の中にそんなものはあふれてはいなかったっていう。
これさ、結局王都も書き換えだけで押さえられるかもっていうことよね。
『そうですね。試みとしてヘルミーナが学園の門前を指定してみたところ、学園内と同じく管理権者の書き換えが可能でした。さらに見えている範囲のものを手当たり次第に調べていったのですが、すべて書き換え可能でしたね。王城が外部を観測する手段を持っているのかどうか、確認する方法がありませんからそれ以上は拡張していませんが、もしかしたら王城を避ける形であれば王都の支配は簡単なのかもしれません』
こわー。面白いけれど、怖いわね。わたしたち、あまりにもできることが多すぎて心配になってくる。もうね、とりあえず不安になるようなことは残しておきたくないから、これ以上はやめておこうね。
ところで、20はどうしたの?
『ヴェネレが支配権を獲得、現在は最深部に接続してそのまま管理しています。今後ヴェネレのダンジョンは名称を変更しますし、その際に最深部の名称を奈落、そして20の名称を深淵とする計画です』
奈落に深淵かよ! 何を考えているのか手に取るように分かるぞ!
面白いね!