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冒険者たちが階段を上り、薄暗い部屋へと入っていった。
場所は9階の第2ブロック、左側の上り階段の先だ。9階全体の明るさと比較するとはっきりと暗い。このエリアは壁も天井も装飾が施された古代ギリシャの神殿風をイメージしている。
天井がアーチ状になっている通路は、その天井に無数に開けられた穴からスネークが降ってくるという嫌がらせもある。このスネーク自体は普通のヘビなのでローブとかマントとかそれこそ盾を頭上に掲げてとかで防ぐことができるし、蹴っ飛ばせばそれで倒せるくらいには弱い。重要なのは雰囲気作り、嫌がらせ、そして通路に邪魔なものが大量にいるという状況作りだ。
通路に入った冒険者たちも頭上に盾を掲げていて、進行が妨害されているために移動速度が出ない。さらに大量のスネークで気配が分かりにくくもなってくれるだろう。
最初に遭遇した普通の魔物はコッカトリスだった。くちばしの攻撃を受けると石化するというでっかいニワトリ、のような魔物だね。部屋にフリアが踏み込んだところを羽を広げてクケーと鳴いて威嚇したところまでは良かったものの、そこからは何というかいつもどおりの展開で、ファイアー・ボルトを食らい、戦士たちの突撃を食らい、何もできないままに横倒しにされてボコボコだった。いつものことだけれど、さすがにコッカトリス単体ではどうしようもないですね。
さてこのエリア、第2ブロックに配置されたことで難易度の引き上げが行われていて、その象徴的な場所が次の部屋になる。ここにいる魔物は3階で見たことがあるだろう。ジャイアント・コンストリクター・スネーク。特別に大きなコンストリクター・スネークだね。それが2体。しょせん3階で出た魔物と侮るなかれ。今回は環境を用意しての投入なのだ。頑張ってくれることでしょう。
部屋の中には4本の柱。その4本をつなぐように四角く梁がめぐらしてあり、下からでは上の様子がよく見えない。
しかも床面が30センチの正方形で区切られたマス目で構成されていて、一枚を踏むごとにそのマス目に沿って段差が出現するようになっている。もちろん一枚一枚の段差が少しずつ違っていて、そして誰かが一枚移動するたびに段差が変化するのだ。そう、1階以来の登場となるつまずく罠の本気の運用がこれだ。正直これはどうしようもないと思う。遠隔のみで戦うか、近接に出るとしてもその場をできるだけ動かないようにするしかない。そしてここで通路からの遠隔を防ぐための大量のスネークが効いてくる。少なくとも部屋には入るしかないということだね。
冒険者たちが部屋に入り、床の段差の発生にうろたえる。通路のスネークを避けるように魔法使いたちが移動するたびに床の段差が切り替わる。
床の上に見えているジャイアント・コンストリクター・スネークは1体で、もう1体が梁の上からのぞき込むようにしていることに気がついたのか、フリアが柱を上る。
前衛の2人が足元を気にしながら慎重に接近してきたところでスネークの側も行動を開始、頭はエディの方へ向きながら、長い尻尾を柱の向こう側から回り込ませてクリストに攻撃を仕掛ける。クリストはこれを剣を振って迎え撃つけれど、いちものように捌いて動いて相手をずらしていく形にはできないようだった。
30センチという幅が効いているのだと思う。踏み込む時の歩幅、飛び込むときの歩幅、そういったものに絶妙に合っていない。
ここでフェリクスがライトニング・ボルト、そしてカリーナはファイアー・スタッフの力を借りてのファイアー・ボールを選択した。環境問題が大きいことから高火力で一気に削ることにしたのだろう。ただしジャイアント・コンストリクター・スネークはこれでもまだ沈まないのだ。
本当ならここで前衛が一気にたたみかけるのだろうけれど、なんとここでクリストが足元の段差でつまずいて、そこを尻尾に弾き飛ばされるという事態に。さらにエディはグレーター・アックスでの攻撃を空振りした。おー、である。ベテラン様方のこの醜態よ。やはりつまずく罠は威力が違った。
それでも攻撃魔法のダメージを追加され、さらに転がっていたクリストが立ち上がってから飛び上がって剣を頭に突き刺し、さらにエディもアックスを口目掛けて投げ込み、どうにか撃破に成功する。これもひとえに梁の上でもう1体を引きつけておくことができたからだろう。この1体が途中で攻撃に参加していればもっと楽しい状況になっていたのではないだろうか。
梁の上から飛び降りてきたフリアを追い掛けるように頭を見せたスネークだったけれど、ここからは1体5の構図で、積み上げられる攻撃魔法のダメージと、動きを制限される中でも確実に当てにくる戦士たちの攻撃を前に最終的には大きな成果を得ることはできずに撃破されてしまった。
良く頑張った。攻撃を当てたり避けたり転がしたり、環境の支援もあったとはいえ、これが3階で初出の魔物のやることかというくらい頑張ったと思う。さすがに冒険者さんたちの攻撃力、防御力が高いからね、それ以上の成果は求めないよ。これはもう十分良くやったと言って良いでしょう。
あ、それからこの部屋では梁の上に宝箱を置くという嫌がらせめいたこともしたのだけれど、フリアが梁に上っていたせいでうまくいかず、ヒーリング・ポーションを獲得されてしまいましたとさ。
そこからは宝箱があるかもしれない部屋があっても、待ち構える魔物が雑魚のコッカトリスだったので無視されるという展開があり、結局そのまま最後のボス部屋まで一直線に進まれてしまった。これまでもボス撃破後は雑魚がいなくなるという流れだったので、まあそういうことにもなるよねといったところ。
そしてたどり着いた最後の部屋、このエリアのボスの登場となる。
部屋の床は前回と同じようにマス目が刻まれ全てに段差が発生する仕組み。そして柱が立ち、梁がある。そう、ここのボスは単独で登場することが決まっているので、その分環境による支援をしているのだ。
部屋へ踏み入ったフリアがボスを確認しようと奥へ進み。そしてその姿を確認した瞬間に顔をそらし、途中でつまずきながらも全力で戻ってくる。
顔をそらして視線を外さなければならない魔物がそこにはいた。メドゥサ。髪の代わりに無数のヘビを頭部に生やした女性型の魔物。目が合った瞬間に石化が始まるというあまりにも有名な魔物だ。
ここで効果を発揮したのは結局、わたしたちが試みた冒険者の強化策だった。8階で入手してもらったリフレクト・ミラー・チャイム。剣や盾に魔法を反射させる鏡面を作り出す道具だね。このために用意したというわけではないけれど、メドゥサの登場が確定したところでこの道具の存在は思い起こされた。メドゥサの石化の視線は自分自身にも効果がある。有名な逸話だけれど、そのことを思い出していた。これは使われるなと、そのとおりに冒険者たちも当然これを使ってきた。
それから前衛にはブレスで強化、後衛はメイジ・アーマーとシールドで防御の鉄板構成。正面から行くのは愚策とばかりにフリアは梁の上へ。準備ができたところで戦士2人が足元に注意しながら接近していく。
「※※※※※、※※※※、※※※※※※」
メドゥサが手に持った黒い色をしたロングソードで冒険者たちの方を指し示し何かを言うと、エディとクリストの足元から無数の触手が生え、2人に絡みつき、殴りつけようとしてくる。とっさにかわすことに成功したクリストも床の段差にかかとを引っかけ、大きく飛び退くようにして後退する。エディは足に触手が絡まってしまい動きを封じられてしまった。
フェリクスのファイアーボールが炎を巻き上げている間に前衛は仕切り直しなのだが、その炎の中から現れたメドゥサが剣をくるくると回しながら「※※※※※――」何かを言おうとして、それに割り込むようにカリーナがカウンター・スペルを使い魔法の発動を止めた。
これで稼いだ時間を使ってエディとクリストが接近、梁の上を伝ってきたフリアも参加して戦闘を開始。視線を切り、鏡面を正面に置くようにしながらなので効率は良くないだろうが、これでようやくいつもの態勢を作ることができた。
この状況をメドゥサも嫌ったのだろう、そこから一歩下がってまた剣をくるくるとまわすと、その剣から黒い闇が広がってメドゥサの姿を見えなくする。
これをダークネスの魔法だと判断したカリーナがディスペル・マジックで打ち消しところで、姿を見せたメドゥサの手はそのカリーナの方を向いていた。「※※※※※※」何事かを言うと唐突にカリーナの体が浮き上がり、そのまま勢いを付けて放り投げられ、壁にたたきつけられ落下する。
その間にもエディがクリストがフリアが攻撃を仕掛け、フェリクスが魔法を放つ。積み上げられていくダメージ。それに対してメドゥサが梁を見上げて「※※※※※、※※※※※」何事かを言い、フリアの足元から炎が吹き上がって避けようとしたフリアが梁の上から落下する。
それでもこれまでに積み上げたダメージはやはり大きかった。放り投げられたカリーナが起き上がって放ったファイアーボールがメドゥサを包み込み、そこに突き込まれたエディのグレーター・アックスが最後のとどめになった。炎の中でメドゥサは剣を取り落とし、そしてだらりと腕が垂れて動きが止まる。炎の渦が消えると斧からメドゥサの体がずるりと地面に落ちていった。
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ぱちぱちぱちぱち。
どちらに対しても拍手を送って良いでしょう。
まずはこのエリアそのもののことだけれど、いい雰囲気だったんじゃない?
『そうですね、雰囲気作りは成功だったといって良いでしょう。通路のスネーク、部屋のの、今回は出番がありませんでしたがバジリスクとジャイアント・コンストリクター・スネーク、そしてメドゥサ。どれも雰囲気と合っていました』
ね。最後のメドゥサなんて特にいい感じだったんじゃない? 柱の陰から姿が見えてきて、そしてちらりと視線を流す。格好良かったわ。
あとは罠よね。このエリアはこの罠一択だってつもりでやったんだけど、やっぱりつまずく罠は効果がすごいわよね。
『非常に効果的でした。ここ以外で不用意に使うことは避けるべきでしょう。あまりにも威力がありすぎますからね。これで部屋の順番が最後だった場合にはバジリスクやジャイアント・コンストリクター・スネークの場所にジャイアント・バットが追加される計画だったのですよ』
そうね、そうよね。見てみたい気持ちもあるけれど、さすがに危なすぎる気がしてくるわね。だって、あのクリストさんが何度もつまずいたわよ。戦闘スタイルからみても相当やりにくかったのでしょうね。
それから最後のメドゥサよね。何て言うか、種族特性でどうしても単体での配置になってしまったのだけれど、それでもかなり強かったわね。やっぱりウォーロックを持たせたのは正解だったのよね。
『はい。メドゥサとウォーロックの相性が良かったとみて良いでしょう。戦闘スタイルが一致しただけであれだけの強化になるのです。最後のエリアに選ばれていればレベルアップさせる計画でしたが、そうなればどこまでの強化になったのでしょう』
はー、満足満足。
冒険者さんたちの強化も順調に進んでいることが確認できたし、今日の結果は素晴らしかったと言っていいのではないかな。
このエリアから回収された収穫としては、回復薬がグレーター・ヒーリング・ポーションと、さらに回復力の高いスペリアー・ヒーリング・ポーションの2つ。そろそろ必要になるだろうなと入れたもの。
それからイーグル・アイズ。これはまあ眼鏡タイプの装備品なのだけれど、装備している間に視覚判定に有利が得られて、視界が明瞭なら遠くのものを拡大して見られる機能が付いている。偵察にはかなり便利だと思う。
最後にもう一つ。メドゥサが持っていた剣だね。これはナイト・ソード、夜の剣という。魔法の武器としてはロングソード+1なんだけど、メドゥサ自身も使っていたように、剣の機能としてダークネスの魔法を使用することができるようになる。かなりいいものだと思うのでぜひ活用してほしい。
そんなこんなで楽しかった9階の一幕が終了。天井から降ってくるスネークのせいで移動が慎重になったこと、途中のジャイアント・コンストリクター・スネークに手間取ったこともあって、この日の探索はメドゥサのエリアを攻略した時点で終了となった。
話している内容から見ると、明日はたぶんもう一つの上層階ではなく、下層、マインドフレイヤーのところへ挑むのだと思う。これまでの攻略で着々と自分たちが強くなっていっていることが感じられるのだろう。攻略で手に入る装備や道具がとても良いことが、全てのエリアを攻略しようという気持ちにつながっているのだろうと思う。
うん、期待してほしい。これからもいいものが出るからね。そしてその装備や道具を持って、また次へ次へと挑んでいってほしいよ。