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今日は朝一から体育の授業だ。訓練場に集合ということだったので動ける格好で全員がバラバラと移動していく。やる気に満ちあふれた生徒たちはぱーっと訓練場目掛けていったけれど、そこまでのやる気はないわたしだとか多くの生徒たちはだらだらと。とにかく始業までに行っていればいいのよ。
「ハイネさんは、動く方はどうです?」
まあクレーベルさんとかキャルさんはもうバトルクラスを持っているからね、言うまでもない。
「いえ、私は、そのう、人並みにできるとは思いますが」
「やっぱりそんな感じになりますよね。わたしも叔母様からいろいろ教わりましたけれど、動けるかって言われたら、人並みにはってなりますからね」
うむ。身体能力に補正のかかるようなクラス、スキルを持っていなければせいぜい人並みにしかならないのよ。人並みっていっても上から下まで幅は広いだろうけれど、人並みは人並みよ。
キャルさんが自分は自分はと顔を指さしてこちらを見てくる。
「キャルさんはねえ、どう見ても筋肉の付き方だとか、わたしたちとは違うので。鍛えているでしょう――クレーベルさんは聞くまでもないでしょうし。何だかゆっくりなグループになっていますが他にも何人かは見ているだけで分かるくらいの人がいますしね」
そうなんだよね。こんなゆっくり移動していくそこまでのやる気はありませんグループだけれども、クレーベルさん以外にもかなり鍛えている人が何人もいる。騎士爵だとか、武で取り立てられたような家の出身だとそうなりやすいのかな。
あとはあれだな、後ろにくっついてくる宗教派閥っぽい彼らだな。クレリックがそろっているから。殴りクレリックっぽいのも1人いるしな。あれは虹色の子のボディーガードなのかね。当の虹色の子はそこそこやる気があるっぽくてにこにこだ。
「あなた、意外と見ているのね‥‥もっと気の抜けたような人なのかと思っていたのだけれど」
「ひどいなあ。意外と見ているのですよ、これでも」
クレーベルさんの物言いよ。
気の抜けたような人という評価も間違ってはいないと思うけれどね。
これでも叔父様も叔母様も元冒険者だし、今は現役Bランク冒険者さんたちだとかギルドの人たちを見ているからね。たとえダンジョン外だとしても鍛えているような人はある程度見れば分かるよ。
そんなこんなで訓練場に到着。やる気のある子たちが集まってわあわあ話していたり、さらにやる気のある子たちがすでに木剣を振っていたりしている。
「よし、集まっているな! そんな振り方ではだめだ! 正しい振り方で正しい筋肉を付け正しい力を身につけるのだ!」
お、先生が登場しましたよ。一緒に来る人たちは先生の従者枠、助手ってことだろうね。そして開幕早々の筋肉至上主義っぽい言い方。言っている内容自体は間違っていないと思うのだけれど。
言われた木剣を振っていた子たちも、はい! とかなんとかいい返事をして姿勢をただす。体育会系というか、部活感というか、なんだろうねこれ。
授業が始まって最初に行われたのはグループ分けだった。
「すでにスキルを持っている生徒はこっちだ」と言われ、一部、まあ3分の1くらいの人数が先生のところへ移動する。それ以外は助手さんたちが担当するらしい。そしてこれは自己申告だった。おかしいな? 学園は生徒の情報を把握しているだろうに、クレーベルさんはパラディン持ちなのだから先生が担当すべきでは?
「――行かなくても良いのですか?」
「――指導方法を見てから考えるわ」
「――おかしな力の付け方はしたくない?」
クレーベルさんがうなずいた。
すでにパラディンを持っていて自己流の鍛え方があるから指導内容次第では意味がないということかしらね。まあね、指導内容がファイター方向に振られているのなら低レベルパラディンから転職してのファイターやり直しになるものね。意味のないマルチクラスになるくらいだったら、自己流でも何でもパラディンを伸ばした方がいいということね。
「ここにいるものは分かっていないだろうが、戦う力を身につけるということは、ただ漫然と剣を振っていれば良いというものではない。スキルの使い方を身につけてようやく出発点なのだ」
「なに、心配することはない。練習を積んでいけばスキルが発現することもあるからな。そうなればいよいよ国のために人々のために戦う戦士としての道が切り開かれていくというものだ」
「スキルが発現せずとも剣は触れるからな、気に病む必要はない。戦い方を知っておくことは何も知らないよりはずっとましだ」
前に立つ3人の助手さんたちが次々に口にする。そっかー、戦う力を身につけるのが体育かー。まあ違うんだけど、さすがにそれを言っても仕方がないね。学習指導要綱と実際との間には深い溝があるものだ。とはいえ、どう見ても戦士に不向きな生徒がごろごろしているのだから、そこは気をつかってほしいところ。
そこからは体力の有無を見るとかで訓練場の外周をぐるぐると走らされる。準備体操はないのか!? とか思ったけれど仕方がないね。
この走る列はどうしても長くなっていき、ある程度のところで助手さんたちがここまで、ここまで、と止めていく。体力がありそうなグループはそのままひとまとめにして連れて行かれ、そして体力がない、それほどないというグループが残される。まあわたしは先生たちに見もされないのでここだね。ハイネさんもここ。クレーベルさんやキャルさんはさすがに体力がある方へ連れて行かれた。
ほかには、ほかには、お、虹色の子発見。名前なんだっけ、リリーエルさんだっけ、ん、周りを囲んでいた人数も減っているな。さすがに少しは振り分けが進んだみたい。どれ、隙を見てお近づきになれないかを探ってみましょうか。
助手さんはここで待てと言い置いて体力ありそうなグループの方へ合流、そのまま指導に入ってしまう。
見ているとその場で跳びはねさせたり、地面に線を引っ張ってそこに沿って真っすぐ歩かせてみたり、線の途中に何本も横棒を書いて、そこで線の反対側に横移動、また真っすぐで歩いて横移動を繰り返させたり、腕を正面に上げさせて静止させたり、うん、これ体幹を見ているんじゃない? 戦士の敵性診断でしょ。
何をやらされているのか良く分かっていない生徒が大半みたいなのだけれど、クレーベルさんはしかめっ面。あまりにも基本すぎて参考にもならないかしらね。
どこかでわあっという歓声が上がったのは、ああ、先生のところか。誰かがスキルを使って見せたようだね。楽しそうで何より。
ところでわたしたちはこのままぼーっとしていればいいのだろうか。暇なのですが?
ようやく戻ってきた助手さんが木の棒、杖といった方がいいのかな。たぶん子供用サイズ。それを何本も束ねて持ってきて、握って振ってみろと言ってきた。体幹はいいのか? いいのか、そうか。
さすがに本数がないので数人ずつのグループを作っては棒を渡してそれを交代で振れと。これは何を見るんだろう。握力、筋力、腕力とかかな。とはいえ握り方一つ指示がないから本当にただ持って振るだけになってしまうのだけれど。そして案の定、数人は軌道がへろへろだし、数人は手からすっぽ抜けて放り投げてしまっているのだけれど。
交代しながら振りまわした結果、1人だけ、おまえは向こうだなと言われて体力がありそう組の方へ連れて行かれて再びわたしたちは放置されることに。
「なにやってるのか全然わかんなーい! ちゃんと握ってても飛んでっちゃうのはなんでなのー?」
でっかい声で聞いているのは虹色の子ですな。そして問われた取り巻きはいやーわたしたちにもよく、とかもごもご言っている。
これなー、組み分けしたのに指導者が足りていないというか、能力のありそうな子から優先して指導するせいでそもそも良く分かっていない子ばかりが取り残されてしまっているというか。底辺を押し上げることは考えていないということでいいのかな。体育とはいったいっていうね。
「――ねー、なんでだと思う?」
なんてぼんやり考えていたら目が合って声をかけられてしまった。まあ見ていたからね、目が合ってしまうのも仕方がないね。そしてこのタイミングでお知り合いになれそうなので歓迎ですよ。
「なにをやってるか、というと、すでに能力を身につけている生徒を分け、鍛えることでものになるかもしれない生徒を分け、最後にまだしも何とかなるかもしれない1人を分けてわたしたちは残り物です。体育、体操、運動、言い方は何でも構いませんが、そもそも体の使い方も分かっていないような生徒を引き上げずに何が教育かとかは言ってはいけませんよ」
そこ、ハイネさん、びびらない。先生も助手さんたちも離れていてこんな話は聞こえていません。生徒の誰かが言うかもしれないけれど、そんなことはどうでもよろしい。
「ちゃんと握ってるのに飛んでっちゃうのはなんでか、というと、それは握り方が悪いからでしょうね。どう握っていました?」
聞いて見せてもらった握り方は案の定、手のひらで握る形だった。
「手から飛んでしまう理由は、まあ数学というか力学のお話になるので詳細は省きましょう。あなたの持ち方だとここ、ここで棒を支えていますよね。そして腕を使って棒を振ると、ここが、こう、棒を押していく形になる。そして棒自体の重さも力に変わって、こう、動いていく。そうしたときに、棒を支える点がここにしかないので、棒は手の中でこう動いていって、結果として抜けて飛んでいってしまうと、ここまでは分かります?」
分かるかなあ。微妙な顔をしているのはハイネさんも他の子もまあたいがいそうよね。ただ握ったときにどこが棒にかかっているか、どこに力が入っているかとかは実際にやってみれば分かるのよ。
「結局のところ、手のひらを当てるような形で握ると指がしっかりと棒に絡まずに支えられないということなのです。この握り方ですっぽ抜けないようにしようとすると、とても強い力が必要で、体にも力が入ってしまってうまく振れなくなるのです。こういった形の物を握る時には指に当てるのです。指を絡めるようにして握るのですよ」
ほおほおと実際に握ってみているので、追加情報を入れてあげよう。
「この握り方で、最初から強く握りしめていれば、出は遅くなりますが力のこもった打撃ができます。逆に最初はゆるく、茶巾、雑巾、ええっと、濡れた布を絞るときのように、最初は力を込めず、最後にぎゅっと力を入れる、こういう握り方で振ると出が早く、途中の操作も容易になりますね」
ほおほおと実際に軽く振っている。適当説明で細かいところが不足しているとは思うけれど、まあよし。わたしだって別に専門家というわけではないのだ。力を込めた時にどうなるのかを知る、振り方を知るのは今後の練習の中でになるでしょう。まあそんな機会があるかどうかは知りませんが。
「今回はこんな、えー、普通の棒ですが、握り方は他のものを振る時でも一緒ですよ。ほうきでもはたきでも、鋤でも鍬でも鎌でも、包丁、ナイフでも。きちんと握れていないと作業は捗らないですし、ケガの原因にもなりますよ。その顔を見るにすっぽ抜けて何かを壊した経験がありますね?」
うん、と素直にうなずく。ええ子やん。
「ね、そんないろいろ知っていてなんでこっちにいるの?」
「そうですねえ、わたしは始まる前から見限られているからでしょうね。詳しくは後ろのどなたかが教えてくださると思いますよ――ちなみにわたしはステラ、ステラ・マノ・セルバです、あなたは?」
「リリーエルだよ。リリーエル・ウォーカー」
よろしく、虹色の子、リリーエルさん。
ところで後ろで、げっみたいな顔をしている人たちはわたしのことを知らなかったのでしょうか。