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さあこれで学園のこと、ダンジョンのことが終わりました。次の、これまでずっと引きずってきた問題へいこうと思います。
『はい』
わかっていますね?
『わかっていますので、どうぞ』
では始めましょう。名前についての会議ですよ。
『わー』『わー、わー』『ぱちぱちぱち』『おー』
あんたたちねえ。まあいいわ、始めましょう。
さすがにね、わたしも分かってはいたのよ。1号ちゃんの時の名付けで候補はあったわけだしね。ただ1号ちゃん呼びが思いのほかしっくりきてしまったものだからそのままにしていたのだ。でもさすがにね、この先の二桁番号までちゃん呼びはどうなのっていう大きな問題が立ちはだかったからね。ここで決められることは決めていきますよ。
まずは1号ちゃん。これはもう最初から候補はあった。ウーナ、あるいはユナ、ユーナ。ラテン語の数字の1だね。ウーヌス、ウーナ、ウーナムで女性名詞ならウーナ、だっけか? な? それを読み替えてユーナね。どうだろう。
『もちろん歓迎、ぱちぱちぱち。ユナかユーナか、どちらでもかまいません』
おっけー。それじゃあこれからはその場の気分とか雰囲気で変わるかも知れないけれどユーナとしていきましょう。
次に2号ちゃん。これはね、自分で選んだようなものよね。候補はヒナギク、デージー、マルゲリータ。確かイタリアの国花もデージーなのよね。なので和名、英名、伊名どれがいいのか問題になるよ。わたしの推しはデージーなんだけど、どう?
『これは悩ましい‥‥ひ・な・ぎ・く‥‥で・え・じ・い‥‥ま・る・げ・り・い・た。なるほど響きの差ですね。よし、決めました。デージーでお願いします』
おっけー! ではこれからはでーじーでいくよ。
『‥‥? デージーでお願いします』
わたしの頭の中が読み解かれていく。デージーでいくよ!
ここからは少し難しくなっていくね。3号ちゃんの候補はいくつもあるのだけれど、まずは最有力候補のヴェネレ、これは金星のことだね、宵の明星から。セラータ、宵に点を置いたらそれは金星だろうという発想。アウロラ、夜明け。これもね、設定から考えるととても合っていて、いい。同じ発想から一番言葉の意味が合っていると思ったのは東雲なんだけど、これは姓にはいいけれど名としてはどうかなという気がして保留。ほかには、かすみ、ヒバリ、ゆうづつ、この辺は3月の季語。かすみのイタリア語がフォスキアでいいのかな? ラテン語だと明確にかすみを意味する言葉がないんだよなあ。転じて星雲のネビュラっていうのもあり。ヒバリはイタリア語だとアロドラ? ラテン語でアラウダ? 学名がアラウダ・アルウェンシスなのよね、確か。うーん、これならヒバリの方が似合いそう。ゆうづつは夕星のことね。清少納言がゆふづつって書いていて、まあ金星なんだけどさ。こうして並べてみると、やっぱり一番シンプルで分かりやすくて呼びやすいのはヴェネレなのかなあとも思う。かすみ、ヒバリは完全に日本語なのでね。アウロラは別の使いどころがあるから見送ろうとも思っている。
『悩みます。ですが私のポジションとしてはやはりヴェネレが合いそうです。しののめちゃんも捨てがたいのですが』
しののめちゃんは確かにいいわね。
『いえ、やはりヴェネレでいきます。私だけがちゃんを残すのもどうかと思います』
よっし、分かったわ。それじゃ3号ちゃんはこれからヴェネレね。
4号ちゃんはもっと難しい。学園にちなむようなものはなし。だって卒業したらここは引き払うから。そんなわけで候補は4にちなむものを考えた。四季は当てはまる外国語がないのでそのままシキちゃんになってしまう。四つ葉のクローバーは一つの単語にまとめられなくて4、葉、クローバーだね。だから単純にクローバーでいいのでは感あり。シロツメクサ、学名が3枚葉のなんちゃらでトリフォリウム・レペンス。4枚葉なら、なんだ、クアドフォリウム? テトラフォリウム? いまいち。カード4種でスート、4月の季語からおぼろ、のどか、春光、春風とか。花から梅、桜、桃、木蓮、沈丁花、勿忘草、一人静とかとか。4番目の惑星で火星、イタリア語でマルテ。候補自体はいろいろ出せるのだけれども。
『数字がユーナ、花がデージー、星がヴェネレとかぶりますか‥‥』
そうだなあ。あとは芽吹きとかどうだろう。3月種まき4月芽吹き5月若葉なのよね。女性名詞だとジェルミナ、ヘルミナ、ゲルミナ、あー、ヘルミーナ。
『む、いいですね。ヘルミーナにしましょう』
おっけー! 4号ちゃん呼びは短い期間で終わったわね。これからはヘルミーナよ、よろしくね。
さて、残るはコアちゃんなのだけれど。考えていたのは天なのよね。てん、あめ、あま、あまつ、カント、カエルム、デーヴァ、アイテール、アストルム、アストラ。んー、宇宙、そら、コスモ、コスモス。世界、ムンデ、ヴェルト、とかとかとか。あとは、ディヤウス、あー、これは男性形になるのか、デア、ディア、天空ってことにしてヒンメル、シエル、ウラノス、あー、これも男性形か、難しいな。
『難しいですね、デア、ディアなどは呼び方としては良いのですが』
うーん、デアはデウスのことなんよね。こういうのはどうしてもさ、神話伝説伝承なんかでは天はイコールで神のことになるのよ。カタカナ言葉はほっとんどがそっち系。できればもっと宇宙に近い意味としての天にしたいんだけど、難易度高い。
『そうすると、そら、か、コスモス、でしょうか』
たぶんコアちゃんの存在そのものはコスモスが近いんじゃないかとは思う。たださ、コスモスってかわいい音の言葉ではあるけれど、花のイメージとごっちゃになるじゃない。
『なるほど、そう言われるとそうですね。でしたら、やはり、そら』
うん、天空とか宇宙と書いてそらと読ませるあれね。
『ひらがなではなくカタカナでソラにしましょう。これでしたら今までのコアちゃん呼びと近いですし』
コアちゃんにちょっと愛着があったな? うん、それじゃあソラにしよう。
今テスト中の5は五月、立夏、若葉とかを元にしようと考えていて、仕様の詳細を検討中の6はザクロ、アジサイ、青嵐、白夜とかを元に考えている。7から9まではまだまだ先の話だろうから今のところは保留だね。そして。
『すでに実行に移す段階にある12と13ですね』
そこよ。まあもう決まってはいるのだけれど。いやー、12はすぐだったけれど、13は難航したよね。
『しましたね。結局最後には複雑怪奇な言葉となってしまいました』
ね。まあいいわ、悩むのも楽しいものだし。
それでは発表。12はヴァイオラ。これはシェイクスピアの十二夜から。主人公の女性の名前なのだけれど、男装の麗人で有名、有名? まあ知っている人は知っている。当たり前か。12にまつわるものでこれがポーンと出てきたから即決よ。
そして難航した13はルーナに決定。正式にはルーナ・ノクターナス・イドゥス・セプテムブリス。9月13日の夜の月。うーん、病んでる。本当はね、十三夜っていう言葉が本命だった。でもさ、十三夜は女性の名前としては使いにくいじゃないね。とみよ、とかいう読み方もひらめいたけれど、それはそれでどうよ、と。そこでひねりまくりました。十三夜は陰暦の9月13日なのだ。だから9月13日の夜の月なのだ。ルーナが月、ノクターナスが「夜の」の女性形、セプテムブリスが「9月の」という意味の女性形だよ。そしてイドゥスが13日のこと。で、組み合わせてこれ。まー、病んでいるわね。いや格好いいわ。でも呼ぶときにはルーナです。
さあここで問題です。なぜ12と13がいるのか。
これはね、デージーの補佐、そしてヴェネレの補佐が欲しかったからだ。
ノッテはアーシア叔母様がいるのだけれど、どうしても仕事の都合で不在なこともある。そういう時に居てくれるひとが欲しかったのだ。そしてヴェネレのダンジョン。ここにはね、地下世界の案内役になるNPCを置く計画があったのだ。この2人の役割は単純なNPCでは務めることが難しいことが分かっていて、わたしたちと統一された意思の元で動いてほしくて、そこで考えた方法がこれだった。NPCの素体にダンジョンコアを搭載してしまおう計画。
これはユーナが誕生したときから試されていた手法だった。ユーナは人形の中に取り込まれ、そして人形の関節を調整することで自律して動けるようにしていった。ヴァイオラとルーナにどうかと考えたのはこの手法をさらに進めたものだね。
そしてここにからんでくる要素がもう一つ、NPCとは何かという問題。NPC、ノンプレイヤーキャラクター。人工知能を搭載して自律して動く彼らは人間とは違うのかという問題だ。お父様もとても気にしていたけれど、その解決手段の一つが、彼らはヒトではあるけれど地上の人とは別の種であるという設定を作ってしまうことだった。
この世界に生物を分類するような鑑定の方法はないと思う。分類そのものの概念はあっても、それを詳細に知らしめてくれるような機能を持った装置なり魔法なりは存在していないと思う。少なくとも教会の鑑定もギルドの鑑定も分類には一切触れていない。そこでルーナに鑑定盤を持たせる計画を作った。この鑑定盤でヒトの分類をしてしまおうという計画だ。ヒト。霊長目ヒト科ヒト属ヒト種。これをいじる。亜人、獣人、魔人はいいとして人間の扱いなのよ、問題はね。だからね、地上の人をヒト種ではなく別の種として表すことにした。そして地下世界の人を別の種として表すの。そうすれば種が違うからあいつらは亜人だという判断ができるでしょうということ。
そしてさらにもう一つ、NPCは生物かという問題もある。生命の創造は神の御技ではないのかという問題だ。生物、生命。確かに人は生物だ。地上の人も地下の人もすべて、それこそ亜人も獣人も魔人もまとめてヒト科にはなるのだから、同じ分類のされ方をする生物だということになって、そうするとNPCは生物で、わたしがやっていることは神様と同じことなのでは問題にぶつかるということ。
でもなあ、考えてみたらスライムも生物なのよ。ラットもスネークもフロッグも何もかも。もっと言ってしまえばゴブリンとかオークとかは他の目に属するヒト科というとんでも分類を作ってあって、そんなわけで彼らもみんなヒト科ということになるんだよ。どれだけダンジョンに配置したと思っているんだい。1体あたり何ポイントだと思っているんだい。いまさらよ。
こういうあれやこれやの問題は最後には、NPCとヴァイオラやルーナとの違いは何かということにつながる。これはね、魂があるかどうかだと思う。ダンジョンコアがイコールで魂。この魂はわたしとつながっている唯一無二のものだよ。NPCたちはそういうものは持っていない。NPCが持っているのは人工知能でしかないのよ。ただ、この人工知能がどんな成長の仕方をするかはとても興味がある。本当に人のように育っていくかもしれないなというね。
そのNPCの特徴としてはもう一つ。そう、すでに示唆しているように、地下世界にはリスポーンの設定がされているのだ。ほとんどのNPCは死ぬとリスポーン地点で復活する。これが死ぬ、生まれる、死ぬを繰り返す原因でもある。なんてひどい設定をしているんだ、わたしは。まあ苦しんでいる風な手記は全部わたしたちで作ったものだし、地下世界はまだ開放されていないから本当に生きる、死ぬ、生きるを繰り返しているNPCはいないのだけれどね。
『地上のヒトと地下のヒトの違いは分類で理解してもらえるでしょう。そしてNPCのリスポーン設定はどこかで誰かが気がつくでしょう。リスキルを狙う不埒者は当然現れるのでしょうね』
もしかしたらNPCの中からリスポーン即キルを狙うようなのが出て来る可能性もあるかもよ。彼らも経験値とレベルを持っているのだもの。リスポーン地点の変更もできるようにはしてあるし、守れるように配置もしているけれど、楽しみね。人工知能の成長の仕方はまったく想像ができないけれど、彼らも考えていくでしょう。だって彼らに与えられている指令は一つしかないのだもの。「この世界で生き続ける」。それ以外は自由なのだもの。世界が何を意味しているのか、生き続けるためには何が必要なのか、どうすればいいのか。たくさん考えて成長してくれることでしょう。