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寮内に時間を告げる鐘の音が響く。部屋へ戻っていた生徒たちもパラパラとラウンジに集まり、人数が確認されたところで集会場へ移動しますと告げられた。特に並んだり順番が決まっているということもなさそうだったので、わたしは慌ただしく立ち上がる人たちを眺めながら、もうしばらくは大丈夫だろうとゆっくりお茶をいただいている。キャルさんは一瞬腰が浮いたけれどわたしがまったく動かないものだから首をかしげながら座り直し、ハイネさんはこちらをちらちら見ながらいつ立つのかうかがう姿勢、クレーベルさんもこちらを一度ちらりと見てから、自分のもともとのグループらしい集団が動いていくところを眺めていた。
貴族組はだいたい動きだしているし、市民組でもすでにグループを作っているらしい集団が動いていく。どうしようみたいな顔で周囲をうかがっているのはだいたいがぼっちか、もしくは少人数のところだと見ていいだろう。数人が集まっているようなところは顔を見合わせて、大グループが移動していったあとに続くように動き出す。これなあ、まだ玄関が詰まっているんじゃないかな。置いて行かれさえしなければいいのだからもう少し座っていてもいいでしょう。ここでまたお茶をとか言ったら変な目で見られそうなので、カップだけ返してきて、また座って、と。わたしがちょっとだけ立ち上がったところでキャルさんやハイネさんも待ち構えていたように立ち上がったのだけれど、わたしがなぜかまた座ってしまったものだから、え、みたいな顔をして止まっている。クレーベルさんは様子見の構え。
ぼっち勢もなぜかこちらをちらちらとうかがっている。そろそろ立ってもいいのだけれど、実はわたしの視線の片隅には現在の寮内のマップが表示されていて、玄関には人を示す丸い点がみっちりと詰まっているのだ。そこから水がもれていくかのように少しずつ外へと流れ出している。これなー、まだ行っても仕方がないよね。行ったところで立ち止まってぼうっとするよりないわけで、それならここでぼうっとしていてもいいでしょう。ぼっち勢の中でもさすがにがまんできずに動き出した数人を除いて、まだ、えー、6人いますね。この6人が、どう見ても貴族なわたしたちの動向を見極めることにした人たちということで真の様子見勢とでも呼んでおきましょう。
玄関前の混雑が改善してきたことがマップ上で確認できたので、わたしもようやく腰を上げる。
「そろそろ空いてきたでしょうし、行きましょうか」
明らかにほっとした表情を見せたハイネさんがすぱっと立ち上がり、キャルさんもクレーベルさんも続く。それを見てから真の様子見勢もパラパラと席を立ち、玄関へと移動していく。うん、空いてきている。さすがに貴族組はもういないね。市民組のグループのようなそうでもないような集団が残っているくらいだ。そこへわたしたちが乗り込んでいくと、立ち話をしていたようなそういう集団もぎゅうぎゅうと玄関へ詰めかけていって外へと流れ出していく。わたしも玄関まで来たところで少しだけ立ち止まり、後に着いてきていたクレーベルさんの横へ回り込む。
「わたしよりも先に出られた方が」
そう言って軽く背を押すようにして先頭に立たせる。や、さすがにね、わたしよりも明らかに格上の家なのでね。当然ハイネさんよりも上なのだから前に出ないと。これが城外ででもあれば身を守るためにわたしが先とかいう形でもいいし、もっと親しい間柄であれば話しながら外へ出るとかでもいいのだけれど、ここは学園で、まだそういう関係でもないのでね。クレーベルさんが最後尾のこのあぶれもの勢力をまとめて率いてきたという形を作るのだ。もうすでに寮の前にも貴族組はいないけれど、それでも市民組の一部だとか道案内で立っている職員に見せることはできるでしょう。クレーベルさんがしかめっ面をしているのは無視しますよ。不本意かも知れないけれど、配慮よ配慮。
さてここからどう行けば? と職員さんがあっちそっちと指示する方向へ進むだけで済んだのでよし。迷子になることもなく大きな体育館のような場所へ到着。入り口には管理人さんがいたのでぺこり。特に順番だとかは決まっていないらしいけれど貴族は前ですねということだったので、わたしたちは壁沿いをぐるりと回るようにして前、というか奥の方へ進み、貴族がずらりと並んでいる場所の手前でストップ。その間にここまでくっついて来ていた市民組の人たちはパラパラとどこかへ散っていった。
わたしはグループというか派閥というか、そういうものには所属していない。どちらかというとグループを作らなければならない立場なのだけれど、というかそもそもリッカテッラ州の派閥がないのだけれど‥‥あると聞いたこともないのだけれど、お父様もお母様もお兄様もその辺どうしろこうしろが一切なかったのだけれど。出身者はどこかほかの領地のグループにでも紛れ込んでいるのだろうか‥‥なので一人でよし。クレーベルさんやハイネさんはそれぞれのところへ行けばいいのだけれど、やっぱり居心地が悪いのかな、わたしの近くで止まって動かない。なぜか後ろをくっついてきたキャルさんは市民組の先頭近くになってしまうけれどいいのかね。まあいいか、それはわたしが気にすることでもないでしょう。
「静粛に! これより集会を始める!」
大きな声が響き渡り、ざわざわとした空気がなくなったところで前に演台でも用意されていたのか壇上にピシッとした身だしなみの男性が駆け上がる。
「あー、全員そろったようなので始めようと思う。全員その場に座れ。――さて、私はベトル・ゴードン、この学年を統括する者だ。相談がある場合は寮監でも教科担当でもかまわないが最終的には私が判断することになる。担当は倫理、弁証、討議といったところだ。授業中でなければ教員室か職員室かにいるだろう。今日は学園の教育方針、1学年次の教科と担当教員の紹介がある。その後は校内の案内だ。全て覚えろとは言わないが承知しておいて損はないことだからな、よく聞いておくように」
ほお、学年主任の先生は人文学なのね。何となく珍しい気がするけれどこれが今の学園の方針の現れなのかな。ここで壇上が交代、次は副主任の先生だね。そして語られるのは学園の現在の教育方針。これは入学式でも言っていた内容とかぶるのだけれど、ここで学んだ人材が社会に出てすぐに活躍できるように基本的な教育は全て行うそうだ。全員が最低限の水準には到達するように試験も定期的にあるとのこと。教科は国語、算数、理科、社会、美術、音楽、体育、倫理、人文総合、礼儀作法に加えて魔法を学ぶ時間もあるから心配するなと。そうして基礎ができあがり、一人一人の適正が見えてきたところでより高度な教育に移っていくと。どうもわたしが家で勉強していた7教科よりも近代化されているわね。そして魔法を除く基礎部分に関しては極力スキルに依存しない形になっていると。いいわね、明言してくれたわ。
どうもね、入学式でも来賓の人が特に言っていたのだけれど、学術と芸術に力を入れたい雰囲気がする。ちらっと人文学、社会科学、自然科学とかって言葉も使っていたからね。これはここ数年で相当に教育面の近代化が進んだんじゃないかな。もしかしたら中央にそれをやった転生者なりがいるかもしれないね。この辺りもう少しお兄様に念入りに聞いておけば良かったかもしれない。家での勉強は数学に力を入れすぎた予感がする。
さて、そんな風にわたしには大変に興味深い話が続いたのだけれど、案の定生徒の間にはさわさわと不安定な空気が広がっていた。話す内容が難しすぎるのだよなあ。最初のあいさつの段階で聞いていないだろう生徒がちらほらいる状態よ。その後も次々に壇上に上がっては担当教科と名前を言っていくのだけれど、果たして全部覚えている生徒がどれほどいるものか。それが変わったのはやはりというかなんというか、クラス依存、スキル依存の強い教科の担当者が壇上に上がってからだった。
「体育の担当だ! 体育と言っているが実体は武術だ! スキルを身につけ、スキルを磨き、戦える力を身につけるのだ!」
なーんてでっかい声でのたまった。基礎体力はどこへ行く。健康で安全にすごすための体作りはどこへ行く。そしてクラス補正はどこへ行った。体育っていう以上は戦う力が全てではないでしょうに。
「魔法の担当だ。魔法はスキルが全てだ。学ぶことで発現することもあるので全員を受けさせるが結局のところものをいうのはスキルだ。スキルを磨きより高度な魔法を使えるようになることが目標だ」
なーんてあごひげをなでながらのたまった。いやー、確かに魔法はクラスとスキルの補正が重要だと思うけれどさ、学問としても語るべきことは山ほどあるでしょうに、スキルを磨くことだけを目標にされても発展性に乏しいじゃないのよ。考える力も身につけるようにしようよ。
この辺になると学年主任とか副主任とか他にも数人すっごい渋い顔をしていたので、学園内でも意見の違い、立場の違いなんかがあるのだろうね。それでも主任に人文系の人が着いているのだからクラス依存スキル依存の状況を何とかしたいのだろうとわたしは見ておきますよ。その方がわたしにとっては都合がいいからね。
ただ、生徒の反応はこちらの方が圧倒的に良かった。明らかに盛り上がっている子が何人もいて、こそこそ話している姿もいくつも見えた。これなあ、貴族のグループ分けとか、貴族と市民の分断とかとセットで問題になりそうな要素なのよね。だいたいの子は5歳の時におおよその方向性が見えているとは思うけれど、その後の成長過程でいろいろあるだろうからね。希望する方向と違うこともあるだろうし、グループ内で求められていることと違うこともあるだろう。あまりにもスキル依存を強めてしまうと、自分の未来を閉ざしてしまうことになるのだということに、いったいどれだけの生徒が気がつけるか。そういう心配もあって依存度の低下を狙った授業を増やしたいのだろうからね、どうなっていくことでしょう。