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入学式を終えた翌日、新生活1日目の朝はまだ朝の鐘が鳴るより前にすっきりと目覚めることができた。新しくしつらえられたベッドは普段ノッテでわたしが使っているものとほぼ同じ作りで、寝具もほぼそのままという配慮のされよう。おかげさまですね。

カーテンをばっと開けた空は今日もいい天気。部屋がたぶん南西向きなのかな、残念ながら朝日は入らないけれど、その代わり遅くまで日当たりが良いはず。窓辺にソファを置けば寝具を干せるかなあ。それかベッドの位置を調整すればいけるか? この辺は4号ちゃんにお願いしておこう。

さて、本日の予定ですが、この後は1階のラウンジで朝食。それから集会場へ移動して学年全体会、というのかな、学校の教育方針だとか、今後の授業計画だとか、教職員の紹介だとか、そういったお話があるそうだ。それが終わったら校内の案内。今日までは年度が切り替わるタイミングの長期休暇中だそうで、他の学年の授業が行われていないし、浴場だとか食堂だとかも使えない。明日から全ての施設が開放されて、全学年一斉に授業開始と、そういうことになるのだね。それでは着替えも終わったしお手洗いに寄りつつ1階へ下りますか。


さすがにまだ朝の鐘もまだなので、1階にはまったく生徒の姿がなかった。ラウンジはきちんと整えられ、奥の調理室の方からはカチャカチャという朝食の準備をしているのだろう音と、ほのかに香る美味しそうなパンの焼ける匂いがしてきていた。うーん、このままぼーっとしているのも芸がないね。管理人さんはいるかな? お、いたいた。

「おはようございます」

「――はい、おはようございます。早いですね、まだ部屋で休んでいてよいのですよ」

「そうですね、それでも良かったのですが、せっかくですし。外へ出ても平気ですか?」

「ええ。朝の散歩や運動に出たいという生徒がいくらかはいるものですからね。まだ校内の案内も済んでいませんから目の届く範囲でお願いします」

はーいと返事をしてから玄関を開け外へ。日中はまだ暑くなることが多いけれど、最近は朝は少し涼しく感じるようになった。今日もさあっと風が吹くと冷たく感じる。玄関前は空き地、左を向けば建物が立つ合間を縫って道が伸び、右を見れば学園の外壁までゆるやかに道が伸びている。外壁と寮との間は窓から見下ろすことのできる庭園だね。また時間があるときにでも散歩してみましょう。振り返って寮の建物を見上げてみる。木と石と土と、さまざまな材料を組み合わせて作られた比較的簡素な集合住宅のような印象を受ける建物。ここから見上げる窓は共有スペースの高い位置にあるものなので、誰かが外を眺めているなんていうことはない。

目の届く範囲でと言われていてこのままでは手持ち無沙汰なので、おいっちにとうろ覚えの朝の体操をしてみる。腕を前から上にあげて-、一緒にかかとをあげてー、腕を横からおろしてー、かかとをおろしてー。腕をぐるりと外まわしー、内まわしー。右腕を振り上げながら体を左まげー、逆側振り上げて右まげー。腕を伸ばしてつま先を触るように体を前に倒して-、起こしたら手を腰に当てて体を後ろにそらしてー。ん? 玄関の内側から管理人さんが変な顔して見ているな。さっき体操する子もいるって言っていたからおかしくはないよね。なーんてやっていたら朝の鐘がカーン、ゴーン。おっと中途半端だけどこれで終わりにして戻りましょう。

「あなたのように毎朝おかしな動きの運動をする生徒が数年に1人とか必ずいるのよね‥‥」

なるほど。それは確実に元日本人ですなー。


外から戻ったら手を洗ってうがいをして、さて、というところでようやくちらほらと行動の早い生徒がラウンジに姿を見せ始めていた。わたしはひとまずお茶だけもらって昨日と同じテーブルへ。うむ、当然誰もいませんね。さーて、せっかく早く来たのだし顔と行動を見させてもらいましょう。見てすぐに分かるのは、行動が早いのはだいたい市民枠で来ている生徒だということ。それも勉強ができるという方向よりも、商店だとかで勤めた経験があったりそういう環境を見て育ったりした人。そういう人は動きが機敏なのよね。

貴族? 貴族はだいたい群れるでしょう。権力がものをいう世界だからね。普通は上位の貴族の周りに下位貴族が従う形ができるはず。それだけに昨日、侯爵令嬢が1人でいたのが気になるのよね。侯爵家に何かあったのかもしれないけれど、いかんせんわたしはそういう情報にうとくって。わたしだけでなくセルバ家全体がそういう雰囲気があって中央の情報だとか、貴族社会の情報だとか足りていないのよね。

お、キャルさん発見。今日も変わらず1人ですね。ラウンジまで来たはいいけれど今日もここからどうすればっていう顔で止まってしまっている。あの子は完全に経験不足だね。こっち見た、手を振っておきましょう。うん、来ましたね、はい、おはようおはよう、そこどうぞ。あとはハイネさんとクレーベルさんなんだけど、どうかな。今日はお隣のことは気にせずにさっさと下りてきてしまったけれど、どういう顔をして現れるでしょうか。

そろそろ貴族組も下りて来始めたけれど、組み合わせが良く分からないのよね。誰が何爵だか、どこ派閥だか、全然なのよね。とりあえず今は組み合わせを覚えておくだけでいいでしょう。む、おかしなグループを発見。あれは何爵の何さんだ? わからないけれど、群れの中に明らかに宗教色のある衣装の子が2人かな、いる。そして何やら動きや表情が元気いっぱいな子が。あの子普通の市民枠じゃないか? 服がなー、普通の服に見える。あれか、何かしらのスキルがあって注目‥‥いたなそういえば虹色でどうこう。あれかな? あのグループは丸ごと覚えておきましょう。

そしてようやくクレーベルさん発見。発見はしたけれど、なぜこっそり下りてくるのか。他のグループの後ろにひっそり着いているような立場ではないでしょうに、やっぱりこれは何かあるんだろうなあ。前のグループも後ろのグループも極力クレーベルさんの方を見ないようにしているみたいだ。危ないわねえ、これ侯爵家に何かあるのかクレーベルさんに何かあるのか、いずれにせよどこかでもめごとが起こりそう。ところでハイネさんはどうした。まさか部屋の前でわたしの動向をうかがっていたりしないだろうな。

ちょっと失礼と言い置いて席を立つ。クレーベルさんも群れから離れるようにして壁際に移動していったのでそちらへ動きつつ、目の前を通るタイミングであちら空いていますよと言い置いて、と。さてちょっと2階を見に行きましょう。てってってと階段を上がって‥‥うおー、案の定ではないの。ハイネさんの後ろ姿を発見。あの子もちょっとやべーわね。スカートにぎってわたしの部屋の方をじっと見ているんだけど? 普通は同じ領地の貴族は同じ領地で群れるものだと思うのだけれど、しかもあの子、わたしの隣ということは子爵か男爵かだと思うのだけれど。あー、トーレデントは伯爵領か。伯爵なら3階のはずで、もしやこの子だけ仲間はずれなのか? やっべーな。仕方がない、お手洗いに行った振りをして、と。

「あ、ハイネさん、おはようございます。ゆっくりしすぎてしまいました。遅れてしまいます、ラウンジに行きましょう」

ぱっと振り返った顔がうれしそうなのは見なかったことにしておきましょう。さあさあさあと言いながら階段前で待って、2人そろっててってと下りていく。よく眠れました? 両親がせっせと準備してくれたベッドが家と同じで安心してしまって、なーんて話しかけながらラウンジへ。お、クレーベルさんちゃんと席に着いているじゃないの。なんだかんだ言ってさみしいのね。うんうんうん、はい、おはようございますおはようございます。キャルさんもクレーベルさんもよろしくお願いしますね。それで朝食というのはここからどうすれば? もう食べている人もいますけれど。ああ、あそこへ取りに行けば良いのですね、では行きましょう。食いっぱぐれてしまいます。おっと失礼言葉遣いが。さあ行きましょう行きましょう。今日の朝食は-、なーにかなー。パン! サラダ! おおスクランブルエッグ、素晴らしい! ではプレートを受け取って、飲み物はコーヒーが欲しくなるわね。ない、何それと言われると、はいないのですね。仕方がないお茶をいただきましょう。それでは席に戻りまして、はいみなさんよろしいですか、よろしいですね、はいいただきます。

キャルさんはさすがに少し慣れたのか、積極的にとは言わないけれど交流する意思があるようで、わたしがよく眠れました-? とか聞くともぐもぐしながら家にいたときよりもベッドがすごくて感動したという話を一生懸命してくれた。もぐもぐしながらはさすがによろしくないだろうからいずれ直してもらうとして、この一生懸命に話そうとする姿勢はいいわね。ハイネさんも一応返事はしてくれるんだけど、声がちっちゃいんだよなあ、もう少し元気出そうぜ。

クレーベルさん? 視線が別のテーブルに飛ぶ。たぶんなあ、あっちのテーブルが本来のグループなんだろうなあ。同じ領地の自分より下位の貴族がグループを作っているっていうのはどういう気持ちになるのだろう。あまり気持ちの良いものでないことは想像がつく。そういう状況でわたしと絡むのはまずいかもしれないけれど、せっかく学園に来て最初からひとりぼっちというのもよろしくないだろうから、自分の立ち位置を確立できるまではわたしが絡んでおきましょう。話しかければツンと澄ましながら適当な返事をしてくれるので、別に交流が嫌ということもないのだろうし。うーん、何となく絡んでいるうちにクレーベルさんがツンデレさんに見えてきてしまったぞ。


朝食が済んだらお茶だけおかわりをもらって席に座る。この後は管理人さんから今日の予定がもう一度説明され、一休みしたらここに集合、それから集会場へ移動すると告げられる。部屋へ戻る子が多いようだけれど、わたしは特に用事もないのでこのままお茶を飲みながら待機だ。ああ、そうだ、管理人さんに聞いておきたいことがあったのだった。ちょっと失礼と言い置いてそそそと近づいて口元に手を当ててすこーし音量控えめに声をかける。

「あの、今日はお風呂は」

笑われてしまった。ちなみに結論から言うと今日も職員と一緒になってしまっても良ければということだった。あ、念のために言っておくと管理人さんは貴族枠の人で、他の職員さんは従者枠ということになるので一緒でも問題はないのだ。ならばわたしは今日はお風呂に入ろう、そうしようと結論を出す。いやー、わたしはどちらかというと毎日ゆっくり湯船につかりたい派なのでね、昨日はほんのり悲しかったのだ。

声が聞こえていたらしい人たちにこいつは何を言っているんだという目で見られながら席に戻る。クレーベルさんも同じような目をしているので聞こえていて、そして同じ感想なのだろう。このテーブルは全員部屋に戻らないのは、戻っても一人だしそれならこのままいた方がという判断をしたのだろうか。わたしも席に座ってお茶を、む、おかわりをもらってこよう。

「‥‥あの、そんなに飲んだら‥‥」

ハイネさんがささやくように言ってくる。あー、なるほど、さっきからお茶をパカパカ飲んでいるのが気になってしまったのね。

「わたしはお茶があるとうれしい派なのですよね。授業に水筒を持っていって良ければ持っていきたいレベル。それで、えー、何て言えばいいんだ? そう、以外と遠いのです。わりと保つのです」

トイレが遠いと言いそうになってしまったので修正。これで分かってくれるでしょう。ハイネさんはそうですかとか何とかすごい小さい声で言って引いてくれて、キャルさんはなるほどみたいにうなずいているけれど、分かっているのだろうか。クレーベルさんがそしらぬ顔なのは見なくても分かるレベルですな。そんなこんなで時間をつぶしているとまた寮内にカラーンと鐘が鳴る。さあようやく集会、校内見学のお時間ですね。待っていましたよ。

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